第9話 決着~それは二つの魔法
何があったのか……全くもって分からなかった。
「ぐっ……ぐはッ……うぐッ……」
俺はこみ上げる血を吹き出し、右膝を地面につける。
なんとかパラで木戸内を威嚇しようとしたが……木戸内の姿が見えない。
左手のナイフをしまい、右脇腹の傷に手を当てる。
血が出ているが……致命傷じゃない。なんとか、戦える。そう、戦うんだ。今更引くわけにはいかないのだから。
「ちくしょう! どこにいやがる! 木戸内!」
叫んだ瞬間、右側から気配がした。
近い……!
左側に転がると、今まで居た場所に踵が打ち下ろされた。
「死んでねえか。そりゃあ、そうだろうけどよ」
見誤った……!
冷静だからなんだって言うんだ。冷静なら大人しい? 冷静な奴なら計画的?
笑える……木戸内が一番の不良で、補導回数も多いって、知ってただろう?
それなら、ムカつけば人も殺そうとするかもしれないって分かっただろう!?
完全な油断だ。
けれどな……それでもな……。
「俺には関係ないんだよ。命なんてな。死んでも、俺は死なない。死ねないんだ」
俺はボソッと呟いて、立ち上がる。
「分かったぞ。気付かれずに俺を撃てた理由が」
魔法……だ。最も汎用性が高いと言われる魔法。
「お前のは隠密魔法。武器に使用すれば、暗闇に紛れられる」
実際、暗くて木戸内のボンヤリとした姿しか分からなかった。
それを武器にかけ、微かに腕を動かして狙いを定めれば、俺には気付かれずに撃てる。
撃った後は服全体に使用して、姿を消して俺に近付いた。服全体にまでかければ、自然に身体全体も隠れるレベルだろうからな。
「そうだな……隠す必要はない。どうせ――」
遠くから聞こえた木戸内の声だが――俺の背後から、拳がとんできた。
「――見えない」
防御魔法で、背中の丁度真ん中辺りをガードする。
しかし、それは俺への罠だったらしく……振り返ってパラで一発撃った瞬間、左側から強烈な蹴りがきた。
攻撃の補助魔法を使ったのであろう……俺はその力に耐え切れず、盛大に吹っ飛び、草むらに転がった。
チッ……!
なんでこいつが遅れて来たか分かった……暗くなるのを待っていたんだ。暗くなれば、隠密魔法や幻惑魔法の類は効き易い。
見えない敵の攻撃なんて……防御しようがない。防御魔法をずっと張っていれば、こっちの精神力が尽きる。さっきまで別の敵と戦っていたんだし。
この前やったみたいに、風を感じる探知魔法を使おうにも、そのための壁などがない。外だというのが、こんな形で裏目に出るとは……。
パンッ! パンッ!
二度の銃声に、俺は素早く頭部を腕で庇い、防御魔法を発動した。
しかし、相手は俺が万が一を考えて頭部を守ると予想していたらしい。
魔法効力が手薄の両脚に弾は当たり、俺は脚に力が入らなくなって仰向けに倒れた。
俺が使えるもう一つの魔法……これを使えば、勝機はある。
俺は普段これを使わない。それは属性魔法だからだ。そして何より、戦いに、攻撃に、特化し過ぎているからである。
昔から言われる五大元素。火や水などの属性的な力。
魔装法では、そのような力を属性魔法という。俺の風魔法もそうだ。
属性魔法は強力だ。戦いに関して、属性魔法を使えるメリットは大きい。が、デメリットもある。
それは薄々察することができるだろうが、精神力の消費だ。
平然と使っているように見えるかもしれないが、俺も風魔法を使うのは疲れる。だから、決めようと思った時以外は、できるだけ基本魔法を使っているのだ。
それに、属性魔法は自然的力に多い。風も自然の力だ。
なので、武器などの相性というのが限りなく無に近い。属性魔法は使い方が難しいのだ。
それを二種類使えるのは、極めて希だ。
元々使えていた風魔法と、使えるようになったもう一つの魔法……これを使えば、今の俺では五分ぐらいで思考発動どころか、魔法が使えなくなるだろう。
それは……リスクが高すぎる。
「でも、勝てねえよ。このままじゃ……」
死ななくても、死ねなくても、俺には死にたくない理由がある。なぜなのか、なんなのかはまた別の機会に話すとして――
俺の使える属性魔法は、昔から一つの力とした考えもあった。しかし、それを使いこなせる奴は少なく、結局二つはバラバラの力となってしまった。
「だから……これが、本来なのかもしれないぜ……」
俺は両脚の痛みに耐えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「何をブツブツ言ってんだ。ぶっ殺すぞ……」
五分だ……五分しかない。
倒すんだ、こいつを。
ったく……こんな貴重な魔法を、不良相手に使うことになるとは……。
「ふざけんじゃねえ!」
累魔法!
俺は叫び、パラで暗闇を撃つ。
その銃弾には……輝く雷が纏われている。更に風がその周りを渦巻く。
しかし、今回の風魔法は吹き飛ばすのではなく……引き寄せる。ハリケーンのように、周りを巻き込む。
盛大な音と共に、銃弾が廃工場にぶち当たる。
「まだだ……!」
その瞬間、工場全体が雷を纏って輝き出す。いや……輝くという言い方は優しすぎる。これじゃあ避雷針だ。
その光で周辺は明るくなる。
「なっ……!? なんだ、この魔法……この力は……!?」
暗闇で倍増していた隠密魔法が、少しだけ薄れてきている。どこから喋っているか……分かるぜ。
俺は声の方向に銃弾を撃つ。
今度は攻撃的な雷魔法……銃弾が、雷の槍を被っている。
「チッ……!」
手応えはあったが……掠っただけだ。足りない!
「こちとら時間がねえんだよ!」
俺は服に雷を纏わせ、移動魔法と風魔法で高速移動をする。一瞬で木戸内の方へと近付く。
そして、風を自分の方に巻き込むように吹かせる。ハリケーンの中心を俺にして、近くにいるはずの木戸内を巻き込むのだ。
「ぐっ……ああっ!」
木戸内の魔法が揺らぎ、隠密魔法の効力が完全に切れた。ま、ずっと自分に魔法をかけ続ける時点で、相当の無茶だろう。
しかし、木戸内は俺の方に引き寄せられながらも、銃を取り出して俺に向けている。
工場の雷も既に消え、俺の服だけが雷を纏って光輝く。
「無駄だ。もう、銃弾も効かねえよ」
俺は木戸内に銃を向けながら言う。
木戸内は薄笑いを浮かべて、なおも銃を俺に向け続ける。その距離が、俺の風魔法で少しずつ縮まっていく。
「どうかな……? 忘れてんぜ?」
何を忘れていると――
「ウラアアァァァァ!」
突然の背後からの声……しまった……!
井戸北が、俺の雷を纏わない右手首を蹴りつける。こいつはおそらく、風で倒れないように風と反対側に移動魔法をかけながら、ジリジリと近付いて来ていたんだ。
そして、俺が完全に木戸内に気をとられた時、最後の力で俺に攻撃を――
井戸北は脚を上げたことでバランスを失い、風に巻き込まれて転倒した。俺はできるだけ遠くの草むらへ、井戸北を吹き飛ばす。
しかし……奴は役目を果たしている。
パラは俺の右手を離れ、遠くの方に落ちた。風で集中的に巻き込もうとしても、時間がかかる。
さっき俺は、井戸北の手首を蹴りつけた……因果応報か……?
「フッ……お前に銃はない!」
木戸内は勝ち誇ったように言い放ち、銃を改めて構える。
やばい……! 精神力が保たない……! このままでは、一分も経たずに魔法が使えなくなる……!
「終わりだ」
木戸内は――今まで隠していたのだろう――鉄の強化魔法で、風の影響をほとんど受けない鉄球に銃弾を強化したようだ。遅くて、飛距離も短くなるが、威力は高い。
もう、俺が魔法を使えなくなることを知っている。風魔法も、雷防御魔法も使えなくなる。
この雷と風の併用魔法から、移動魔法に変えることも、イメージが追いつかない。防御魔法もだ。
そして……銃がない。
けれど、負けられない。ここで、俺は勝つ。
「こうするしか、ねえよ」
俺は風魔法も雷防御魔法も解き、フリーな状態に自分をした。それと同時に右手でナイフを掴み、抜きざまに鉄球を滑らせるように当て、胸に当たるはずの軌道を逸らして右肩に当てる。
残った余力を攻撃強化にしたことで、鉄球に力負けしないようにしたのだ。
そして……数秒後にはゼロになる精神力で、最後にナイフに魔法をかけた。
「スラッシュ」
これが決まらなければ、俺は魔法を使えずに負けるだろう。
ナイフに最後の魔法をかけ終わった瞬間、俺の精神力は尽き、魔法のイメージをしても頭が痛くなるだけになってしまった。
俺の最後の攻撃は……ナイフを投げること。
風の魔法で、右肩の負傷のせいであまり飛ばせなかったナイフを、木戸内に届くようにできるだけ速く飛ばす。
しかし、もちろん殺す訳にはいかない。
ナイフは木戸内の銃の銃口部分に突き刺した。これで銃は使えない。それでも……これで俺の勝ちとはいかないだろう。
「だから、もう一回」
累魔法だぜ? 最後の魔法だ。こんなもんじゃないさ。
ナイフから壊した銃を辿り、最後の雷撃が木戸内に命中する。
「ぐアァァァッ!」
雷で木戸内は気絶したようだ。受け身も取れず、派手にぶっ倒れた音が聞こえてくる。
「終わった……」
やれやれだぜ……この後、二人には何がなんでも学校に行ってもらわにゃ。そうじゃなければ水の泡だからな。
座り込んでから時間を確認すると……七時を過ぎた頃だ。結局、昨日と同じか……。
また、青奈に怒られそうだ――
「あ」
携帯を開くと、メールが三通きていた。
ふう……やれやれ。
どうやら、またしても明日は陽愛に怒られるようだ。




