第四話 事件の終わり、そして本当の始まり(3)
■六月五日 午後九時三十分
■天海家 リビング
「…どういうことだよ。説明しろよ」
責めるように、突き刺すように、俺が問う。
「落ち着いてください。兄さん!」
今にも掴みかからんばかりの俺を美鳥が引き留める。
俺は、少しだけ怒っていた。
彼女の身勝手さに。
結論から言おう。
風間祈衣は、無事だった。
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■五時間前
「俺だ!どうしたっ」
突然の風間からの電話。
心配だった。不安だった。
だからこそ、語気が荒くなる。
高鳴る心臓、滲み出る手汗。
だが電話口から聞こえてきたのは、俺の緊張を嘲笑うかのような能天気な声。
『あ、ケージ。どうしたの?すっごい着信来てたけど』
能天気な、風間の、風間祈衣の声。
「どうしたもこうしたも無ぇよ!何なんだよ。いきなり連絡取れなくなって!こっちは心配してんだよ!」
安堵、狼狽、怒り、喜び。
さまざまな感情が渦巻き、制御できない。自然と口調が乱暴になる。
美鳥たちが電話の声を聞こうと顔を近づけてきているが、恥ずかしさを感じる余裕は無かった。
『ごめんね。ちょっと調べ物してて。ホントはケージにも言いたかったんだけど』
「調べ物?探偵ごっこのことか。クロから聞いてる。とにかく、無事なんだな?」
『無事だけど…もう、黒川ちゃんったら。でね、ケージ』
風間の声のトーンが変わる。
明るい能天気な声から、真剣な冗談を許さない声に。
「何だよ。もう無事なら何でもいいよ。むしろ死ねよ。心配させやがって。この馬鹿。16回死ね」
今までで最大の肩透かしを喰らい、俺はもはや脱力感に襲われていた。
「何だよ」
『話したいことがあるからさ。9時ごろケージの家に行くね。全部話すから。言い訳にしかならないかもだけど』
「話したいことって――」
『あっ、電池が…。あとで――対に――から!ごめ――」
それきり、電話は切れてしまう。
かけ返しても留守番電話サービスに接続されるだけ。
おそらく、風間の言うとおり電池が切れたのだ。
俺が何十回も電話をかけたからに違いない。
「…何なんだよ。畜生。あの馬鹿。やりたい放題じゃねぇか」
心配していた俺は何なのだろう。
神や悪魔にまで祈っていた俺が馬鹿みたいだ。
穴があったら入りたい。あまりにも恥ずかしすぎる。
結果的には黒川の言った通り。どうということは無い俺の杞憂だったのだから。
「まあまあ。何にも無かったからいいじゃないですか」
「そう、だけどよ」
脱力感からようやく立ち直る。
「風間先輩だし。仕方ないよ。さあ、帰ろう」
「あぁっ。ちょっと黒川さん、何してるんですか!」
ようやく落ち着きを取り戻した黒川が俺の右手を引き、対抗するように美鳥が俺の左手を取る。
結局、何も無かった。
俺は黒川の記憶を取り戻し。風間は無事だった。
ただ気がかりなのは、風間が電話で言っていた《伝えたいこと》。
「…あの馬鹿が何か言う前に、絶対に俺が先に文句言ってやる」
そう決意し、俺は家路へとついたのだった。
■九時三十分(現在)
「…どういうことだよ。説明しろよ」
開口一番。責めるように、突き刺すように、俺が問う。
「どういうことって、探偵として――」
「違う!どうして黙って、勝手に、危険かもしれない事に首を突っ込んだか聞いてるんだよ。警察に任せればいいだろ?」
どうしてコイツは俺の気も知らず勝手な真似ばかりするのだ。
学校に殺人犯がいるかもしれないのだ。
人殺しの異常者に関わったせいで、風間自身も殺されてしまうかもしれないのだ。
俺の心配をよそに、マイペースに振る舞うのだ。
「なぁ。何でこんな馬鹿な真似をするんだよ。正直、俺は頭に来てるんだ」
突き放すように、言う。
風間は気の良い奴だ。8か月前、記憶障害の俺の為に家族と同じくらい親身になって接してくれた。
《俺が風間の記憶を失っている》にも関わらず。
《未だに、事故以前の風間の記憶を取り戻していない》にも関わらず。
マイペースで、変わった所もあるし、常識が無い所もある。
だけど、それでも、それでも俺の大切な友人なのだ。
明日には、俺は風間の事を再び忘れてしまうかもしれない。だからこそ、僅かでも危険の可能性がある事に踏み込んでほしくなかった。
だからこそ、キツい言い方になってしまったのだ。
「…ごめんね」
風間が、目を伏せ謝罪する。
「でも、不安だったんだもん」
ちらり、と上目づかいに俺の方を見る。
他人の表情や感情を読むことが苦手な俺は、彼女の瞳を見ても何を考えているか分からない。
ただ、強い《意思》が込められている事だけは分かった。
「ケージが事件と関係してることを《忘れ》てたらって。それでまた何かトラブルに巻き込まれたらって。そう思うと居ても立ってももいられなくて」
「そんな訳無いだろう。心配し過――」
「ふぅん。じゃあ、今まで無かったとでも言うの?」
風間の口調が、謝罪の色から変化する。
責める口調でも無い。突き刺す口調でも無い。からかうような口調。
「カツアゲしたチンピラをノした事をすっかり《忘れ》ちゃって、30人と鬼ごっこすることになったりー」
「うっ…」
「放火現場を目撃した事を《忘れ》ちゃって、口封じのために殺されかけたりー」
「う、うぐっ」
今度は俺が黙る番だった。
風間の言う通り、《障害》を負ってからの俺はトラブルに巻き込まれっ放しだ。
その数、僅か半年で警察沙汰が4回。あまりにも多すぎた。
「心配するなって言う方が無理よ。だからあたしは調べてたの。ケージが事件に関係してないかどうかって。関係してなければそれでいいし、もし関係があったら、怪しい人をピックアップして知らせようかと思って。そうすれば危険が減るでしょ?」
しばし呆然。頭の中が申し訳なさと恥ずかしさで真っ白になる。
風間の奇行は、奇行では無かった。
事件を調べていたのは、無意識のうちにトラブルに巻き込まれてしまう俺のため。
黙って捜査していたのは、俺に心配をさせないため。
風間の気持ちを分かっていなかったのは俺の方だった。
彼女は俺の為に動いてくれていた。俺の事を心配し、彼女なりに動き、調べてくれてたのだ。
また、俺の知らないうちに周囲に迷惑をかけていた。気を使わせていた。
「負けですよ。兄さん」
今まで口を閉じていた美鳥が言う。
「祈衣姉さんに言うことがあるんじゃないですか?こんなに大事にしてくれてるんですから」
「わ、分かってる…!あの、アレだ。言いすぎた。悪かった。でも別に、そこまで気ィ使わなくても良いんだからな。マジで」
「そう言う訳にも行かないわよ。ケージはあたしの命の恩人だし、幼馴染なんだから」
あっけらかんと言い放つ。
当たり前のように。あまりにも自然体に。俺自身が事故の事を《忘れ》ていることを感じさせない程に。
「それで、何を調べてたんですか?」
俺の心情を知ってか知らずか、興味津津と言った様子で美鳥が聞く。
「んー。目撃証言かな。梶原君と一緒にいた人とか、その近くにケージがいなかったかとか」
以前も述べたが、学校収集能力において風間の右に出る者はいない。
定期テストの点数、浮いた噂、喫煙事件の犯人。どうやっているのかは分からないが、平坂高校内の事で風間に調べられない事はないと言っても良い。
「結論から言えば、ケージは多分無関係よ。しかも、それだけじゃなくてもっとスゴいことも分かっちゃったの」
「…スゴい、事?」
「そ。《犯人候補》」
さらりと、衝撃的な発言が飛び出る。
俺の聞き違いだろうか。フィクションの探偵じゃあるまいし、普通の高校生にそんな事が調べられるわけが無い。
馬鹿馬鹿しいと一笑にふそうとする俺。
だが、美鳥は違った。夢見る子供のように目を輝かせていたのだ。
「は、犯人候補ですかっ?」
「そう、犯人候補よ!」
もしかして、俺の心配は建前で、本当は自分の好奇心の為に捜査してたんじゃないだろうな…?
やけにテンションの高い二人を目にし、俺は邪推せざるを得なかったのだった。