第119話 聖なる魔装戦~決着の時――eternal
駄目だ……! 逃げられない!
この範囲では、固めることが出来ない……。銃弾の周りの炎を固めれば……?
いや、固めた炎は落とせても、銃弾だけには慣性の法則が働くから、そのまま塊にぶっ飛ばされる。
防御魔法の類は、防御不可の一撃の影響で、しばらく使えない……。
どうする……!?
俺はまた、負けるのか……!?
◆
「下がれッ!」
後ろから強引に引っ張られ、通路の緩いカーブ部分に、体勢を低くさせられた。
俺の後方二メートルぐらいに、小園先輩と瓜屋先輩もいる。
「せ、千条先輩……っ!?」
「馬鹿――見てたろ、鋭間の攻撃、あの範囲を」
確かに……強大な、広範囲な、高濃度な、炎の壁だったが……。
「こ、ここまで――」
来るのか、と訊こうとした瞬間、さっきまで自分達がいた場所を、炎が舐めていった。
というか、俺の顔に温かい風が吹き付けてきた。
「……ッ……! い、今の攻撃で……」
俺が言うと、千条先輩は頷いた。
「ああ。泥の特殊魔法は、広範囲の攻撃は固められない」
鳥肌が立つ。
輝月先輩の魔装法……と言うより、炎魔法の特徴には、威力拡大の効果がある。つまり、一撃必殺、一発逆転の類が、存在する。ここぞ、という時に最大の攻撃を放てるのだ。
「そう言えば……なんで、二人の戦いを……卒業の時の戦いを、千条先輩は止めたんですか?」
気になっていた事を訊いてみると、千条先輩は苦い顔をした。
「それは……あの時、既に泥の魔装法は出来上がっていた。つまり、そん時には、対鋭間の力を持ってたんだ」
「……」
「このままだとヤバイだろうと思ってな……泥は鋭間を憎んでいたから、徹底的にやると感じた。だから、俺が横槍を入れたんだ」
なるほど……確かに、そりゃそうだ。
その時に見ていなければ、泥という人の魔装法の力を、千条先輩は知らないだろう。
「その後、鋭間は銃からメタルズハンドに変えたんだよ。なんでかは分かんねえけど……新しい可能性を模索しようとしたのか、単に自分に合ってたのか……もしかすると、泥を倒したかったのかも。そのための、新しい戦い方を考えたのかもな」
そうだとしたら……皮肉な話だ。勝負を決めたのは、久しぶりに使ったハズの、拳銃だったんだから。
それにしても、千条先輩にしては、いつになく饒舌だな……。
「ッ……!?」
隣で、千条先輩が身を固くした。
あの先輩がビビったりはしないだろうし……何が――
待てよ? おかしい。
今の一撃で勝負が決まったなら、アナウンスやら歓声が聞こえてくるハズで――
◆
肩で息をしながら、鋭間はCz75を収める。
今の技には、かなり精神力を使ったが……まあ、思った以上の威力ではあった。
「ま、俺も派手にやられたしな……」
呟いて、殴られた後頭部を押さえた。
「……あ?」
鋭間は眉をしかめた。
勝負が……決していないのだ。
「なッ……!?」
目の前の光景を見て、鋭間は身構えた。
回避不可能の炎の壁が、止まっている。
正確には、一部分だけ、縦横二メートルぐらいの大きさの炎の壁が、固まっている。
そして……その炎が、砕け散った。
「……あ~……ったく……がァッ!」
その向こうに、樋馳が立っていた。
「な、に……?」
「んだよ、輝月ィ……テメエ、今ので決着だとか、ふざけた事思ってたのかよ?」
首を回しながら、樋馳がゆっくりと鋭間に歩み寄っていく。
もちろん、樋馳は元々、今の攻撃を回避、防御する手段は持ち合わせていなかった。
つまり、進化。瞬時に、進化したのだ。
「全部を止める事は不可能だった……一部分だけ、俺の力が及ぶ範囲だけ、切り取って固めた」
これで樋馳は、弱点である広範囲攻撃をも、克服した。
◇
「ぐっ……ぅ、アァッ!」
避けきれなかった拳が、鋭間の左肩を打ち抜いた。
「終いにしてやるよ……俺の勝利でなあッ!」
樋馳は素早く左拳を構え、追撃しようとした。
しかし……勢い良い彼にも、それほどの力が残っている訳ではなかった。
「はぁッ!」
鋭間はなんとか体勢を立て直し、左手で樋馳の左肩に掌底を放った。
「くッ!」
左肩をやられた事で、強制的に追撃も出来なくなり、樋馳は一歩引いて構えた。
鋭間も下がり、Cz75を再び抜いて、照準を合わせる。
「……チッ……」
引き金に指をかけながら、鋭間は舌打ちをした。
樋馳の体が、揺らいでいる。さっきのと同じ、幻惑魔法だ。
しかし、やはりと言うべきか、余力がないようで、持続時間が短い。
「!!」
背後からの気配に気付き、鋭間が膝を折ると、その頭上を樋馳の右脚が通過していった。
「チィッ!」
「その程度か!」
鋭間は体を反転させ、銃口を樋馳へと向ける。
「……輝月……勝負で勝つ奴には、あるポイントがある訳なんだよ。それは、簡単な事だぜ? どれぐらい隠し玉があるか、だ。裏をかく、と言って良い。その方が、観てる奴らも楽しいだろうからな……!」
右脚蹴りを外したせいで、体勢も不完全な樋馳だが……その口調は冷静だった。
「その隠し玉が決まれば、終わりだ」
鋭間は眉根を寄せながらも、引き金を引いた。銃弾には、炎が纏わされている。
この距離では、避ける事も出来ない。炎を固める事さえも、間に合わない。
しかし――
「ぐあッ!」
鋭間が、左肩を押さえて苦痛の声を上げた。
「ははっ……これだけ執拗に狙ったんだ。もう、左は使えねえな」
「な、んだ……これ……」
左肩に目を向けると、そこには、ガラスの破片のような物がいくつも突き刺さっていた。
「確かに、昔のシールドバイツはあれだけだった。昔は、な」
ニヤリと笑って、樋馳は立ち上がった。
「今のシールドバイツは、破壊した魔装法を、何割か、自分の魔装力に蓄えられるんだよ。そして、その同属性の魔装法に、引き寄せる事が出来る」
「……ッ!」
樋馳は、固形にした炎魔法を、シールドバイツの拳で壊していた。
「固形にした炎の欠片を、お前が今、炎魔法を発動した瞬間に引き寄せた」
「くっ……」
炎を纏っていた銃弾には、正面からいくもの欠片が刺さっている。その状態のまま、地面に落ちているのだ。
「その欠片を経由する事で、固形物変換も出来るんだよ。つまり、二重魔装法。変換する魔装法と、シールドバイツの合わせ技だ」
「だが……どうして、発動していない、左肩にまで……」
「気付けよ。背後からの蹴りのフェイク。あの時、左肩の後ろに、固形炎を少量、仕込んでおいた。お前が発動するタイミングと同時に、後ろから左肩を炎の欠片が貫けるようにな」
隠し玉が、決まる。
因縁の戦いが今――
◆
羽堂先輩と一緒に、通路を全速力で走り抜ける。
「い、今のって……まさか、本当に会長が……!?」
「本当に出たのね」
複雑な通路を抜けて、なんとか観客席に辿り着く。
「あれは……まさか……!?」
「これって……」
本当に、戦っている。
相手は……泥……樋馳?
「泥、くん……?」
背後で羽堂先輩が呟いた。
驚いて振り返る。
「知ってる人、ですか?」
「ええ、まあ……輝月の中学時代に……ちょっと……」
妙に、羽堂先輩の歯切れが悪い。珍しいなあ。
何かあったのだろうか?
悲鳴のような、歓声のような声に、慌てて試合場に向き直る。
目の前の光景に、思わず言葉か零れる。
「嘘だ……そんな……」
◆
「最後だ」
樋馳の拳が、鋭間の鳩尾に当たった。
「うぐぁっ……」
膝を折った鋭間の右頬に、樋馳の右踵が炸裂する。
鋭間は大きく吹き飛び、地面に体を打ち付けた。大きく咳き込むと同時に、相当量の血を吐き出す。
「そろそろ、審判も入る頃合いかな?」
そう言って、樋馳は大型モニターに目を向ける。
制限時間は残り五分。
「……んぐっ……がはっ……さすがだよ、お前は。なら、俺も最後の攻撃にしよう」
「やってみろよ、輝月」
苦しそうに起き上がりながら、鋭間はCz75を握る手に力を込めた。
先ほどから、鋭間は何度も攻撃しようとしたのだが……炎魔法を使おうとすれば、その拳に、銃弾に、破片がいくも突き刺さるのだ。
「お前の高出力が敗因だ。その分、俺が得られる力も多かったんだからな」
「……勝負が決まる前から、敗因だとかなんだとか言う奴は、最終的に負けるらしいぜ?」
鋭間は軽口を叩き、肩の痛みに耐えながら、なんとか左手を前に突き出した。
そして、右手のCz75を構える。左手の甲に、銃口を付けて。
「……!? 何をしてんだ?」
「だから、最終攻撃だって」
小さく笑って、鋭間は引き金を引いた。
左手を、銃弾が貫通する。
「なッ!?」
鋭間自身の左手を射抜いた銃弾は、滑らかな赤い炎を纏い、流星のように飛び出した。
樋馳は高速で下がりながら、破片を突き刺そうとする。
しかし、その攻撃は全て、炎を貫けない。
「悪いな……その銃弾は、Cz75だけじゃなく、メタルズハンドの力、炎もプラスしたものだ。お前が蓄えたエネルギーよりも、2倍は厚い」
鋭間はよろめきながらも、Cz75をしまって、樋馳を睨んだ。
「これで本当に終わりだ……泥ィィィイッ!!」
「うおおおおおおおッ!!」
横に逃げるまでの方向転換が間に合わないと悟った樋馳は、拳を構え、銃弾を見据えた。
鋭間の言葉通りなら、固めるにも精神力が足りない。それに、銃弾が真っ直ぐ飛んでくる以上、結局はぶち当てられる。
「最終累乗・攻防一纏めッ!!」
その右拳には、溜め込んだ鋭間の炎魔法の力が、全て注ぎ込まれていた。
キイィィィィィィィィィィィィン!!
凄まじい音と共に、銃弾と拳がぶつかり合った。
その勝負は、瞬く間に決着する。
豪快な音と共に、銃弾が少しだけ削れ、樋馳の後方上空へと逸れていった。
「はあ……はあ……」
「ま、さか……あれを弾いたのか……?」
鋭間は、驚愕の表情を浮かべた。
「輝月……二回戦にしては、派手すぎたな」
疲れ切ったように、樋馳は皮肉っぽく笑みを浮かべた。
鋭間もそれを見て、フッと笑った。
「そう、だな……これじゃ、後の見せ場が大変だ」
そう言って、痛む左肩を右手で押さえ、左手を挙げた。
「なんだ? 降参の意か?」
「決着は着いた、って事だよ」
鋭間は樋馳に背を向けて、腕は立てたまま、左手だけをスッと曲げた。
「終わらない炎の流れ星」
「ぐあッ! あ……が……ガハッ……」
樋馳は声を上げて倒れた。背後からの、流星のような、炎を帯びた銃弾によって。
そのまま起き上がらないため、勝負は決した。
『第二回戦、第二高校対第三高校、勝利校は、第三高校です』
アナウンスが流れ、第三の観客席から、歓声が上がる。
「……さっきの銃弾は、泥に弾かれた時点で終わったよ。エターナル・メテオは、本当は、避けられた場合を想定した技なんだ。攻撃起点以外の、道具や武器を通過する事によって、その力を移す。つまり、あの炎は、俺の左手で操れるようになってたんだ」
鋭間は一人呟き、静かに歩き出した。
「銃弾は死んでも炎は死なず、左手を介して炎の向きを変えたんだ。――とは言っても、銃弾がなけりゃ、炎魔法も消えちまう技だし……もし、あの衝突で、銃弾が逸れたんじゃなく、跳ね返されたりしていれば……俺の負けだったかもな」
「……また、俺の負けか」
一瞬だけ立ち止まったが、鋭間は振り返ることなくその場を去って行った。
「いいや。今回は、お前の負けだよ、泥」




