第四章 佐藤 楓という先輩女(5)
どうしよう。
後輩にいきなり身の上を看破され、その上あの亡霊が人に憑くなんて初めてだったのに、今は何故かその亡霊である彼が後輩の首を思い切り絞めている。
多分、原因は『償え』だと思う。
だが、自分がどうすればいいのかと原因が分かるというのはまったく別だ。なにより、あの亡霊が今はとても……怖く見える。
しかし、何故あのようになったのだろうか。
さっき見ていた限りでは、温厚な物腰のままだったというのに。
そういえば楓がさっき持っていた『償え』の譜面を見た瞬間、亡霊は目の色を変えた。
あの歌がなにか亡霊と関係があるのだろうか。
いや、あるに決まっている。
なにせ、あの歌詞は自分が死んだ彼氏のことを思って綴った歌詞なのだ。関係がないという方が不自然だろう。
しかし、いざ亡霊となって現れられては、とてもじゃないが見せられない歌詞だった。
何故、と言われても困る。近所の好きな子が引っ越した後に届けもしない手紙を書いたら、それがその子に偶然読まれてしまいそうになるって感じだ。見せたくはないだろう。
しかしそれ以上に、あの『償え』には意味がある。
楓の彼氏は―――最期の最期、自身の自慢であった喉や歌すらも貶し、死んでいった。
しかし亡霊として黄泉返ってきた彼は、まるでそんなこともおくびに出さない。まるで、そう、別人のようだったのだ。
だから尚更、あの歌詞は見せられない。
あんな死に方するぐらいなら、せめて自分の手で締め殺してあげたかっただなんて……そんなことを綴った歌詞を見せられは、しなかった。
そこで、唐突に後輩が足を床のタイルにたたき付けた。
それによって思考が中断し、ハッと我に帰る。
そうだ。
今は歌詞が見せられないとか、そんなことを言っている場合じゃない。
保身……している場合では、ない。
けど。
(なにが………出来る? 私なんかに)
おかしな暴走に陥った亡霊をどうするかなんて、そんな対処法知らない。生徒会室の資料にだって書いてない。当たり前だ。これは、常識では明らかにない事態なのだから。
けど。
(出来る……ことは、………ある訳ないだろ)
切り捨てる。
別に逃げではない。ただ、冷静に考えて無理だ。男ってだけでも体格差があるのに、それにプラスして亡霊ときた。まず、なにをしても通用するとは思えない。
それに自分はもう、大切な人の死で―――その場の勢いだけではどうにもならない現実があると、知ってしまっている。
今度も、同じだ。
無理。せめて、あのトンネルの底まで行って自分が楽譜を拾ってくるぐらいしか―――。
――――――なに、逃げてるんだ?
「えっ……」
思わず、声が漏れた。
聞こえた。
今、確実に、昔の彼……氷室 絃の声が、聞こえた。
しかし、事実その亡霊は今も、後輩の首を絞めているのに……。
――――――お前らしくないな。もっと決断出来る女だったろ、お前。
そうだったか。
そんな、出来た女だったか……佐藤 楓という女は。
確かに、難しく考えすぎかもしれない。
ただ、一つだけ分かる。というか、分かった。
楓の、楓にとっての氷室 絃は……もういない。目の前の存在は、ただの『亡霊』だ。
そう、亡霊。最初からそう言っている。
それに、佐藤 楓という女は、自分の彼氏が『亡霊』呼ばわりされて黙っている程、情けない女だったか。
佐藤 楓という女は、自分の彼氏の名が『亡霊』に騙られて黙っている程、弱々しい女だったのか。
違う。全部違う。『亡霊』も自分も、変わってしまった。
だからここからは……、
(……戻ろう)
昔の、強かった楓に戻ろう。
話によれば、あの後輩にだって時間を記憶だけでも遡れたのだ……あの後輩の『記憶』が過去に戻れて、自分の『性格』が昔に戻れない道理は無いだろう。
やってみせよう。
自分を誰だと思ってる。
元生徒会副会長、佐藤 楓だぞ。
やってやる。
現実は非情だろうがなんだろうが、知った事じゃない。
勢いだけで………感情に言葉を乗せて、やってやろう。
さあ、行こう。
息を肺の中が満タンになるまで、吸い込む。
そして、
「やめやがれっ、このド阿呆がァァァ―――――――っっ!!」
力の限り、大気を震わせた。
それはまた、あらん限りの力で亡霊と後輩の鼓膜を叩いた様だった。
しかし、あの後輩は分からなくもないが、あの亡霊までもが目を丸くしてこちらを見ていたのが驚きだった。
「今だ如月ぃっ!!」
「っ!!」
再び叫ぶと、それに押されたかのように後輩である如月竜也が亡霊の背中を蹴った。
結構な威力だったようで、亡霊が横合いへ転がっていく。
「……ェホッ! ゲホッ! …………死ぬかと、思った………!!」
竜也は上半身だけ起こすと、首の辺りを摩りながら呻いた。
「大丈夫か、如月!?」
「なんとか……無事っス……」
呻いてこそいるが、命に別状はなさそうだ。
そのことに安堵しながら、ようやく自分が昔に戻ったと思った。
さっきの自分じゃきっと、自分が無事なことにしか目がいかなかった。
しかし今は違う。それより一歩先の行動が、可能だ。
「……如月。多分、後は大丈夫だ」
それだけ告げると、楓は亡霊を見据える。
あれは、誰だ。
異質な何か。それに犯された氷室 絃か、もしくはそのものか。
しかしどちらにせよ、異質―――常識とは異なる何かなのは間違いない。
「『異能』です」
後ろの後輩が、少しだけ付け足した。
「あなたの『異能』―――人のコンプレックスを反映する超常現象が、身に宿ったんです」
「人の、コンプレックス………」
楓は、静かに亡霊に歩み寄った。
亡霊はいまだに這い蹲って呻いている。しかしそれは、先ほどの蹴りではない要因だ。
直感で分かる。
楓が『異能』を認識した瞬間――亡霊とあの身体との間に隔絶的な何かが起きたのだ。
平たく言えば、あの身体が亡霊を拒んでいる状態になったのだろう。
「『うぉ………ぅぅううううっ………!』」
「………ねぇ」
切り出してみたものの、何から言うかまったく纏まっていなかった。
憤怒。謝罪。悲哀。純愛。情熱。冷静。
相反する要素さえ含まれるその感情は、そう簡単に表せるものではない。
だから、楓は口から零れ出すように、次々と語る。
「私は、アンタのことが好きだった。……ああ、今でも好き。今後は分からないけど。でも今は好き。本当に好き。どうせ死ぬなら自分で殺したいと思うぐらいに……好き。だけど、忘れてた。一つだけ」
楓は、少しだけ涙を浮かべていた。
「………アンタ、もう歌が嫌いなんだったね」
「『う、グルルルァァァァァァァァァッ!!!』」
何かの核心に触れたように、亡霊は呻きを雄叫びに変えた。
天空に向かって叫ぶそれは、見苦しくそして……荒々しかった。
「『ルァッ!!』」
亡霊が、右手から黒い瘴気のようなものを噴出させ、楓目掛けて走ってくる。
反射的に壁になろうとしてくれたのか、後輩は少しだけ身を捩らせるような素振りを見せた。だが、それ以上は動かなかった。限界なのかもしれないし、楓だけで大丈夫だと踏んだのかもしれないが、それは今この瞬間はどうでもいい疑問だった。
軽く息を吸い。
口を、開く。
「揺ぎ無い思いは 気球となって 静かに天を舞い 蒼へと昇る」
「『ウッ、ァッ……!?』」
それは、『償え』の歌詞。竜也が捨てた、あの歌詞だ。
それを聞いた亡霊は走る勢いが落ちるどころか、その場に思わず蹲った。
「『……ぁ、……ッ!』」
しかしそれでも諦めないとばかりに、亡霊は黒い瘴気をこちらへ飛ばしてくる。
あれは危険だ。
本能的に感じるが、回避する術もない。だが、回避するまでもなかった。
気付けば、自分の目の前でその瘴気は全て霧散している。まるで、煙のように。
そして楓は歌い続ける。
それは彼との決着と、自分を謳い続けてきた自分自身との決着の意味も込めて。
「届かない思いは レールとなって」
瞬間、楓の足元から黒い何かが這い上がった。黒いそれは瘴気かと思ったが、それは瘴気のように有耶無耶なものではなく、しっかりとした形があるものだった。
レール、もとい譜面。
立体的な譜面が物体として空中に現れ、空中で踊っていた。
これが、楓の力。
本当に自分が追い込まれなければ見つけ出せなかった、本当の『異能』。
そして、これの効果は恐らく―――。
「静かに地を這い 闇へと還る」
歌うと同時、譜面は本当のレールのように直線運動をして、亡霊へと突き刺さった。
しかし、憑いている身体から血が溢れることはない。
譜面は侵入をピタリとやめると、今度はロープをいきなり引っ張ったように体外へと出て行く。そして体外から出きった時に、その譜面は……人型の瘴気を絡め取っていた。
亡霊そのものを、身体から引きずり出したのだ。
一時的に歌うのをやめる。だが、譜面の拘束は解除されないようだ。
楓は静かに近づくと、亡霊に話しかける。
「……ねぇ」
「……………やっと」
「!」
そこで楓は、少しだけ驚いた。
あれほどまでに荒れ狂っていた亡霊が、穏やかな声で話しかけてきたのだ。
「やっと、話せるな………楓」
その顔は、歪んだ獣から穏やかな男へと変貌……いや、『復元』していた。
この顔こそが、あの男だ。
二度と見ることはない、そう思っていた男。氷室 絃という特別な存在。
それが、こんなにも歪んだ形ではあっても、もう一度見ることが出来た。
ただそれだけの事実で、楓の涙腺が崩壊しかける。
だが、堪えた。
泣く場面ではない。
嗚咽を漏らす場面ではない。
これは、真実を見据える為に誰かが与えた―――言うなれば、猶予なのだろう。
真実を見据え、世界を正しく変える為の猶予。
無駄にしてはいけない。それは分かっている。だからこそ、普通に返答した。
「絃、クン……」
「……楓。お前どうして、俺が帰ってきたか分かるか?」
「……分かんないけど……、多分、私の……!」
すると亡霊は、そこで初めて苦笑をした。
「そー言うと思ったよ。だから、お前は放っておけない。蘇って傍にいたいと思うほどに、心配なんだ」
お前は背負い込み過ぎなんだよ、と。
そう亡霊は言う。
「これは俺の所為だ。お前は悪くない。いや、お前が悪かったのは……言うなれば運だな」
すると、少し上手いこと言ったぜ的な表情をして、亡霊がキメ顔をした。
懐かしい、とても懐かしく感じる、氷室 絃の癖だった。
それを見て思わず、楓も苦笑してしまう。
「俺は、……まあこう言うのも変だけどな、死ぬ直前に歌を憎んでた訳じゃない」
「そうなの、か……?」
「ああ。俺は生前、歌を見すぎていた。お前という存在のアイデンティティーを、勝手に歌に置き換える程に歌を見ていて、それでいてお前自身を……見ていなかった。だから喉が潰れて、歌が歌えなくなって、ずっとベッドに横たわっている時……それに気付いた。そして死ぬほど後悔したさ。そういや俺達、作詞作曲の打ち合わせはしたけど、ロクなデートすらまだしたことなかったな……。それに気付いたのは、もう動けない時だった」
亡霊はそこで、一拍溜めた。
「我ながら馬鹿な選択だったよ。気付いた時にはもう、『歌を見る俺』が手術を拒否していたからな。……だからせめて、死の間際でも良い。この世に留まれるうちにせめて、伝えたかった」
上手く伝わらなかったみたいだけどな、と亡霊が呟く。
「や、めて……っ、それ以上言わないで……!」
そこで楓は、唐突に言葉を止めた。
涙腺は限界だ。
しかし、それ以上に精神の防壁は既に破壊されていた。
「それ以上言ったら、お別れになるから……っ! なあ、絃クン、ずっと一緒にいよう! 私がこれからはずっと、絃クンの話し相手になって、ずっと傍にいるから! ……ああそうだ、行ってなかったデートもしよう! 遊園地とかはベタだな、絃クンはベタなのあまり好きじゃないからな……っ!」
いや、違う。
限界なんて、とうに超えている。
だからこそ、プライドの高い楓が、こんなにもくしゃくしゃの顔で、亡霊の方へと近づいていく。
しかし、
「楓」
亡霊は一歩、後ろへ下がった。
まるで、自分とは駄目だとでも言うように。
「最後に……本当の最期に伝えたかったことを、もう一度言うぞ?」
「やめ、て……っ、やめてよぉ……!!」
「俺は歌なんかより……お前の方が、大好きだった」
最後の涙腺が、壊れた。
「……っく、……っ! っ………ぅ、ぁぁあぁ………っ!!」
ボロボロと、大粒の滴が落ちる。
くしゃくしゃの、泣き顔に。
そして、楓はその場に泣き崩れた。
その嗚咽はしかし情けないものではなく、何かとの決着をつけているよう。
そのまま二分、ずっとずっと泣き続けた楓は―――流石に限界が来たのか、唐突とも言えるタイミングで泣き止んだ。無論、細かい嗚咽は漏れているままだが。
「―――っ」
楓は、少しだけ深呼吸をすると、すっと立ち上がった。
ずっと自分を見てくれていた亡霊の目の前に、並び立つ。
「……俺は、いちゃいけない存在だからな。そろそろ消してもらうとするか」
「………うん」
楓の口調が、いつものそれではない。
それ程までに、真剣になったのだ。甘えることなく、向き合った。
そして次に楓が何かを言おうとするが、それを遮るように亡霊が言葉を重ねた。
「あ、そうだ。もう一つ、言い忘れてた」
台詞が遮られ少し顔を顰めるが……それでも楓は、ちゃんと聞いた。
「なに?」
「うーん……ベタな台詞しか思いつかないな。ベタなのは好きじゃないんだが……まあこの際だ。しょうがないな、うん」
亡霊は、瞬間的に真面目な顔つきに変わる。
「お前は、幸せになれ。……俺のことを引きずらずに、俺の『彼女』じゃなく、他の誰かと幸せになって、『女』になってくれ。……そうだな、あの後輩ぐらい気概のあるヤツが良い。あれぐらいのガッツがないと、俺は認めんからな」
一瞬、楓はきょとんとしたような顔をした。
しかしすぐに、その真っ赤に目を腫らした顔で、笑顔を浮かべた。
「……分かった。私、幸せになるから。だから絃クン………安心してね」
「おう」
最後の返答は短かった。
それを合図に、楓は亡霊へと一歩歩み寄る。
この亡霊は、『首を絞めたい』という歌詞の『異能』化。なら、それと同じことすれば。
それで、この物語は終わるだろう。
悲しくも美しかった、二人の数奇な物語は。
もう一歩、歩み寄る。
すると亡霊の方からも一歩、楓へ歩み寄った。
超至近距離となった二人の間に、静かな沈黙が流れる。
そして、二人同時に苦笑すると、楓はそっとその両手を伸ばす。細い両手が、亡霊の首を優しく……掴む。
楓は、笑った。
笑うことが、出来た。
「じゃあね」
「じゃあな」
楓は最後に、亡霊の……氷室 絃の耳元に口を近づけ、そして、
告げる。
「 」
「―――ありがとう」
直後、ガラスが砕け散ったような音が響いた。
もう、そこに氷室 絃という名の亡霊は、いなかった。
しばらく、屋上を静寂が包み込んだ。
大気の流れすら避けているような、無風の状態。
その沈黙の均衡を崩したのは、竜也だった。
「……………先輩」
「良かった」
しかし、均衡を崩そうとしたそのタイミングで、楓はこの場に相応しくはない言葉を発した。
「……へ?」
思わず、聞き返す。
「良かった。……絃クンを、亡霊じゃなくて、絃クンのままで逝かせられて」
「……………そう、ですね」
複雑な心境ではあった。
だが、『前』に自分の友人を殺したのは氷室 絃ではない。それに即した姿をした亡霊だ。
だから、竜也も良かったと思う。
この人の……この人達の世界は、最後の最後で、救われたはずだ。
だから、良かった。
「本当に、良かったです」
楓は、今まで見せた事もないような笑顔で頷いた。
ということで、今回の結末。
無事に氷室 絃を『成仏』させた後、なんと楓は授業に普通に参加した。『異能』やら何やらで頭が痛くなっても不思議ではないのに、凄まじい精神力だと竜也は思う。
楓の目が泣いたことによって赤く腫れているのが唯一の異常事態の証拠と言えば証拠だが、それは竜也が疑いの目を向けられ軽くボコられるだけで済んだ(主に桜崎が主犯)。
今回竜也は、精神的なダメージは多少あるものの外傷がなしという状態で『異能』を潜り抜けられた。強いて言えば締められた首に手跡があるが、それも次第に消えるだろう。ということで、竜也も授業を休める道理がない為、今日は授業にフル参加した。
そして放課後、昼休みに平崎やら紫やらから『先輩との屋上イベント』というなんだか捻じ曲がったウワサについて追求されボロボロになりながらも、竜也はなんとか一日を乗り切った。今日が理科なしという天国の時間割だったのもかなり幸運だったろう。
しかし、疲れたことに何ら変わりはない。『巻き戻る』前を含めれば、体感的には役十時間分の時間を過ごしているのだから、当然と言えば当然だ。
ということで早めの帰宅を目指し、竜也は掃除当番を知らないフリをして下校に移る。
ダッシュで階段を駆け下り、下駄箱へ数十秒で到着。
自分の革靴を取り出すべく、下駄箱の戸を開ける。
するとそこには、
「ん?」
一通の手紙が入っていた。
(ら、)
瞬間、竜也の底辺まで落ちていた精神力パラメータがフルMAXと化す。
(ラブレターがついにキタァァァァァァァッ!?)
神速と言える速さで、封筒から便箋を取り出した。
目を一通り通すと、しかしこれは決してラブレターではないということが判明。
ガックリと膝をつくが、しかし内容をしっかり読まない訳にはいかない。
どうやら、差出人はあの先輩のようだ。
便箋にはこうある。
『 Dear如月竜也
すまないが、口頭では到底伝えられない内容なので書面にして伝えさせてもらう。
私と絃クンが、まあ結果的に復縁出来たのは紛れもなくお前のおかげだ。礼を言う。
こんな書き方じゃ感謝していないように思われるかもしれないが、それは誤解だぞ。
正直、人生でこれほどまでにないぐらい感謝している。それは絶対だ。
だからここで、一つだけ書かせてもらう。
私は絃クンと最後、お前は聞いていたかどうかは知らないが、少し会話をした。
その際、少し面倒な約束をしてしまってな。まあ、絃クンとの約束なら仕方がない。
私が幸せになる。そんなベタな約束なんだが、しかしどうもこう、相手が思い浮かばん。
絃クンはお前のような気概のある奴と言うが、そんな奴考えてもお前ぐらいしかいない。
しかしお前とて、浮かれてはいられない状況なのだろう。いや、これは勘だが。
だから、別に私を「彼女」だなんて思わなくても良い。ただの「女」でも良い。
いや、やはりただの「女」は嫌だな。ここはそうだな、絃クンに習いベタな名前でも。
私を「彼女」ではなく、「先輩女」程度で良い。意識していてはくれないだろうか。
自惚れたりはするなよ。ただ、約束の為であって別にそういう目で見ているのではない。
そうすればきっと絃クンも浮かばれると思うからな。
それと前述のことを引っ繰り返すようだが、私はお前に惚れる可能性がないとも限らん。
私は惚れっぽいし、尻軽でもある。そんな普通の先輩だ。
と、長く書いたが、要は「友達になってくれ」と伝えたかった。
まあ、お前のことだから既に自分たちは友達だとか言いそうだけどな。
あ、「先輩女」じゃなくて「尻軽女」とか言ったら、目潰しコースだから覚悟するように。
それじゃあ、次は普通の友達として会おう。
「先輩女」佐藤 楓より』
「………………」
自然と、口元が笑みを浮かべた。
まったく。
この人は、やはり常時だと頭が良い。竜也の意見が全て、本当にお見通しだ。
まあ、それでも体裁的に言っておこう。
如月竜也は、こう思う。
「…………もう、とっくに友達ですよ、『先輩』」
帰路の夕暮れは、珍しく綺麗だった。
第四章ラストです。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
丁度折り返し地点なので、優華エピソードの結末はまだ先になりそうです……。
ということで、次回もよろしくお願いします。




