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除外なう  作者: 白城 海
第四話 事件の終わり、そして本当の始まり
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第四話 事件の終わり、そして本当の始まり(5)

「犯人は、もう分かってるからね」

 突然現れた兄。

 そして、衝撃的な言葉。

 俺達は、目を見開き黙るしか無かった。


「帰ってたのか」

 絞り出すように声を出す。

 時刻は午後十時半。

 気づけば、風間と話し始めて1時間近くが経っていた。


「うん。話の邪魔をするのも悪いと思ってね」

 柔和な笑顔を浮かべ、兄が俺達の囲んでいるダイニングテーブルへつく。

「それにしても、凄いね。祈衣ちゃんの推理、警察の捜査と完璧に一致してるよ」

「名探偵ですからっ」

 びしぃ、と親指を立てる祈衣。

 あまり調子に乗らせないで欲しい。

 これ以上風間が増長する前に、俺は話題を逸らす事にする。


「で、犯人が分かってるってのは?」

「あぁ、簡単だよ。警察が突き止めたんだ。死体遺棄事件の容疑者、明日には引っ張られると思うよ」

 引っ張られる。逮捕されると言うことだろうか。

 聞きなれない言葉に疑問符を浮かべる俺達。

 余程おかしな顔をしていたのだろう。兄が笑いながら解説を始める。


「逮捕って決まった訳じゃないんだけどね。重要参考人として話を聞かせてもらって、容疑が固まったら逮捕。って形になると思う」

「すげぇな。警察って」

「うぅ。警察に負けた」

 何故か本気で悔しそうな声を出す風間を無視し、兄に質問を続ける。

「それにしても早すぎないか?風間が《ゲーム》の事を見つけてきただけでも驚きなのに、もう犯人が見つかっただなんて」

「現実なんてそんなものだよ。地道な捜査と聞きこみ。派手な事なんて何もない。ちょっと拍子抜けかもしれないけどね」


「でも…」

 美鳥が口を挟む。

「昨日事件が起きて、明日犯人が捕まるって、地道な捜査だなんて信じられません。どうやったんですか?まるで魔法か手品みたいです!」

 もっともな疑問。

 日本の警察が優秀だとは聞いている。

 だが、普通の高校生である俺達には、あっという間に犯人までたどり着いた警察の能力が不思議だった。風間に至っては夢見る少女のように目を輝かせている。


「んー。簡単に言えば、遺留品とアリバイかな」

 少しだけ思案し、兄が《魔法の種明かし》を始めた。

 刑事ドラマの定番。意外と普通だ。

 警察にしか無い特殊な《何か》を期待していたのだが。

「今、普通だなーって思ったでしょ?それが魔法なんだよ。慶次達が遺体を見つけた時、犯人の痕跡らしきものはあった?」

 発見現場を鮮明に思い浮かべる。

 死体、紐。それだけだ。その他はいつもと変わらない音楽室だった。

「記憶力に自信はあるけど、さっぱりだ。風間は?」

「んー。分かんない」

 自嘲気味の俺の言葉に風間が答える。

 両手を投げ出して降参のポーズだった。


「そこでどんな痕跡も見逃さないスーパーヒーロー。鑑識の出番さ。指紋、髪の毛のDNA資料。衣類の屑、靴跡などの物証を洗い出す。彼らは髪の毛一本、指紋の一つも見逃さないよ」

「けど大兄さん、指紋って言っても音楽室なんだからいっぱいあるんじゃないですか?どれが事件に関係してるかなんて分かりっこないと思うんですけど…?」

「良い質問だね。確かに不特定多数の出入りする環境では特定は難しい。だから警察が重点的に調べたのは《被害者》なんだ」

 被害者?

 梶原の遺体を調べて何が分かると言うのだろうか。

 仮に犯人の髪の毛が見つかったとしても、平坂高校の生徒は三千人。《ゲーム》の関係者だけでも30人以上いるのだ。日本の法律では容疑者でも無い人間から髪の毛を採取する権限は警察には無いと記憶している。


「ふふっ。慶次は今こう思ってるだろ?《令状も無しにA組生徒から髪の毛の採取は出来ないだろ?》って。その通りだよ。だからこその《アリバイ》なんだ」

 アリバイ…。

「あっ」

 俺と美鳥が同時に声を上げる。風間は不思議そうに俺達を見ていた。

 そうだ。アリバイだ。

「学校で、プリントが配られました」

 プリント。全校集会の後に配られたプリントを思い出す。

 《梶原が何か悩んでいたようなことはなかったか》《14~16時頃に彼を見かけなかったか》《不審な人物はいなかったか》などの様々な項目。

 予想はしていたが、やはりあのプリントは生徒からの目撃証言を参考にし、洗い出し、犯人をあぶり出す為のものだったのだ。


「なるほど。探偵も顔負けね。とてもじゃないけど勝てそうにないわ」  

「そうやって絞り込んで、聞き取りをしてさらに絞りこんでいく。絞り込んだ相手と物証が一致すれば」

「ビンゴ――って奴か」

「そう。解剖すれば細かい死亡推定時刻も分かる。それこそ10分単位でね。体温、胃の内容物、首に与えられたダメージ、生活反応。どれもが新たな発見を呼び、興奮するんだ。ふふふふふふ」

 気持ち悪い声を出すな。怖いから。

 俺達の冷たい目に気付かなかったのか、何事もないかのように兄が話を続ける。

「そして医者(ぼくら)が導き出した死亡推定時刻に前後する形での目撃証言と照らし合わせれば自ずと被疑者は見つかる。

 あとは、彼らから唾液なり血液なり髪の毛なりを採取、もしくは自供を得ることが出来ればおしまい。

 魔法なんていらないのさ」


 魔法なんていらない。

 筋道を立てて説明を受けた今でさえ、魔法のようにしか感じられなかった。

 日本の重犯罪検挙率の高さも頷ける。

 職人(プロ)がそれぞれの仕事をこなし、協力することで導き出される犯人達。

 改めて自分の兄が誇り高い職業についている事を思い知らされた。


「それで、犯人は誰なんだ?」

「未成年だし、僕には守秘義務はあるから言えないんだ。だけど、明日にはA組から数人の生徒がいなくなってるはずだよ。安心していい」

「って事は、もう事件は終わり…って事か?」


 あまりにも拍子抜けだった。

 死体を見つけた恐怖を思い出す。

 風間が行方不明になった不安を思い出す。

 黒川の意味深かつ無意味な行動。そして《忘れ》た事への不安を思い出す。

 何もかも、どれもこれもが事件とは無関係だったのだ。


「そう、終わり。数日中に逮捕状が出て、今月中に起訴される。来月には裁判が始まり、刑が決まる。慶次たちは何もしなくていい。何にもおびえなくていい。お前の《記憶》に関するトラブルなんて一切ないし、平和が一番さ」

「うー。そうですけど、探偵の立場ってものが…」

「僕らがいる限り、現代日本に探偵は必要ないよ。大丈夫。祈衣ちゃんも安心して学校生活を送ればいい。それにもう11時過ぎてるし、帰らないと。あ、祈衣ちゃんを送ってあげなよ」

 兄が俺に促す。

「え、あ、あぁ。ほら。帰るぞ」

 全てが終わった安心で呆然としていたようだ。妙な声が出てしまう。

「探偵ごっこは終わりだ。もう、無理だけはしないでくれよ」 

 風間に手を差し伸べる。「来い」の合図。

「うん。ケージが安全って分かったしね。ごめんね、心配掛けて」

 風間が手を握り返し、立ち上がる。


「あぁ、約束だ」


 そう、事件は終わったのだった。


----------------------


 翌日、A組の男子生徒二人が逮捕される。

 面識が無く、名前すら覚えていない生徒だった。

 俺の記憶障害の特性上、誰かの名前を《忘れ》ることは、もはや日常ともいえる事なので気にする様な事は無い。

 マスコミ報道に寄れば、死んだ梶原を含む三人はちょっとした問題児。

 梶原の死亡の経緯も、犯人逮捕の経緯も、風間の推理とそして警察の捜査通り。

《ゲーム》中の事故によって命を落とした梶原を自殺に見せかけた犯人。

《梶原の死亡前に一緒にいた》と言う目撃証言によって特定され事情聴取。そして自供、逮捕。

 そこには見た目が子供で頭脳は大人の少年も、名探偵の孫も、戯言使いも、何も入り込む余地なんて無かった。


 現実はマンガやアニメのようなものではない。

 首吊り死体があった所で、それは探偵の仕事ではなく警察の仕事なのだ。



 それに、首吊り死体なんて無くても、俺の周りにはトラブルがやって来る。

 この記憶障害のせいで――《忘れ》たせいで知らない男に有無を言わさず殴られたこともある。

 その男は、自分の彼女を寝取られたと勘違いして俺のもとにやって来たと言った。

 だが、俺は男も女もさっぱり覚えていなかったのだ。

 結局、その時は周囲の人の助けがあって思い出し、誤解を解くことが出来たのだが。

 

 毎日がこんな感じのトラブル続き。何かを《忘れ》て、トラブルが起き、思い出すために情報を集める。今日で言うなら、黒川の事を《忘れ》た時のように。

 まるで、手がかりを元に記憶(ハンニン)を探す探偵物語(ミステリ)だ。

 だけど、《忘れ》る《ことば》は日常に関するものなのだ。

 そこにサスペンスやスリルは存在しない。


 推理小説としては三流以下。

 

 三流以下のミステリ――それで良いと思う。

 恐怖も、危機も、謎も俺には必要ない。

 大切な兄妹と、風間に黒川。かけがえのない友人と過ごす日常。

 何も無い事が幸せなのだ。


 俺には、もう普通の人生を送ることはできない。

《記憶障害》のせいでまともな就職先は期待できないし、将来の道も限られるだろう。

 だからこそ、今この瞬間。家族や友人と過ごす日常を大事にしたかった。

 あまりに恥ずかしすぎて、絶対に口には出せないがそれが俺の本心。

 残り半年強の高校生活。

 騒がしいけど平和な日常。

 そんな毎日がずっと続けばいいと思う。


 もう、殺人事件も起きない。死体遺棄事件も起きない。

 不安も、苦痛も、恐怖もない。

《非日常》は終わった。



 俺は、帰ってきたんだ。



《日常》に。



---------------------



 だが、本当の意味で日常に戻る事は出来なかった。

 平坂高校の死体遺棄事件は《大衆が喰いつくセンセーショナルな話題》だったのだ。

 学校の管理体制が問われ、未成年の倫理観の欠如がうたわれ、ゲームの悪影響が騒がれた。

 くだらない。あまりにもくだらない騒ぎ。

 その騒ぎの関係者――死体の第一発見者――として俺達は連日マスコミや興味本位の生徒に囲まれた。

 それだけではない。警察への事情聴取もしばらく続き、俺の苛立ちに拍車をかけた。



 そして、ようやく事件が沈静化してきた時、俺は《本当の事件》に関わることになる。



■六月十八日(約2週間後)

■午後六時三十分 某私鉄《平坂高校駅》 ホーム。



あまりの出来事に足が震える。


想像もしてなかった事に恐怖で歯ががちがちと鳴る。


冗談みたいな話だ。


嘘みたいな話だ。


「どういうことだよ…」


「どう言う事って、アタシにも分かんないわよ!」


「兄さん!落ち着いてくださいっ!祈衣姉さんも困ってますよ!」


我ながら無茶苦茶を言っていると思う。


目の前の女生徒に、今俺の身に起こった事をどうにかすることなんて出来るわけがない。


だけど、すがるしかなかった。


頼るしかなかった。


たった今、起きたとんでもない【出来事】のせいで。




―――唐突だが。




たった今、オレは――




――殺されかけた。




■籠の中の記憶探偵《事件編》に続く

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