[7]哀の帝国 / 姉弟
「着いたぜ、ここがオレんちだ」
俺はルークに連れられて一軒の家を前にした。家は日干し煉瓦で作られた質素な平屋だった。
付近の建物も町中で多く見かけた廃墟とは違って生活感がある。どうやらこの一帯だけはルークたちが手入れをしているようだ。
「なぁオッサン、本気でねーちゃんに会うつもり?」
「何か不満でもあるのか?」
「だって、オレが勇者になるなんてねーちゃんに言ったら絶対断られるに決まってるし……」
「だろうな。お前の話を聞く限り、弟想いの姉だ。否定するのも想像に難くない」
「だからイヤなんだよ……! どうせオッサンだって、オレを勇者にするとか言って本当はねーちゃんを説得するつもりないんだろ……?」
確かにルークの言う通りかもしれない。
しかし俺がルークに興味を持ったのは他でもない、コイツの持っている短剣がネタニカ製であるという点だ。その元々の持ち主、ルークの父親に関する情報を得たい。
剣の存在は”こんな町にも王国の兵士に匹敵する実力を持ったヤツがいるかもしれない”という可能性に他ならないのだ。勇者を見つけるという俺の目的、その僅かな可能性に賭けた以上は調べてみようと思う。
とはいえ、これらの目的をこのルークに説明したところで「わからん」の一言だろう。
今は何とか上手く丸め込む必要がある。
「心配するな、悪いようにはしない。それに、姉の権限が全てではないだろう?」
「それは、そうだけど……」
ルークは不貞腐れた表情をした。
「と、とにかく! ねーちゃんにはオッサンのことオレから説明するからさ! だから余計なコトは言うなよ!」
「まぁいいだろう、その辺りは好きにしろ」
「よしっ、絶対に約束だからな……!」
そう言ってルークはそろり……と、探るようにして玄関を開けた。
「ね、ねーちゃんただいま……」
「ルークっ! あんたどこに行って……!」
玄関が開いてすぐ、女の姿が見えた。
頭に赤色のスカーフを巻いて、質素なドレスを着た少女だった。
彼女がルークの姉で間違いないだろう。姉弟揃って似た顔つきをしている。
しかし、俺がイメージしていた人物像とはギャップがあった。
もう少し薄幸そうな姿を想像していた。
少女は大人びた雰囲気で、ルークとは随分と年が離れているようにも見える。
「ルーク、その人……」少女が呟いた。
「あ、えっと! このオッサンは……!」ルークがあたふたした。
少女は俺を鋭く睨みつけてくる。
まるで不審者を見るかのような目だ。無理もない、自分の弟の背後に真っ黒な鎧を着た男が立っていたのだから。
だが俺としても弁明をするつもりはない。何せルークから何も喋るなと釘を刺されているのだから尚更だ。
「……ルーク、下がってて」
「ね、ねーちゃん……?」
少女はゆっくりと俺のもとへ迫ってきた。
少女の表情は見えない。ただ揺れるようにして俺との距離を詰めてくる。
そうして少女が俺の前に立った、そのとき、
──ドスッ……!
少女が俺にもたれかかってくると、俺はそれを受け止めた。
同時に、俺の下腹部あたりを強く押されているような感覚があった。
何事かと思った矢先、その答えはすぐにわかった。
「よくもノコノコと帰ってこれたなっ……! このクソ親父ぃっ……!!」少女が叫んだ。
《がははッ! クソ親父じゃと! おぬし、刺されておるではないかっ!》
いや、笑い事じゃないだろ。
俺の足の付け根あたり、少女の握る包丁が深く突き刺さっていた。
いくら魔剣様のおかげで簡単に死なないとはいえ、少女は的確に鎧の隙間を突いてきたようだった。
「ね、ねーちゃんっ……! その人はっ……!」
「あんたは黙ってて! あたしに飽き足らず今度はこの子に手を出すつもり!? 死んでしまえっ! この世からいなくなれっ……!!」
少女はこれでもかと力強く包丁を押し込んでくる。
俺もまさかの展開だ。初めましての挨拶がこれほど憎しみの込められた刺突などと予想できただろうか。
しかし少女は俺のことをクソ親父と呼んだか、どうやら少女は俺を誰かと勘違いしているようだ。
「……さて、お嬢さん。白熱しているところ悪いが人違いだ。俺はお前たちの父親でも、クソ親父でもないぞ」
「えっ……?」
少女はギョッとなって包丁を放した。
静かに震えながら、一歩ずつ後退っていく。
「そ、そんな……!? あたし、あたしっ……!」
「心配するな、この程度で俺は死なん」
俺は刺さったままになった包丁を自ら引き抜いた。
包丁は先が欠け、血痕ひとつ付いていない。それは俺が普通ではない証だった。
「ごめんなさいっ……! あたし、てっきり……! あぁ……! 勘違いで人を殺そうとするなんてっ……!」
少女はその場で泣き崩れ、ルークが少女を支えるようにして駆け寄った。
「まさか殺したい程の恨みとは……随分と嫌われているんだな、お前達の父親は」
「……オレだってねーちゃんと同じ気持ちだ! あんなクソ親父なんて死んじまえばいいって思ってる……!」
「だからっていきなりは無いだろう、流石の俺もビックリだ」
「ごめんなさいっ……! ごめんなさいっ……!」
とんだサプライズだ。俺でなきゃ即死しちゃうね。
少女が落ち着くのを待つ間、俺は視線だけで家の中を見回した。
一部屋の狭い空間で完結したこれといって特徴のない普通の家だ。家具は木製で統一され、綺麗に整頓されている。
外の廃墟だらけな惨状に比べたら随分と生活感で溢れている。見た限り生活に不自由は無さそうだ。
「あの……こんなことをしておいてあたしに言えた義理じゃないのはわかっています。ですが、あなたは一体……?」
落ち着きを取り戻した少女が俺に問いかけてきた。
「俺か? 俺は──」
「こ、このオッサンとはさっき知り合ったばかりなんだ! 世界中を旅してるヤツで、たまたまこの町にやって来たっていうか……!」
ルークが割って入ってきた。
ハプニングで忘れかけていたが、余計なコトは言うなとルークに口止めされていたのを思い出した。
「旅人、なのですか……? お名前は何と?」
「そんなのどうでもいいよ! オッサンはオッサンだから……!」
「ルーク、あたしはこの人と話をしてるの……! 少し静かにしていてくれる?」
ルークはウッとなって目を泳がせた。
俺は流石に見ていられないと思い、声を出した。
「俺に名前は無い。好きなように呼べばいい」
「ほらな! だからオッサンでいいんだよ!」
「それじゃ失礼でしょう? では……騎士様と。あたしはこの子の姉、フェイと申します」
少女はフェイと名乗り、一礼した。
さっきまでの様子から一変して随分と礼儀正しい。
「先程の失礼をどうか詫びさせてください。こんな家ですので金品に代わるものはありませんが、あたしにできる精一杯のもてなしを……」フェイが襟元を開いた。
「必要ない」
俺は部屋の真ん中に置かれたテーブルに腰掛けた。
「座れ。少し話をしようじゃないか」
「は、はい……」
俺は姉弟二人をテーブルに着かせた。
「なぁオッサン、どういうつもりだ……? 何を考えて……」
「こらっルーク……! すみません、こんな弟で……」
フェイが無理やりルークの頭を掴んで下げさせた。
「俺がこの町に来た理由はただひとつ。勇者を探している、本物の勇者をな」
「本物の勇者……?」
「げっ……!? おいオッサン! 約束と違うだろ……!」
ルークがそれはマズいと言いたげに椅子から飛び上がった。
しかしフェイに服の裾を掴まれて再び座り直されていた。
「その、本物の勇者というのは何なのでしょうか……?」
「それについてはさしたる問題じゃない。だが、勇者になり得る存在がお前たち家族の中にいるのは確かだ」
「ま、まさか、それって……?」フェイの視線がルークへと向かった。
「お前たちの父親だ」
俺の言葉に二人は呆然とした。
静寂を破る最初の口火を切ったのはルークだった。
「な、何言ってんだよオッサン……? あんなクソ野郎が勇者だって本気でそう言ってんのか……?!」
「勇者たり得る者が全て等しく善人である保証はない。お前たちがどれだけ親父を蔑もうと、勇者である可能性は否定できない」
「ふざけんなよっ!? オッサンはオレを勇者にしてくれるって言ったじゃないか!? それなのに、あんなヤツを勇者にするのかよ……!?」
「ちょっと待って! ルークを勇者にするってどういうことですか!? 何が何だかさっぱり……!」
話が拗れてきた。
流石に突拍子すぎたか、少し軌道修正が必要だろう。
「あくまで可能性の話だ。ルーク、お前の持っていた剣は元々父親が使っていたものなのだろう? それが本物なのかどうかを調べる必要があった」
「だからオレんちに案内させたんだな……! 最初からオレを勇者にするつもりなんて無かったんだな……!」
「だから可能性の話だと言っている。今のお前よりも、父親の方が勇者になり得る可能性が高いのだ」
「いい加減にしてくださいっ! さっきからわけのわからないことばかり……! あなたは何者なんですか!? ルークに何をさせるつもりなんですかっ!?」
フェイが俺に怒鳴りつけてくる。まさに弟を守りたい気持ちの表れだろう。
「それでもオレは勇者になるんだ……! 勇者になって、ねーちゃんを守ってやるんだ……!」
「ルーク?! 何を言ってるの? そんなヘンなことやめてっ! バカなこと言わないでっ!」
「別にねーちゃんの許しなんていらないだろっ! オレは本気なんだ……!」
「ふざけないで! あんたもあの男と同じになるつもりっ!?」
「同じなもんか! オレは……オレはっ……!!」
そのとき、フェイがルークの頬を叩いた。
ルークは頬が赤く腫れ、驚いた表情を見せた。だが、すぐに睨む目を返した。
「あっ……ごめんなさいっ、そんなつもりじゃ……!」
「……もういいっ! オッサンもねーちゃんも中途半端なら、オレひとりでも強くなってやる……!」
「ルークっ!?」
ルークが家を飛び出して行った。
それを追いかけようとしたフェイの腕を、俺は掴んだ。
「は、放してくださいっ……!」
「丁度いい。弟がいては出来ない話もあるだろう?」
「あなた何なんですか!? こんなことをされて素直にあなたの言う通りにすると思っているんですか!?」
「俺はお前に殺されかけたんだぞ? それを忘れるな」
「っ……!」
フェイはまさに苦虫を嚙み潰したかのような顔をした。
腕を掴む俺の手を振り解いて、再びテーブルに着いた。
「……わかりました。あなたが満足するまではお付き合いします。ですが、これ以上はあたしの弟に関わらないでください」
「いいだろう」
俺はフェイとの会話を続けた。
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