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第99話 炎と炎

 

 (あか)い……紅い炎が、黒葉を包んでいる。

 違う……纏っているって事なのかもしれない。

 とにかく、普段の黒葉じゃない。

 入学式の日に助けてくれて、誘拐された件では救ってくれて、私が一人で決着をつけようとした時には頼らせてくれた――

 あの、黒葉じゃない。

 

 ◆

 

「私の魔装法で……銃は使えなかったはずなんだけど?」

 陽毬の言葉に、黒葉は静かに頷いた。

『だから、銃の(性能)を巡らせ、元の状態に戻した』

「……へえ……」

 陽毬自身、質問の答えを分かっている訳ではない。

 ただ、そんなのありえない、と否定する事が、出来ない。

「陽毬さん……妹さん達は、避難させた方が……」

「……そうだね。ここまでだとは、思わなかった」

 傍に倒れている、寧と悠を見て、陽毬は唇を噛んだ。

 本当に……まさか、ここまでだとは思わなかったのだ。

『黙って去れば、見逃してやる』

 黒葉は余裕たっぷりに言い放った。

 それを聞いて、鋭間が前に出る。

「さて……どうしようかな」

 

 ◆

 

 ただならぬ雰囲気だけれど……逃げたくない。

 黙って去る?

 駄目だ……今の黒葉は、普通の黒葉じゃないけど……ここで逃げたら、もう――


 ――黒葉とは、逢えない気がする。

 

 お姉ちゃん達を、危険な事に巻き込みたくないけれど……。

 私には、黒葉を見捨てられない。

 

 ◆

 

 鋭間と王牙の使う高速移動は、寧から教わったものだ。

 だからこそ……駄目なのだ。

「――ッ!?」

『遅い……駄目だ。全然足りないぞ。我は、あいつ(・・・)の経験を活かせるのだ。これなら、あの羽雪とかいう女の方が、まだ速かったぞ』

 高速移動で迫った鋭間は、その勢いのまま、炎を吹き出したメタルズハンドの右拳を振るった。

 しかし――

「素手から……魔装法!?」

『ああ……不死鳥の俺は、この体を、道具(・・)として扱えたからな。今は、肉体からでは力が小さいが……この程度の拳なら、何ともない』

 素手で、完全に拳を止めていた。

 そこから、スッと黒葉は拳を放した。

 戸惑う鋭間に、黒葉は挑発する態度を示し、拳銃(パラ)をしまった。

『来い。(銃弾)遊びには、もう飽きた』

「舐めやがって……!」

 鋭間は、両拳から炎を吹き上げる。

 黒葉も、服全体から炎を巻き上げる。

 どちらも炎だが……色が、赤さが、違う。

「ハアァッ!」

 火の粉の軌跡を残しながら、鋭間が左拳を振るう。

『……フンッ……』

 黒葉はそれを、何ともないように、最小限の動きで躱す。間髪入れず、右拳が下から突き上げられたが、それを左肘で叩き落とした。

 反撃とばかりに、黒葉は左足で回し蹴りを放つ。それを止められると同時に、両手を床について、バネのようにして跳び上がり、背後に回り込む。振り返ろうとする鋭間の右肩に、右踵を振り落とした。

「ぐあッ……!」

 軽く膝を曲げたが、その衝撃に耐えた鋭間は、その足を掴んで炎を伝導させる。

『……なるほどな』

 しかし、焦る様子もなく、黒葉はその炎が上がる服から、自分の炎を吹き上げる。

 それが消えた時には、鋭間の炎はなくなっていた。

『なかなかの力……と褒めてやっても良いが……やはり、その程度か?』

 首を傾げる黒葉に、鋭間は舌打ちして距離を取る。両手を向け、火炎弾を連発する。

『ほう!』

 面白そうに唇の端を上げ、黒葉はそれを飛び上がって躱す。そこに、更に火炎弾が飛び、真っ赤に包み込んだ。

 荒い息をして、鋭間がその手を下げる。

『面白い……攻撃力として、さぞかし重宝するのだろうな』

 煙が消えた宙に……黒葉は、平然と浮かんでいた。

 いや……正確には、炎の勢いで体を持ち上げている。

『今の状態では、これが限界か……ま、それでも充分だろう』

 顔を歪め、再び構える鋭間に、黒葉は笑いかける。

『それで、どうする?』

 

 ◆

 

 信じられない。

 第3で、屈指の実力を誇る輝月生徒会長が、黒葉に押されている。

「どう……なってるの?」

「見たまんまだよ、陽愛。アリーナから出るんだ」

 私の呟きに、お姉ちゃんが真剣な口調で言ってきた。

 それでも……私は、お姉ちゃんの服を掴んで、首を強く振った。

「駄目だよ……! ここで、黒葉を見捨てられない!」

「……私は、悠君や羽雪さんを治療する。陽愛や桃香ちゃん、瑠海ちゃんを守る事は出来ないんだよ」

 それは強い口調だった。

 邪魔だという事なのだろう……でも、それでも……!

「ぐはッ! うがぁッ!」

 輝月生徒会長が苦しげに声を上げている。

 黒葉が、輝月生徒会長を翻弄しながら拳を振るっているんだ。

 普通に移動しているはずの黒葉が……前方に出した炎の輪をくぐる度に、急激に加速した。

 黒葉の出している炎は……攻撃系じゃなくて……補助系?

「陽愛! 急いで逃げなさい! 出来れば……悠君ぐらいなら、連れて行けるでしょう!?」

 どうしようもない……私は、唇を噛み締めて頷いた。

「桃香……瑠海……!」

「う、うん……!」

「分かった……!」

 3人で、品沼君の体を支え、出口へと向かった。

 その後ろで……輝月生徒会長の体が、大きく吹き飛んだ。

 

 ◆

 

「圧倒的すぎる……なんなんだ、これは……」

 私は同じような台詞を、今日、何回言っただろう?

 羽雪さんを運ぼうとしたけれど、私の力では、強化魔法を使っても無理。服に掛ける事になるんだから、気休めにしかならない。

 陽愛達に悠君を運ばせ、私は、羽雪さんの治療をする事にした。気が付いてくれれば……自ら、避難できるだろう。

「鋭間君……!」

 なんとか、戦闘状況を確認する。

 体から炎を出し、完全な攻撃モードに入った鋭間君だけれど……謎の魔装法、謎の炎を使う黒葉君に、追い付けていない。

 炎の輪……まるで、門のようになった炎を黒葉君がくぐると、その体が急加速をするのだ。

 そして、その輪が小さく浮かんだところを通った右足が、急加速と共に……鋭間君を蹴り上げた。

「う、ぅぐぁッ……」

 小さく声を洩らし、鋭間君が床に倒れた。

 鋭間君の炎は……全て、黒葉君の炎とぶつかり合う事で相殺されてしまっていた。

『同じ属性……とは言い難いな。お前の炎と、我の炎では、根源から違う。ま、それでも……炎には炎をぶつければ、消えるって事か。むしろ、違う性質だからこそ、打ち消し合うのかな?』

 黒葉君は不敵な笑みを浮かべながら、鋭間君に話しかけている。

 そこで……鋭間君が、ゆっくりと立ち上がった。

 これには、黒葉君も眉を上げた。

「黙れよ……お前は、白城じゃねえんだな……?」

『……そうでないとも、そうであるとも言えるが……お前の知る、白城 黒葉ではないだろう』

「……そうか」

 その瞬間、鋭間君の姿が見えなくなる。

 高速移動でもなく……炎を吹き上げている……その煙で、自分の姿を隠している。

「ハアアァァァッ!」

 今までにないほどの炎が吹き上がり、その煙から鋭間君が飛び出す。

 拳ではなく、手刀。そこから、本当の刃のように、鋭い炎が吹き上げている。

 それを連続で振るいながら、黒葉君に迫る。

 どこに、そこまでの余力があったのか……激しく、鋭い速さで、どんどん追い詰めていく。

 炎の門をくぐりながら、攻撃を避けていた黒葉君の肩を、浅くだけど、遂に刃が捉えた。

『ッ……ほう』

 それと同時に、黒葉君の目が鋭くなった。

 距離を取って、ナイフを抜いた。

『侮れないな、人間ってのは。踏ん張りが効く、とか言うのかな?』

 そう言い放って、ナイフを持った右手を引いて、左手を前に突き出した。左足を前にして、右足を後ろにして、腰を落とす。体が横を向き、顔だけが鋭間君を見ている。

 今までで一番、まともに構えた。

 そのナイフに炎が纏われる。

『強い……お前は、強い。だからこそ、知らねばならんのだよ――』

 そして……そのナイフが炎を吸収し……取り込んで……紅く光った瞬間……。

『――敗北を』

 右手のナイフを、素早く突き出した。

 距離はある……当たるはずはない……。

 そう思った時、ナイフの刀身が砕け、その破片が鋭間君に迫った。

「――!」

 一瞬、炎を吹き出して応戦しようとしたが……さっきの戦いから考えてか、すぐに回避の体勢に入った。

 が……。

 その周りを炎の門が囲み、床の破片が廻っていた。

 そこを通過して逃げようとすると……床の破片が突き刺さって、鋭間君を押し戻す。

「え、鋭間君っ!」

 叫んだのと同時……ナイフの欠片が、鋭間君に突き刺さった。

「うぐ……ぐッハァッ……!」

 いつの間にか、その前にまで黒葉君が移動していた。

 刀身のなくなった、ナイフの柄を握っている。

『お前は、なかなか良い。けれど、まだだ』

 そう言って振り下ろされた柄から、炎が吹き上がり……炎を纏った刀身の欠片が、逆再生のように元に戻っていった。

 元に戻ったナイフは、そのまま、鋭間君を斜めに斬りつけた。

 

 ◆

 

 微かに見える光景……あの、輝月先輩まで、倒しちまったよ……()

「本当に……治療するんだろうな」

 暗闇で、思わず声を出した。

 あまりにも酷いやり方に、どうしても口を開かずにはいられなかった。

 声が響いた。

『もちろんだ。それが、お前の求める事なのだろう? 条件である限りは、ちゃんとやってやる』

 そう……それが、条件なんだ。

 俺は、仲間を助けたい……守りたい。この声の主は、力を見せつけた後……皆を治療すると言った。

 そして、こいつは、力を使いこなせる。

 強い。力がある。

 それなら……守れる。

 幸いにも、陽愛達は、品沼を連れてアリーナから出て行ってくれたようだ。後は陽毬さんだが……輝月先輩を倒したなら、これ以上は必要ないだろう。

「分かってる……よな?」

『ああ』

 軽い口調で、声は肯定した。

 そして、俺の体は、俺の口は、陽毬さんを向き、陽毬さんに話しかけた。

『おい。こいつはもう、戦えない。お前も、戦う必要はないだろう?』

 そうだ……輝月先輩が負けた今、陽毬さんが勝てる見込みはないんだ。

 羽雪さんは、陽毬さんがある程度回復してくれたようだし……その二人が去ってくれれば、輝月先輩を治療して終わりだ。

 俺の……意志も、終わる。

 普段通りではなくなる。俺の存在は、この魔装高からも、家からも、町からも消え、いざとなったら仲間を守れる……そんな存在になる。

 ハハッ……ヒーロー気取りが、本当にヒーローっぽくなっちゃったよ。

 仲間を守れる事が、俺の願いで、俺の欲望で、それが目的。

 それを出来るのは、俺じゃなく、この声の、今の俺を動かす奴の意志。それなら、俺は引っ込むべきだ。願いを叶えるために、俺が邪魔なら……俺はいなくなるべきだ。

 これで良い。

 これで全て――

 

「黒葉ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 沈みかけた俺の意識が、覚醒する。ハッとして、僅かな光景に目を向ける。

 そこには――

 息を切らして、()と向かい合う――

「――陽愛」

 

  

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