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除外なう  作者: 白城 海
第一話 俺と死体と女子高生探偵
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第一話 俺と死体と女子高生探偵(3)

「――と、言う訳で事情聴取されてたんだよ」

 ようやく落ち着いた美鳥に今日の出来事を説明する。

 

 音楽室で風間祈衣と一緒に死体を発見した事。

 その死体が隣のクラスの男子だった事。

 俺と死んだ彼とは面識が無い事。


 彼の事を《忘れ》ていた事は伏せた。不要な心配をさせてしまうと思ったからだ。


「良かった。本当に…良かった」


 全てを説明し終えた時、どう言う訳か美鳥は涙で顔をくしゃくしゃにしていた。


「変な事件に巻き込まれたりはしてなかったんですね!誰も傷つけたりしてなかったんですね」

 その顔を見て、彼女が本当に心配してくれていた事に気づく。


「兄さん…《事故の後遺症》のせいで何度も酷い目に会ってるから…」

「泣く程の事かよ。ほら、涙拭けって」


 床に転がっていた箱からティッシュを取り出し、涙を拭いてやる。美鳥が抵抗することはなかった。

 

「家族が家族の心配をして何が悪いんですか…」

 三枚目のティッシュで鼻をかみながら半目で呟く。

 高校生にしては余りにも子供っぽすぎる仕草。だが俺は仕方がないと思う。


 厳しくするべき父親は製薬メーカーの研究者で家に居つかず、母親も大手居酒屋チェーンの管理職で帰宅は深夜から明け方。

 年の離れた兄の大鷹(ひろたか)が俺達の親代わりのような物だったが、彼は数年前に医者となり、多忙な日々を送っている。

 

 つまり、基本的に家では二人きり。

 美鳥は家族の《愛情》に飢えていた。

 俺は俺で甘え癖の抜けない妹をどうすればいいのか分からず、小さい頃と同じように面倒を見る。

 こうして、自然と甘ったれの子供っぽい女子高生が出来あがる、と言う訳だ。

 これでも学校では成績優秀な生徒会役員だと言うのだから信じられない。


「ったく。泣くほど心配するようなことでも無いだろ?どれだけ信用ないんだよ。それに、面倒を見ているのは俺の方――」

「週に1回誰かに殴られるようなあざを作り、月に1回学校から両親に呼び出しがかかり、3ヶ月に一回少年課のお世話になるような兄を心配しない方が無理です」

「すいませんでした」


 もしかしたら、迷惑をかけているのは俺の方かもしれない。

 少しだけ普段の行いを反省し、俺は甘えん坊の妹のご機嫌をとる事に集中することにした。



 これから《何が起きる》かも知らずに。



-------------------


■午前二時十八分 天海家二階 天海慶二の自室


 ふと、目が覚める。

 

 覚醒の原因は《物音》。鍵を開ける音だった。恐らく兄が帰ってきたのだろう。

 出迎えても良いが、深夜に俺を起こした事を気に病むかと思い、そのまま目を閉じる。

 俺がいるのは二階。リビングは一階。このまま寝てしまえは兄は俺を起こした事に気付かないでいられる。

 

 だが、俺の予想に反して足音は近づいてきた。

 ぎしり、ぎしりと階段を踏みしめる音。足音を忍ばせようと努力はしているようだが隠しきれるものではない。


 階段を踏む音は床を踏む音へと変わり、ゆっくりと近づいてくる。

 

――俺の部屋へと。


 不安が、胸をよぎる。

 家族が寝ている俺を起こすことなどあり得ない。それだけの《理由》があるからだ。

 

 つまり、足音の主は《家族以外の誰か》。

 さもなくば《俺を起こすだけのデカい事情》があると言うこと。

 

 嫌な予感がする。いや、嫌な予感しかしない。

 不審者の可能性も考えていつでも布団から飛び出せるよう身構えた瞬間。


「起きてる?」


 兄の大鷹の、吐息のように抑えた声が俺の耳に入った。

 不審者では、無い。《何かが起きた》――?


「大丈夫。起きてたよ」

 下手糞な嘘だな、と自分で思う。思い切り寝起きの声だ。


「すまない。入っても良いかな?」

 少し高めの、優しげなテノール。聞きなれた兄の声。

 だが、その声音には深夜に弟を起こしてしまっただけとは思えないほどの重い感情が込められていた。


 嫌な予感がさらに膨れる。


「そんな暗い声出すなって。入れよ」

 自身の想像を吹き飛ばすかのように明るい声を絞り出す。

 

 一拍置いた後、ドアが開いた。廊下の明かりでうっすらと照らされた中背の男の姿が見える。

 医者の不摂生とでも言うのだろうか。また少し痩せた気がする。


「電気、点けるよ?」

 俺の返事を聞くまでもなく兄が蛍光灯のスイッチを押す。

 部屋が白い光で満ち、兄の姿をはっきりと映し出す。

 切れ長の瞳を細長い縁《ふち》なしの眼鏡で覆い、鬱陶しそうな長髪を真ん中で分けた見慣れた顔。

 

 その表情には、明らかに疲労と困憊の様子が見て取れた。


「死体を見つけたってね?」

 思った通りだった。兄が俺に伝えたい事は学校での死体に関する事。

 兄の《職業》なら、俺達が死体を発見した事を知っていてもおかしくない。


「あぁ。警察から帰って来た時、美鳥が馬鹿みたいに心配してさ。アイツ、大事にしてたミッキーのグラスまで割って、大げさだよな」

 先ほどよりもさらに無理矢理に明るい声を絞り出そうとする。

 だが、無理だった。俺の声は震えていた。


 兄はどう告げれば良いか迷っているかのように目を泳がせている。


 だが、俺には分かる。彼が何を言いたいのか。


《検死医の兄》が《自殺か他殺か分からない死体を発見した弟》を深夜に起こしてまで言わなければならない事は――

――たった一つしかない。


「少し、覚悟してほしい」

 沈黙を突き破り、兄が告げた。

 俺がうなずくのを待ち、続ける。



「彼は…梶原正明君は……」



 大丈夫。もう覚悟はできている。



「自殺じゃない……可能性がある」




 予想通りの言葉。だが、それはつまり――




 俺の通っている学校に――




 殺人犯がいる。


 


 そう言う意味だった。





>>第一話 俺と死体と女子高生探偵 終

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