第三話 俺と眼鏡とロクデナシな交友関係(2)
■十二時十分
■私立平坂高校 図書室
「《風間が自分から学校に連絡を入れた》って、どう思います?」
「考えられるのは二つだ」
俺の問いに顔見知りの図書室司書、優紀爽馬は重々しい声で答えた。
ちなみに、優紀爽馬なんて名前をしているが、彼の見た目はゴリラである。
180センチを越える長身、色黒で筋骨隆々、頭を坊主に刈りこみ真っ黒に日焼けした四十路前の、ゴリラである。
サボりの許可を担任から貰った事を述べ、俺はゴリラに相談していた。
3度の飯より文字を読むのが好きで、膨大な知識と、蓄えた知識を使いこなす頭脳を持つ彼は非常に頼りになるのだ。
ただし見た目はゴリラだが。
何故ゴリラが司書なのか。平坂高校七不思議のひとつに加えても良いと思う。
「朝倉先生に風間さんが連絡したって言うなら2つの事が予測できる」
「2つの事?」
「そうだ。まず一つ目。自分の意思で学校を休んだ」
マッキー黒(極太)のような指を立てるゴリラ。
「そしてもう一つ。誰かに強要されて電話を入れた」
「強…要…」
それは、風間が何らかのトラブルに巻き込まれていることを意味している。
俺の不安そうな表情を読み取ったのだろうか。ゴリラがにやりと笑い、続ける。
「Bと言うことはないだろう。心配は要らん。一緒に死体を発見した天海君が無事で、風間さんだけ何かがあるってのはおかしいだろう?」
「確かに、そうなんですけど…」
ただ、どうしてオレに連絡が無いか。それだけが気になった。
二度寝しているだけかもしれないし、本当に用事とやらで忙しいのかもしれない。
だが、これ以上誰かに何かを聞こうにも、授業中では何もできない。
とりあえず風間や眼鏡女の事は置いておく。
3限が終われば昼休み。昼休みになれば美鳥に話が聞ける。
「あと、メガネの子の話だが、俺は知らんな。少なくとも図書室で見た事はない」
「そう、ですか。なら、やっぱり美鳥に話を聞いてみるしかないか」
「そこまで気に病むことも無いだろう?風間さんの突飛な行動はいつものことじゃないか」
もし、美鳥が何も知らなかったとしても放課後、担任に話を聞けばいい。
ゴリラの言う通り、ここで気を揉んでも仕方が無かった。
なので、俺は被害者の梶原について調べる事にする。
「じゃあ、被害者の梶原の事について教えてください」
引っかかるのは、俺が彼の名前を覚えていない事。
昼休みに彼の事を話したと風間は言うが覚えていない。恐らく昼寝をしてしまったからだろう。
「梶原君について、とはまた…随分漠然としているな」
何も覚えていないのだから仕方が無い。
昨日の球技大会、自分のクラスの試合が全て終わり暇を持て余した俺はここ、図書室で涼んでいた。
外は30度を超える猛暑だったがエアコンの効いた図書室は居心地がよく、うたた寝をしてしまったのだ。
ゴリラに叩き起こされるまでの5分程度の睡眠だったが、俺が《ことば》を《忘れ》るには十分。
思い出す事が出来れば事件解決の糸口につながるかもしれない。
「特になかったら、昨日彼が殺されたニュースとかの事でもいいんで」
朝の《出来事》のせいで、俺はニュースや新聞を見る事は出来なかった。
「何でもかんでも聞くのは悪い癖だぞ。そこに新聞がある。自分で調べなさい」
ゴリラがカウンター前の新聞棚を指差す。
仕方なく、一番手前にあった地方紙を手に取り、開く。
今日の地方紙の朝刊によると、《六月四日、午後三時三十分ごろ、私立平坂高校内で男子生徒の遺体が発見。警察は事件と自殺の両方の面で捜査をしている》とのこと。
「その程度か。まぁ、当たり前だけどな」
記事の内容に少々の苛立ちを感じながら閉じ、元の場所へ戻す。
「何か参考になったか?」
「いいや、全然。梶原ってどんなヤツだったんですか?」
俺が知っている事と言えば、彼がA組と言うこと。それだけだ。
「優秀な子だったよ。よく図書室で英字新聞や英語の本を読んでいた」
「英語?」
「あぁ、そうさ。知らないか?彼は死ぬ直前に英語の弁論コンクールで賞を取っていたんだ」
初耳だった。
携帯電話を取り出し、検索サイトを開く。
入力する文字は《梶原正明》《平坂高校》。
検索結果を見て、感嘆する。
「さすが特進クラスのA組。全国最優秀かよ」
そう、梶原は英語の弁論コンクールで全国最優秀賞と言う成績を収めていた。
ニュースサイトの記事によれば更新日は6月2日。一昨日だ。
ニュースの本文をコピーし、フリーメモに貼りつける。何かの役に立つかもしれない。
「おお。さすが若者。オッサンには真似できない事をするねぇ」
そもそもあんたはオッサンではなくゴリラだろう。口に出したら殺されるので言わないが。
「って事は風間と話したのはコンクールか」
接点のない同級生の話題が出るなんて、それ以外考えられなかった。
「はぁ…」
深い、深いため息。
色々と情報を集めてはみたが分かった事が一つだけある。
「結局、何も分かって無いって事か…」
イラつく頭を押さえながら俺はカウンターに突っ伏した。
「どうしたどうした。若者がそんなため息をついて」
ゴリラがぐりぐりと俺の頭を撫でつける。止めてくれ。顔が押しつぶされる。ゴリラの握力は400キロを超えるんだぞ。
「だって、イラつくんですよ。この記事」
「イラつくって?」
「人が死んでるのに、地方欄の隅っこに数行ですよ」
「まぁ、事件か事故か自殺かも分からないんだから仕方ないだろう」
違う。そうじゃない。
ゴリラの言葉に俺は顔を上げ、きっ、と睨みつけた。
「例えば、これが自殺を苦にした遺書付きの自殺だったとしたら?遺書にいじめの犯人の名前が書かれたとしたら?」
「まぁ、大きく取り上げられるだろうな」
困った顔をし、頭を掻きながら答えるゴリラ。
「それどころかテレビだってでっかく報道するだろうさ。だけど最初だけだ。すぐに収まる」
そう、1年前の事件のように。
「テレビや新聞は面白そうな、大衆が食いつきそうな話題しか大きく扱わない。マスコミだけじゃない。誰だってそうだ。人が死んでも、それが自分の学校の生徒だとしても平気で日常を送りやがる」
去年の夏休み、平坂高校の生徒が自殺をした。
女生徒は自宅で首を吊っているのを発見されニュースにもなり、夏休み明けの学校は騒然となった。
しばらくはテレビでも大きく報道されたが、学校側の【調査の結果、イジメ等の事実はなかった】の一言以降、彼女の名前を見ることはなくなった。
「…」
ゴリラは口を開かずにじっと俺を見つめていた。
「気づけばその子の事を話すのはタブーになって、事件の事もその内、忘れられちまった」
「お前、宮元さんと知り合いだったのか?」
「違う、そうじゃない」
自殺した彼女と知り合いだったとか、イジメがあったかどうかなんて問題ではないんだ。
「ただ、騒ぐだけ騒いで飽きたら忘れる。 そんな浮ついた事が、オレは許せないんだよ」
どん、とカウンターを叩く。
「分かんねぇかなぁっ!俺は、大切な人が死んだ事も《忘れ》ちまうかもしれないんだぜ?」
人は、誰かに忘れられて生きていけるほど強くはない。
例えどんなに仲が良かったとしても、俺が友人との思い出を《忘れ》てしまえば――
ソイツらだって俺のもとから離れていく。
怖かった。失うことが。
恐ろしかった。俺が忘れ、俺の事を忘れられることが。
「許せねぇんだ。誰かが死んだとか、誰かとの思い出とかを軽く見るようなヤツらがよ」
だからこそ、浮ついた噂に簡単に振りまわされるような風潮は大嫌いだった。
「天海君…」
「…ごめん。優紀さんに言っても仕方ないよな。ちょっと頭冷やす」
頭を振り、カウンターから離れる。
「オッサンからアツい若者に一つだけ言えるのは」
背を向けた俺にゴリラが言葉を投げかける。
「君が《忘れ》ても、君が今信じている友達は君の事を忘れない。世間なんてどうでもいいじゃないか。君には妹さんもいるし、風間さんだっている」
ゴリラの――いや、優紀さんの言葉が胸に突き刺さる。
「彼女たちが君の事を見捨てると思うか?」
美鳥の顔が浮かぶ。
妹は俺が不安定になっていた時、そばにいてくれた。
風間の顔が浮かぶ。
あいつは自分が汚れ役になるのも構わず、死体を見た俺の恐怖を取り除いてくれた。
「だけど、絶対とは言えないじゃないですか」
「素直じゃないねぇ」
優紀さんの声には苦笑の色が混じっていた。
「《忘れ》てもいいんだ。ただ、《忘れ》る前に目いっぱいの思い出を作っておけば。その思い出が君たちの《絆》になる。絆があればどうってことはない。新しい思い出をまた作っていけばいいだけだ」
美鳥の事を、兄の事を、風間の事を想う。
何度も彼女らとの思い出を《忘れ》てきたが、アイツらは決して俺を見捨てなかった。新しい思い出を作ろうとしてくれた。
もし明日、アイツらの事をきれいさっぱり忘れていたとしても、今日までと同じように接してくれるだろう。
「彼女たちは君を信じてくれてる。きっと行動で示してくれる。だから君はそれ以上の信頼を行動で示してやればいい」
信頼、絆。恥ずかしい事を言う大人だ。だが、不思議と悪い気はしなかった。
「それに、君は捻くれ者だから言葉より行動で表した方がいいと思うしな」
余計な御世話だ。
「あぁ。既に行動で示してるのか。だって、風間さんの事を一生懸命に探してるもんな。オッサンの戯言だったよ」
うるさい。放っておいてくれ。
「いつも『風間に迷惑をかけられてる!!』なんて愚痴に来てるが、やっぱり大切に思ってるんだねー。それに、《同級生の死をニュース扱いなんて許せない!》なんて友達思いの証拠だしなぁ。青春だねぇ」
「えぇいっ!それ以上言うな!別に心配とかじゃねぇよっ!腐れ縁だから仕方なく…」
耐えれなくなり、振りかえって叫ぶ。
「それでいいんだ」
目に飛び込んできたのは優紀さん――いや、ゴリラの笑顔。笑顔と言うにはあまりにもバケモノじみた顔だったが、確かに笑顔だった。
「君はそれでいい。口では何と言っても友達を大事に出来る子だからな。だから彼女たちは君の事を裏切らない。大丈夫だ」
「う、うるせぇよ!よくそんなセリフを恥ずかしげもなく吐けるな。ゴリラの癖に!」
うんうん、としたり顔で頷くゴリラに捨て台詞を浴びせ逃げる。
「って、誰がゴリラだコラァッ!」
背後からゴリラの怒声が聞こえてくるが無視。
時刻は12時30分。ちょうど3限目終了のチャイムが鳴った所だった。
ちょうどいい。このまま美鳥の教室に行こう。
どこかから「廊下を走るなー!」と言う声が聞こえた気がしたが、気にせず俺は妹の元へむかうのであった。
まさか、そこで朝の眼鏡女と再会するとも思わずに。
付け加えると平坂高校の授業は1コマ80分。
3限終了後に昼休みとなっています。