[4]序章 / 災厄の剣
「魔剣、だと……!?」
剣の言葉に俺は耳を疑った。
息をするのも忘れてしまうほどに、俺を襲った衝撃は凄まじかった。
《おぬしたち人間の言う勇者であるかどうか……などと、そんなものどうでもよい。わしは、わしの力を使って全てを破壊する勇者を選ぶ。ただそれだけじゃ》
俺は呆然としていた。
剣の言葉を否定しようと必死だった。だが、俺を慰める言葉は何ひとつとして見つからなかった。
周囲に広がる惨状が、目の前にいる剣の本性を結論付けてくる。
この剣は正義の剣ではない。
おやっさんの信じた伝説は、俺の守るべきだった使命は……最初から全部ニセモノだったのか?
「……ふざけんなっ! だったらどうして俺を選んだんだ!? 俺なんかを勇者にして、どうするつもりだ!」
《だから言うたじゃろう? おぬしを選んだのは間違いじゃったと。じゃがまぁ安心せい、おぬしとはこれきり、二度とおぬしがわしを手にすることは無いじゃろう》
そうだった。
俺は勇者にはならないと言った。コイツが魔剣だったのだとしたら尚更だ。
ここにきて安堵してしまう自分に何とも複雑な気持ちだ。
「……いや待て、だったらお前はどうなる? 俺以外のヤツに剣を引き抜かせるつもりか……!?」
《そうじゃのぅ。その時は、わしを有意義に使ってくれる相手を見つけたいのぅ!》
「有意義……?」
《わしは魔剣じゃからな、破壊こそがわしの力じゃ》
そのとき、俺の脳裏にはリアの顔が浮かんだ。
リアは勇者になりたいと言った。伝説の剣を引き抜くと、俺に約束をした。
ダメだ。絶対にダメだ。魔剣をリアの手に握らせてはならない。
それだけじゃない。もし、最悪なヤツの手に渡ってしまったとしたら……
《そうなれば今度こそおぬしは、本気でわしを殺せる勇者を見つける必要があるぞ?》
「あはは、あはは……」
乾いた笑いが出てしまう。
最悪だ、どうしてこうなってしまったのだろう。
俺は確かに勇者になりたかった。でも、こんな形でなんてあんまりだ。
勇者になりたいだなんて二度と思うものか、勇者なんてもううんざりだ。
《そういうわけじゃ人間。僅かな間ではあったが楽しめたぞ? それと、わしの手入れを怠らなかったことは褒めてやってもよい》
こんなもののために俺は人生を捧げてきたのか。
こんなもののせいで俺は人生が狂わされてきたのか。
こんなもののせいで、こんなもののせいで、こんなもののせいで……!
世界は、人々の暮らしは、俺の日常は……魔剣に破壊し尽くされてしまう。
どうやら俺の手には今、世界の命運が握られているらしい。
「……エリックだ! 俺は、エリックだ……!」
《なんじゃと?》
「俺にはエリックって名前があるんだよ……! ただの人間なんかじゃない……!」
《だからなんじゃ、おぬしとはもう関係を断つのだから今更──》
俺は魔剣を掴んだ。ただ強く、握りしめた。
「俺は勇者なんかにはならないって言っただろ……! だから、お前を受け入れてやるっ……!」
《な、何を言うておるのじゃ……!》
「お前を使ってやるって言ってんだ……! 俺はお前を使って、魔剣を殺せる本物の勇者を探す! そして必ず、お前を破壊してやる!!」
《なっ!? おぬしは大バカ者かっ!? そんなことをわしが許すとでも……!》
魔剣は明らかな戸惑いを見せた。
「へぇ、さっきまでの威勢はどうしたんだ? 全てを破壊する災厄の剣なんだろ? そんな魔剣様が、勇者なんかに殺されるのが怖いって言うのか?」
《なんじゃと……?》
「魔剣なら魔剣らしく、こんな森に引きこもっていないで、勇者も、世界も、何もかも全てを破壊してみせろ! 勿論、最後に勝つのは俺だ……!!」
俺は精一杯の虚勢だ。
こうやって魔剣を掴む手も、汗と震えが止まらない。
《ふっ……ふははは!! 面白い! ならばやってみせるがよい! わしを殺せる勇者を、おぬしの手で見つけてみせろっ!》
「そうこなくちゃな……! 話が早くて助かるよ、魔剣様……!」
「エリックと言ったな、認めてやる。この力、好きにするがよいっ!!」
その瞬間、俺の全身に黒いモヤが渦巻いた。
それはバチバチと弾けながら、俺の体にずっしりとした重みを伝えてくる。
身体の底から力が漲る。これが魔剣の力なのだと実感する。
俺の体は、漆黒の鎧に包まれた。
「なるほど黒騎士か、確かに魔剣らしいな……」
《忘れるな、これはおぬしだけの力ではない。本物の勇者を見つけたその時は──》
「わかっているさ。俺も覚悟はできているつもりだ」
《ふんっ、ならばよい》
これが俺の選択だ。もう後戻りはできない。
《して、おぬしの剣の腕がイマイチなせいで、わしとしたことがあまり言いとうないのじゃが……」
「……何だ?」
《ふむ。ひとり、殺しそびれたヤツがおってのぅ……》
「むっ……」
俺は周囲の気配を探った。
地面に転がる死体の山に埋まるようにして、微かに震えるそれを見つけた。
俺はそれを引きずり出した。
「ひ、ひぃぃっ!! 助けてくださいぃっ! 殺さないでぇっ!!」
「お前は……」
それはあの、品の無い顔をした男だった。
全身が真っ赤になっていて、傷ひとつ無かった鉄の鎧もボロボロだ。
どうやらコイツだけ生き延びたらしい。運が無いというか、悪運が強いというべきか。
《どうする? コヤツの扱いはおぬしに任せるぞ?》
「そうは言ってもな……」
「お願いしますぅっ!! これまでの非礼はぜんぶ謝りますからぁっ!! どうか命だけはっ! 命だけはぁっ……!!
男は頭が削れてしまうのではないかという勢いで必死になって頭を地面に擦りつけている。
コイツが俺にしてきたことを考えれば考えさせられる部分はある。
しかし、もはや許す許さないの次元ではない気がする。
俺がこれから歩む道、その一歩がここにはあるのだ。
俺は男に向けて魔剣を構えた。
「ひぃぃっっ!! 死にたくないぃっ! 死にたくないっっ!!」
男は顔中から汁という汁全てを噴き出しているようだった。
いや、全身からも出せるものは全部を出しきっている。
なんと滑稽な姿だろう。ここまで哀れな醜態を晒せる心意気は見習うものがあるかもしれない。
だが、今はそんなものどうでもいい。俺は淡々と言った。
「この剣を持て」
「……は?」
男はピクッと反応したが、俺の言葉を理解できていないようだった。
震えてばかりで一向に動こうとしない。
「この剣を、持てッッ!!」
「は、はいィッ……!」
俺からの喝を受けてようやく男はビシッとして顔を上げた。
ぐちゃぐちゃになった顔で、震えながら、ゆっくりと俺の手にある魔剣へと手を伸ばしてきた。
「お前が本物の勇者かどうか、見極めさせてもらう」
俺は男に魔剣を横にして差し向けた。
男は生唾を飲み、魔剣に触れた。
だがその瞬間、魔剣は拒絶するように重さを増して地面に突き刺さった。
「……やはり、お前は勇者ではない」
「い、嫌だぁっ……! 勇者にならなきゃっ……! 殺されるゥっ……!!」
男はそう言って再び魔剣を引き抜こうとした。
しかし、何一つとして変化はない。現実は非情なものだと理解させられる。
魔剣様もこんな男を相手に引き抜かせるつもりは無いらしい。
「ひとつだけ答えろ」
「な、何でしょうか……!? 何でも答えますからぁっ!!」
「お前は何故、勇者を目指す? その理由を答えろ」
「勇者を目指した理由っ……?!」
男は少し考えるようにしてから続けた。
「そ、そりゃぁ、カッコイイからに決まってるだろ!? 勇者になればイイ思いができるっ! オレは最強になって──」
言葉の途中、俺は男の顔面を殴りつけた。
「ぶへぇっ!!」
男は背中から勢いよく倒れた。
「痛ってェっ……! な、何しやがるっ……!?」
「それだけか? 他に理由はないのか?」
「な、何なんだよっ!?」
俺は倒れている男へ馬乗りになった。
そのまま品のない面を目掛けて拳を振るう。
右、左、右……品のない面はより下品な面へと変わっていった。
「や、やめてェっ……! 痛いィッ……! ゆ、許してくださいィっ……!」
「言え。お前は何故、勇者を目指す。その本当の理由を答えてみせろ」
殴る。ただ、殴る。
原型を無くして腫れた顔を、ただひたすらと殴り続ける。
「し、死にたくないっ……! 助けてくださいィっ……!」
「言えッ! 貴様は何故! 勇者を目指す!」
「ひいぃぃっ! 助けてぇっ……! お願いだからぁっ……命だけはぁっ……!!」
「それが答えか? それがお前の、勇者を目指す理由なのかッ!」
俺は男の胸ぐらを掴み、拳に力を込めて渾身の一撃を準備した。
「お、オレはぁっ……! 勇者になるって、カーチャンに誓ったんだぁっ……!!」
俺は拳を止めた。
「毎日がずっと貧しくてっ、大変だったけど、カーチャンはオレのことを大切にしてくれた! でも、カーチャンはもう病気で死んじまった……! クソッたれな世界がカーチャンを殺したんだ! だからオレが勇者になって見返してやるんだ! カーチャンを奪ったこの世界からっ、オレが全部奪ってやるんだぁっ……!!」
「……そうか」
──ドガァッ!!
俺は止めていた拳を放った。
男の前歯が飛び、血と涙の混じるドロドロな顔を残した。
「あがぁっ……うぐぅっ……」
「ならばやめておけ、お前にこの剣は荷が重い」
俺は男から離れ、地面に刺さったままだった魔剣を手にした。
《殺さんのか? 勿体無いのぅ……》
「こんなヤツを殺してどうする? 雑魚を潰してアンタは満足するのか?」
《それもそうじゃな。おぬし、中々わかっておるではないか》
「お褒めに預かり光栄だ、まったく……」
俺は闇が深まる森の中へ、歩を進めた。
◆
宵明けの空は澄んだ青の気配を感じさせる。
黒騎士となった俺は、遠目からおやっさんの家を眺めていた。
「俺はもう、ここにはいられない……」
おやっさんには感謝しきれない。
恩を仇で返すような結果になったのが唯一の心残りだ。
《後悔しておるのか? 逃げ帰るなら今からでも遅くはないぞ?》
「それは俺のセリフだ。俺は必ず、アンタを殺す勇者を見つけてみせる」
《ふんっ、よう吠えるわい。まぁ、その意気でいてもらわんとわしも困るからのぅ》
俺に失うものは何もない。
ならば迷うこともない。俺に課せられた使命を、思う存分に果たすまでだ。
俺は背を向けてその場を去ろうとした、そのとき。
「おじさ──んっ!!」
それは聞き覚えのある声だった。
背後から届いた少女の声に、俺は思わず足を止めた。
「どこに行くのっ……? そんな格好して、どこに行くつもりなのっ……!?」
リアだった。振り向かずともわかる。
よりにもよってこんな時に……いや、こんな時だからこそリアは姿を現したのだろう。
「……キミは誰だ? 誰かと勘違いしているようだが」
「とぼけなくてもわかるよっ! 真っ黒な鎧で顔がわからなくても、おじさんはおじさんだもんっ!」
まいった。他人のフリは通用しなかった。
ここは素直になるしかなさそうだ。
「あたしも連れてって! あたしもおじさんについていくっ!」
「ダメだ」
「どうしてっ!? 約束したはずでしょっ!? ずっとここにいてくれるって! あたしが勇者になったら毎日踊ってくれるって……!」
「それは無理だ」
「えっ……?」
俺はリアを見た。リアの目には涙が浮かんでいた。
「俺こそが勇者だったんだ。この背に携える剣、伝説の剣は俺を選んだ」
「おじさんが勇者……? そんなっ、どういうことなのおじさんっ……!」
「お前は勇者にはなれない。だからもう諦めろ」
そう、リアを勇者にしてはならない。
この重荷を背負うのは俺ひとりだけでいいのだ。
「それでもっ……! あたしを置いていかないでよっ……! あたしをひとりぼっちにしないでっ! いい子にするからっ! 誰とでも仲良くするからっ……!!」
リアは声を荒げて必死になって懇願してくる。リアの手も力強く、自らの裾を掴んでいた。
《うるさいガキじゃのぅ、殺してしまおうか?》
「黙れッ!!」
「ッ……!? おじさん……?」
リアに魔剣の声は聞こえていない。俺がただ怒鳴っただけに見えただろう。
リアは怯えた表情のまま呆然とした。それでも裾を掴む手は離さなかった。
「……リア、俺はもうお前の知っている俺じゃないんだ」
「えっ……?」
「俺はこの剣を使って世界を滅ぼすつもりだ。そのためにここに来た、最初からそれが目的だったんだ」
「そんな、嘘だよっ! おじさんはそんなことしないっ! あたし知ってるもんっ! おじさんは……!」
「だから言っているだろう……! 俺はもう、お前の知るおじさんじゃない。この鎧を纏った俺は、全てを捨てる覚悟を得た……!」
俺は魔剣を握り、リアに向けて構えた。
「やだよっ……! お願いだから行かないでっ……! ここで一緒に暮らそうよっ……!」
「……おやっさんに伝えておいてくれ。最後まで迷惑をかけてすまなかったと」
「待って……! おじさ──」
その瞬間、魔剣から赤い閃光を放った。
光を浴びたリアはその場に倒れた。遠目でも呼吸をしているのがわかった。
《これでよいのじゃろう?》
「ああ、アンタが殺すのは本物の勇者だけだ。それ以外の雑魚に興味は無い」
《まぁ、わしはいつでも人間を嬲り殺して構わんのじゃが……おぬしの言うことも一興じゃな》
俺は再び、魔剣を背に歩み出した。
ここから俺の戦いが、俺の物語が始まったのだ。
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