第104話 接触と和解
腕時計を確認しながら、俺は小走りに夜道を進んでいた。
俺だって人のことを言えないので、中学三年生の妹の夜遊びを渋る訳じゃない。
だけど――いや、そうだな、お節介かな。
それでも、心配だよ。
「青奈……どこだよ……」
俺が心配している理由……言わずもがな、連続通り魔事件である。
勘違いでなければ、襲われる人は――
「十代の人になっているんだよ」
少しずつ、標的を変えている。
それが今、固定されているというか……固執してる部分が表れ始めている。
「十一時……四十分……」
呟いて、同時に舌打ちした。
この時刻は、犯行時刻とほぼ同じである。
そういや、なんで青奈はあんなに怒ってたんだろ?
確かに、自分の服を勝手に着られたら起こるけど……あれは、そういう類っていうより、なんか嫉妬っぽいっつうか、悔しそうだったっていうか――
ゾクッ
背筋が震えた。
あ……なんだ、これ……この感覚……感じた事がある……?
前方、街灯の光にぼんやりと照らされた道に、誰かが立っている。
「青奈……?」
確かに、青奈に見える。しかし、二人……?
そんな馬鹿な……確かに、危惧していた事ではあるけれど……本当に?
駆け出す。
もし、青奈が知り合いと歩ってたり、相手が彼氏とかだったら、笑い者だ。
「青奈ッ!」
「お、お兄ちゃん……?」
短く高く、妹の名を呼ぶ。驚いて、青奈が俯いた状態から顔を上げた。
後ろの人影が、たじろいだように見える。
「テメエ……! 動くな!」
「え? え? 私?」
叫ぶ俺に、青奈が更に驚いてキョロキョロする。
拳銃を抜き放ち、移動魔法も使って詰め寄っていく。
人影が、大きく跳躍する。
その手の中で、ナイフが光っているのが見えた。
「青奈ッ! 避けろ!」
叫ぶと同時に、俺も大きく跳躍する。
左手でナイフを抜いて、相手へと振り抜く。
そこで、信じられないことが起こった。
「んな……っ」
人影は、そのまま横に移動して躱した。つまり、空中での移動。足場のない、空中という場所での移動というのは、不可能なハズじゃないか。
こいつ……どうやって……?
そりゃ俺だって、風魔法とかを使えば移動できるが、そういった雰囲気は感じなかった。
続いて、目を疑う光景。
俺は自然の法則に従い、落下していく。
目を見開いた。
人影は、空中に留まっているのだ。
「お、お兄ちゃん……?」
背後で声がした。着地と同時に振り返る。
「青奈……大丈夫か?」
「う、うん……だけど、どうしたの?」
「……あれ、だよ」
目で示す。
まるで、空中に見えない床でもあるかのように、人影は止まっている。
「お前、何者だよ」
威嚇するように問いかけたが、フードの下の口がニヤッとしただけだった。
俺を襲った犯人と同じ……全く同じ服装だ。
そして……絶句した。
「なんだ……これ……」
「な……何……」
犯人の背中から、漆黒の羽が、翼が飛び出してきたのだ。
「つば……さ……?」
青奈に離れるように指示し、俺はその右翼にパラの銃口を向けた。
雷魔法を使い、引き金を引く。
その銃弾が……弾かれた。
突然空中に出現した、棺に。
「!?」
犯人の高らかな笑い声が聞こえた。
「そう……そう……でも、まだ……」
なんだ……どうしちまってるんだよ……。
もしや、これが表の与えた力?
青奈の不安そうな声が聞こえ、奥歯を噛み締めた。
「あぁ……ああ……血が……」
年齢、性別が分からなくなる、ノイズがかかったような声が、犯人の口から聞こえてきた。
「もう少しで……出れる……」
「何言ってんだ、テメエ……」
俺が睨むと、それに気付いたように犯人は笑った。
「ああ……いい……その、力が……」
その身体が……棺の中に入っていく。
固まる俺の前で、蓋が閉じた。それと同時に、同じ大きさで同じ形の棺が、五つ並んで現れた。
どういうことだ……? こいつ、戦う気とかがないのか……?
そう思った瞬間……棺が俺をめがけて落下してきた。
「お兄ちゃんっ!」
「分かってる!」
風魔法で必要以上に跳躍する。
多分……未知への恐怖が、あったんだろう。無意識に。
その棺たちは、地面のコンクリートにヒビを入れて、再び上昇し始めた。
「ッ!?」
棺たちは急にスピードを上げ、俺を取り囲んだ。対応できなかった俺は、硬直してしまう。
しかし、上と下はガラ空きだ――そのまま自然落下しようとした。
「いただきます」
「なッ!?」
突然の背後からの声に、顔だけ振り向くと、犯人が一つの棺から出てきていた。その腕で、俺を掴んでいる。
そして――俺の左の首筋に、顔を寄せてきて……そのまま、歯を突き立てた。
「う――ぐ、ぐぅぅぅアァァぁぁッ!」
声にならない声を、悲鳴を上げる。
予想外の攻撃……というのもあったが、その痛さが、尋常じゃない。意識が飛びそうになるほどの、全神経を巡る、強烈な衝撃。
何秒経ってか……犯人の腕の力が弱まるのを感じ、そのまま俺は落下していく。
ボーッとして、誰かの声が遠い残響のように……聞こえたように感じた気がして、そのまま消えた。
◇
頬を叩かれている……?
ゆっくりと目を開けると、水が入ってきた。
目を瞬かせ、もう一度開けると、青奈が俺を覗き込んでいた。
「……お兄ちゃんっ……お兄ちゃん……」
「ああ……聞こえてる」
身体を起こそうとして、諦めた。
頭痛がして、耳鳴りが酷い。身体の節々も悲鳴を上げている。
「大丈夫、なの……? 痛くない……?」
青奈は目に涙を溜めて、小さい声を出した。
「大丈夫だよ……痛い、けどな……」
どうやら、青奈の膝に頭を乗せているらしい。現状を確認すると、路上でだらしなく、俺はダランと身体を投げ出して倒れている。
「犯人は……あいつは、どうしたんだ?」
「分かんない……お兄ちゃんが落ちてきて……そしたら、消えて行っちゃった」
涙を拭いながら、青奈が答えた。
逃げられちまったか……チクショウ。
「でも……青奈は、無事だったんだし……いい、か……」
自己満足で呟いて、俺はもう一度目を閉じた。
◇
なぜ、俺を運ばなかったのか……どうやら、落下した俺を受け止めようとして、足を捻挫したらしい。
青奈は回復魔法が使えるので、自分で回復すれば良かったんだが……受け止められず、地面に身体を打った俺を回復するため、全精神力を使い切ったらしい。
「ごめんな、青奈」
「ううん……私のせいで、こうなっちゃんだから……」
俺は青奈に肩を貸しながら、帰り道を歩いていた。
まだ、全身が痛かったが……いつまでも路上にはいられないし、青奈の方が歩けないだろう。
「私、自分の都合で勝手に怒っちゃったんだもん。お兄ちゃんが、その……あの……誰と、その……そういうことをしても……お兄ちゃんの勝手で……」
……あれ?
陽愛の言った通り、変な勘違いをされてるみたいだ。
どうしよう……これじゃ、変に青奈が傷付いてしまうかもしれない……どうしようか?
こうなったら正直に――いや、あの変装少女のことを話すとなると、青奈を少なからず巻き込んでしまう。それは駄目だ。そもそも信じてもらえるかどうか。
そうだ……陽愛が言ってたことを信じて……言ってみるしかない。
「青奈、悪い」
「え? ど、どうしたの?」
「さっき言ったことは、嘘なんだ。友達に、陽愛に着せたってのは、嘘だ」
「……え? そ、そうなの?」
どうだ……? 賭けだが……言ってみるしかない。
「じゃあ……なんで?」
「それは――」
関係性、崩れないかなぁ……。
「――俺が、青奈の服を着たかったからだ!」
すげえ……言ってすぐに、めちゃくちゃ後悔するんだけど……。
てか、青奈の脚の動きが止まったぞ……絶対に痛みが理由じゃない……。
「……そ、それ……本当?」
「え……あ……う、うん……」
もう自棄だな。
「そ、そっかあー……うん……」
すごい目を逸らされてる。
暗闇で目を凝らすと、耳が真っ赤になっている。少し見える頬も、赤くなってるように見える。
「その……ごめん」
とりあえず謝る。
兄妹関係崩壊への序章が始まっている気が……する。泣きそう。
「いいよ、許す!」
青奈がなぜか元気良く言って、再び歩き始めた。
え、許してくれんの? 解決したの?
「……いいのか?」
「いいっていうか、まあ、うん! お兄ちゃんが、そういう目的だったなら……まあ、うん!」
……なんか、嘘言っちゃってるけど……まあ、いいか、な……?
「ほら、帰ろう!」
「お、おう……」
足を捻挫してるハズなのに、青奈はペースを上げた。慌てて俺も上げる。
疑問や不安は残ったが……仲直りが出来たことは、良かったと思う。




