第113話 発見
ドリンクバーのコーラを飲みながら、俺はフライドポテトをつまむ。オムライス(これが一番高いのに自腹だ。信じられるか?)がくるのを待っている。
「あの……羽雪さんって、俺の兄さんを――」
「知ってるよ」
しかも、そのフライドポテトを一緒に食べながら、羽雪さんは平然と答えた。
そりゃ、元々フライドポテトって、数人で食べたりするものだろうけど……この店に入る前、何かを言われた気がする……。
おそらく、誰かが誰かに奢る話だった気がするのだが。
あれ? 誰か得してる?
「有名人だったよ。次期生徒会長は決まりだって、私達の世代は囁いてたね」
誇らしい気もするが……その囁き、噂は半分外れたハズだ。
「でも……決まりって訳じゃなかった」
「ん、やっぱり知ってたね」
然程驚きもせず、羽雪さんは昔の話を続ける。
「結局、彼が生徒会長にはなったって聞いたけど……他に2人、候補が現れたんだよね」
「いきなりだったんですよね?」
「そうだろうね。その頃は世代交代だったから、詳しくは分からないよ」
そういう話だ。
確定と言われた兄さんは、その分の余裕があったが……突然の候補者に皆、驚いたらしい。
「目立つ奴らじゃなかった。一人は、ギリギリで来た転校生というし」
なんとも言えない。
その件については、あまり触れないでおくとして……。
「俺……どうですかね?」
「何が?」
「いや……だから……本番、勝てますか?」
間抜けな話だけれど、訊かずにはいられなかった。
「知らない」
案の定、冷たく返された。
そりゃそうだろうけど……。
「けれど、なんなんだろうね……君の、可能性というか、進化の力は、お兄さんだって凌駕してると思うよ」
……まただ。
「その、進化とか、成長の可能性とか、どういう事なんですか?」
「そのまま。君自身は分かっていないようだけれど……あるんだよ、そういうの。何か起こしそうな感じっていうのかね」
本当なのか?
よく分かんねえけど……とりあえず、納得しとこう。中途半端に。
「ま、全力でやりなよ。相手は3年生なんだ。死んだりしない」
「は、はは……そうですね……」
死んだりしない、って……それ、逆に考えたら、1年の俺は死ぬ可能性があるって事じゃないか?
◇
あの後、普通に羽雪さんとは分かれ、家路についた。
そして今日、月曜日。
「調子はどう?」
「すこぶる最悪」
苦笑いする品沼に、俺は不機嫌そうに答える。
羽雪さんは昨日、特訓を仄めかしていたが……結局、明日は本番に備えて休みらしい。
そして、今日は――
「なんでさあ……あの人と……」
「嫌なの?」
「……少し、苦手っていうか……」
そして、何事もなく放課後。
アリーナ着。
「やっほー! 待ってたよー!」
「……どうも」
水飼先輩が、いつも通りのハイテンションさで出迎えてくれた。
「よろしくお願いします」
「うん! お~け~!」
……大丈夫だろうか?
サイドステップで銃弾を避ける。その状態のまま拳銃の銃口を向けるが、水飼先輩の姿を捉えきれない。
「ほらほら!」
「ちっ……くしょッ」
おそらく、収束魔法だろう。瞬間的に、爆発的に、速さや力が上がっている。
今まで中距離を保っていた水飼先輩が、突然距離を詰めてきた。
「……!」
白兵戦に持ち込まれ、慌てて左手でナイフを抜く。
左肩を狙ってきた銃口を、ナイフの柄で打って、逸らす。素早く、パラでの銃撃に移るが、左足の鋭い蹴りで、大きく右腕を弾かれる。
上体を逸らして、なんとか頭部への打撃を躱す。
追撃を避けるため、そのまま宙返りで距離をとる。
「ふふっ……本当に、君は1年としちゃ優秀だよ」
「ありがとうございます……」
「本当……優秀、すぎるんだよね」
再度、水飼先輩が迫ってくる。
体を斜めに構え、右手を前に、左手を後ろに引いて、力を溜める。
右手のパラを連射して、水飼先輩の動きを鈍らせ、タイミングを合わせる。
「たあッ!」
左手のナイフの峰を、思いっきり叩きつけるように突き出す。
「あっま~い」
水飼先輩は、それを流すように、銃の背で受ける。
「……っ……」
完全に、隙だらけになってしまった。
腹部を濡らしたタオルで冷やしながら、俺はホッと息を吐いた。
「ごめんね~……あそこまで、威力上げる気はなかったんだけど……」
「大丈夫ですよ。貫通してませんし」
とりあえず、防御魔法を全力で使う事はしたのだが……あまりにも威力が強かった。
収束魔法は調整しにくいって聞くし。
「それにしても……なんで、水飼先輩が特訓相手に?」
「うん? 暇だったから」
……。
ちょっとでも理由を求めた俺が馬鹿だった。
「そうだね。あえて言うならば……君の力を知りたかったから、ってのもあるかもね」
◆
「で? どうだった?」
一人の男が、隣を歩く男へと問いかける。
「白城 黒葉の力というのは?」
「そうですね――」
訊かれた男は目を細めた。
「全然、駄目ですね」
もう一人の男は、軽く頷いた。
「あの、水飼とかいう奴の力不足もあるでしょうが……近しい人間との戦闘において、模擬戦であろうとセーブします。あれでは、決まりでしょう」
「じゃあ、こちらの思惑通りというか……期待通りに進みそうか?」
「ええ、おそらく」
二人の男は駅に辿り着き、隣町への電車へと乗った。
◆
結局、俺は6時まで特訓をしていた。
「気を付けて帰るんだぞ~!」
「ういっす……」
相変わらず元気な水飼先輩に会釈し、俺は外へと出る。
あ~……特訓で、こんなにボロボロにされてる俺が、本番で勝ったりできるのだろうか?
曰く、俺は本番で、土壇場で、力を発揮すると言われるけど……。
「あ、お兄ちゃん」
校門を出た辺りだ。
「え……青奈……!? なんで?」
「迎えに来たんだよ。帰ろう」
今まで、そんな事はなかったのに……どうしたんだ?
「明後日は大会だし、夜は危ないからね」
そう言われて、苦笑してしまう。
「分かってるよ。だけど、まだ6時だぜ?」
「それでもなの!」
少し強気に言って、青奈は俺の手から鞄を奪い取る。
「……持ってあげる」
少しムスッとしたように言った。
ああ……そうか。
「ありがとうな。心配してくれて」
「うん……よろしい」
少し機嫌が良くなったようで、青奈の足取りが軽くなる。
「青奈……それ、貸してくれ」
「え?」
一旦止まった青奈の首から、ペンダントを取り外す。俺と兄さんが、誕生日にあげたやつだ。
銀板の厚さを考えて……これは――
「ちょっと、今日だけ貸してくれ」
「う、うん……」
首を傾げる青奈の前で、俺はポケットにペンダントを押し込んだ。
家に帰ってから、俺は部屋へ直行する。机の上にペンダントを置いて、スタンドライトの光に照らして眺める。
ナイフを取り出し、ゆっくりと接合部分に付ける。
スッと引くと、思ったより簡単に取れた。
中から……USBフラッシュメモリが出てきた。
「まさか、だな……これ、直るかな?」
ペンダントは、どうやら戻す時は簡単に戻るらしい。むしろ、組立式のようにも見えるぐらいだ。
「てか、兄さんが考えて、仕組んでたんだな……」
フラッシュメモリのカバーが光っている。このカバー自体が、何かの端末の役割……オンラインで、データを取得できるようになってたらしい。
こんな小さなディバイスで……最新技術。つまり、科学。
兄さん……なんで、こんな事を? それに、こんな科学技術を仕組める奴らって言ったら――
頭を振って、余計な考えを振り払う。
とりあえず、パソコンに挿し込んでデータを読み取る。
兄さんが言っていた、青奈が持っている情報っていうのは、これなのか……。
『新プロジェクト 交神魔法』
交神魔法……? 聞いた事ないぞ?
その項目をクリックすると……パスワードを求められる画面が出てきた。
ため息をついて、俺は椅子に深く沈み込む。
やっぱり、な……そう簡単に、情報は明かせないんだろう。
その後、青奈が知っているかと思い、訊いてみたが……どうやら、何も言われていないらしい。
そうだな……聖なる魔装戦の直前に、心配事を増やしてどうするんだよ。
今は……気にしないでいよう。
◇
そして、本番前日。
「交神魔法って、聞いた事あるか?」
「え……? こうしん? なんて字?」
登校しながら、試しに陽愛に訊いてみたが、予想通りの反応だった。
その後に出会った桃香と瑠海にも訊いてみたが、同じ反応だ。
やはり……あの研究者達の、新企画って事だよな。
その日は何もなく……放課後まで平凡に続いた。
「よし、帰ろう!」
瑠海が元気良く言って、俺と陽愛と桃香と瑠海の4人で下校する。
すれ違う知り合いに、明日は頑張れよ、という感じの事を言われた。
「……結構、優しいな」
「皆のこと?」
俺は頷いて、周りを見渡す。
……こいつらの代表として出るんだったな……。
情けないこと言ってらんねえじゃん。弱気とか笑えねえぞ。
「やあ白城くん。お邪魔かい?」
「何言ってんだ」
品沼が合流する。
「輝月先輩から、なんか言われたか?」
何度か呼び出されていたハズだ。
「いや、別に何もないよ? 明日の進行とかの確認かな?」
「品沼くんも大変だね」
陽愛が言うと、品沼は首を軽く振って笑った。
「そりゃ、1年で生徒会だもんね。辛くないの?」
瑠海が訊いたりしている。
そんな会話をぼんやりと聞きながら、俺は携帯を開いた。
「そう言えばこの頃、迷惑メールが多いよね?」
「あ……私も、困って……る」
突然、思い出したように言う瑠海に、桃香が頷く。
「そうだな……確かに、多いかもしれない」
一応、そういう対策はしているけれど、なくなる事はないな。
意味不明な勧誘とか、明らかに怪しい商品紹介、チェーンメール……。
「本当にただの悪戯って感じのもあってね。適当に打ったような文字列とか――」
文字列――?
陽愛の言葉で、俺の携帯を操作する手が止まる。
適当に打ったような……文字列――?
「ああ、僕も経験あるよ。この頃は、メールだけじゃないからね」
そんな会話が、頭の中を抜けていく。
その内に、品沼が駅に向かう所で分かれる。そして、十字路。
「じゃあね! 明日!」
「あ、明日、ね……ばいばい……」
陽愛と桃香が家に帰って行く。
軽く手を振って、俺と瑠海は十字路を真っ直ぐに進む。
夕陽を背に受けて、俺は静かに携帯を閉じた。
「どうしたの? 黒葉」
「いや……なんでもないんだ」
そのまま、軽く話をして、俺の家の前で分かれる。
「じゃあ、また明日ね」
「おう」
家に入って……すぐに、2階へと駆け上がる。そして自室へ。
パソコンを立ち上げ、例のフラッシュメモリを挿し込む。
パスワード画面……俺は、携帯を取り出し、過去の保存されているメールを開く。
そのメールとは――青奈と仲直りする前の時に着たメール。青奈が自室に閉じ篭り、私達は人間じゃないと叫んだ日。輝月先輩に電話で呼び出され、初めて生徒会役員全員と会った日――
そんな日に着た、アルファベットと数字だけが並んでいるメール。
今まで忘れていて、意味も分からなかったが……もしや――
そのまま、パスワード入力欄に打ち込んでみる。
「は……はは……入った」
通過した。まさかだ。
という事は……このメールを送ってきたのは――?
目の前の、ファイルを睨む。
『新プロジェクト 交神魔法――Phoenix project NEXT STEP』




