[8]哀の帝国 / 追及
「あたしたちの父親は確かに最低な男でした。でも、最初からそうだったわけじゃありません」
「何かきっかけがあったのか?」
「あれはまだ、ルークが生まれたばかりの頃です」
フェイの口から父親のことが説明された。
家族は元々四人。父親のゲント、母親のノクシア、そしてフェイとルーク。ごく普通の家庭だった。
ゲントは腕っぷしが強く、宿場町として栄えたこの町を襲う魔物や盗賊を返り討ちにしてしまうほどだったらしい。
町の行事にも積極的に参加し、町民からの信頼も厚かった。
だが、ある出来事をきっかけに歯車は大きく狂い始めたのだ。
あるとき、町に謎の集団が訪れた。
彼らは自らを”商業組合”の一団だと名乗り、高額な報酬と引き換えに仕事の人手を集めていたそうだ。
当時、ルークを産んだばかりだったノクシアは病に伏していて、薬を買おうにも満足には手に入れられなかった。そこでゲントは商業組合の仕事を引き受けることにした。
それが崩壊の始まりだった。町を離れたゲントは長く帰ってこなかったのだ。
そこへ追い打ちをかけるように母親のノクシアは病死した。
残されたフェイは幼いルークを抱えながら父親の帰りを待った。たとえ僅かな希望でも、父親さえ帰ってくればきっと家族は立て直せると確信していたのだ。
そうして毎日が過ぎ、ついにその日は訪れた。ゲントが戻ったのはここ数年のことだった。
すでにフェイとルークは成長して大きくなっていた。ルークに限っては父親であるゲントの顔すら覚えていなかった。
だが、帰ってきたゲントはフェイの記憶にある姿とは大きくかけ離れていた。
ゲントには”右腕”が無かったのだ。
ゲントは憔悴しきった顔で、何かに怯えるような様子を見せていたという。
そこにかつての強かった父親はいなかった。毎日を、失った腕の痛みに悶え苦しむだけだった。
次第にゲントは苦しみから逃れようと薬に手を出し始めた。
皮肉にも、妻のために手に入れてきた薬は己を堕落させるために使われたのだ。
ゲントは暴力性が増し、実の娘であるはずのフェイにすら牙をむいた。
欲望の全てが、フェイに向けられたのだった。
「──だから、ルークは父親を絶対に許せないのだと思います。これまでずっと、あたしが親としてルークを育ててきたのですから」
「理解した。お前たちのような家族は俺にも覚えがある」
「もしかして、黒騎士様もあたしたちと似た……?」
「いいや、俺の家族ではない。だが、家族に等しい存在ではあった」
「……意外ですね、てっきりあなたは冷酷な人なのかと。本当はルークの気持ちにも気づいていたんですね」
「買いかぶりすぎだ。見る目が無いな」
フェイの表情からは緊張が解けたように見えた。
だが、依然として俺を許すつもりはなさそうだ。
「ですが、これでわかりましたでしょう? あの男は勇者なんてものになれる器じゃない。ましてルークを勇者にするなんてことあたしが許しません。どうか、他をあたってください」
「他か……この町の状況を知っていてそれを言うか」
「尚更です。それにあの男はもう、死んだに違いありませんから」
「ほう? お前はこの町から消えた住人の末路を知っているのか?」
「知りませんよ。だからこうして必死になっているんです。少なくともあたしが”あの人たち”のためになれば、ルークに危害は及びません」
フェイの言うあの人たちというのは、酒場で会った男たちのことだろう。
「この町の住人を消したのはアイツらだと、それを知っていて支配を受け入れたのか?」
「そうするしかないでしょう? あたしは弟を守るためなら何でもする。この町で平和に生きていくためなら、何も怖くありません」
フェイの目は真っすぐだった。確かな覚悟を感じる。
「だが、ルークはそれを望んでいない。姉であるお前を守りたいと言っている」
「そんなことは子供の言っていることです! あたしは姉として、親として! あの子を守る義務があるんです!」
フェイはテーブルから身を乗り出し、力強く俺を睨んできた。
「もちろん、あなたのような人からも……!」
「そうか、だいたいわかった」
俺はテーブルから立ち、玄関に向かった。
「もうこの町からは出て行ってください! ルークにも構わないで! あたしの邪魔をしないで……何もかも全部、放っておいてください!」
フェイからの言葉を背に受け、俺はその場を去った。
◆
俺は再び、大通りに戻ってきた。
陽は夕日に移り変わる寸前だった。だが、以前として町に人影はない。
《おぬし、これで諦めるのか?》
「魔剣様の言う通りだった。この町に勇者はいない。少なくとも、それは望まれていない」
《時間のムダじゃった、というわけかのぅ……》
「いいや、酒場で会った奴らの正体がまだ掴めていない。奴らが何故、この町にこだわるのか……それを確かめる必要がありそうだ」
《それがなんじゃ? まさか、探偵ごっこでもするつもりか? 何のために?》
「商業組合と名乗る一団とネタニカの剣、どれかひとつでも関係性があれば次の目的地への手掛かりになる。そのための情報をだな──」
そのとき、俺はとある気配に気づいて言葉を止めた。
それは建物の陰。全身ボロボロになったルークが壁にもたれかかっていた。
《おぉ! わしの推しじゃ!》
「こんなところにいたのか……」俺は呆れた。
「……んだよ、こっち見んな」
ルークは顔中が赤く腫れ上がっていて見るからに痛々しい。
「差し詰め、あの男たちに喧嘩でも売って見事に返り討ちにされたってところだろう」
「ウッ」ルークが動揺した。
「お前が死なずに済んでいるのは姉のおかげだ。感謝しておくんだな」
「うっせぇよ……黙れよっ!」
ルークは反抗してきたが痛みに悶えて再び壁にもたれかかった。
「つーか、オッサンまだ居たのかよ……ねーちゃんに追い返されたんじゃねーの?」
「ああ、だからこうして町を歩いている。お前にも二度と関わるなと釘まで刺されてな」
「じゃあ、こうして話してんのもマズいんじゃねーの。オレが生きていられるのがねーちゃんのおかげなら、オッサンのことは絶対に許さないと思う」
「だろうな。俺は誰からも歓迎されていないようだ」
そのときだ。俺の背後に気配が集まった。
五人いる。顔を隠した黒づくめの集団がゾロゾロと俺を取り囲んだ。
俺は集団に問いかけた。
「手回しが早いな。それとも、候補者が見つかったのか?」
返事はなかった。
全員が体格からして男だ。集団は懐からナイフを取り出し、鋭利な刃先を光らせた。
「お、オッサン! こいつら……!」ルークが言った。
「こいつらの標的は俺だ、お前は関係ない」
俺はそう言って大通りの中心へと歩いた。
その間、集団も俺を取り囲みながらついてきた。
「で、要件を聞きたいのだが……」
「アンタには死んでもらう、そいつが要件だ」
「なるほど、わかりやすくて助かる」
俺は背にある魔剣へ手を伸ばした。その瞬間、男たちは一斉に飛びかかってきた。
──ガキィンッ!!
金属のぶつかる音が響いた。
五人から向けられた刃は俺の首元、あらゆる方向から鎧の隙間を的確に刺していた。
素人ではありえない見事な身のこなしだった。
「へッ、これで終わりだァ……」男のひとりが呟いた。
確かに普通ならこれで終わっていた。だが、俺は普通じゃない。
俺は目の前にいる男二人から、その顔面を鷲掴みにした。
「なッ……!? なんでッ……!?」
そのまま地面へと叩きつけた。
二人はピクリとも動かなくなったが、死んではいないだろう。
「な、なんで生きてんだよオマエッ……!? 首に五本もナイフが刺さってンのによぅ……!!」
「これか? どうやらお前たちは標的を見誤ったようだな」
俺は刺さったままになったナイフを一本ずつ抜いて落としていく。
男たちは恐怖して腰を抜かした。
「お前たちが相手にしているのはただの人間じゃない。この程度で殺せるなどと思うな」
残る男たちは三人。まずは二人の首を掴んで占め落とした。
メキメキ……と音が立って、喉を潰してしまったようだったが命に別状はないだろう。
「ヒィィッ……!!」
最後のひとりが情けない声を上げて逃げ出した。
流石に逃がすわけにはいかない。俺は足元に転がっていたナイフを逃げた男に向けて蹴った。
見事に男の右足にヒットして転ばせることに成功した。
「うがァッ……! 足がァッ……!」男が呻いている。
「お前たちには聞きたいことが山ほどあるんだ。簡単に逃げられると思うなよ?」
俺は男の胸ぐらを掴み上げ、男の顔を隠していたフードを取り払った。
「お前は……」
男は酒場のバーカウンターにいた男だった。
やはり俺を襲った集団は酒場にいた奴らだったらしい。
「あ、アンタ……! 確か人殺しはシュミじゃないって言ってたよなァ!? 殺さないでくれよォ! 頼むよォ!!」
「……接客態度が気に入らなかった。よって減点」
俺は男のもう片方の足にナイフを刺してやった。
男は悲鳴を上げて意識を失いかけていた。それを許さんと、俺は男の顔を叩いてやる。
「俺を見ろ。お前たちは何者だ? どうしてこの町に来た? あの姉弟とはどういう関係だ?」
「し、知らねェ……! オレは何もッ……知らねェッ……!!」
「そうか」
俺は男の足に刺さったナイフを握った。
「お前たちの使うナイフには返しが付いているな。無理に引き抜こうとすればたちまち肉を抉り取るだろう。そうなれば足を切り落とすほか治療は出来ない」
「お、お願いだァ……! 助けてくれェ……!」
「確かに俺は人殺しなんてシュミじゃない。だが、足が無くても人間は生きていける、そうだろう?」
「あガァッ……! やめ、やめてくれェッ……!!」
「それに足は二本もある。片方だけ残すのも……心許無いよな?」
男は号泣して嫌だと叫ぶ。
俺はナイフを握る手に力を込めた。そのとき、
「もうやめろよ……! やめてくれよオッサンっ……!!」
ルークだった。
ボロボロな顔は涙目になって、俺を止めに来た。
「その人は何も知らないって言ってるだろ!? だから放してやれよっ!」
「甘いな。こいつらの身のこなしは手練れだ。感情に左右されてしまっては情報は聞き出せない」
「でも、本当に知らないだけかもしれないだろっ! それなのにこんな……! 見てられねぇよ!!」
「だったら見なければいい。可哀想だと思うのならばお門違いだ。最初に襲ってきたのはこいつらなのだからな」
「だけど……! でも……!」
ルークは戸惑いを隠せないようだ。
所詮は子どもだ。だが、現実を教えるのならば丁度いいかもしれない。
「お前はそうやって逃げてばかりだな。見たくもないものからは目を背け、自分の都合ばかりを押し付ける。どうやって自分が生きているのかすらも理解していない」
「な、なんだよ……! オレはずっとねーちゃんに守ってもらってた! だから今度はオレがねーちゃんを守ろうと……!」
「その姉が、どうやってお前を守ってきたのかすら知ろうとしない。知るのが怖いのだろう? お前の大切な人がどんな目に合ってきたのか、果たしてそれが自分の手に負えるものなのかと」
「そ、それは……」
「お前が本当に守りたいのは姉じゃない。姉に守ってもらう自分自身だ。ただ安全な場所から、自分だけが満足することだけしか考えていない」
「……」
図星か。ルークは声を出せないでいる。
ただ拳に力を込めてふるふると震えるばかりだ。
「そんな奴が勇者になりたいだと? 笑わせるな、何よりもお前は自分に甘い。自分さえ良ければそれでいいのだろう」
「違うっ……! オレはっ……オレはぁっ……!!」
「だったら情けなく懇願してみろ。どうかオレを助けて欲しいと。自分の弱さを認めてみろ」
「っ……!」
ルークが顔を上げた、そのときだった。
「もういいだろう? 助けて欲しいのはアタイたちの方さ」
声がした。
それは男たちが姐さんと呼んでいた女だった。しかめ面をしながら俺の前に姿を現した。
「アタイたちの負けだよ。アンタに掴まれているそいつも、もうとっくに気を失っちまったんだからねぇ」
女の言う通り、俺が掴んでいた男は白目を向いて気絶している。
どうやらルークへの説教に夢中になりすぎてしまったようだ。
「まさかアンタがここまでバケモンだとは思わなかったんだ。手荒な真似をして悪かった」
「それで俺の気が済むと? 他に言うことは無いのか?」
「アンタの知りたいことはアタイが答えてやるよ。だけど、アタイに答えられることだけさ。アンタの満足する答えが得られるとは限らないよ」
「ふむ、まぁいいだろう」
俺は掴んでいた男を地面に寝かせてやった。
「お、オッサンっ……オレっ……!」
「お前はもう帰れ。邪魔だ」
「っ……!」
俺はルークを突き放した。
ルークもそれ以上は何も言わなかった。
「……アタイについてきな、場所を変えようじゃないか」
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