[16]妖目の渓 / 秘密
俺はアヤメとともに屋敷の庭園にやって来た。
白く粒々とした石が一面に敷き詰められた開放的な場所だ。
しかし、ここが谷底ということもあってか陽は満足に差し込んではこない。
足元には絶えず霧が渦を巻いている。相変わらず不気味だ。
そんな中、アヤメが庭園の中心を陣取るようにして立った。
「では、始めましょうか」
アヤメはそう言ってカタナを抜いた。
やる気に満ちた様子で凛と構えるその姿に俺はやれやれとなった。
「おい待て、勝手に話を進めるな。俺はお前と戦うつもりなんてないぞ」
するとアヤメはキョトンとして首を傾げた。
「そうなのですか?」
「そうだが」
俺はため息を吐いた。
いくら魔剣を手にしているとはいえ、不必要に剣を交えるのは俺の専門じゃない。
「そもそも、俺が怪我人だということを忘れるな。こんなことで傷が開くなんてゴメンだ」
「……意外ですね、貴方様がそのような心配をなさるとは」
アヤメは顎に手を当て、少し考えるようにした。
「俺を何だと思っている? 自意識過剰な自滅願望者だとでも?」
「いえ、決してそのようなことは……」
そのとき、俺の手に握られていた魔剣が微かに震えた。
《おい、わしに変われ》
ああ、言うと思った。
血気盛んな魔剣様が今にも暴れ出しそうにしている。
《ここであの女を殺す、絶好の機会じゃ》
「はい、そうですか……なんて言うと思うか? 少し気が早いんじゃないか?」
《悠長に構えとるヒマはない。おぬしがそうさせたのじゃぞ》
魔剣様がここまでアヤメを警戒するのは意外だ。だが、納得できる部分はある。
アヤメは底の見えない相手だ。こちら側が腹の内を探るつもりでも、見透かしたような態度でこちらに迫って来る。
《それに、あの女には執念を感じん。言うなればその心は空虚、何も無いのじゃ》
「勘ってやつか? 魔剣にもそういうのがあるんだな?」
少し茶化してみたが魔剣様は何も答えなかった。
どうやら魔剣様は本気らしい。
「そのご様子、戦いを望むのは私だけではないようですね?」
「……ああ、不本意だがお前たちに従うしかないらしい」
俺は渋々と魔剣を構えた。
その瞬間、生身だった俺の体を黒いモヤが渦巻いた。
それはバチバチと弾けながら、俺に漆黒の鎧を纏わせた。
「もし、私の心配をしてくださっているのでしたらご安心ください。私は只者ではありませんので」
「その言葉、そのまま返させてもらう。お前ほどの実力者に心配は無用だろう」
「光栄ですね、私とて手を抜くつもりはありませんよ」
アヤメは顔の横にカタナを構え、口元に微笑みを見せた。
俺の体も勝手に動き出し、堂々と魔剣を構えた。
互いに意識を研ぎ澄まし、一瞬の静寂が生まれた、次の瞬間。
「参ります」
アヤメが勢いよく飛び出してきた。
妖目衆との戦いで見せた軽快な身のこなし、瞬きすら許さない素早さで一気に距離を詰めてくる。
アヤメの姿が二つに分身しているようにも見えた。その最中、斬撃が飛んできた。
《見えておるわ!》
魔剣様が俺の体で反応し、斬撃を魔剣で受け止めた。
互いの刃が激しくぶつかり、火花が散った。
「……流石ですね、ですがどうでしょう?」
アヤメはポツリと言い放つと、その姿を霧が包んだ。
輪郭が曖昧になって、魔剣で受け止めている刃もまた薄く霞んでいった。
《……ッ!》
瞬間、アヤメが姿を消していた。
見えていたのは残像だったのだ。気づいたのも束の間、背後から斬撃が伸びてきた。
「覚悟ッ!」
《おのれっ……!》
──ガギィンッ!!
強烈な金属音が響いた。
不意の斬撃を魔剣様は籠手で受け止めていた。
魔剣様も咄嗟に反応したのだろう。直撃は免れたものの、こちらの体勢を大きく崩されてしまった。
「ハァッ!」
対するアヤメはこちらの隙を突く刺突の構えだ。
これはまずい。流石の俺も危機感を覚えた、そのとき。
《なんてのぅ……!》
ほくそ笑むような魔剣様の声とともに、俺を包む鎧がバッと消えた。
「ッ……!?」アヤメが一瞬、戸惑った。
《かかっ! 仕返しじゃ!》
俺の体は魔剣を力強く握り直すと、隙を見せたアヤメに向けて容赦なく振り下ろした。
──ズサァッ!
俺の手には肉を裂く生々しい感触が伝わってきた。
不愉快極まりないその感触も、途中で硬いものが阻んだ。
「随分と、姑息な手を使うのですね……」
《お前に言われとうないわ、この女狐め》
アヤメはカタナで魔剣を受け止めていた。だが、完全に防ぐことはできていなかった。
その肩には魔剣が食い込み、ドロドロとした鮮血を滴らせている。
「予め貴方様に妖術を掛けておいて正解でした。でなければ私は今頃、真っ二つにされてしまっていたでしょう……!」
いつの間にそんなものを仕込んでいたのか……いや、俺がここに来て無防備な時間は十分にあった。
先程の一瞬に妖術を使って俺の動きを止めたのだろう。だが、魔剣様に操られている状態の俺を完全に止めることは不可能だった。
それでも一瞬の判断を間違わない臨機応変さは流石だと言いたい。やはり只者ではない。
《じゃが、これで終いじゃ》
「ぅぐっ……!」
魔剣様が俺の手に力を込めさせる。
アヤメを傷つける感触が、より確かなものへと変わっていく。
……不快だ。実に不愉快だ。
「もういい……! 勝手に戦わせられる身にもなってくれ……!」
俺は声を上げ、勢いのままに魔剣から手を放した。
《なっ……!? まだじゃ! まだ終わっておらんぞ!》
いくら魔剣様でも手にする者がいなければ何もできない。
魔剣はその場に転がり、アヤメを解放した。
「……助かりました、貴方様は命の恩人ですね」
「一体、お前の目的は何だ? ここまでする理由は何なんだ?」
「ただ、確かめたかったのです。今の私の力が魔剣に届くのかどうかを……」
「何だと……?」
アヤメは傷口を手で押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ですが、私もまだまだですね。やはり魔剣は人の手に負えるものではありません……」
「お前は魔剣を知っている、それはなぜだ? これ以上隠すことでもないだろう?」
「そうですね……」
アヤメは一息をつき、傷口から手を放した。
すると、血が溢れていたはずの傷が既に塞がっていた。その光景に俺は驚嘆した。
そうしてアヤメは微かに震えた唇で言葉を紡いだ。
「私も貴方様と同じ……かつて一度だけ、魔剣を手にしたことがあります」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
「魔剣は貴方様が持つひとつだけではありません。この村にはもう一つの魔剣が、一族が代々封じてきた”妖刀”が存在するのです」
《な、何を言うておる……? そんなことあるはずがなかろう……!》
俺も魔剣様と同じ意見だ。
だが、今の状況の全てが否定を許さない。魔剣様でさえ知り得なかった事実に驚きを隠しきれない。
「全てお伝えしましょう、私たち東雲一族の秘密を……」
アヤメの口から真実が語られた。
それは”全てを呑み込む魂喰の妖刀”、名を”霧鮫”という。
遥か昔、東雲一族は妖刀を手に、この地へと流れ着いた。
一族がこの地で神授石を見出したのも妖刀の存在が大きく関係していた。
妖刀は魂を喰らい眠りにつく。でなければ災厄が襲い掛かる……それを抑えるための力が神授石にはあったのだ。
神授石を多く含有するこの地が妖刀を封じるための役割を持っていた。そうして妖刀は長い眠りについていた。
だが、その均衡は破られた。
突如としてこの村を災厄が襲ったのだ。
そしてアヤメは当時、幼くして一族の頭目を務める兄・ヨウとともに災厄を鎮めるべく尽力した。
これが妖刀との出会いだった。
「──妖刀は災厄を引き起こしました。それを鎮めるためには”魂”を捧げる必要があったのです」
「魂を捧げる……? 生贄というわけか?」
「はい、ですが命を代償とするわけではありません。厳密に魂は魂魄と言い、精神を司る”コン”と肉体を司る”ハク”という二つによって構成されています。そして霧鮫は魂を喰らう妖刀……私はこの手で、兄様の魂を斬りました」
俺は驚嘆した。
これこそがアヤメが魔剣を、妖刀を手にしたという理由だったのだ。
「兄様の魂を犠牲に災厄は鎮められました。妖刀も再びの眠りにつき、この地の神授石の力で封じられたのです。ですが、いずれまた災厄は引き起こされるでしょう」
「何っ……?」
「今、妖刀は兄様のもとにあります」
俺は耳を疑った。
まさか、アヤメたちが妖刀を封じているのではないのか?
「兄様は妖刀とともに一族を離れました。魂を失い、器だけとなった兄様はもはや私の知る人ではありません。魂が抑えてきた悪欲が兄様を支配し、狂気へと駆り立てたのです」
「それが、お前の兄が妖目衆を率いて一族を離反した本当の理由だと?」
「はい、あとはおばば様からもお伝えした通りです。妖目衆の真意がどうであれ、私は兄様が妖刀の力を使うことを何としても阻止しなければならないのです」
それがアヤメたちの戦う理由か。
だが、だとしたら疑問が多く残る。
「ならばなぜ、先程の場でそれを言わなかった? いや、村長に言わせようとしなかった?」
「それについては……おばば様には知られたくはありませんでしたから、私の、本当の目的を」
そうしてアヤメは一呼吸を置き、俺に面と向かって言った。
「私は、貴方様の力で妖刀を殺したいと考えています。そのための助力を、貴方様にはしていただきたいのです」
「妖刀を殺す……その目的を村長に知らせないのはなぜだ?」
「たとえ災厄を呼ぶ妖刀とはいえ、私たち一族にとっては大切なものなのです。それをおばば様の前で否定できましょうか?」
「そうか、あくまで俺はお前とともに妖目衆と戦う協力者にすぎない……村長の前ではそう振舞う必要があった、そういうことだな」
「ご理解が早くて助かります、とても聡明な方ですね」
ようやく全てが繋がった。
魔剣を殺せるのは魔剣だけ……どうやら先程の戦いはそれを確かめるためでもあった。
そして俺の持つ魔剣の力は本物だと証明された、だからこそアヤメは俺に全てを話したのだろう。
奇しくもアヤメの目的は、真意は、俺と同じだった。どうりで魔剣様が毛嫌いするわけだ。
「……だが、にわかには信じ難いな」
「そうだとしても、私はここで貴方様を手放すわけにはいかないのです」
アヤメは確かな意思で俺に言い迫ってくる。
それでも俺はどうしてもアヤメを信用しきれないでいる。
これはきっと同族嫌悪というやつかもしれない。
それに、妖刀を殺せば魔剣は、俺の役目は……。
俺を迷いが支配していた。そのとき。
「いいや、そいつの言葉を信じるな」
声がした。男の声だった。
周囲を窺うと、屋敷の軒先にひとつの影が落ちていた。
それは煙となって立ち上り、黒ずくめの人影を作った。
「兄様っ……!?」
アヤメが仰天し声をあげた。
兄様と呼ばれた男、奴こそが妖目衆の首領・ヨウで間違いないだろう。
アヤメたちと同様に目元は布で隠され、その布には大きく目玉が描かれていた。
妖目衆であることを示すように全身を漆黒のマントで包んでいるが、所々には金色の意匠が施されていて、下っ端たちとは一線を画している。
「ほう、まさか大将が直々にやってくるとはな。なんだ、家が恋しくなったか?」
「その減らず口、我のことは既に知っているようだな。ならば話は早い」
俺のジョークも冷静に返された。
下から見上げる分にはヤツ一人にしか見えない。手下たちの気配も感じられない。
「聞け、我は貴様に話があって来た。争うつもりはない」
そう言ってヨウは俺を指差してきた。
「俺に? 人気者のようだな、俺は」
「それを私が許すとでも? 旅人様をお渡しするわけにはいきません」
アヤメが俺の前に出てカタナを抜いた。
「お前には聞いていない。旅人、判断を下すのは貴様だ」
まさに一触即発の雰囲気だ。
今ここで戦いが起きても不思議ではないだろう。
だが、俺にも成すべき目的がある。そのために必要な選択は……ただひとつだ。
「……いいだろう。案内してもらおうか、妖目衆のところに」
「なっ、旅人様っ……!?」
俺はアヤメを押し退けて前に出た。
ヨウがニヤリとしたのが見えた。
「旅人様っ、どうか今一度、お考え直しください……!」
「勘違いするな。お前に協力するとは言ったが、仲間になったつもりはないぞ。俺は俺の目的を果たせればそれでいい」
「そんなっ……!」
そうして俺は近くに転がっていた魔剣を拾い上げた。
「魔剣様だってそう思っているのだろう? 妖刀というものが何なのか、確かめようじゃないか」
《生意気じゃのぅ……じゃが、わしの言いたいことはちゃんと理解しているようじゃ》
「どうやら決まりのようだな」
ヨウはポツリと言い放つと、俺の体を闇が包んできた。
「お待ちくださいっ……!」
アヤメが引き留めようとした。
だが、その手が伸びようとした瞬間に、俺は闇とともにその場から消えたのだった。
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