第三話 俺と眼鏡とロクデナシな交友関係
■六月五日 10時15分
■私立平坂高校。3-A 教室
教室に辿りついたのが10時ジャスト。
「無断遅刻とはどういうことなの?」
何故かひたすらにクラスメイトの前で説教されてしまった。非常に居心地が悪い。
「そんなに怒られるような事したか?」と席でぼやいたら、クラスメイトに「当たり前だよ」と苦笑された。
理不尽だ。理不尽にも程がある。
砂粒のような可能性に賭け教室に出向いてはみたが、やはり風間はいなかった。
すぐにでも学校から飛び出したかったが、あいにく俺は学生。教室に入ったが最後、授業が終わるまで逃げることはできそうになかった。
しかし、一体何だというのだ。
校門で出会った人形のような少女。
誰だ、あの女は。俺は知らない。見た事も聞いたこともない。
一人称が《僕》で、《校門で待ち構え》、終いには《恋人》、だ。
現実はマンガとは違うのだ。謎の少女なんて存在する訳が無い。
もしいたとしたらそれは恐らくマンガやゲームに影響されたただの中二病患者だ。
せめて名前くらいは聞いておくべきだった。
俺が質問する前に煙のように消えたことを思い、後悔する。
事故が原因の入院でオレは留年し、今のクラスに親しい奴はほとんどいない。
無駄に真面目な妹は学校で携帯を使わない。メールは送ったが、どんなに返事が早くても昼休みになるはずだ。
もちろん風間からの連絡も来ていない。
手がかりは、ほぼ無し。途方に暮れてしまう。
とにかく、2限が終わったら美鳥のクラスに行ってみるしかなかった。
眼鏡女が着ていた制服は1年のもの。美鳥なら何か知っているかもしれない。
「ねぇ。ちょっと?」
「…え?」
思案を続けていると担任の朝倉から声をかけられる。
「授業、聞いてる?天海君?」
「いや、あんまり。すいません」
語尾を半音上げる特徴的な喋り方が、今日に限って妙に耳に障る。
こっちは授業どころでは無いのだ。言った所で理解してもらえるとは思えないが。
「授業終わったら職員室来てね?」
それはマズい。今は少しでも早く美鳥と会いたいのだ。
呼び出しで足止めを食らう訳には行かなかった。
「いや、それはちょっと…。って、痛い痛い痛い痛い!」
俺の拒否をねじ切るかのようにこめかみに激痛が走った。
頭蓋がミシミシと悲鳴を上げているのを感じる。
「ぎゃああああああ!!!体罰反対!アイアンクローは良くない!」
女の細腕のどこにそんな力があるのか知りたい。平坂高校七不思議のひとつだ。
「私の言葉を聞かない人類は死刑?」
どこの暴君だよ!?
「神か!?神なのか!?ギャアアアアアアアアアアアア」
どうやら、俺に拒否する権利は存在しないようだった。
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■六月五日 十時三十五分
■私立平坂高校 保健室
「と、言うわけで保健室?」
職員室に連れて行かれると思ったら保健室に引きずり込まれていた。
何を言ってるか分からないと思うが俺にも分からない。
どう言う訳か俺達はストーブを囲み、向かい合って座っていた。片付けろよ、ストーブ。6月だぞ。
「今日は保険の先生、研修で出張だからね?サボりに来る子もいないし、ちょうどいいみたいな?」
ちょうど、いい?
「…それって、まさか」
誰もいない保健室に若い女教師と生徒二人きり。
「まさかの…サービスシーンですか?」
「期待してる?」
「それは、ちょっと」
即答する俺。
「あら?どうして?」
「先生…若くないし…ブベラッ!!!」
言うが早いか顔面に拳が叩きこまれてしまった。
「何か言った?」
「生徒に幕ノ内一歩ばりの右コブシを叩きこむんじゃねぇっ!死ぬかと思ったわ!」
抗議の声を上げるが、担任は素知らぬ顔。
「何言ってるの?幕ノ内じゃないわ?ギャラクティカ・マグナムよ?」
「だから例えが古いんだよ!!何十年前の――うぎゃあああああああああああ」
せめて最後までツッコませてくれ。
ツッコミの途中にアイアンクローは本当に勘弁してほしい。
プロレスラーに握りつぶされるリンゴの気持ちが分かった気がする。
「それに、私はこう見えても年より若く見えるって全世界から評判なんだからね?」
「若く見えすぎるんだよ!オレが一年の時から既に居るにも関わらず生徒で通る若々しさっておかしいだろ!?アンタは吸血鬼か何かかっ!」
「イグザクトリィ?(その通りです)」
「やかましい!この妖怪変化!教師が高校の制服着て授業するな!」
《制服をひらひらさせながら》Vサインを出す担任に向って怒鳴る。
不老不死の妖怪、朝倉なつみ。これもまた平坂高校七不思議の二つ目。
ちなみに三つ目は《何故かクビにならないコスプレ教師》だ。
「天海君…?」
「何ですか」
突然、担任の声のトーンが変わった。
凍りつくように冷たく、刃物のように鋭利な声。
俺は不用意な発言をまたしてしまったのだろうか。
それとも、まさか。
俺の脳裏を《最悪の想像》がよぎる。
どうして担任は職員室ではなく《人気のない保険室》に俺を連れ込んだのか。
昨日の死体の姿を思い出す。被害者はすぐ隣のクラスの生徒。
今朝から風間の姿を見ていない事を思い出す。アイツは俺と同じクラスの生徒。
そして、目の前にいる女は俺のクラスの担任。
まさか――。もしかして――。
狼狽する俺を鋭い瞳で見つめながら担任が口を開いた。
「人のファッションにケチをつけるのは礼儀として良くないと思うわよ?」
「そっちかよ!?アンタは礼儀の前に常識を学べッッ!!」
「冗談はさておき?」
顔面を殴った事は冗談で済まさないで欲しい。
「昨日の話の続きを聞きたいんだけど?」
なるほど。そう言うことか。
少なくとも例の死体が自殺で無い以上、学校としても調査が必要。
今後の為に俺や風間から話を聞いておきたいのだろう。
あいにく、風間は行方不明だが。
「別に構いませんけど、警察に話した事が全部ですよ。見た事、覚えてる事は全部話しました」
担任だって知っているはずだ。何せ警察署での事情聴取の際に俺達に付き添っていたのは彼女。
傍若無人だが、実は生徒思いの所もあるのだ。
「そうなんだけどね?」
少し、困ったような顔をする担任。
「学校側としても『なにかしましたよー』っていうポーズが必要でさ。メンドくさいよね?」
教師とは思えない発言。彼女らしいと言えば彼女らしいのだが。
「年増も大変ですね。協力したいのは山々なんですけど、俺用事があって」
「用事?」
俺の頬を全力でつねりながら担任が聞く。手を離してほしい。もげる。さもなくば千切れる。
「休み時間中に妹の所に行きたいんですよ。ちょっと聞きたい事があるんで」
「そっか。じゃあ引き留めるわけにもいかないね?でも…」
きーんこーんかーんこーん
授業開始のチャイムが無情にも鳴り響いた。
「授業、始まっちゃったよ?」
「…マジか。マジだ。畜生」
「まぁまぁ。3限目はサボっていいから?」
「サボ…って。教師が言っていいんですか…。あぁ、そうだった。先生にも聞きたい事があるんだった」
彼女は担任。もしかしたら風間の事を何か知っているかもしれない。
休みの連絡や、行方不明の連絡が来ている事も考えられる。
「風間祈衣から休みの連絡って来てます?」
十中八九、何の連絡も来ていないだろう。だが、それでも尋ねずにはいられなかった。
だが、担任の放った言葉は俺の予想を大きく裏切るもの。
「本人から休むって電話があったけど、それがどうかした?」
《あった》だと?今、確かに聞いた。《本人から連絡があった》と。
「用事があるから休むって。昨日の事がショックだったろうし、OK出しちゃったけど?」
「それ、本当ですか!?」
衝動的に立ち上がり、担任の肩を掴む。
「え。何かマズかったの?」
掴みかかった俺に蹴りを入れながら担任が驚く。
「いや、連絡が、取れなかったんで」
げほげほとせき込みながら俺。何故蹴った。
「連絡って。二度寝でもしてるんじゃない?マイペースな子だし?」
「マ、マイペースって。アンタが言うか…」
「褒められちゃった?」
「褒めてねぇよ。後、そうだ。もう一つ」
腐っても彼女はこの学校の教師だ。眼鏡女の事を何か知っているかもしれない。
「一年にお下げを二つ垂らした眼鏡のボクっ娘がいると思うんすけど、知りません?」
「っ!」
この反応。当たりか?
「何か知ってるんですか?」
「知ってるも何も」
一瞬の間。
「そんな生物、二次元にしかいるわけないじゃない。現実に居たら爆笑モノ?」
今日のお前が言うなコーナーはここですか?コスプレ教師さん。
「実際に見たんだから仕方ないだろっ!俺を可哀想な人を見る目で見るなっ!」
「天海君…。先生はマンガやゲームを排除するべきとは思わないけど、それでも読み過ぎは良くないと思うの?」
「やかましいわっ!…って、本当に知らないんですね」
色好い答えが来るとは期待していなかったが、案の定だった。
何しろ、俺が通う平坂高校はこの少子化の時代に生徒数3000人を超えるのだ。
担任が眼鏡女の顔を知らないのも無理はないだろう。
「なんだったら、1年の先生に聞いてみるけど?」
思わぬ提案。渡りに船。
「じゃあ、お願いします」
「おっけー。じゃあ、帰りのSHRまでには調べておくから先生は寝るね?」
言うが早いか、備え付けのベッドに飛び込む担任。既に寝息が聞こえている。
もしかしてこの女、聞き取り調査にかこつけて自分がサボりたかっただけじゃないのか?
「不良教師め…」
だが、これで自由になった。
サボりの許可も頂いたことだし、次の休み時間まで好きにさせてもらうことにする。
状況の整理の他にも調べたい事もある。
「この時間なら、そうだな――」
《あそこ》なら相談相手もいる。
調べたい事もある。
そして疑問の答えもあるかもしれない。
考え事のできる空間に場所を移す為、俺は保健室を後にした。