第10話 正式入学
昔から言われていた、四大元素というのものがある。これが少しずつ、五大元素と呼ばれるようになったらしい。
魔法の基礎のようなもので、魔法を使うにあたっての基盤と言われてきた。
それがどういう訳か……魔装法には存在しなかった。イメージのみだけの、簡単な魔法である。不便なところも多いが、随分と簡単になったものである。
つまり、近代的な魔法。
昔から存在していた魔法とは、異なったものだった……というのだ。それはそうだろう。
魔法研究者は、魔法を求め、魔法を作ってしまったんだ。いや、この言い方は無責任すぎる。俺達人類は魔法という存在に憧れ、望み、求めすぎたせいで、魔装法を生み出してしまったんだ。
生み出してしまった――そうだ、生まなくても良かったんだ。
無理して生み出した結果、争いや、悲劇が起こるなら――
◇
「お兄ちゃん……本当に反省してるの?」
「す、すみません……」
俺は昨日と同じ七時半頃に帰宅し、昨日と同じく青奈に怒られていた。
なんてたって、昨日より地味かもしれないが……右脇腹には真新しい銃痕があり、血が出ている。口からも血を吐いてるし。全身、打撲だらけだ。
青奈とまともに話すのも久しぶりだが、それが二日ともお説教というのも悲しいな……。
「悪い……今から飯作るから、ちょっとだけ――」
「ご飯なんていいからっ! そこで休んでてよ!」
めちゃくちゃ怒られた……ほぼ昨日と同じだ……。
青奈は救急箱を再び持ってきて、俺の手当てをしてくれた。しかも、今日の晩飯は久しぶりに青奈が作った。マジ久しぶりです。
本当は料理できるのに……このめんどくさがりが……と思っていた。
青奈が作ったハンバーグを食べ、先に風呂に入らせてもらった。
そしてついに……携帯を開き、メールを確認する。
ああ……すげえ心配してくれてるけど、二通目から怒ってる。
状況を詳しく説明し、なぜすぐに連絡しなかったのか、などの理由を長々とメールで説明した。それでも、明日は怒られるんだろうな……。
あの戦いの後、俺は気絶している二人を縄で縛り、その後に目覚めさせて話をした。
二人の武器は取り上げ、ちゃんと魔装高に通うように約束させた。
もし来なかったら、今度は風紀委員と共に潰しにかかるという脅しをしておいた。
まあ、不良だが誇りはあるらしく、負けたらちゃんと従うようだから、その心配もないのかもしれないが……。
悪いようにはしない、とだけは伝えておいた。
次の朝、俺は五時半に起き、いつも通りに朝飯を作って魔装高へ出かけた。
少しだけ早く出かけ、生徒会室へ向かう。
うう……まだ体中が痛いぜ……俺は回復が早いし――青奈の回復魔法もあるが――すぐにでも全快だと思っていたんだけどな。
生徒会室の前で、俺は大きく呼吸をし、ノックをする。
「どうぞ」
その声で、俺は扉を開いて中へ入る。
「失礼します……」
やはり生徒会長一人が、生徒会長席に座っていた。微妙に笑っているようにも見える。
一礼してから俺は生徒会長の前に立つ。
「言われていた件ですが、全て終わりました」
生徒会長はゆっくり頷くと、三枚のレポート用紙を取り出した。顔写真が付いている。あの不良の、二年生の三人のだ。
「この三人は確かに登校して来ている。既にね。けれど、風紀委員会の議会にかけられている」
そうか……そう、だよな……。
結構なことをやらかしたんだ。それもそうだろう。
「そこまで厳しく取り締まらないで下さい。あの先輩達は……そこまで、悪い人達ではないと思うんですよ」
ありきたりかもしれない。よく聞く言葉かもしれない。
それでも、言わずにはいられなかった。
俺にしてみれば、喧嘩相手というだけなのだが……それでも、道を踏み間違ったことを、厳しく言う必要はない。権利もない。
「分かった……俺から言っておこう。――さて、君の入学は晴れて正式なものとなった。おめでとう。この魔装高で、様々なことを学んでいってくれ」
遂に俺は、ちゃんと入学したのだった。
魔装高で学ぶことは……多いだろう。俺は、既に入学前から学ばせてもらっているからな。
その後は何事もなく、普通に教室に向かおうとすると……。
「ちょっと!」
屋上へ続く階段から声が聞こえてきた。ハッとして振り向く。
そこには陽愛がいて、俺を手招きしている。
「よ、よう……陽愛」
ちょっと引き気味に俺が手を挙げると、陽愛は怒ったように階段を下りてきて、無言で俺の服を掴んだ。
そして、そのまま屋上への扉を開き、屋上へ出る。
「お、おい……ひよ――」
「どうしてっ!? 連絡もせずに戦いに行って、大怪我してきて……私には事前に何も言ってくれないの!?」
俺が喋ろうとした瞬間、陽愛が俺に叫んできた。
今までにない声で、一瞬たじろいでしまった。
「わっ……悪い……。でも、心配させたくなくて……」
「連絡してくれない方が心配するに決まってるでしょ! なんで……何も言ってくれなかったの!? 友達に……そんな気の使い方は間違ってるよ!」
響き渡る声に、俺は本当に申し訳なくなってきた。
そうだよな……二日連続だしな……。
「本当に悪かったと思ってるって……とりあえず、教室戻ろうぜ」
HRが始まっても困るので、俺は後ろを向いて屋上から校舎内に戻ろうとした。
すると、陽愛に服を掴まれた。
というか、つままれた、って感じだ。弱く優しく。
「ん……陽愛……?」
「本当に……心配したんだよ……? 先輩三人も相手にして……もし、何かあったらって……」
か細い声だった。振り返って顔を見ると……少しだけ、泣いていた。
俺はゆっくりと、陽愛の頭を撫でた。
「ごめんな……本当に……」
◇
かなりボロボロな俺は、その日の授業は頭に入ってこなかった。
昼飯に何を食べたのかも憶えていない。
ただ、明日は魔装法の実技授業があると聞いて、少しだけ元気が出た。
楽しみなんだよなあ~……普通に。小学校の時に、体育の授業があった時みたいだ。
今の学校でも、体育というものは存在しているが、あくまでも体力向上等の趣味程度のレベルになってしまっている。
そりゃ、体育の実技テストなんかあったら、魔法使って百メートル五秒とかが当たり前になってきてしまう。それはもう、魔装法の実技テストだ。
保体系は筆記テストぐらいしかない。
「明日はやっと実技だね」
下校しようとカバンに荷物を入れていると、そこに品沼がやって来て言った。
こいつとは、まあまあ仲良くやってる感じの友達だ。まあ、後は陽愛ぐらいしか友達いないけど。
「そうだな……ま、どれくらい荒いかだ」
周りの奴のレベルが気になるし、陽愛の魔装法を見たことがない。品沼のもだ。
そうだ……。
「お前、すぐ帰る用事あるか?」
俺がふと思いついて言ってみた。別に明日まで待てばいいのだが……。
「ん? ないよ?」
それじゃあ、と俺は鞄を肩にかけた。
「アリーナ行こうぜ」
アリーナでは、何人かの生徒がいた。どれも別クラスの一年生だ。A組は実技授業が最後に回されている。なので、他の組は今日や昨日にあったのだろう。それで、やばかった奴らが自習しているのだ。
「でも……いきなりどうしたの? 明日にあるっていうのに」
俺は隅の方に鞄を置き、品沼もそれに続く。
そう、明日まで待てば見れるのだろうが……。
「ああ、お前の魔装法を知りたくてな……なんか気になって」
ついでに言うと、品沼の所持武器は大型のナイフ。なぜ銃じゃないのかと聞くと、昔から苦手らしい。
折りたたみ式じゃなく、取り出し易くなっている。結構な業物だ。
「何もないよ……? 普通に強化系とか……」
首を竦める品沼に、俺は笑いかけた。
少し離れた位置に俺は立ち、品沼を向く。
「んじゃ、やるぞ」
「え……?」
俺は抜きざまにパラを発砲した。
自分の肩に速度強化をして、パラを抜く速さを上げただけのことだ。
その銃弾は……品沼の左肩に向かい……品沼の制服による防御魔法で弾きとんだ。
「び、ビックリさせないでよ……驚いたなあ……」
ん……?
その後、基本魔法で少しだけ品沼と戦ったが、品沼も基本魔法ぐらいだけで、何もない、じゃれあい程度で終わった。
◇
「おかしいなあ……なんか」
俺は自転車を押して下校していた。
隣には陽愛が歩いている。俺がアリーナを出るまで待っていてくれたのだ。
「う~ん……見た目通り、普通なんじゃない?」
陽愛が首を傾げて言ってきた。俺が謝り続けていたら、やっと許してくれたのだ。
喋っているのは、品沼の件だ。
「黒葉も風魔法とか使わなかったんでしょ? もしかすると、あっちもあっちで隠していたのかもよ」
「そうだな……それが有力なんだよな……」
俺が品沼にこだわるのには、特に深い理由はない。ただ、品沼の方から俺に話しかけてきたことだけが気になっている。
そこにも、深い理由はないのかもしれないが。
それから陽愛とは軽く駄弁って、十字路で別れた。
明日の実技授業の話を一度もしていなかったことに、後で気付いたのだった。




