第四話 事件の終わり、そして本当の始まり(4)
「まず大事だと思ったのは、梶原君の遺体が事故か自殺か、殺人かってこと」
ぴしり、と人差し指を立て、推理アニメのような大仰な振る舞いで風間が語り始める。
確かに、彼女の言う通り、自殺や事故なら問題ない。
いくら俺がトラブルに巻き込まれやすいと言っても、自殺や事故死の死体関連でもめ事に巻き込まれたりはしないだろう。
「だけど自殺じゃない事は確実だったわ。昨日、彼の遺体を少し調べたけど、首が折れてたもん」
「あぁ、兄貴も同じことを言ってた。警察が原因を調べてるって」
「うん。あたしも気になって学校で聞きこんでみたの」
欠席の連絡を入れたのに学校に来てたのか。担任に見つかったらどうなっていたことか。
「そしたらね、《とんでもない事実》がわかっちゃった」
「事実…ですか?」
「うん。《音楽室の死体》が《殺人じゃない》って事実」
にやり、と不敵に笑う風間。
一介の高校生がどうやって突き止めたのと言うのか。
徐々に、風間の話に引き込まれて行く。
「まず最初に聞きこんだのは3-A。梶原君のクラスよ。そしたらね、《奇妙な噂》を耳にしたの」
奇妙な、噂。
何だと言うのだろうか。気づけば、俺は呆れを通り越して興味を抱いていた。
「3-Aの生徒が立ち入り禁止のハズの屋上に出入りしてるって噂」
「その噂がどうしたんですか?音楽室の遺体と屋上にどんな関係が?」
「3-Aは特進クラス。難関国立大学や、薬学・医学部を目指す生徒が所属するクラスなのはもちろん知ってるわよね」
「あぁ。国立文系には全く関係のない話だけどな」
「うん。勉強漬けのA組生徒がどうして屋上なんかに、って思ったわ。だから直接聞いてみたの。A組の生徒に」
俺も、そして美鳥も無言で風間の話に聞き入っている。
俺達が話を理解しているか確かめるかのように間を置き、風間は続けた。
「少しだけ渋ってたけど、『口止めはされてないし』って言いながら話してくれたわ。一部の生徒が屋上で《ゲーム》をしていることを」
《ゲーム》。心の中で反芻する。
優等生が屋上で行うゲーム。よもやボードゲームや鬼ごっこなんて答えは期待していなかった。
俺の予想も出来ない《危険な何か》。
その《危険な何か》によって梶原正明が命を落としたと言うことは想像に難く無かった。
「まいにちまいにち勉強勉強。ストレスでもたまってたのかしらね。《ゲーム》の内容は過激も過激。とんでもない《度胸試し》だったの」
風間が一冊のノートを取り出す。
「ルールを明文化したものを写させてもらったわ。読んでみて」
「あぁ。って、コレは…!」
思わず、声が漏れる。
3-Aの生徒が行っていたゲーム、度胸試し。
それは、ゲームと言うには余りに過激で、学校で行うには余りに常識はずれ、いや、イカれた行為だった。
一つ、場所は音楽室と図書室がある第四校舎。理由は特殊教室をまとめた都合上、他の後者より高く作られており、屋上にいる事が見つかりにくいため。
二つ、《フィールド》は《屋上のフェンスの外側》。一歩足を踏み外せば間違いなく命を失う場所。
三つ、《プレイヤー》は命綱をつけ、屋上の端に立つ。
四つ、《プレイヤー》はフェンスを握ることなく、端から端までに到達するタイムを競う。
五つ、命の保証はしない。以上。
「こ、こんな事が学校であったってのか!?」
信じられなかった。
どうして誰にも気づかれずにこれほど異常な事が行えたと言うのだ。
「冗談ですよね?だ、だって屋上に人がいたら普通気づくじゃないですか。だって、平坂高校って、生徒だけで3000人もいるんですよ?」
美鳥も同じ気持ちだったのだろう。明らかに動揺している。
「こんな都会に3000人もいるからこそ、って言うのかな。校舎が密集してるせいで、屋上なんて見えないわよ。美鳥ちゃんの教室から隣の屋上って見える?」
美鳥が首を振る。
俺も3年と数カ月平坂高校に在籍しているが、教室内から屋上が見えた記憶は無かった。
「ケージ達が信じなくても事実よ。《プレイヤー》の証言もあるし。それでね、ここで2つの事実が重なるの」
「《首が折れた死体》と《屋上のゲーム》…ですか?」
消え入りそうな声で、美鳥が呟く。
「そう。ここからはあたしの想像よ。梶原君は《ゲーム》に参加中、うっかり足を踏み外した。そして、命綱が首に絡まり…命を落とした」
それで首の骨が折れていたのか。
命綱が何メートルあったのかは分からないが、数十キロの体重が一瞬で首に集中したのだ。へし折れていたとしても不思議ではない。
そして、《ゲーム》の発覚を恐れたクラスメイトが自殺に見せかけ音楽室に運ぶ。
全て、つじつまが合った。
「事件は殺人なんかじゃなくて死体遺棄事件。ケージは関係無さそうね」
驚きが隠せなかった。
この女はやってのけたのだ。
本当に、フィクションの探偵のように、事件の真相を暴きだしたのだ。
「犯人は、わかったのか?」
彼女の推理を警察に話せば、一気に事件は解決に向かう。
ここまで来たら全てを聞いてやろう。
「さすがに1日で突き止められなかったけど、絞りこむことはできたわ」
「す、すごい…。容疑者は何人くらいいるんですか?」
尊敬のまなざしを送る美鳥。ウィンクで返す風間。
だが、風間が次に放った一言は俺の想像をはるかに超えた言葉だった。
「35人よ!」
そうか。35人か。
「…って、多すぎだろ!A組のほとんどの生徒じゃないか!?普通、推理漫画とかなら多くても8人くらいだろっ
本当に、この女は真面目な場面でとんでもない大ボケを放つ。緊迫感と言うものを知らないのだろうか。
35人と言えば、ほぼ1クラス。つまり、A組の生徒の誰かと言うことくらいしか分かっていないではないか。
「何言ってるのよケージ。3000人から35人に絞り込んだだけでもすごくない?」
「確かに、それは凄いけどよ。何か釈然としないって言うか」
ぶつぶつと呟く。
「まぁいいや。とりあえず兄貴か警察に教えてやろうぜ。参考にはしてもらえるだろ」
「明日も聞き込みをして、犯人を絞り込まなきゃね」
能天気に風間が言う。
やっぱりお前、好奇心を満たす為に捜査をしているだろ…。
「楽しそうですね。祈衣姉さん。よかったら私もお手伝――」
「その必要は無いよ」
美鳥の声が、突然現れた声に遮られる。
澄んだ、高めのテノールボイス。
気配もなく現れた声に、慌てて振り返る俺。
「犯人は、もう分かっているからね」
リビングのドアに立っているのは男。
三十路を過ぎていると言うのに、まるで大学生のように若々しく、眼鏡の奥で常に柔和な笑顔を浮かべている俺の兄。
天海大鷹だった。
活動報告にて質問あり。答えていただければ今後の参考にさせてもらいます。