第109話 星空と月夜
商店街通りを、会話もなく、俺と夜長三は歩いていた。
どこへ行くともなく、夜長三に合わせている。
さて……どうしたものやら――
「私……魔装法が全然、駄目なんです」
「え?」
突然喋りだしたので、俺は間の抜けた声を出してしまった。
小柄な夜長三は、不思議そうな顔で覗き込んできた。
「っ……いや、なんでもない」
慌てて離れる。
なんか……見つめられるとヤバイ。
なんだろう……説明し難いな……陽愛や桃香、瑠海、そういう美少女たちとは、また別の魅力を感じる。
「それで……学校でも目立たなくて……。私、歳の離れた姉がいるんです。その姉が、頭も良くて、魔装法も上手くて……妹だからって、私も期待されてたんです」
なるほどなぁ……血筋的なやつか。なくはないだろうけども。
期待、ねえ……勝手に抱いたものなのに、勝手に幻滅するものじゃないか。
期待を裏切る、なんて言葉は最たるもので、押し付けがましいことこの上ない。
「それで……親からも色々と言われてて……学校でも、お姉ちゃんを知ってる先生が、冷たかったりして……友達も、少ししかいなくて……」
「……」
夜長三って、可愛いよな? 美人……美少女、だよな? おそらく。
これだけでも好かれる理由にはならないのだろうか?
つまり、いじめみたいなあれで――
「でも、この頃、みんなが友好的なんです」
「……え?」
急に話が変わった、そんな風に感じた。
「今まで、その……こ、告白、とか、されたこととかもなかったのに……最近、急に告白されたりして……」
あれ……なんか、いい方向に向かってるんじゃねえの?
じゃあ、なんで……?
「分からないんです……私、何もやっていないのに……なぜかみんなが、何かの代表に推薦したりとか、困ってるんです……」
ん~……まあ、そういう悩みもあるか?
むしろ、急にそんなんだったら、不気味すぎるしな。
でも……なんだろうか、この違和感……何かを隠しているというか、言いにくそうというか……。
そもそも、泣くほどなのだろうか?
「俺じゃ、どうしようもねえからなあ……」
ついつい、そんな言葉が口をついて出てしまった。
すると夜長三は、意外そうな顔で俺を見てきた。
「ん? どうしたの?」
「いえ……私、この相談を何人かにしたことあるんですが……みんな、笑い飛ばすか、相手にしてくれないんですよ」
そりゃ~……人気が出たんだけど、どうやったらなくなるかな? みたいな相談は、受け付けない人の方が多いだろう。
「いや、俺は悩みを聞き出しちゃった訳だし……どんな悩みだって、困ってるんだったら……」
曖昧に返すと、夜長三はポカンとして立ち止まった。
俺が首を傾げていると、夜長三は可笑しそうに笑い出した。
「白城くんって……面白いんですね」
「え? いや、そんなことないと思うけど……」
戸惑いながら、俺は夜長三を見つめる。
この子……どこかで――
「あの、よかったら、もう少し歩きませんか?」
「? いいけど?」
少し元気になったようで、夜長三は商店街を抜けて歩き出した。
夜長三に同時に告白してきた二人がいたらしい。そのまま、二人は取っ組み合いというか、争いというか、大怪我して、双方とも入院してるそうだ。
「自分のせいで……喧嘩なんて……」
他にも、夜長三がミスをして、教師に注意されたことがあった。それを見た数人の生徒がその教師に食ってかかり、挙げ句の果てには怪我までさせたらしい。
なるほど……そういうこともあれば、トラウマものかもしれない。
そんなブラックな話と軽い雑談を交えながら、俺たちは商店街にやって来た。もちろん、駅近ではなく、東の方にある商店街だ。
俺のお薦めで、喫茶店『きのまま』に入店る。
「いい感じのお店ですね」
「落ち着いた感じが、気に入ってるんだよ」
とりあえず、俺はコーヒーを、夜長三はコーヒーとアップルパイを頼んだ。
すると、電話がかかってきた。
おもむろに出る。
「青奈か」
「そうだよ~。お兄ちゃん、今日遅いの?」
「ああ、悪い。連絡し損ねた。何時になるか分からないから、作って食っといてくれ」
「りょうか~い」
間の抜けた声と共に、欠伸も聞こえる。
「……カップラーメンは駄目だぞ」
「なぬっ……」
「昨日食ってたじゃねえか」
俺の家では、カップラーメンなどを食べていいのは基本週一だ。
「は~い……分かりました~……」
「おう、留守番よろしくな」
電話をきると、夜長三がジーッと見つめてきた。
しまった、と思いながら携帯をしまう。
「女の子といるのに、堂々と目の前で電話ですか?」
「ご、ごめん……つい」
一応、気を付けてはいるのだが。たまに、忘れてしまう。
陽愛にも注意を受けたことがあったな……。
「しかも、電話の相手も女の子っぽかったですね……――彼女さん、ですか?」
最後の方は、無粋とでも思ったのか、トーンが低めというか寂しげにも聞こえた。
「いや、違うよ。妹」
「あ、妹さんですか……あの、彼女って……?」
なんか、掘り下げてくるな……。
俺、基本こういう話は苦手なんだが。
「いないよ。俺が片思いをしているということもない」
一言余計だったな。
それでも、先手を打つのは悪くないだろ。
「そ、そうですか……! い、意外……ですね……」
「ん? そうかな……友達とかには、お前に彼女ができることはない、って断言されるほどだよ」
ちなみに、それを言ったのは上繁だ。殴っておいた。
いや、気にしてる訳じゃあないけどね?
「そういう、夜長三にはいないのか? 彼氏とか」
定石だと思ったので、訊いてみた。
「い、いませんよ……彼氏なんて……」
あ、地雷だったか?
そうだよな……急に好かれ始め、その好かれすぎることに悩んでいる少女に、この質問は、それこそ無粋だったかもしれない。
告白されてるって言ってたし、いないことは分かるだろう。
正直その現象から見ると、彼氏がいたりしたら、全校生徒の標的になりそうだ。
「私、そういうお付き合いとか、苦手なんです……友達を見てて、私じゃ駄目だなって思うんですよ」
「そうかなあ……? 可愛いんだし、いてもおかしくない、駄目じゃないって思うけど……」
「え? え? か、か、かか、かわ……可愛い?」
やべ、口滑った。
前にも、陽愛、桃香、瑠海の三人に、本人の前で容姿について言うな、と言われた。
特に、可愛い、とか思っても平気で言うな! って顔を真っ赤にしてまで怒られた。
しかし、言ってしまったらどうしようもない……やっぱ可愛くない! とか、全くフォロー出来てねえし、失礼だし。
「ん、ああ……普通に、可愛いと思うよ」
そう言うと、俯いて黙り込んでしまった。
あちゃー……何やってんだ、俺。
このタイミングでコーヒーとかが来なければ、間が保たなかったぞ。
◇
「す、すっかり遅くなっちゃいましたね……」
腕時計を見て、夜長三が申し訳なさそうに言った。
時刻は八時半……まあ、そこまで遅いとも思わないけれど。
「いや、気にしなくていいよ。それより、大丈夫……? 家とか」
連絡している素振りがなかったので、無断なのでは? と心配していた。
高校生になって、そういうのがなくなるのもあるが……少なくとも、俺の家では無断はヤバイ。主に青奈がヤバイ。家に入るのを躊躇ったことがあるぐらいだ。もう、野宿しちゃおうか、のレベルで。
「それは大丈夫です」
どうもキッパリと、暗く、悲しげに言うので、不安になっていると……その調子のまま、夜長三は続けた。
「私、一人暮らしなので」
「え……それは、どういう……」
冷たい響きに、俺はつい踏み込んで訊いてしまった。
「親が、いないんです。私を残して、消えちゃいました」
「で、でも……最初に、親からも言われたとかなんとか……」
「はい……その通りです。お姉ちゃんとの差に失望したらしく……お姉ちゃんが自立した後、いなくなりました」
私が十一歳の時でした。そう言って、黙り込んでしまった。
しばらく、黙ったまま歩く。
「……じゃあ、生活費とかは……」
「お姉ちゃんが、送ってくれます」
重い空気に耐え切れず、俺は空を見上げた。
綺麗な、星空である。
「……昔、ある人から出された問題がある」
「え?」
唐突に、俺は思い出しながら喋った。
「なんで、暗い空の中でも星は輝くのか、って問題だ」
「……」
「まあ、同じような問題は結構あるけどさ……俺も幼かったし、何か適当に言ったんだよ」
本当は……何を言ったか、憶えている。
夜だけしか出れないから、って言ったハズだ。
幼いにしては、いい答えだと思うよ。
だから……人は少ししか、輝けない。いつも、出ているから。出張って、頑張っているから、輝ける人は、ほんの一部。
当時、そんな考えはなかったと思うけど。
「そしたら、答えはさ……負けず嫌いだから、だそうだ」
「……何ですか、それ」
さすがに、夜長三は可笑しそうに笑った。
「あの人だからな……まあ、俺の三つ上だったし、そこまでいい出題でもなかったよ」
それでも、納得しちまった当時の俺。
今思えば、考え直すことを提案したい。
「周りが暗くて、悲しくて、辛くて、大変でも……自分だけは輝いていよう、って頑張るんだとさ」
「……」
「だからさ……俺が想像できないほど、辛いと思う。悲しかったろうし、今だって暗闇の中かもしれない。でもさ……輝こうとすることを、諦めない方がいいと思うぞ」
なんて言っても……人のことを言えた義理ではない。
辛くても頑張れ、なんて、苦しんでる人を救う言葉でも、助ける言葉でも、手を貸す言葉でも、背中を押す言葉でもない。
更に苦しめ、傷付けるだけだ。
だからこそ、人は数人しか輝けない……夜だけ出る奴って言っても、そんな奴が輝ける訳でもない。
人は引っ込めない。
星だって、引っ込んでる訳じゃないけど……でも、輝く努力をすることは、悪いことじゃない。
例え、報われなくとも――
「また悩みがあったらさ……相談していいから。俺の出来る限り、力を貸すよ」
しばしの沈黙があった。
夜長三は顔を上げ、空を見ていた。空を、星を。
「……ありがとう、白城くん」
アドレス教えて下さい、と連絡先を交換した。
「夜長三、もし何か――」
「月音です!」
「へ?」
突然、声を張り上げられて、変な声が出てしまった。
「な……何が……?」
「夜長三月音です! わ、私の……下の、名前、です……な、名前で……呼んで下さい……」
名前か……なるほど。
「分かったよ、月音」
顔を真っ赤して、夜長三――月音は俯いた。
おっと……また、失礼するところだった。
「俺は、黒葉だ。白城、黒葉。改めて、よろしく」
「は、はい! よ、よろしく……です」
駅まで見送って、俺たちは分かれた。
「それじゃあ、またいつか」
「はい、今日はありがとうございました」
家に向かいながら携帯をチェックすると、品沼からメールがきていた。
内容は、と……。
「……え?」
第二の副会長が……襲われた? 生徒会長が、なんらかの指示を与えていた……詳細不明、か。
つまりは――明日、輝月先輩の所へ行けということか。
何があった……察するに、通り魔事件じゃないらしいが……。
大会前に……何が起こってるって言うんだ……?




