[15]妖目の渓 / 災厄
俺は魔剣を手に、アヤメに連れられて大広間へと通された。
そこは草の香りが漂う、奥ゆかしい雰囲気のある広々とした空間だった。
しかし壁や装飾には無地が目立つ。どこか殺風景にも見える。
「お連れしました、おばば様」
俺が周囲を窺っている最中、アヤメが片膝をついて声を上げた。
すると、部屋の奥にある襖が開かれた。
遠目に見るそこには、両膝をついて座る老婆がいた。
「よくぞ参られた、旅人よ」
老婆は覇気のある声色で言った。
その外見はキモノを着た、堂々とした風貌だ。そしてアヤメと同様に、目元には布が巻かれていた。
「アンタがここの村長か、俺に話があるそうだな?」
「左様。此度は其方に危害が及んでしまったことを詫びさせてほしい」
老婆もとい村長はそう言って、閉じた煽具を叩いた。
およそ人に謝りたい態度には見えなかったが、その意思は伝わってきた。
「其方を襲った妖目衆……あれは元々我らと同じ、東雲一族を発端とするものだ」
村長は煽具を叩きながら、淡々と語った。
「彼奴らはこの地に足を踏み入れる者たちを見境なく襲う。たとえ同族と謂えど、一族の面汚しよ」
「故に、私は妖目衆による被害を抑えるべく見回っていました。そこへ貴方様がいらしたのです」
なるほど、理解した。
だが、馬車の運転手が言っていたウワサでは、妖目衆というのは人攫いとのことらしいが。
こいつらと関係が深いとしたらその目的も知っているはずだろう。
「ひとつ聞きたい。奴らが見境なく人を襲うとして、その理由はなんだ?」
俺の言葉に村長は煽具を叩く仕草を止めた。
「それは旅人である其方には関係のないこと。我ら東雲一族の問題だ」
「関係ないだと? 俺は被害者なんだが?」
「だからこそ関わるべきではない。これ以上其方には危害が及ばぬよう、我らはすぐにでも其方にこの地を離れさせる手筈を整えるつもりだ」
「それはとてもありがたいことだが……そんなことを伝えるためにわざわざここに呼んだのか? 随分とご苦労だな……」
村長はそれ以上を答えなかった。
どうやらよそ者の俺に軽々と語るつもりは無いらしい。どこもかしこもよそ者には厳しいようで。
場に沈黙が流れた、そのとき。
「恐れながらおばば様、私は旅人様に全てをお伝えしたく存じます」
突然、アヤメが言った。
それに対して村長はムッとした。
「旅人様は剣士でございます。その実力は私も”メ”を見張るほど……きっと、妖目衆と戦う力となってくるはずです」
俺はアヤメの言葉に「待て」と言いかけた。
そのとき、俺はアヤメに言われたことを思い出した。
(──あれは、魔剣ですね?)
そう、アヤメは俺の持つ剣が魔剣であることを見抜いている。そしてそのことにアヤメだけが気づいている。
その事実が露見すれば、俺は否が応でもこの地を追い出されるだろう。
魔剣などという厄介者を望んで受け入れる奴などいないからだ。
そうなれば俺は、なぜアヤメが魔剣の存在を知っているのか、その真実を知ることができなくなる。
「……なるほど、そういうことか」
俺は小さく呟き、納得をした。
「旅人様、どうか私たち一族にお力添えをいただけませんか?」
アヤメは確かな声色で俺に選択を迫ってきた。
強かな女だ。どうやらようやく本性を見せたらしい。
真実を知りたければ言う通りにしろ、そう言いたいようだ。
俺は一息をつき、静かに答えを出した。
「……いいだろう、お前たちに協力してやる」
《なっ!? 何を言うておる!? 正気か!?》
流石の魔剣様も反論してきた。
無理もない。アヤメには十分に用心しろと言ってきたばかりなのだから。
しかし今は魔剣様を無視だ。ここはアヤメの言う通りにするしかない。
「待つのだアヤメよ。どれだけの実力を備えた剣士であれ、その者が部外者であることに変わりはないのだぞ?」
「でしたら私は一族の頭目としての権限を行使するつもりです。いくらおばば様とはいえ、それを退けることは不可能でしょう。今、一族を率いているのは私なのですから」
アヤメは力強く意思を示した。
その姿に、村長は度肝を抜かれたような様子を見せた。
「お前さんがそこまで言うとは……随分とその者を買っているようだな?」
「はい、それはもう」
アヤメの口元に笑みが浮かんだ。
やはりこの女、何を考えているのかさっぱりわからない不気味さで溢れている。
俺の苦手なタイプかもしれない。
「……よかろう。ならば其方には伝えておこう」
そうして村長は煽具をひとつと叩いた。
「まずは、我ら一族についての話だ……」
俺は村長の話に耳を傾けた。
「我ら東雲一族は遥か昔、遠く東にある国よりこの地へと移り住んだ。断崖絶壁の連なるこの山岳地帯を何故、我らは選んだのか……それは一族の持つ特別な力が起因しているのだ」
「お前たち一族には魂を視ることができる、そうだろう?」
「左様。その心眼を以って、この地に秘められた特殊な鉱物を見出したのだ」
その言葉に俺はハッとした。
「まさか、”ネタニライト”か!?」
「よくぞ知っている。だが、我らはそれを”神より授かりし石”と呼ぶ。神授石の存在が我らを繁栄させ、ひとつの国を作ったのだ」
国を作った……この村が、ひとつの国だと言うのか?
「お前たちが、”ネタニカ”なのか……?」
「否。答えを急ぎすぎだ」
そう言って村長は、話に区切りをつけるようにして煽具を叩いた。
「これより語るはこの村を襲った災厄にまつわる話だ」
「災厄、だと……?」
村長が再び語り始めた。
「十数年前のことだ。突如、村を災厄が襲ったのだ。嵐が吹き荒れ、山は崩れ、多くの仲間たちが土砂の下に埋もれた……そして我らだけが生き残った」
「それが、災厄……」
俺はふと手元の魔剣を見た。
これは全てを破壊する災厄の魔剣だ。
しかし魔剣様は「自分は関係ない」とでも言うようにして一切の反応を示さなかった。
その間も村長の話は続いた。
「我らを底知れぬ絶望が満たした。だが、そのような我らに救いの手を差し伸べる存在が現れたのだ」
「まさか、救世主とでも言うつもりじゃないだろうな?」
「フッ、救世主か。確かに、あの時の我らにとってはそう思えたかもしれない……」
そうして村長は一呼吸を置き、言った。
「……”ネタニカ”だ。災厄で疲弊したこの村に、奴らがやってきたのだ」
その事実に俺は息を呑んだ。
「ネタニカは村の復興に助力し、一族の再興に貢献してくれた。だが、その代価としてネタニカは我らの持つ神授石に関する技術を要求してきたのだ」
「アンタたちはその要求を受け入れた、そうしてネタニカは神授石を、ネタニライトを手に入れたって訳か?」
「左様。だが、我らの中でもそれを良しとしない派閥があった」
「それが、妖目衆だな?」
俺の言葉に村長は頷きを返した。
「彼奴らは一族の命にも等しい神授石をよそ者へ明け渡したことに憤慨し、我らと対立したのだ」
「それでこの村に近づくよそ者を、ネタニカを敵視し排するため襲っていると? だが、納得はできんな……」
「その様子だと其方も知っているだろう。ネタニカは実体のない国だ、支援を受ける我々とてその所在を把握できてはいない。ネタニカと接触するためには、彼方側からの接触を待つほかないのだ」
そうか、妖目衆もネタニカの所在がわからない以上、この村に近づく者を手当たり次第に襲うしかないのだろう。
それで関係のない俺にも被害が及んでいる。なんとはた迷惑な集団だろう。
「我らは生き残るために必死だった。たとえ神授石が命に等しいものであれ、命に代わることはできぬ」
「……アンタらの言い分はよくわかった。だがまぁ、話を聞く限りはアンタたちの自業自得にも聞こえるな」
「だから言ったのだ、これは我々一族の問題であると」
確かにその通りだ。
俺が首を突っ込むことではないが、そうせざるを得ない心境が俺にはある。
そうさせる要因……その元凶ともいえる存在こそがアヤメだ。
「その上で私は旅人様にお願いをしております。どうか、私とともに戦ってはくださいませんか」
「協力すると言った以上は俺に出来ることはやってやる。だが、最後にひとつだけ聞かせろ」
俺はそう言って、ここまでまだ一度も触れられていない事実をアヤメに対して切り込んだ。
「妖目衆を率いているのはお前の兄なのだろう?」
「……」
俺の言葉にアヤメは静かに表情を硬くした。
「お前はこう言いたいのか? 俺に兄を殺してくれ、と」
「……いいえ、私はそこまで”愚か”ではありませんよ」
「愚か、ねぇ……」
俺は少し言葉に詰まった。
「其方の言う通り、妖目衆を率いているのはアヤメの兄だ。名を”ヨウ”と言う」
「……おばば様」
「彼奴は元々、我らの頭目として一族を率いていた。だが──」
「おばば様ッ……!!」
アヤメが声を上げて村長の言葉を遮った。
「……その先は本当に、旅人様には関係のない話ですから。それに、兄様を討つのは私の使命です」
片膝をついていたアヤメは立ち上がると、真っすぐに俺に向き合った。
「ただ、そこへ至るための助力を得たいと。それが私の本音です」
「随分と回りくどかったな。最初からそう言えばよかっただろうに」
「それで貴方様のお力添えを得られたのなら、私はそうしたでしょう」
「だろうな、お前の言う通りだ」
そう言って俺はため息を吐いた。
しかし、全ての謎が解明されたわけではない。
アヤメにはまだ語ってもらわなければならないことがある。
なぜアヤメが魔剣の存在を知っているのか。
それが明かされるまでは、俺はアヤメの操り人形になるしかないというわけだ。
「アヤメよ、お前さんが決めたことであればこれ以上は何も言うまい。だが、その先の道は決して容易いものではないぞ」
「存じております、おばば様」
「其方もだ。過度な深入りは身を滅ぼす。それをしかと心に刻むがいい」
「言われずとも、十分に理解しているつもりだ」
ここまでよそ者にペラペラと語っておいて随分な言い草だ。
最後まで俺のことは信用しない、そう言いたかったのだろう。
そうして村長は襖の奥へと姿を消した。
「……さて、そういう訳ですので。貴方様には私のワガママに付き合っていただきます」
「その見返りは期待していいのだろうな? タダ働きはごめんだぞ」
「はい、その時は貴方様の思うままに、何でも好きなことを望んでいただいて結構ですよ」
アヤメはおどけたようにして笑みを見せた。
その笑みはこれまで見てきた中で一番胡散臭く思えた。
「……ならば早速、手付け金ぐらいは欲しいものだな。俺は安く見られるつもりはない」
「でしたら、私と手合わせでもいかがでしょうか?」
アヤメはそう言って俺に近づいてきた。
「剣を携える者同士、秘密を語り合うならばそれがよろしいかと」
閲覧ありがとうございます!
ぼちぼち更新する予定ですので、ぜひブックマークをご活用ください!
※無断転載禁止です。




