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除外なう  作者: 白城 海
第一話 俺と死体と女子高生探偵
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第一話 俺と死体と女子高生探偵(2)

「警察が来るまで少し時間がかかるみたいよ」

 

 携帯電話を閉じた風間が俺に向かい言った。声色には怯えも動揺も感じられない。つくづく大物だと思う。でなければ突き抜けた馬鹿だ。


「警察が来る前にやることがあるの」

「やること?」


 確かにそうだ。職員室に教師を呼びに行かないといけない。それに、野次馬が来ないように見張りも必要だろう。いくら人通りの少ない放課後の音楽室と言えど、誰も通らないとは言い難い。


「意外と考えてるんだな。で、お前は何からするんだ?」

「もちろん死体の観察よ!殺人事件なんて初めてだからよく見ておかなくちゃ」

「お前が野次馬かよっ!死者を冒涜しやがって!」

「そんなつもりは無いわよ!」


 怒鳴る俺。怒鳴り返す風間。冒涜するつもりはないと言いつつ携帯電話のカメラで写真を撮っているのは何故だ。

「完ッ全に興味本位の野次馬じゃねぇか…」


 頭を抱える俺をよそに、風間はひたすらに死体を観察し写真を撮り続けていた。

 職員室に行こうとも思ったが、今の風間の姿を誰かに見られたらとてつもなく面倒な事になりそうなので見張りをする事に決める。殺人の共犯者か俺は。


「本当にこんなヤツが俺の幼馴染なのか…?」


 昔の俺に友人は選べと説教してやりたい気持ちになり深く嘆息。

 すると今まで無言で死体を調べていた風間が口を開いた。


「見た所、自殺かな。服の乱れが無い。気になるのは衣類に付着した白い粉、かなぁ」

「白い粉?」

「うん。何だろ。校舎のカベ、なのかな」

「何でそんなモンが服につくんだよ」


ちらり、と一瞬だけ死体の方を見る。六月の暑さの中、何故か死体は長袖を着ていた。彼はどうして夏服を着なかったのだろうか。


「それを調べるのが警察の仕事じゃない。何言ってるの?」

「やかましいわ!この口だけ名探偵」

「口だけって。人の夢を馬鹿にするなんて最低ね」

「俺が最低ならお前は人間のクズだよ!死んで死体に詫びろ馬鹿っ!」


 天井から垂れた物体を指差し、怒鳴る。見慣れない顔。何年生だろうか。


「ところで、こいつは誰なんだろうな?」


 顔の広い風間なら知っているかもしれない。素直に疑問を口に出す。すると風間は目を見開き、


「ケージったら、《忘れ》たの?隣のクラス、A組の梶原君よ。梶原正明(かじわらまさあき)

呆れたような顔で言った。隣のクラス?聞き覚えが無いぞ。


「まさか?A組との体育は合同だ。それなのに顔も名前も思い出せない?そんな馬鹿な事」


 ありえない。普通に考えればありえるわけが無い。


 だが、俺は《普通》じゃない。思い当たるフシがあるのだ。

 汗が再び体中を覆う。

 同級生、それも隣のクラスの生徒を見て顔も名前も出てこない。

 そんな《異常》が、俺にはありえるのだ。


 混乱し、目を白黒させる俺に構わず風間が言葉を続ける。

 それは、余りにも衝撃的な言葉。常識外れの言葉。


「それどころか、あたしとケージは梶原君の話をしたわよ?今日、昼休みに」


「え?」


 トドメのように放たれた彼女の言葉に俺は目の前の死体の事も忘れ、呆然と立ち尽くすしかなかった。




----------------------




■[六月四日 午後九時三十分 天海家]



 警察の事情聴取は思っていたよりあっさりしたものだった。

 ドラマで見たような《第一発見者が犯人扱い》などと言う事もなく穏やかに終える事が出来た。

 梶原正明を《忘れ》ている事も、風間や担任が《事情》を説明してくれたため問題にはならなかった。


「それでは、また署に来てもらう事になると思いますので」

「分かりました」


 私服警官の言葉に頷き、覆面パトカーから降りる。風間とは警察署前で別れた。

 網島駅(あみしまえき)から徒歩十分。二階建ての白い一軒家。それが俺の家だ。

 リビングに明かりが灯っている。両親とは連絡が取れなかったので、家に居るのは妹だろう。


「ただいま」

「おかえりなさい。遅かったですね」


 リビングに入った瞬間、キッチンでお茶を淹れていた妹の美鳥(みどり)が満面の笑顔で振りかえった。

 

 ほっそりとしたシルエット。背中まで伸びたさらさらで瑞々しい黒髪。

 時には小学生にも間違われるほどの童顔。

 大きな瞳に長い睫毛をぱちぱちとさせ家族の帰宅に喜ぶ姿はまるで小動物の様。

 顔つきと雰囲気のせいか、年齢にそぐわないクマのキャラクターで揃えられたエプロンとスリッパがが妙に似合っている。

 

 この様子を見てこいつが一応高校生。俺と同じ学校の一年生だと言っても誰も信じないだろう。


「ちょっと色々あって」

「色々?」


 二人分の冷茶をトレーに載せ、テーブルへ向かう妹が疑問の声を上げた。

「ちょっと警察署に行っててさ。無茶苦茶疲れたんだよ。聞いてなかったか?」


 鞄を床に放り投げ、椅子に腰かけ、そのままダイニングテーブルに突っ伏す。自室に荷物を置いて制服(ブレザー)から着替える気力は残っていなかった。

 

「…って、あれ?」

 

 美鳥からの返事が無い。

 不審に思い、伏せていた顔を上げる。

 目の前には彫像のように微動だにしない妹がトレーを持ったまま固まっていた。



――がしゃん。



 直後、ガラスが砕ける派手な音が室内に響いた。

 トレーに載せていたグラスが滑り落ちたのだ。


「どうした!大丈夫か?」


 飛び散ったグラスの破片を確認する。グラスは描かれていたキャラクターの原型を残さない程、無残に飛び散っていた。


 割れたグラスは妹が何よりも大切にしていたグラスだった。

 俺が修学旅行の時に、ディズニーランドで買って来たお土産。

 少し値が張ったが、ミッキーマウスが大きく印刷されたこのグラスを妹は非常に気に入っていた。

 その宝物の様に大事にしていたグラスを落とし、割ってしまうほどの衝撃が俺の言葉の中にあったのだろうか。


 考えても埒が明かない。頭を振り、慌てて椅子から立ち上がり駆け寄る。

 幸いにも彼女に怪我はなさそうだ。


 だが、様子がおかしい。美鳥は床に崩れ落ち、青ざめた表情で小刻みに震えていた。


「兄さん…」

「どうしたんだ急に。具合でも悪いのか?」


 倒れこもうとする美鳥を抱きとめる。床にはグラスの破片が散らばり危険極まりない。

 呼吸を調べる。怯えるような荒い呼吸。心に不安がよぎる。


 だが、次の瞬間に彼女が放った言葉は予想外にも程があるものだった。


「…自首しましょう。私が一緒に付いていきますから」


 心配して損した。


「何でだよ!?警察から帰ってきたって言ったのに、どうしてソコから自首になるんだ!」

「逃げてきたんですね。大丈夫です。例え兄さんがクズ以下のの犯罪者だったとしても私だけは兄さんの味方ですから」

「問答無用で犯罪者扱いしてる時点で味方もクソも無いだろうがっ」

「そ、そんなに怒るって事は――」


 ようやく納得してくれたのか、涙を止め顔を上げる美鳥。どうやら誤解は解けたようだ。


「――本当に何か悪い事をしたんですね。人間は図星を突かれると怒るって聞きますし」

「どうしてそうなるんだ!?」


 結局、美鳥の誤解を解き終えるまでに、俺は十分以上の時間を費やす事になったのだった。



--------------------



「に、兄さんは何もしていないんですか?」

 リビングのソファーに並んで説得すること約10分。

 ようやく美鳥が俺の話を信じてくれた。


「当たり前だろ」

「《忘れ》てるだけじゃなくて?」


 真顔で見つめ、尋ねる美鳥。


 ずきり、と胸が痛む。


《忘れる》。胸に刺さるその言葉を無理矢理に振り払い、笑顔を作り答える。


「いくら俺の物忘れがヒドくても、それが原因で警察沙汰なんてありえないだろ?」


 常識でモノを考えてほしい。

 たかだか物忘れで警察沙汰なんて起きるわけ――


「先週、母さんが兄さんの身柄を警察署に引き取りに行きましたけど?」

「覚えてないな」


 本当は覚えてるけどな。


「その顔は覚えてますよね!またケンカですか?」

 一瞬でバレてしまった。さすが家族と言うべきなのだろうか。


「また…ってお前。俺が年がら年中ケンカしてるみたいな物言いは止めろよ」

「それはそうですけど…。やっぱり心配ですよ」


 顔を伏せ、今にも泣き出しそうな表情になる美鳥。

 

 心配なのは俺の身の事だろうか。

 それとも、俺の《障害》の事だろうか。だが、どちらにせよ


「慣れるしかないだろ。どうしようもないんだから」

 諭すように良い、頭を撫でる。そう、慣れるしかないのだ。


「うぅ、そうですけど…。でも、ケンカじゃないならどうして警察に?」

 目元をぬぐいながら美鳥が俺に問いかける。


「あぁ、それは人が死ん――」

「自首しましょう」



 何でだよ。



「だから真顔は止めろっ!せめて全部言わせろ…ってオイ!電話を取り出すな!110番通謀しようとするな!お前は風間か!?」

 携帯電話を取り出した美鳥の腕を体ごと抑え込む。


「に、兄さん。ちょっと…」


 美鳥が慌てたような声を出す。

 お互いの息遣いが届く距離。見る見るうちに彼女の顔が真っ赤になる。

 何を意識しているのだろうか。兄妹だと言うのに。年頃の女子の考える事は分からない。

 慌てふためく妹から携帯電話を奪い取り、距離を取る。


 通報が無理だと悟ったのか、ようやく落ち着きを取り戻し美鳥が口を開く。

「だって、兄さんがとうとう人を殺すだなんて」

「殺してない!自殺だ…と思う」

 

 自信は無い。だが、警官の話では恐らく自殺ではないかとのことだった。

 もちろん、警官の言葉が俺達を安心させるための《優しいウソ》と言う可能性もあるのだが。


「本当に、本当に、ですか?」

「本当だ。俺は無関係だ」


 じっと、見つめ合う。

 美鳥は少しだけ想像力が豊かすぎる少女だ。

 その為、色々とすぐに誤解してしまう性格だがそれも全て俺の事を心配しての事。邪件には出来ない。

 

 5秒…10秒。

 長いようで短い沈黙の後、ようやく美鳥が口を開いた。


「…自分で殺したのを《忘れ》ただけだったりして」


 おい。


「お前酷過ぎない?」

「兄さんの妹ですから」

「何も言い返せない」


前言撤回。

コイツは俺を心配しているんじゃなくて、多分俺で遊んでいる。


「だから話を聞けっての!」


 近所迷惑も考えず、渾身の叫び声を上げる俺。

 美鳥に全ての事情を説明し終えたのは、さらに20分の時間を必要としたのだった。

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