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除外なう  作者: 白城 海
第四話 事件の終わり、そして本当の始まり
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第四話 事件の終わり、そして本当の始まり(2)


 疼きからの頭痛。そして溢れ出る《記憶》。


 頭の中で何万ものパズルのピースが渦巻いているかのような感覚。


 何度経験しても慣れることのできない不気味な感覚。 


《遅刻常習犯》《遅刻》《遅刻魔》《パンを咥えて走る少女》《不良生徒》


 日常の事、物語の事、取るに足らないどうでもいい事。

 ありとあらゆる《遅刻常習犯》に関連した《言葉》が映像(ヴィジョン)となり(サウンド)となり俺の頭を蹂躙する。


 その中には、昨日の放課後での出来事も含まれていた。

 死体を発見した、音楽室での出来事が。

 


「文化祭まで後3カ月。部員もわずか3人なのにどうしよっか…」


「いや、どうしよっか…じゃねぇだろっ!」


「しかも、もう一人の部員なんてまだ来てないし…」


「まぁ、黒川(クロ)は《遅刻常習犯》だからな。ってそうじゃない!死体だよ!死体!」



「そう、だ。遅刻常習犯…。《遅刻常習犯》だ…」


 頭痛の波が引いて行くのを感じる。

 頭が一気にクリアになるのを感じる。


 俺は覚えている。思い出せる。

 彼女と出会った四月のあの日。

 彼女と過ごした部活の思い出。

 それに、変人っぷりも、奇行も。

 まるで昨日――いや、今日の事のように。

 鮮やかに、鮮明に、一字一句漏らさずに、思い出せる。


――出会ったその日に突然告白された事。


――それを断った時の寂しそうな表情。


――翌日、フルートを片手に入部届けを持ってきた事。

                     

――渋い顔をする俺たちを尻目に演奏しだした、洋楽(アヴリル・ラヴィーン)のナンバー。


――余りの演奏の素晴らしさに、風間の瞳が感動のあまり潤んでいた事。


――諸手を挙げて喜ぶ俺達。


――だけど、すぐさま彼女が酷い中二病だと分かった事。


――まぁ、良いじゃん、と気軽な風間の笑顔。


――よく、俺の後ろに潜んでいる事。


――それに俺が気付いた時の、どこか嬉しそうな顔。


 全部、全部覚えている。


 黒川絢葉の言葉一つ、しぐさ一つ、表情一つ。

 今まで俺が見てきたこと、聞いてきたこと、何もかも全てを、俺は覚えている。


「どうしたんですか?兄さん」



 どうして忘れていたんだろう。



「いや、何でも無い。大丈夫だ。早く帰るぞ」



 黒川絢葉は、中二病で、ストーカーもどきで、



「はい…って、急に急に行かないで下さいっ」



 どうしようもない変人で。



「あぁ、そうだ。物騒だから送っていく」



 俺達と同じ部活の。



「構わないだろ?」



 大切な――



「…え?」



――後輩だ。




「なぁ、《黒川(クロ)》」




 歩を止め、振り返る。

 振り返りはしたが、眼鏡女――いや、黒川(クロ)と目を合わせる事が出来ない。

 何故かは分からない。だけど、今彼女の顔を見れば、泣いてしまう気がしたから。


「うん…!」

 黒川の声が震えているのが分かる。

 今まで、彼女との思い出をいくつも《忘れ》てきたが、本人を完全に《忘れ》てしまったの初めてだった。

《忘れ》られる辛さも、思い出された時の安堵の大きさも相当なものだったのだろう。

 涙を流しているかもしれない。


「何を《忘れ》てたのですか?」

 居心地の悪い空気を崩そうと、美鳥が問いかけた。


「あー。《遅刻常習犯》」

 周囲の三人が異口同音に「うわぁ」と漏らす。

 当然だ。《遅刻》ならまだしも《遅刻常習犯》。当日に思い出せたのが奇跡のような《ことば》だ。


「あぁ。だから天海君、今日無断遅刻したんだ?今までそんな事なかったのに?」

 担任の言葉に無言で頷く。恐らく、遅刻と言う概念そのものを《忘れ》てしまったのだろう。

 だから罪悪感も無く、叱られた理由さえ分かっていなかった。


「難儀な体質ね?まぁ相談があったらいつでも乗るから、今日は帰りなさい?」

「ありがとうございます。ほら、行くぞ、二人とも」

 俺が足を踏み出そうとした時

「待ってください!」

 美鳥から呼び止められる。

「黒川さんが…」

 何が起きたというのだろうか。

 慌てて振り返る。

 目に飛び込んできたのは、膝を突きうずくまる黒川(クロ)の姿。


「嬉しくて、腰が抜けたみたいだ。ごめん」

 黒川が恥ずかしそうに、笑う。

「すぐ帰りたいのは山々なんですけど、ちょっと休んでいっていいです?」

「はぁ、仕方ないからオッケー?」

 おそらく、黒川にとっては生まれて初めての衝撃だったのだろう。

 すでに何度も《忘れ》られている美鳥でさえ未だに涙を流すのだ。


「歩けるようになったら送って行くから。とりあえずじっと――」

 してろよ。そう続けようとした時。


 俺の胸に振動が走った。

 続けて、着信を伝えるメロディ。

 有名な探偵アニメのメインテーマ。

 スタッカートの利いた軽快なイントロが、人気のない学校に高らかに鳴り響いた。


「この曲…は……!」

 風間の。風間祈衣からの電話だ。メールではない。間違いなく、彼女からの電話だった。

 慌てて胸ポケットから携帯電話(スマートフォン)を取り出す。

 手が震えているのがわかる。

 あいつは、一人で事件を捜査すると黒川に伝え――

 そして今朝、行方不明になった。


 電話は本人からのものだろうか。

 それとも、まさか。


「俺だ!どうしたっ?」


 震える指で、通話ボタンを押すなり怒鳴りつける。

 頼む。本人でいてくれ。


 無事でいてくれ。


 変わり者だが、迷惑なことばかりする女だが、それでも、それでも俺の友人なんだ。


 神でも、仏でも、悪魔でもいい。


 だから、全ては俺の杞憂であってくれ。


 これ以上、俺から《記憶》以外のものを奪わないでくれ。


 俺には、祈り、願うことしかできなかった。

短め。ごめんなさい。

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