[2]序章 / 勇者の剣
食事を終えてからしばらくして、俺は自室に戻った。
おやっさんの家にあった空き部屋を今は俺の部屋として使っている。
「確かここにしまったよな……」
俺はベッドの下から大きめの木箱を引っ張り出した。同時にホコリが舞って咳き込んだ。
箱は持つのも億劫になる重さで、動かす度に中身がガチャガチャと騒がしい。
中には俺にとって大切なもの……とまでは言わないが、どうしても捨てられないものが入っている。
俺は箱を開き、中身を手にした。
「随分と錆びちまったな……手入れしてないから無理もないか」
俺が手にしたのはよくある普通の直剣だ。
革製の鞘から引き抜いた剣の刃先は錆びついてボロボロになっていた。
これは俺が初めての報酬金で買った剣なのだ。懐かしい思い出だ。
あの頃は勇者になろうと必死に冒険者を続けていた。仲間とともに色々な場所を旅してまわった。
だが、一度としてこの剣を振るうことは無かった。
「俺なんかが勇者だなんて、バカげてるな……」
ため息が漏れた。
元冒険者、と言葉にすれば聞こえはいい。
実際は仲間の後ろに隠れてコソコソとしていただけだった。まともに戦うことを避けてきた人間だ、我ながら臆病者と言って過言じゃない。
いや、臆病者なりに出来ることはしてきたつもりだ。
「せっかくだし、ちゃんと手入れしてやるか……」
装備の手入れをすること。それが俺にとって唯一のやりがいだった。
それぐらいしか仲間の役に立てなかった。
俺はなるべくして剣の管理人になったのだと思う。
だから勇者になることを諦めた。勇者なんて、もう遠い過去の夢なんだ。
俺は剣の手入れに取り掛かった。そのとき、扉がノックされた。
「おじさんっ、いる?」
「ん、リアか? どうした?」
俺が扉を開けると、そこには寝間着姿のリアが立っていた。
リアは今にも落ちてしまいそうなまぶたを擦った。
「どうした? 眠れないのか?」
「ううん、そうじゃないの」
首を横に振ったリアの表情が強張った。何やら思い詰めた様子だ。
「あのね、おじさん。どこにも行かないよね……?」
「えっ?」
「今日のおじさん、ちょっとヘンだったから……急にいなくなったりしたら、あたし悲しいよ……」
不安そうに俯くリアの姿に俺はハッとなった。
リアがこんなことを言う理由には心当たりがある。食卓でおやっさんと会話をしたときにも話題には上がっていた。
リアの父親……つまりおやっさんの息子は幼い娘を置いてある日突然に失踪したのだ。母親も早くに亡くし、今のリアにとって家族と呼べる存在はおやっさんしかいない。
俺自身、リアの父親と面識があるわけじゃない。俺が初めてこの場所に来た時から、リアはおやっさんと二人きりで暮らしていた。
少なくとも俺もリアには懐かれている自覚はある。リアにとって、身近な存在を失う恐怖には何よりも敏感なのだろう。
「大丈夫だ、そんなことにはならないよ」
「ほんと……? あたしをひとりぼっちにしない?」
「ああ、本当だ」
俺はリアを撫でてやった。
リアは安心した様子で笑みを返してくれた。
気休め程度かもしれない。だが、それでもリアには笑顔でいて欲しいと思う。
「ねぇおじさん、それなぁに?」
「ん、これか? これはな……」
リアは興味深々な目をして俺の手に握られた剣を見つめてきた。
「俺が昔使ってた剣だよ。久々に引っ張り出したから手入れでもしようかと思ってな」
「そっか、おじさんって冒険者だったんだもんね。すごいなー、その剣を使って魔物とか倒してたんでしょ?」
「えっ? あ、ああ……! そうだな、何てったって冒険者だからな……!」
リアのキラキラとした視線に苦笑いが出てしまう。
「あたしもいつかは冒険者になる……! そしたら伝説の剣も引き抜いて、絶対に勇者になるの!」
「おぉ、随分と壮大な夢だな」
「うんっ! あたしが勇者になればきっと、おとーさんは帰ってくるはずだもんっ! おじーちゃんも、おかーさんだってきっと喜んでくれるっ!」
リアは自信満々な表情をした。
俺は少し心がザワついた。やはりリアは家族のことが大切なのだろう。
「なら、リアが勇者になるまではちゃんと伝説の剣を手入れしなきゃだな!」
「えへへっ! でも、あたしが勇者になったらおじさんが寂しくなっちゃう?」
「ならねぇよ、むしろ誇らしくて毎日踊っちまうぞ?」
「えーっ!? じゃあ約束っ! あたしが勇者になるまで……ううん、この先もずっとここにいてね!」
「おう、約束だ。だが、その前にまずは冒険者になることだ。そう簡単に勇者にはなれないぞ?」
「まっかせて! あたしは絶対に勇者になるからっ!」
リアは誇らしげに眩しい笑顔を見せてくれる。
俺の中にあった迷いもスッキリとした気がした。
決めた。俺は勇者にはならない。勇者は俺じゃない。本物の勇者は別にいる。
だから伝説の剣には、もうしばらくここにいてもらう。
◆
夜が更け、森は深い闇に包まれていた。
俺は再び剣の刺さる祭壇を前に立った。
「……よしっ!」
俺は深呼吸をして剣に手を添えた。
ただ確かめるだけだ。だが、不思議と俺の手は震えている。
これは期待か、それとも恐怖か、それとも……
「えぇいっ……!」
俺は目を瞑って一気に剣を引き抜いた。
伝わってきた感触には一切の抵抗が無かった。確かな重みだけが俺の手に残る。
これは想像通りの結末だ。俺の気持ちはどちらかというと、落胆が強いかもしれない。
「やっぱり、俺が勇者なのか……」
俺の手に握られた剣は祭壇を離れ、綺麗な切っ先を見せる。
長年一度も引き抜かれなかった伝説の剣に、俺が勇者として選ばれた証だった。
「だが悪いな。俺は勇者にはならない」
俺はそう言ってもう一度剣を戻した。
これでいい。こうする必要があった。こうしなければならないんだ。
俺はその場を去ろうと振り返った、そのときだった。
「──おいオッサン! また来てやったぜ!」
男が松明を持って立っていた。
品の無い顔をした、昨日剣を引き抜けなかったあの男だった。
さらに男の背後からはゾロゾロと集団が姿を見せた。
十人以上はいる。全員が見るからにガラの悪い男たちだ。
「お前ら……何の用だ?」
「おいおい! こんなところに用があるっつったらひとつしかねぇだろぉ?」
男は祭壇に刺さる剣を指差して答えた。
「言ったはずだ、お前は勇者じゃない。お前にこの剣は引き抜けない」
「”オレは”、だろぉ? 仲間を連れてきたんだよ、ここにいる全員の力を合わせれば引き抜けるかもしれないぜ?」
男の背後でたむろする集団……冒険者仲間というには数が多すぎる。
コイツら、本当に剣を引き抜くことが目的なのか?
「無理だ。いくらお前たちが集まろうと、この剣は絶対に引き抜けない!」
「おいオッサン、そうやって何でもかんでも否定すんのが大人の悪いトコだぜ? オレたちは未来ある若者の冒険者だ、希望を持ってここに来てんだよぉ!」
その割に男は俺をバカにしたような薄ら笑いを浮かべている。
後ろの集団もニヤけた面をしながらケラケラと声を漏らしている。
「オレたちは友情で剣を引き抜くんだよ! オレたちが勇者になる! それで世界を平和にしてやんだ、感動的だろぉ?」
周囲からギャハハと笑いが上がった。
俺は確信した。コイツらは剣を引き抜くことが目的じゃない!
「いい加減にしろ! お前たちがどれだけこの剣に触れようが結果は変わらない! 俺にはこの剣を守る使命がある! お前たちを近づけさせない!」
「……ッチ、めんどくせーな。頭硬すぎだろこのオッサン……」
男はため息を吐いて頭を掻いた。
「つーか何でこんな真夜中にいんの? 仕事好きすぎだろ。てか、剣見てるだけで仕事になるとか楽すぎじゃね?」
男が動いた。ジリジリとこちらに迫って来る。
俺はジッとして構えた。近づいてきた男は俺の前で立ち止まった。
男は相変わらず品の無い顔で、鋭く睨みつけてきた。
「いいからどけよオッサン、オレたちの邪魔すんなよ」
「どかない……! 絶対に、ここをどかない……!」
俺は両手を広げた。
俺は本気だ。絶対にどいてやるものか。こんなヤツにビビってなんかいない。
それなのにどうして、震えが昇ってくる。これは武者震いだ。そうに違いない。
俺は震えを受け入れた。するとどうしてか気が楽になった。
自然と笑いも込み上げてきた。これならば負けない。
俺は込み上げてくるものごと、唾を飲んだ。
「あーそう。じゃあ、無理矢理にでもどいてもらおうか?」
男はポツリと言い放つと、俺の目の前に拳が飛んできた。
ドガッ! と鈍い音が響いた。
次の瞬間には俺の視界はグルグルと回っていた。
鼻筋にジンジンとした痛みが伝わってきた。赤い飛沫が宙に弧を描いていた。
「うがぁっ……!」
俺は勢いのままにその場に倒れた。
「ウッヒョー! マジで殴っちまったじゃん! 痛そー!」近くではしゃぐ声が聞こえる。
「いや、これぐらいしなきゃダメだろ? オッサンは若者の未来を案じるべきなんだって!」
「なんだよそれ! ムズカシーことばっか言ってんな!」
「オメーはもう少しベンキョーしろ! オラ、さっさとやんぞ!」
俺は地面に倒れたままだ。
全身から力が抜けてしまって立ち上がることができない。
たった一発のパンチを食らって伸びてしまった。
「まずはオレからなー! うおりゃー!! ……って、やっぱ抜けねぇっー!」
「バーカ! オメーが勇者なワケねーって! 貸せや!」
俺は負けてしまった。
情けなくて、悔しくて、自分が嫌になる。何が勇者だ、何が冒険者だ、何が使命だ……!
こんな俺じゃおやっさんに託された大事な使命も、リアとの約束も果たせない。
もう諦めてしまおうか。
「あー、飽きたなー。もうぶっ壊さね? 伝説の剣つっても叩けば折れんだろ」
その言葉に俺は耳を疑った。
無理矢理に引き抜こうとするのでは飽き足らず、今度は剣を壊そうとでも言うのか。
「や、やめっ……!」微かに出た俺の声。
「おもしろそー! やっちまおうぜ!」
「よーし! なんか硬いもん持ってこい!」
俺は力を振り絞った。全力で立ち上がることに意識した。
こんなヤツらに踏みにじられたままではダメだ。この命を懸けてでも守らなければならない。
それが俺の使命だった。剣を守るとはそういうことだった。
「やめろォッ……! それ以上は、俺が許さないッ……!」俺はついに立ち上がった。
「あ? おいオッサン、まだ寝てなかったのか?」
男は俺に気づいて拳を鳴らした。
もう一度俺に殴りかかろうとしているようだった。周りの集団も、俺を取り囲んできた。
「俺はッ……! その剣を守る使命があるッ……! おやっさんと、リアと、約束したんだッ……!」
「知らねーよ、うぜぇから寝てろよ。つか、もう死んどく?」
笑いの混じる男の言葉を機に、集団は一斉に懐からナイフを取り出した。
それは盗賊に多く使用される片刃ナイフだった。キラリと不気味に光らせる刃先が俺に向けられた。
「どうりでな……お前らは勇者じゃない! それどころか、冒険者ですらない……!」
「今更どっちでもいいだろぉ? 殺しちまえば一緒だ」
男は不敵な笑みを浮かべ、片足に力を込めた。
俺を仕留めようと一気に飛び込んでくるつもりだろう。俺に武器はない。圧倒的な不利だ。
だが、ひとつだけ可能性はある。俺はその可能性に賭けようと思う。
「死ねやァッ!!」
男が声を上げて飛び込んできた。
俺はムッとなって構えた。
男は素早い身のこなしで確実に距離を詰めてくる。だが、俺は曲りなりにも元冒険者だ。
俺の得意分野で勝負してやる……!
「ここだッ……!」
俺は男の飛び込みに合わせて踏み込んだ。
場所を入れ替わるようにして、俺は男を追い越した。
「な、なニィッ……!?」男は声を上ずらせた。
集団もまた呆気に取られていた。俺は怯まず真っすぐに駆け抜けた。
見事に男たちの包囲から脱し、伝説の剣が刺さる祭壇を前にした。
「テメェッ……! 舐めたマネしやがって!」
「悪いな! 生憎、戦うのは苦手なんでね……!」
俺は伝説の剣に手を添えた。
込み上げてくる思いのままに、持ち手を握り込んだ。
「ま、まさかッ……! テメェ、その剣を……!」
「ああ、そうさ。選ばれていたんだよ、俺は……!」
俺は剣をじっくりと、見せつけるようにして引き抜いていく。
そうして伝説の剣は今、選ばれし勇者の手によって引き抜かれたのだ。
「これが伝説の、勇者の剣だッ……!」
「チクショウ……! やっぱりオレたちには引き抜けねぇようにしていやがったんだな……! 頭に来たぜッ……!!」
月光煌めく剣を構える俺の姿に、男たちは完全にビビっている。
無理もない。ここに来て本物の勇者が現れたのだから。
そろそろ潮時だ。この戦いに決着をつけよう。
俺は力を込めて身構えた。
「よし、逃げろぉぉぉぉっっ!!!!」俺は勢いよく飛び出した。
一瞬の静寂があった。
しかし、次の瞬間にはどよめきにも似た怒号が聞こえてきた。
「あ、オイッ! 逃げんな! この卑怯者ォッ!!」
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