1-2
食堂は既に明るかった。
長い卓の中央に朝の光が落ち、銀器が静かに輝いている。焼き立てのパンの香りと、湯気を立てるスープの匂いが穏やかに混じっていた。
父アルンハルトは席に着き、書状に目を落としている。封蝋は既に割られ、紙の端がわずかに折れていた。
その脇には、まだ開かれていない書状がもう一通、重ねられている。
母ヘレーネは侍女と言葉を交わしながらも、子どもたちへ視線を向けている。
「おはようございます、父上。母上」
ベルンハルトが一礼すると、ヘレーネが柔らかく笑った。
「今日は早いのね」
「目が覚めました」
それ以上は言わない。
アルンハルトは書状から視線を上げないまま問いかける。
「体調はどうだ」
「問題ありません」
短いやり取りののち、エルンハルトが椅子を引いて向かいに座った。
「遅いぞ、ベルンハルト」
「兄さんの方が早いだけです」
「それは否定しない」
屈託のない笑みが返る。
その様子をロザレーネは静かに見ていた。背筋を伸ばし、仕草に無駄がない。
彼女の視線は兄弟のやり取りを追いながらも、ときおり父の手元へと向けられている。
「父上、その書状は王都からですか」
問いは穏やかだが、逃さない。
アルンハルトはわずかに間を置いた。
「王都からだ。急ぐ話ではない」
そう言いながら紙を畳む指先は、やはり硬い。
畳み終えた書状を脇へ置き、開かれていないもう一通を見つめるが、手は伸ばさない。
ベルンハルトはその動きを見ていた。迷いの混じる手つきは、前世でも幾度となく見たことがある。
ここでは命取りにはならない。だが、無関係でもない。
ロザレーネはそれ以上追及せず、静かにナイフを置いた。
必要以上に問い詰めないのも、長女としての分別だった。
そこへマルレーネが駆け込んできた。
「まだ始まってないわよね?」
「走らないで、マルレーネ」
ロザレーネの声は静かだ。
「だってお腹が空いたの!」
ヘレーネが小さく笑う。
「座りなさい。今日も皆そろって食べられるのだから」
その言葉に、アルンハルトは一瞬だけ目を閉じた。
皆そろって。
何気ない響きが、わずかに重い。
ベルンハルトはパンを割り、湯気の立つスープを口に運ぶ。温かさが静かに広がる。
「ベルンハルト」
エルンハルトが声をかける。
「今日は庭の訓練場を使うぞ。お前も来るか」
「基礎だけなら」
「相変わらず慎重だな」
兄は笑う。
守られる立場にいることに、わずかな違和感はある。それでも今は、それでいい。
「無理はするなよ」
その言葉に嘘はない。
「はい、兄さん」
食卓には穏やかな音だけがある。刃も怒号もない。
この静けさが、今の世界だった。




