第117話 聖なる魔装戦~休憩時間――スタンバイ
「第二回戦、俺が出よう」
控え室、兼、作戦会議室。
輝月先輩は軽い調子で片手を挙げた。
「え……第一試合目ですよ?」
俺が驚いて言うと、輝月先輩は首を傾げた。
「だって、不舞だって出たろ」
えー、それとこれとは……。
えー、どうでしょー?
「良いんじゃね?」
何も言わない先輩方を見回すと、千条先輩が怠そうに言ってきた。
この人……第一回戦を見もせずに、ここで寝てたからな……やる気あるんだろうか?
「そうですねえ……不舞さんの登場は意外でしたし、輝月くんでもイケるかもしれませんね」
瓜屋先輩がそう言って笑う。
小園先輩は不機嫌そうにして、何も喋らない。
「じゃあ、決まりだな」
輝月先輩は満足そうに頷いて、控え室を出て行った。
マジかよ……三分も経たずに決まったぞ。
休憩時間、二十分増えてるのに……。
まあ……ここにいても気まずいので、俺も控え室を出た。
通路を適当に歩く。
いやさ……壁に構図とかまであるんだけど、同じ色で、特徴もなく、規則正しい曲がり角で、たまに丸くなっている。もう迷路っぽくて、憶えてらんねえよ。
そう思ってぶらぶらしていると、自販機の側に輝月先輩が立っているのが見えた。
スポーツドリンクを飲んでいる。
「まあ、さすがにコーヒーとはいかないからな」
俺を見つけて、輝月先輩は苦笑いを浮かべた。
近寄って、俺は構わずコーヒーを購入する。
だって、俺の試合は遅いし。てか午後だし。
「なんで……あんな事言ったんですか?」
静かに訊くと、輝月先輩が首を傾げた。
「なんの事だい?」
「いや、さっきの事ですよ。なんで、第二回戦、俺達からしたら第1試合に、出るなんて言ったんですか?」
すると、ペットボトルの蓋を閉めて、輝月先輩は笑った。
「いやいや、何を勘違いしているんだい? 俺は、何も考えちゃいないよ。純粋に、不舞に影響されたからかな?」
本当、何を考えてるかハッキリしない人だな。読めなさすぎる。
「さて、と……俺はスタンバイしてくるか」
輝月先輩は欠伸をしながら、通路の奥へと姿を消した。
◆
第二の控え室。栢は椅子に深く座り込み、考えていた。
第二回戦は、あの第三との戦い。今まで通りなら、第一ばかりに気を回していたが……。
(どうするか、なの……おそらく、最終代表選手は……すると……)
他の代表選手はソワソワとして、栢が誰を指名するか待っている。
彼女は、頭の片隅で、貴樹と話した事を考えていた。
「やはり、彼女はある者達と接触していたようです」
病室で、貴樹は一枚のA4用紙を栢に渡した。
「ありがとう……」
「気にしないで下さい。それより、その人物らですが……研究者と思われます」
栢は眉をひそめた。
「なんで……研究者が、可野杁に?」
それについては、貴樹も首を横に振った。
彼は、研究所付近で、何者かに襲われたのだ。
「夜だったらしいのですが、何人かの目撃情報がありまして。三人ほどの人間が、突然彼女に話しかけたように見えた、との事です」
「それで……その中の一人が?」
「はい。近くにある研究所に、頻繁に出入りしているのを見た事があると」
栢も、その研究所は知っていた。
確か……播摩土研究所。入った事はさすがにないが、近付いた事はあった。
「あの子は、研究所の関係者だったの?」
「そうとは思えませんが……完全に否定はできません。研究所内部については、全く詳しくありませんので」
それはそうなの、と栢は手元の紙を眺める。
可野杁が……研究者と接触?
そして、その可野杁が……あの子と接触し、一年生で代表選手へと――
もし……何か、トラブルに巻き込まれてるのだとすれば、それは生徒会長として、放っておけない。
携帯を取り出し、電話をかける。
「ああ、お願いがあるの。……そうなの。この会場に来てる上里を――」
◆
嫌な空気だ。
今すぐにでも逃げ出したいけれど、生徒会役員としての義務なのである。
「――えー……では、これで説明を終えたいと思います。それでは、よろしくお願いします」
担当の警備員がそう言い終えて、全員が席を立つ。
今、この部屋にいるのは、各校の生徒会から来た二名ずつである。
僕の隣にいるのは、羽堂先輩だ。
「じゃあ、行きましょうか。品沼くん」
「は、はい……」
この重苦しい雰囲気にも動じず、羽堂先輩は僕と共に部屋を出た。
この生徒会二名を選ぶのは各校任せられているが……予想通りというか、水飼先輩は面倒だから、と逃げてしまった。吉沢先輩には、無言の圧力で折られた。
「警備と言っても、時間がある訳だし、気にしなくて良いのよ」
「そうですか?」
とりあえず、あの部屋から出れたのは良かった。
各校の代表選手が戦っているというのに、その生徒会役員が一箇所に集められて説明を受ける……少し、見直した方が良いんじゃないかな……。
「それにしても、第二回戦を観れないのは痛手ねえ……」
羽堂先輩が言っているのはつまり、第二回戦は第三からすれば初戦だから、という事なんだろう。
「そうですね……誰が出るんでしょう?」
僕としても、気にかかるどころか、警備を放り出して観戦していたい訳だし……。
「う~ん……一回戦、不舞さんが出たから……」
呟きながら、羽堂先輩は少し思案しているようで――すぐに、口元に笑みを浮かべた。面白そうに。
「輝月が、やらかしそうね」
◆
九時四十分。
控え室で、輝月先輩はメタルズハンドを着けていた。
俺の記憶違いでなければ……今まで見てきたメタルズハンドよりも、上等な品らしい。
何回か、手を開いて閉じてはを繰り返し、軽く頷いた。
そして、その手で拳銃をチェックし始めた。
「あれ……輝月先輩、銃を使うんですか?」
今まで、輝月先輩が銃を使って戦っているところを、見た事はない。
初めて輝月先輩と出逢った時、生徒会室へ入った時、脅されるような形で持っているのを見たけど。
「ああ、これは保険だよ。万が一って場合もあるし」
実際……炎魔法を使うなら、メタルズハンドよりも銃の方が相性は多少良い。
発射する時の熱エネルギーなども、元を辿れば人工的なものとも言えるからだ。
「中学は、銃だったしな」
「へえ……」
意外といえば意外だった。
アナウンスが聞こえ、俺達は立ち上がった。
◇
『聖なる魔装戦、第二回戦、第二高校対第三高校を開始します』
輝月先輩が試合場へ現れた時、第一と第二の観客席から、少なからず驚きの声が上がった。
なぜなら、一回戦で不舞さんが登場した事に感化されたとしても、最終代表選手は変えられないのだから、輝月先輩が出るとは誰も思っていなかったのだろう。
つまり、第二と第三は元々、生徒会長を最終代表選手に据えるつもりはなかった――
「まあ、良い感じじゃないか? 意外性があった方が楽しいだろうからな」
他人事のように、千条先輩が鼻を鳴らした。一回戦は興味なさげだったのに、今回はちゃんと観戦している。
「相手は……」
モニターの名前と、選手の顔を交互に見る。
千条先輩も同じようにして見た後……軽く、舌打ちした。
「……読まれた……?」
「え?」
俺が顔を覗き込むと、千条先輩は軽く首を傾げた。
「いや、分からねえけど……相性が結構悪い。まさか、不舞の奴が鋭間の動向を読み取っていた……?」
本気で不思議そうにする千条先輩に、俺は第二の選手を再び見る。
泥 樋馳、か……相性が悪いって……?
その考えが終わるより早く、開戦の合図が鳴り響いた。
◆
頭を狙った拳を、鋭間は紙一重で躱し、一旦距離を置いた。
「おいお~い? 生徒会長さんよ~? 逃げ回るだけか~?」
樋馳が馬鹿にしたように言った。
中学の頃からの知り合いではあるが……いや、だからこそ、鋭間はこの男が苦手だった。
それは性格だけに限った話ではない。
「なら、俺から行くか~」
一瞬で、樋馳は距離を詰めて、鋭間に拳を振るう。その手には、メタルズハンドが装着されている。
なんとか躱して、下から突き上げるように反撃する。
しかし、左手の拳はあっさりと樋馳に掴まれていた。
「ありゃあ~……随分と、勢いがないね~」
ニヤッと笑った樋馳を睨んで、鋭間が炎魔法を発動した。
赤い炎が、拳から吹き出る。
「無駄だって、分かってるだろ~?」
炎が、地面に落ちた。
魔装法による非固形物を、固形物に変化させる特殊魔法。
「……やっぱ、嫌いだわ。お前のこと」
「光栄だね」
鋭間は右拳を振り、樋馳の腕を殴りつける。強化魔法を使っても、防御魔法で相殺される。それでも、通常のダメージは流れた。
樋馳は、鋭間の左手を放して、何歩か下がった。
「お前はつえーとは思うけどよー俺には勝てないって」
両手を合わせ、樋馳は笑う。不敵に。
「いくぜ、防御不可の一撃」




