第102話 資料
深夜二時。
俺はベッドに座り、資料を手にしていた。何枚かは隣に散らばっている。
被害者の一覧がある。
俺の名前は欄の四段目……つまり、四人目の被害者だ。
「さて、と……この人は……」
この捜査資料は最新のものなのだろう……通り魔事件の被害者、合計九人の名前、襲われた時の詳しい状況など載っている。
五月二十三日の夜十時頃に、一人目の被害者。三十四歳の男性会社員で、帰宅中に襲われた。背中からナイフで一突き。重傷だったが、命に別状はなかった。
五月二十五日の夜十時半頃に、二人目の被害者。二十九歳で自営業をしている女性で、コンビニへ行こうとしている最中に襲われた。背中からナイフで一突き。命に別状はなかった。
五月二十九日の夜十時半頃に、三人目の被害者。二十歳の男子大学生で、帰宅中に襲われた。背中からナイフで一突き。命に別状はなかった。
六月一日の夜十時頃に、四人目の被害者。十五歳の男子高校生で、友人宅からの帰宅中に襲われた。背中からナイフで一突き。命に別状はなかった。
六月三日の夜十一時頃に、五人目の被害者。二十五歳の女性フリーターで、散歩中に襲われた。背中からナイフで一突き。噛んだような傷があったが、微量の出血のみ。命に別状はなかった。
六月七日の夜十一時頃に、六人目の被害者。二十歳の女性。バイト先からの帰宅中に襲われた。背中からナイフで一突き。噛んだような傷があったが、微量の出血のみ。命に別状はなかった。
六月十二日の夜十一時半頃に、七人目の被害者。十七歳の女子高校生で、バイト先からの帰宅中に襲われた。背中からナイフで一突き。噛んだような傷があったが、微量の出血のみ。命に別状はなかった。
六月十四日の夜十一時半頃に、八人目の被害者。十七歳の女子高校生で、友人宅からの帰宅中に襲われた。背中からナイフで一突き。噛んだような傷があったが、微量の出血のみ。命に別状はなかった。
六月十七日の夜十一時半頃に、九人目の被害者。十六歳の女子高校生で、コンビニからの帰宅中に襲われた。背中からナイフで一突き。噛んだような傷があったが、微量の出血のみ。命に別状はなかった。
一通り読んで、ふうと息を吐いた。
最後の事件なんか、昨日じゃねえか。いや、正確には一昨日か。既に日は越えてるから、今はもう十九日だからな。
こうしてみると……後半は偏ってるな。
九人中、六人が女性だ。しかも、四人目――つまり俺を境に、全被害者が女性。しかも、比較的若くなっている。
「噛んだような……傷?」
ベッドの上にある別の資料を手に取った。
一人一人の詳しい被害情報がある。傷は……腕や肩に一箇所だけらしい。
「なんなんだ……少しずつ、変えていってる……?」
無差別に見えた連続通り魔事件……何か、目的があるのか?
それに――さっきの少女。
彼女は、自由に動ける裏の人間だと言った。その彼女は、今まで何をしていたんだ? 江崎たちを助けるために、俺に協力するというのは分かるが……小鈴ちゃんは……どうなってる?
「はあ……駄目だ、混乱するわ。やめやめ」
ボヤくようにして、俺は資料をまとめた。それを、机の引き出しに入れる。
どうしようもない……とにかく今は、聖なる魔装戦に集中しよう。
◇
「ん~……やっぱり、無理なのか」
呟いて、俺は拳銃をしまった。
朝早くに登校して、校舎裏の練習場を使い、射撃訓練をしていたのだ。
しばらく、こういうのはやってなかったからな……たまには大事だろう。
そのついでに、不死鳥の魔法を使おうとしたのだが、やはり発動しない。
「あの力があれば……」
ため息をついて、空を見上げる。予報だと雨が降るらしい。
不死鳥の魔法があれば、俺は――
「早いな」
突然の声に横を向くと、美ノ内先生が立っていた。
「おはようございます」
頭を下げると、美ノ内先生はニコリともせずに片手を挙げて応じてきた。
「昨日は、なんか騒がしかったな」
「え……あ……はい」
どうやら、詳しくは聞いていないらしい。
てか……教師があれを、騒がしかった、程度で済ませるなよ。
無責任かつ無関心だな。
「お前……射撃の腕、良かったんだな」
美ノ内先生が俺の射撃的を見て言った。
「え? ……あ、はい……ありがとうございます」
点数にすると、八十点ぐらいだろう……そこまで、良いというほどでもない。
時間的にも終わりでいいだろう――パラを、弾倉を抜いて空撃ちする。しまいながら、チラッと美ノ内先生を見る。
「ああ……特に用事ってもんじゃない。ただ、見かけたから世間話でもしにきた」
俺の視線に気付いてか、軽い調子で言ってきた。
この人が世間話かよ……なんか恐い。意味もなく恐い。
「どうだ……調子は?」
「えっと……ま、まあまあですよ……はい」
曖昧に答えるしかない。
不死鳥の魔法のことを、話す訳にもいかないしな。
「羽雪や鷹宮も、協力してるんだろ?」
「へ? 羽雪さんと……陽毬さん、ですか?」
「ああ、羽雪は第五期卒業生だからな。元、教え子だ」
「あ、そうなんですか……」
第五期……兄さんの世代の、前の年……つまり羽雪さんは、兄さんや陽毬さんの先輩か。一つ上。
「羽雪は、魔装法を使う才能がなかったな」
そんな言葉に、俺は驚く。
「え、そうなんですか?」
「ああ。何度も実戦訓練を積んで、あそこまで魔装力を伸ばしたんだ。元々、戦闘センス自体は良かったからな」
そうか……確かに、戦闘センスは高かった。
それにしても、あの人は努力の天才でしたか……どうりで、師匠に選ばれる訳だ。
「さて、と……もう戻るか」
美ノ内先生はくるりと方向転換して、校舎に戻っていった。
意外な話を聞いたな。
俺も後片付けをして、教室へと向かった。
◇
昨日の事を思い出し、教室の扉に手をかけて逡巡した。
いや……ここで立ち止まってて、どうするんだよ。
思い切って扉を開け、中に入る。
「おっはよう!」
意外なことに、背後から声がした。同時に、背中を軽く叩かれる。
驚いて振り返り、確認する。
「ひ、陽愛?」
「何を驚いてるの?」
微笑みながら、陽愛は小首を傾げた。
そのまま、スタスタと自分の席にまで歩いていく。
そして、未だに動かない俺の方へ、顔だけで振り向いてきた。
「ほら、どうしたの? 不思議そうな顔してさ」
笑う陽愛の言葉に、俺は教室を見回す。
桃香、瑠海、品沼が、俺を見て笑っている。
そっか……そう、だったな……。
俺のいる場所って、確かにこんな感じだった。
不死鳥とか、人間とか、小さく霞むぐらい、大きな場所だった気がする。
「……ああ……ごめん、おはよう」
俺も笑って、自分の席に向かう。
恵まれてるよ……俺は。
◇
午後に桃香が早退した。
特に大きな病気や怪我でもない。元の、身体が弱いことなどがあって、少しばかり体調を崩したようだ。
「今日は、気温が一気に上がったからね……」
陽愛が呟くように言った。
確かに今日は、六月にしては暑かった。今までそうでもなかったんだが。
「私だって、かなり具合悪いよ~」
瑠海がぐったりと、机に身体を預けている。
品沼も無言で頷いている。
そうだな……七月に入ったら、雨が続くような話もあったが……。
「そういや、聖なる魔装戦って、雨降ったらどうすんの? あれって、屋外試合場じゃん」
直接見たことはないが、コロッセオのようなフィールドで、完全な屋外だったハズ。
品沼が遠くを見るようにして答えてきた。
「多分……魔装法の、何らかのサポートとかが入ると思うけど……」
「まあ、降ったら、だしな」
今は関係ないな。
そうだ。今日は特訓もないし、桃香の家に行くか。
◇
タイミング悪く、陽愛も瑠海も用事があり、品沼も生徒会に方で集まりができたらしく、誰も来れなかった。なので、俺一人になってしまった。
俺だけって……なんか桃香に悪いな。
そうは思いながらも、折木家到着。
来るのは二度目……それに、前回も見舞いだった気がする……今度は、普通に遊びに来よう。
インターホンを鳴らして少し待つと、桃香の母親が出てきた。
「は~い……あら、白城くん? どうしたの?」
「こんにちは……今日、桃香さんが早退したので……」
「あらあら、それで? ありがとうね~。さ、上がって」
人の良さそうな態度で、折木母は俺を家に入れてくれた。
「ごめんなさいね……あの子、今寝てるから、お茶でも飲んでて?」
そう言われて、俺はリビングへと通される。
座っていると、折木母がお茶とお菓子を持ってきた。
お礼をして頂くと、向かいに座っている折木母が、微笑んで俺を見ていることに気付いた。
「白城くんのこと、よく桃香が話すものでね……気になってたのよ。この前は、話す時間もなかったし……」
「桃香が、俺のこと……?」
「あらあら、桃香、ですって」
言われて、自分で自分が赤くなるのを感じた。
確かに……前まで呼び名は、折木、だったけど。
それにしても……俺のことを話していた?
「あの子、小学校からあなたのことを話してるわ。実際に会ったのはこの前が初めてだったから、すぐに分からなかったけど」
え……マジ? 桃香は、俺のことを小学校から知っていたのか。そりゃ、長い間同じ学校なんだしな……。
「すみません……俺、小学生時代はあんま憶えてなくて……クラスとか、どうだったんですかね?」
正直に言うと、折木母は笑った。
「無理もないわ。あの子、大人しかったから……あ、今もだけど。特に、目立つ子じゃなかったものね」
否定のしようがない……ううむ。
「それに、小学校は一年生と三年生の時だけ、同じクラスだったの。それじゃ、憶えてないわよ」
「でも……桃香は、憶えていてくれたんですよね?」
「……そうね、あの事があったからかしら?」
「あの事?」
首を傾げると、折木母は頷いて、俺の憶えていない俺と桃香の話を始めた。




