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0820 ~パラドックス~  作者: 加藤水城
第三章 峰崎鈴香という委員長
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第三章 峰崎鈴香という委員長(4)


 少し間が空いてしまいしたが、四回目です。

 これから更新が遅くなるかもしれませんので、ご了承ください。



  

「…………………………いやなんで?」

 生活指導という名目で祭文にネチネチと詰め寄られていた竜也(平崎には『この痴漢!』と言われたからか途中から祭文は何も触れなかった。なんか釈然としない)は、アタッカー祭文の攻撃を全ていなし、途中で慌てた様子で駆け込んで来た影宮先生の言葉で間抜けな声を上げた。いや、人間誰でも『校舎中になんか生徒が白目剥いてイヤァァアッ!』といきなり叫ばれればこんなリアクションになってしまうだろう。

 つまり、そういう事だった。

 竜也はショックで目玉が飛び出しそうな祭文を無視し、隣のパイプ椅子に座っている平崎に小さな声で話しかける。

「……平崎、そういえば教室のドアって…………」

「…………私達は窓から出たから……当然開けっ放しだろうな。うん」

「―――――――――冗談だろ? まさか、あの状態で校内を探し回ってるのか?」

「おそらくは。だけど、私達に出来る事はさっきと変わらないんだろう?」

「…………まあそうだな。しかし、そうなると見つけるのが厄介になりそ―――」

 その時、勢い良く影宮先生のリピートのように駆け込んで来た生徒がいた。

「助けて……!」

 その生徒は女で、髪型はボブで、最近コンタクトを付けた委員長。

「……………皆が大変なの! 助けて!」

 峰崎鈴香が、息を切らしてそこにいた。

「……み、ねざき!?」

 声が裏返って、変な音を発したかもしれない。しかし、それほどまでに驚く事実だった。

 どうして峰崎がここにいる? 皆と一緒に、操られたんじゃないのか?

 待て。彼女は容疑者候補ナンバーワンじゃないか。だって勘違いとはいえ『異能』を―

「って、なに!?」

「ちょっと来て!」

 峰崎は息も整わない内に竜也の手首を掴むと、そのまま竜也ごと廊下へ走っていく。

「いや、っと、どうしたんだ!?」

「如月君、さっき変な特技がどうとか言ってたよね!?」

「ん? ああ、言ってたけど!」

「多分、それっぽい人見つけたかもしれない!」

「何学年の何組だ!」

「一つ下!」

「…………………一学年の…………!?」

 それはおかしい。

 だって、九条が確認した『仝』は竜也のクラスの筈なのだから。

 しかし、それを上手く峰崎に伝えられる程の語彙力もタイミングもなく、竜也はそのまま引きずられる形で一年生の教室があるフロア――一つ下の、職員室と同じフロアへ。

 一年生の教室は合計でG組――つまり、二八〇人も一学年にいる計算になる。その中で二年の峰崎がこの短時間で見つける程なのだから、それなりに目立ってはいるのだろうが、

「この教室!」

 峰崎が立ち止まったのは――――一年C組。

 竜也は扉に手を掛けると、一気に扉を開け放ち、中で起きている『何か』を見る。

「――――――――――――――――――――――?」

 声すら出なかった。

 思考が纏まらない。

 頭がフリーズする。

 何故なら、そこには片手を上げてクラスメイトを操っている、

 

 柏木 紫がいたのだから。

 

「お、い…………ゆ、紫っ!」

 しかし、紫は反応しない。

 教室の中は荒れていた。

 机が乱雑に倒れ、椅子は適当に壁際に積み重ねられ、教室内の殆どの生徒は皆白目を剥いている。どうやら廊下ではなくベランダへと出たようだったが、問題はそこではない。

「まさか――――――――――、」

 竜也は紫の近くへ駆け寄ると、その顔をよく確認しようと見上げ、

「…………っ!!?」

 ズギン! と鋭い頭痛が、竜也の思考を容赦なく絡め取る。

(なん、だ……? この、痛み………………っ、)

 あまりの痛みに頭を抱える事すら出来ず、ただ体勢が崩れてしまう。

 後ろから駆け寄ってきた峰崎が何かを叫んでいるが、竜也には聞こえていない。

(―――――――――――アレ、えっと…………いや、まさかな)

 紫が今回の犯人、というオチではないだろう。これは願望でも何でもなく、確信だった。

(…………………………………ヤベ、意識……が……………………、ぁ)

 ブツン、という音が聞こえた気がした。

 同時。竜也の意識は途切れ、惨状の前に倒れ込むしかなかった。

 

 

 竜也は、最近になって知った事が少しだけある。

 それは、親との繋がりの重要性というのが一番大きいということだった。

 親というのはつまり、自分が過去から現在まで息をしていて、感情を憶えて、学習して、何より単純に生きていくのに一番大事な要因であり、いわば大恩人という事だ。ちょっと捻くれた考えかもしれないが、しかし自分を育ててくれたのを『義務』という一言で終わらせるのには少しの抵抗は憶えざるを得ないだろう。『義務』ではなく『情』で、しかもそれが『愛情』で育ててくれたとなれば、親の言う事を聞けというのは勿論自分にとって神に等しい存在になってもおかしくはないとも思う。

それぐらいの責務を押し付けているのは、紛れもない自分なのだから。

 だから独立や自立と言った少しでも責務を和らげる比喩表現は好まれるのだろうし、それは全面的に正しいとも思う。竜也としては大賛成だ。

 だけど。

『―――――――だけど、ね』

 

 これは確か、去年の夏あたりの話である。

 如月竜也もこの頃は家族健在で、冷静に物事を見る能力も今よりは欠如していた。

 春に入学した彼は特にこれと言った期待もせず、少し背伸びして入学出来たなーあー良かったぐらいの感想しか持てていなかった。中学からそのまま進級したような友達で固められてはいたし、それ以外の学校から来るのは余程の馬鹿か物好きかだ。

 そして竜也が所属する事になった一年B組は、偶然にも峰崎鈴香と一緒のクラスだった。

 今はそこまででもないが、その頃の竜也は美人や可愛いと名が付く人物はついつい目で追ってしまう純情(?)な男子高校生で、勿論その人物の中に峰崎も含まれていた。

 ゴールデンウィークも殆どは自堕落に生活し、そして夏休み少し前になり、席替えという皆誰しもちょっとテンションが上がってしまうイベントが実施される事になった。

 席替え後に座った座席は、運良く窓際の最後尾という位置をゲット。そのすぐ前の席に豊満ボディのメガネなしかも美人(可愛いではなく美人なのが重要)が座っていたら、仮に声を掛けてしまっても誰が責められようという感じだった。

 という事で、声を掛けてみたのだった。と言っても積極的に女子と話すなど日常的にまず発生しえないイベントな為、いささか緊張した声になったかもしれない。

 取り敢えずこれからヨロシク的な旨をガチガチの声で何とか伝えると、峰崎は何てことない感じに返答してきて、

『あ、よろしくね。「有岡中のドラグネスムーン」さん』

『どこでそんな黒歴史を…………!?』

 誰しも一度は考え付くであろう厨二魂に火が点いた時にうっかり考えてしまったあだ名だったが、しかしこんな使い方をされるとは竜也も思っても見なかった。

 ちなみにドラグネスムーンは如『月』『竜』也という事だ。イタいと思うなら思えばいいだろうと竜也は開き直る。誰しも、そういう思い出したくないあだ名とかグッズとかある。

 指なしの黒い皮手袋とか。

 という訳で、出会いはインパクトとしては最高、印象としては最悪であった。

 しかしその強い印象が相乗効果でももたらしたのか、その後峰崎と竜也は何気なく話すようになった。女子に耐性がついたのはこの頃なのかもしれない。

 ちなみに、この頃にはもう桜崎や氷室とも面識があった。ちょくちょく話に乱入してくるから楽しくはあったのだが、しかし桜崎のテンションは少し苦手だった。

『…………んでさ、その時の母さんも弁当忘れてよ』

『へえ。でも、それだとさ――――――、』

 気がかりな事と言えばもう一つ、峰崎の家庭の事だった。

 父親の話題を振ると妙に気丈に振る舞い、母親の話題を振ると妙に冷静になる。そんな印象を受けるが、どちらにせよ普段とは違う何か地雷を踏みまくっている気がする。

 普通なら地雷なら踏まないのが一番だと思うだろう。勿論竜也も最初は出来るだけ触れないようにしたのだが、この時の自分の精神は思ったより子供だったらしい。どうしても秘密を知りたいと思った幼い精神は、デリカシーに欠けると思うが人格破綻者と呼んでくれても構わないからと峰崎に懇願したのだ。今にして思えば、愚か以外の何でもない行為だったと断言出来る。すると峰崎は、渋々と言った様子で口を割ってくれた。

『―――――私って、結構親に嫌われてるのね』

『―――――言いづらいけど、その家庭内暴力ってやつ?』

『―――――ああでも、心配しないで。これで問題起こしたりはしないから』

『―――――昔からだから慣れてるし。もう耐えられないとかそういう弱音はないから』

『―――――そんな心はもう、死んでるから』

 しかし、それは。

 それと同時に、峰崎は途轍もない事をしてしまった。

 自分の心を殺したも同義だ。死んでいるというが、実際は苦しい筈だ。

 なのに、誰にも相談しない。おいそれと話せる話ではないだろうが、しかし誰かに打ち明ければその分心も身軽になるだろうにと思いながら、竜也はそういえばと思い出す。

 こう言うと悪いが、峰崎は綺麗過ぎて周囲の女子から軽く疎まれるムードだった。更に何かが家庭で起きているとすれば、その内雪だるま式に事態が発展していくかもしれない。

 そう考えた竜也の行動は、単純と言えば単純なアイデアだった。

 夏休み中ずっと竜也も思案していたのだが、しかしこれぐらいしか浮かばない。

 その策とは、とても簡単だ。

 竜也は夏休み明けの教室で、新しい委員長を選定するという事で候補者を募っていた教室内で堂々と手を挙げ、席を立つと告げる。

 

『峰崎鈴香さんを、委員長に推薦します』

 

 これが、竜也の策。

 これを期に学校での信頼を獲得すれば、少なくとも多少は痛みが和らぐはずだ。

 そう考えた皮肉の策でもあったのだが、その後竜也は

 

 

 

 

 て。

 きて。

 くん。

 起きて。

 やくん。

 起きて、―やくん。

「起きて、竜也君!」

「―――――――――――――――――――っ!」

 夢の……回想の世界から意識が断絶され、竜也の自意識が再び浮かび上がる。

 有り体に言えば、夢の途中で起こされたらしい。

「……………み、ね、ざき……?」

「あ、気がついた!? 大丈夫!?」

「あんまり大丈夫とも言えないけど」

「それぐらい返せるなら大丈夫だね」

 峰崎はどうやら、ずっと身体を揺らしていたらしい。それは好意としてやってくれた事だろうしありがたいのだが、しかし頭まで激しく揺らしていたらしい。少し吐き気がする。

 竜也は頭を片手で押さえながらのろのろと立ち上がると、改めて周りを見渡した。

 一年C組の教室。乱雑に寄せられた机は何かの衝撃で崩れたらしい。教室内の約半分のタイルが机やら椅子やらで埋め尽くされていた。それに、糸が切れたようにあちこちに倒れている生徒。机の上に倒れている紫もいる。どうやら、あの惨状は夢ではないらしい。

(夢じゃあ悪趣味過ぎるけどな………)

 心の中だけで悪態を吐くと、竜也は少し重い身体を引きずりながら窓の方へ移動する。

 窓から外を覗くと、外には救急車が三台停まっていた。まあ用もなく校庭に停める道理もないから、この騒ぎの所為なのは間違いないだろう。

「――――――峰崎。俺、どのくらい気ぃ失ってた?」

「うん? えーっと………七分くらいかな」

「もうとっくに下校時刻だな。ったく、折角の五時限授業が台無しだ」

 と言いつつ、竜也は見ていた窓をガラリと開けるとそこから身を乗り出して

「待って。どうしてさながらスパイの如くわざわざ窓から出るの?」

「いや、外に用事があるから」

「…………精神科に行きたいなら、別に救急車に乗らなくても……」

「救急車じゃねえよ! それと、お前の中で俺の人格がどんどん捻じ曲がってないか!?」

「いやでも、ほら。ドラグネスムーンさんだし」

「もう良いだろ! 俺に恨みでもあんのか!」

「怨みならあるよ」

「漢字が違うだけだろ!」

「大違いだよ」

「とにかく、俺あの『怪談館』に用あるから! んじゃな!」

「あっ、ちょっと待ちなさ――――、」

 何か言いかけた様子だったが、構わず竜也は窓からベランダに飛び出した。

 足から外へ一気に身を出して、二回目だからか綺麗に着地が「痛っ!」出来なかった。どうやら軽く足首を捻ったらしい。

「くっそ…………九条の野郎、もっかい説明聞かせろよ……………?」

 一縷の望みを頭の中で反芻して、竜也はベランダの脇――外にある階段(これが非常階段だと竜也は知らない)を目指す。

 何時の間にか、校舎は『異能』によって混乱に陥れられていた。

 

 

 そんでもって旧体育館。

 肩で息をしてぜーはーぜーはー言っている竜也を見ながら、九条が口を開く。

「…………それで如月君。なにやら騒ぎが起きてるみたいだけど」

「B級のくせに、範囲だけはA級になりやがった。校舎全体が混乱してる」

「………………それもそれで、結構マズいね。で、誰か『異能』を有しているかは――分かった感じでもないね、その様子だと」

「いや、それがカモフラというかダミーというか……。操ってるみたいな動きをしてる奴はいるんだけど、ソイツらも結局操られたみたいでさ。元が誰か分かんねぇんだ」

「…………………ところで如月君。君、凄い頭痛になったりした?」

「えっ、あ、ああ。どうして分かるんだ? 話してないよな?」

「多分というか推測の域だけど……その『異能』は広範囲で影響はしないね」

「??? でも実際、こうして校舎全体が混乱して―――、」

「『異能』単体じゃあ精々半径十数メートルが限界だろう。だけど、その『異能』に罹った人間はきっとその『異能』と同じ周波数の……まあこれが『仝』だね。その『異能』と同じ『仝』を発する、言うなれば中継アンテナになるんじゃないかな」

「中継、アンテナ……」

「そう。だからこそ、単純な威力は皆無でも効果は絶大。いや、もう絶対と言って良い」

 九条はそこで一度話を切ると、

「……………………………それと、『異能』の所有者の話なんだけど」

「ん? それがどうかしたか?」

「いや、それがついさっき分かったんだよね」

「は!? ……え、いや、だってお前じゃ分かんない筈じゃ………」

「これも恐らくの話だけど、俺にその所有者の意識が向いたんだよ。その所有者は知らず知らずの内――無意識に『異能』を使ってるから、意識を向けた途端に無意識の『異能』は解除された訳だ。という事で、さっきバリバリ『仝』を放ってる人を見つけた」

「ちょっと待て」

 竜也は制止を促した。

 別に疑問があるとかそういう訳ではなく、ただ嫌な解答が頭を過ぎったからだ。

 ―――ついさっき分かったんだよね。

 ―――俺に所有者の意識が向いたんだよ。

『ついさっき』、九条がいるであろう旧体育館を意識するような会話を、竜也はした。

 その相手だって、その会話をすれば多少なりとも意識は向くだろう。

 つまりは、『異能』の所有者は、第一容疑者本人で。

 さっきまで喋っていた相手で、当然のように被害にも遭っていた人で。

 クラスの委員長で、竜也の恥ずかしいニックネームを平気な顔で言ってきた。

 アイツかもしれない。

「――――――――――――峰崎って名前の奴か?」

 思いの他、動揺しているような声色にはならなかった。

 そして九条は、サラリと答える。

「違うよ」

「え」

「違う」

「いや、ちょ」

「だから違うって。君はどうにも疑心暗鬼になっているようだけどね、少しは突飛な可能性だって考慮した方が良い。警戒のし過ぎは結構良い結果を齎す事だってあるんだよ?」

「それは知らないけど……。疑心暗鬼って、俺が?」

「だって、如月君ときたら『二年E組に「異能」の所有者はいる』って前提で動いてるし」

「…………は? いやだって、二年E組の教室から反応があった訳だろ、実際に」

「確かにあったけどね。それなら『二年E組に「異能」の所有者がいる』以外に、こうも考えられる。……例えば、『二年E組のドアの影に「異能」の所有者がいる』ってね」

「―――――――――――――――――――、あ」

 竜也は間抜けな顔でしかし得心したように、唖然とした表情を浮かべている。

「……………あ、そうそう如月君。一つ聞きたい事があったんだけどさ」

「な、何だよ?」

 竜也が首を僅かに上げて顔を九条の方へ向けると、

 トン、と。

 九条の人差し指が、竜也の額に突きつけられる。

「な、なん」

 

「       」

 

 言葉は一言。

 それだけで、竜也の意識は再び闇に堕ちる。

 

 

 

 

 バタンと倒れた竜也を足元に眺めながら、九条はホールの隅を見る。

「……………さて、一応言われた通りにはしたけれど」

「ありがとう」

 隅の方にいた人影は壁から背中を離すと、九条の方に歩み寄って来る。

「しっかし、見れば見る程似てるねえ」

「『同じ』だからな」

 その会話は、当人達にしか、あるいは当人達にも理解出来ていないのかもしれない。

「それじゃ、俺は行く」

「そうかい。取り敢えず如月君はこっちでサポートするさ。それじゃあ頑張れ」

「頑張るよ。これで通算千回越してるらしいって話だけどさ。実感湧かないよ」

「あ、それと最後にさ。お願いがあるんだけど」

「ん? 何だ?」

「君の携帯見せてくれない? 確か因果律から外れまくってる携帯って聞いたけど」

「『存在が矛盾する携帯』。あるいはファーストポイントが見えないだけかもしれないけど」

「まあ見た目は普通なんだね。なんだ」

「期待外れか?」

「いいや別に。……あ、日時はちゃんとリセットされてるんだね」

「『失敗』したらその時に午前五時十二分にセットして電話すりゃ良いんだと。全部携帯のメモ帳機能に書いてあった」

「難儀な事で」

「別に。それじゃ」

「うん。じゃあね」

 人影は羽織った有岡高校の冬服であるブレザーを風に靡かせながら、旧体育館を出た。

「―――――――――本当、難儀な事で」

 九条が呟いた言葉は、入口から入った突風に掻き消された。

 

 


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