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0820 ~パラドックス~  作者: 加藤水城
第二章 平崎 夕という妄想女
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第二章 平崎 夕という妄想女(3)



  

 古文に真面目に挑もうとして未知の言語をペラペラと右耳の穴から左耳に聞かせるような勢いで言葉を紡がれ、開始三二秒でダウンしていた竜也は授業時間が終わると再びあの豪華温室トイレを目指していた。目的は勿論九条に会う為だ。

 しかし、九条はいちいち会うたびにくどい感じの挨拶文句というか常套句のような事を言ってくるので、そこらへんは割愛させてもらう。

「それで、如月君? 収穫はあったかな?」

「ああ、実はな………アイツ、八月二十日に何の心当たりもないらしいんだ」

「……? どういう意味だい?」

「だから、ソイツが八月二十日に何のストレス――だけじゃねぇな、肉体的重傷も勿論だし心的ストレスも心当たりがなさそうなんだよ。どういう事だこれ?」

 すると九条は溜息を吐いた。

「…………如月君。まさかそんな事の為にわざわざ報告に来たのかい?」

「何だよ、お前には分かるってのか?」

「俺が言った事、憶えてるかな? あの『超異能力』の説明だけど」

「まあ、大体は」

「なら分かるよね。ぶっちゃけて言うけどいいかな?」

「お、教えてくれよ」

「だからさ、『妄想』してるんじゃないの?」

「―――――――――――――――――――――へ?」

 竜也が呟くと、九条は更に追い討ちをかけるように続ける。

「…………大体からして、その『妄想』の力だってどんな経緯で手に入れたのかは分かってないんだよ? その原因をちょっと想像……いや、『妄想』すれば分かる事じゃないか」

「…………………おいおい、嘘だろ?」

「残念ながら、それが事実だ。……さ、行っておいで。女の子を戒めから解放してあげな」

 軽い調子で言われたが、しかし竜也には納得出来ない様子だった。

(――――――あいつと同じクラスのヤツにでも聞いてみるか)

 そう思い、竜也は今もたくさんの生徒がいるであろう二年B組に向かった。

 筈だった、のだが。

 

 

 

 

 誰も、いない。

 誰もが誰も、いなくなっている。

 いるのは…………………………………女の子が、一人だけ。

 竜也は、教室の後方にある扉から教室内を見ていた。

 カーテンが閉められ、日光が僅かに室内に入ることで程よい薄暗さを演出している。

 その窓際の机に座りただ一人読書をする、バッサリと肩の所まで切られた紫の髪の毛を持つ少女。言動に電波が目立ち、友達を『眷属』と称し自らを『我』と呼ぶ少女。

 平崎 夕がただ一人、そこにいた。

「………………………平崎」

 呟くと、平崎はこちらを見て少しだけ嬉しそうな表情をした。

 彼女は席から立つと、『誰もいない』周りを見ながら、

「わ、我が眷属よ。ここでは人目もある、話があるなら屋上で頼むぞ」

「………何でだ? 誰もいないし、内緒話にはうってつけだと思うけどな」

「??? ……何を言っているのだ、我が眷属よ。教室にたくさんいるではないか」

 竜也はまるで自分が苦しそうな、苦悶の表情を浮かべながら呟く。

「平崎、ちょっとだけバッドニュースだ」

「なんだ?」

 

 

「そいつら、お前の妄想だよ」

 

 

 自分で放った最悪の言葉に、思わず舌を噛み千切って死んでやろうかと思う。

 そう。

 ヒントは幾らでもあった。

 例えば、竜也が見せてもらった純金のフォーク。

 あれは、見せたあとどこにやったのだ?

 持っている様子ではなかったし、何より純金だ。そうそう換金できる代物ではない。

 しかし、それが都合よくなかったことになったら?

 大体からして、もしも純金のフォークを生み出すような『異能』が芽生えているなら。

 それに比例するが如く、それ相応の心の傷があるはずなのだ。

妄想だけを糧にする『超異能力』なんて都合の良い力、ある訳がなかったのだ。

「――――――――――――――――――――――――え?」

 平崎は本当の―――邪気眼の仮面が取れた、本来の平崎の間抜けな返答を返す。

「お前の力はなんなのか、教えてやる」

 それでも竜也は、言葉を紡ぐしかない。

 それが彼女を救う………いや、これは一方的な救いだ。自己満足にも近い。

 だからこそ、こう言い直そう。

 

「自分の『妄想』を具現化する力――――全ては昔の……過去の具現化による幻想だ」

 如月竜也は、自己満足の救いをするために平崎 夕の『妄想』を打ち砕く。

 

 平崎は、瞳孔が完全に開きっぱなしの眼球でこちらを見つめて、

「う、そ」

 ただただ呆然と、呟くだけだった。

「ね、ねぇ。竜、也………………」

 初めて名前をマトモに呼ばれた気がする。

 だが、せめてこんな形で呼ばれたくはなかったとも同時に思った。

 都合の良い理想だと分かっていても、それでも竜也はそう思わざるをえなかった。

「――――――平崎。今から、凄く辛い事を聞く。だけど耐えてくれ。いや………」

 竜也は一言、喉の奥へと飲み込んでから、告げた。

「………………目を、覚ましてくれ」

 そして、そう伝えた直後だった。

 二人しかいない教室に、異変が起きた。

 

 

 

「そいつら、お前の妄想だよ」

 そう告げられて、平崎の脳内に一気に激痛が走り抜けた。

 コイツ、今何て言った?

 妄想? 

 このクラスメイト達が?

 今も、自分たちが妄想扱いされて嫌な視線を竜也に送り続けているこの人達が?

 全部、妄想?

「――――――――――――――――――――――――え?」

 そんな筈がない。

 だってあの日、家族は交通事故に遭ったけど生きていて、友達は死んだけど生きていて。

(…………………………………あれ?)

 友達は『死んだ』筈なのに、今の今まで『生きて』いて。

 家族は、交通事故に遭った筈なのに……家庭の家族はピンピンしていて。

 その原因は、分からない。

 ただ目の前の男は、こう続ける。

「自分の『妄想』を具現化する力――――全ては昔の……過去の具現化による幻想だ」

 信じたくなかった。

 自分には何も起こっていない筈だった。

 

『妄想』の、中では。

 

「う、そ」

 死んでいるのに生きていて、事故に遭ったのに生きていて。

 生きて死んで生きて死んで生きて死んでいきてしんでいきてしんでイキテシンデイキテ。

 ただ呆然と、目の前の男の名前を呟く。

 普段被っている仮面も――邪気眼というペルソナも付けずに。

「ね、ねぇ。竜、也………………」

 自分で言って、何故自分はこんな何かを求めるような言葉を発しているのかと気付く。

 私は、何を求めている?

『私』は確かに、家族や友人が死んだのを確認している記憶がある。

 しかし『我』には、生易しい理想の……いや、幻想の記憶が残っていた。

「――――――平崎。今から、凄く辛い事を聞く。だけど耐えてくれ。いや………」

『我』は『私』で『私』は『我』で。

 二人の平崎 夕が、何時の間にか自分の中で混在していた。

「………………目を、覚ましてくれ」

 今ナンテ言ッタ、コノ男?

 目ヲ覚マシテクレ?

 覚メテナイノハオ前ノ方ダ。

『我』ノ記憶ニ間違イハ無イ。何故ナラ、我ハ五百年モノ年月ヲ生キルプロシテール・アグレインド・サキュレイトダカラダ。

 ダカラ、間違イハナイ。

 …………………………………………何を言ってるの、『私』は?

『私』はたかだが十七年生きたぐらいの子供よ。それに、『あの日』に友達は皆死んだわ。

 ―――――――――――ナ、ニ?

『我』なんかじゃない、『私』が言ってるの。きちんと現実を見て。

 そして、

(黙レ、コノ阿呆共ガ――――――――――――――――ッ!!)

 そう思った瞬間、彼女の周囲で何かが起こった。

 

 

 

「な、」

 その瞬間、如月竜也は正しく絶句した。

 理由は単純だ。

 二人しかいない二年B組の教室が、光り輝きだした事実に他ならない。

(クソ、九条のヤツ。聞いてねぇぞこんなの………!)

 そしてもう一つ。

 目の前にいた筈の平崎 夕の身体、その周辺に――――――、

 半透明なゼリー状の物体が、浮遊している。

 それは平崎の身体の周りを取り囲むように浮かんでいた。

 それは平崎の事を不気味にする演出も兼ねていたが、しかしそれは竜也には平崎を逃がさない象徴的な檻にも見えた。

『妄想』という名の、甘い味のする檻に。

「ひ、らさき………?」

『――――――――――――――ァ、』

 返答はない。

 心なしか、平崎の声が僅かにくぐもって聞こえた。

(こんなの、どう対処すれば―――――?)

 視線を僅かに逸らし、光り輝いている教室の壁などに目を向ける。

 それはただ発光しているだけに見えたが、よく目を凝らせばいくつものフィルムが流れていた。音声はなく、ただ無音の映像が続いていく。

 九条は言っていた。

 心の不安を埋めることで、『異能』は弱体化可能だと。

 もし本当に竜也が、平崎の心の不安を埋めるとすれば、

 

 そのタイミングは、まさしく今なんじゃないか?

 

 決心すると、竜也は眼光を光らせ目の前を見据えた。

「平崎、待ってろよ」

『―――――――――――――――――――――』

「俺はお前を、助ける」

 刹那。

 物凄い勢いで、ゼリー状の物体がこちらへ飛来してきた。

 ……………………竜也の、腹のど真ん中へ目掛けて。

「うおぁあ!?」

 慌てて横にステップを踏むと、多少は狙いがズレたのかゼリー状の物体は竜也の脇腹を少し掠るだけで通過した。

 ゼリー状の物体は後ろの壁へと直撃すると、途轍もない爆音を立てて壁を粉に変えた。

「な、ん」

 つう威力、と続ける事は出来なかった。

 すぐに襲ってきた脇腹の痛みに、思わず腹を抱えこんでしまったのだ。

「つ、ぅ…………っ!」

 軽く掠っただけの脇腹から、気付けば血が垂れていた。掠った直後から出血していたのか、学ランの黒色の繊維の上からでも分かるくらいに滲んでいる。

『…………「我」ノ。眷属ハ』

「!」

 しかし、そんな痛みなど気にしていられなかった。

 目の前の平崎が、口を開いたのだ。

『眷属ハ、ココニイル。スグ傍デ、今モ貴様ノ奇妙ナ動キニ注目シテイルゾ』

「違う、それはただの『妄想』だ! いや幻覚だ幻想だ! お前がいるべきは『そっち側』の世界じゃねぇっ! 『こっち側』の世界だろうが!」

『コッチダロウトアッチダロウト。同ジダ』

「違ぇ!」

 しかし、反射的に声を返すと同時に再びあのゼリー状の物体が襲ってきた。

 竜也は自分の『異能』を使用することを試みるが、自殺を食い止めたのは八時頃。今は十時半を少し過ぎたぐらいだ。あと三十分は使えないだろう。

(クッソ! 何でだ、こういう時の為の力だろ!)

 自分の行動に悪態をつきつつも、自殺を食い止めた事を決して間違いとは思わなかった。

 竜也は足と腰の筋肉を最大限に使い、おもいきりしゃがんだ。

 その頭上のすぐ真上を、二つの細かいゼリー状の残骸が飛んだ。少し髪の毛の束が持っていかれた感触があるが、生きている事に贅沢は言えない。

「う、ぉぉぉぉぁぁあああ!」

 間抜けな叫びをしながらも、平崎へと駆けて行く竜也。

 しかし、その行く手を再びあのゼリー状の物体が阻む。今度は薄い膜のような状態で、圧殺でもするかのように迫ってきた。幅は壁際から五十センチ離れた二・五メートルぐらいだが、今の竜也は教室のど真ん中で大立ち回りを演じていたのだ。壁際五十センチへものの数秒で向かう脚力はない。

 こんな時、あの『異能』があれば。

 時間なんて止められなくても、あの膜さえ止められれば。

 平崎の身体の周辺には、もうあのゼリー状の物体はない。つまり、この膜を何とか回避すれば後は平崎と話が出来るのに。

(……………………止まれよ、)

 竜也はあらん限りの声で、今朝と同じ言葉を叫んでいた。

「止まれェェェェェェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 反射的に、顔を庇うように両手を前へと突き出していた。

 そして、その場から半歩すら動くような時間さえ与えられずに。

 強烈で、表現出来ないような……そんな純粋な音が響いた。

 強いて言えば、甲高い亀裂を入れるような音が響いた事くらいか。

 膜は竜也の身体に直撃し、背後の壁ごと更に粉々に砕いた。

 膜の時速は三百キロを越していた。当然、そんな速度で動く壁に激突すれば後はどうなるか、結果は火を見るより明らかだ。

 しかし。

 いや、だからこそと言えるかもしれない。

 いずれにせよ、この事実は揺らがなかった。

 

 如月竜也が、そこに立っていた。

 

 二本の足で、真っ直ぐに。

『―――――――――ド、ウ、シテ』

 平崎の瞳には、光が混在していなかった。

「…………………言ったろ。俺はお前を助けるって」

『ウ、』

 そこで、平崎は何かを言いかけた。

 竜也はここぞとばかりに相手の方を向き、こう攻め寄る。

「う? 何だよ、言ってみろ」

『ウ、ソダ。…………ソンナノウソダ! 今マデダッテソウ言ッテイタヤツライルケド、ソイツラハ全員「我」ヲ騙シテイタ! 君ノオ友達ハ助ケルッテ言ッタノニ、アノヤブ医者ハ結局助ケナカッタ!』

「そうか。………それで、平崎。なんでそのお友達は医者に助けられるような事になった?」

『ソ、レハ…………』

 阻む物はもう何もなかった。

 ただ竜也は平崎の元へ駆け寄り、両肩を掴んで叫んだ。

「お前のお友達は、いまどこにいる?」

『ナニヲ……サッキカラズット其処ニイルト言ッテイル』

「いや。繰り返し言うが、俺には見えない。…………言い方を変えるか」

 竜也は、生気の篭っていない平崎の瞳を見つめ、

「これは全部妄想だって気付いたヤツには―――見えない」

『ウ、ルサイっ!』

 叫ぶが、やはりもう何も起きなかった。

「お前も、もうすぐ妄想から卒業する時が来たんだ! このままじゃあお前は救われない。表面上の生易しい救いよりも、現実の僅かな希望にすがるタイミングが今なんだよ!」

『希望ナド望ンデイナイ! 「我」ハタダ、マタ眷属ガ欲シカッ――――っ!?』

 自分で口にした言葉の内容に、思わず平崎は驚愕する。

「お前も分かってんだろ。こんなの本当の眷属じゃ―――友達じゃねぇって。こんなのはお前が自分で見てる悪い夢だ! 過去のトラウマを引きずるより、それでも前向きに生きていくんだ! ああそうだ、俺だって最初はお前の自殺願望みたいなのに呆れてたよ! だけど、今にして思えば違った。あれは眷属の――友達の所へ行こうとして、お前のその『異能』が無意識に取らせた異常行動だ! お前はワケの分からないまま俺に助けられて、そして更にその事で不安になっちまった! だから責任は俺にもある!」

『黙レ……』

「黙らない! 俺はお前の『妄想』なんて認めない!」

『黙レ……っ!』

「お前は俺の――――――――友だ、」

『黙レェェェェェェェェェエエエエ!!』

 信じられない事が、目の前で起きた。

 先程までフィルムのような模様を描いていた教室の壁や床のフィルムが……あのゼリー状の物体となって飛び出してきたのだ。

 四方八方からこちらを疑う様子は、まるで蛇の大群を見ているようだった。

 しかし竜也は一瞬だけ振り向くと、すぐに平崎の方へ向き直った。

『オ前……死ヌノガ、怖クナイノカ……………?』

「死ぬのは―――――――怖い」

 竜也に言葉には、もう迷いがなかった。

「だけどな、これもお前の『妄想』だ! 全部分かれば痛みなんて感じねぇっ!」

『馬鹿、オ前……………ッ!!』

 当然、これは嘘だ。虚構だ。ただの見栄っ張りだ。

 いくら『妄想』の力が元とは言え、力自体は本物の『異能』なのだ。マトモに身体に当たりでもしたら、即死では済まない……もう即座に粉微塵になるレベルだろう。

 そこで竜也はだがな、と付け足しこう言った。

「いいか、これだけは憶えておけよ?」

 その蛇のような『妄想』の槍が、背後から竜也を狙う。

 ゆっくりと標準を合わせるように。

「俺はお前の妄想の中じゃ、確かに『眷属』だった。だけど、現実に戻った所でそのポジションを変える事もねえだろ? だから、こっち側に帰って来い」

『………………………ヤメロト、言ッテ……………………「我」ハ、貴様ヲ……………!』

『妄想』の槍が、ついにその凶刃を竜也へと標準を定めたようだった。

 その様子を見ながら、竜也はしっかりと平崎の顔を見て叫ぶ。

「いいか平崎! お前が理想を捨てて、ちゃんとこっち側に戻ってきてくれるなら――、」

『  「我」   ハ………            「私」    は……………』

 そして。

『妄想』の槍が、竜也の背中目掛けて放たれる。

 

 

「――――――――――――俺が、お前の友達になってやる!」

 

 

 強烈に甲高い、破壊音が鳴り響いた。

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!??』

 それは平崎が動揺した事による、『妄想』の崩壊に他ならなかった。

 同時に。

 光り輝いていた教室の光が、メチャクチャに破壊された背後の壁やその残骸が、傷ついた床のタイルが、破片と化した窓ガラスが、全て粒子のように消えていく。

 まるで世界の崩壊でも見ているようだが、言うなればこちらは『妄想』の内側。『妄想』が砕かれた事で『妄想』の世界は終わりを向かえ、現実へと変貌する。

 その粒子が消えた後には、さっきまでの無人の教室が視界に広がっていた。

 竜也は呆然と……いや、達成感と共にその光景を眺めていた。

 すると突然、竜也の鼓膜を声が叩いた。

「う、ふぇん、うぇぇぇぇぇん…………………」

「!」

 いきなりの泣き声に驚いていると、真向かいの平崎が涙を流している。

「…………………、」

 竜也は無言で身体を平崎へ近づけると、平崎は自然と竜也の胸に顔を沈めた。

「…………っく、…………わ、『私』は………………ひっく、……その………………」

 そこで竜也は、ふとこう思った。

 確かに彼は、『我』ことプロシテール・アグレインド・サキュレイトと面識はあっても。

 目の前のこの『私』こと元邪気眼女とは、初対面という事にならないだろうか?

「…………オイ、そこの五百年どころか二十年も本当は生きてない女子高生」

「…………………?」

「俺は如月竜也って名前だ。お前は?」

「――――――――――――――――――、らさき、――――――」

「ん?」

 平崎は、涙目ながらも満面の笑みを浮かべた。

 

「……私は………平崎、夕だ。……………っく、…………よ、よろしくな」

 

 そう言って、図々しいぐらいの態度で右手を差し出してきた。

「おう、よろしくな。っと、そんじゃまぁ……………」

 竜也はその手を握り返すと、そのまま続けてこう言った。

「お友達から始めましょうって事で」

 

 

 

 

 この日。

 如月竜也は、初めて誰かを救えた気がした。

 

 

 

 

 

 ということで、今回の結末。

 結局あの後、竜也は平崎と教室を出るともう授業が始まっていた。

 本来ならばすぐにでも教室へ向かうべきなのだろうが、しかし気がかりな事が一つある。

 今まで平崎は、無意識に『異能』を使用してあたかも二年B組という自らの妄想の存在を本当にあったことにしてきた。しかし、その妄想が……いや、正確には『異能』が砕かれた今、平崎のポジションはどうなるのか。

 それともう一つ。これは竜也自身に関しての事だが、しかしこれは時間があれば九条に聞いてみようという程度なのであまり気にはしない。

 竜也と平崎はその後二十分程度時間を潰して(主に掃除ロッカーへのイタズラ)、竜也の『異能』が使用可能になると五秒だけ職員室の時間を止めてダッシュで学年主任の机に向かい生徒名簿を奪い取りダッシュで戻ってきた。これを五秒でこなしたとは我ながら凄いなと思いはしたのだが、邪気眼モードに戻った平崎に『貴様になら出来て当然よ……』という嬉しいやら悲しいやらよく分からない言葉をかけられた。

 二人で廊下の隅に隠れながらその名簿を見ると、一枚だけ一人しか名前が記載されていないクラス名簿の用紙が挟んであった。

 当然、B組の名簿だ。出席番号二四番にだけ名前があり、とても寂しい雰囲気があった。

「平崎…………」

 戸惑いながら呟くと、意外と元気な調子の声で返事がきた。

「大丈夫だ。私は…………もう本当の眷属が出来たから」

 竜也は首を傾げると、

「??? ………誰の話だ?」

「貴様だにんげ……いや、私の眷属よ」

「お、俺?」

「不満か? 生意気な。我は十七年の時を生きる女子高生の平崎 夕だぞ」

「偉そうだけど俺とまっったく年月同じだからな!?」

 そうこう騒いでいると、向かいの廊下から職員室への忘れ物を取りに来た祭文に見つかった。大柄な体格の為簡単に担がれると、そのまま指導室へと連行される。

「うおおおおおい!? やめろ離せっ、この殺人犯もとい爆弾魔! この際だから言わせて貰うけどな、お前のいちいち漂わせるあの臭い、皆迷惑して――って痛痛痛い! やめろ、腰のツボに親指を入れるんじゃない!」

 喚くだけ喚くと、ふと竜也はもう片方の手で担がれている平崎と目が合った。

「……………………………私の、眷属よ………………」

「何だ平崎?」

「ありがとう。これで私も、妄想なんかに頼らず生きていけそうだ」

「あ、あぁ………。まあ頑張れよ。こっからは完全にお前の人生なんだからな」

 そこには邪気眼ではない、心の底からの笑顔があった。

 

 

 

「…………という訳で、妄想なんかに頼らず指導されようか!」

「やっぱり嫌だぁぁぁぁぁあああああああ――――――――――っ!!」

 

 

 

 …………ともかく、妄想に生きた高校生・平崎 夕の物語はここで一旦終了だ。



 ということで、第二章完結です。

 予定では一番短い章だったので、次からはもっと長めでいきます。

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