[14]妖目の渓 / 御呪
岩山を下った先、濃霧立ち込める谷底に村はあった。
村は物静かな雰囲気で包まれた、木造建ての平屋が密集する規模の小さい集落だ。
その大通りを、俺はアヤメに連れられ歩いている。
「こんなところに村があるとは……まるで隠れ里だな」
「はい、私たち”東雲一族”は長らくこの地で暮らしてきました。ですが、私たちを知る者は僅かでしょう」
「東雲一族……? 確かに聞いたことはないな」
ここに至るまで、アヤメは俺を警戒をしている素振りは無い。
俺が善人である保証はないはずだ。それなのに無防備にも俺の先を歩いている。
何故、ここまで俺を無警戒でいられるのか。俺は不思議を通り越して不気味にすら感じている。
アヤメの所作のひとつひとつも、目が見えていないとは思えないほどに自然だ。
「お前、本当に目が見えていないのか?」
「はい、私には貴方様のお姿は見えておりません。ですが、その魂の形は視ることができています」
アヤメの言葉に俺は「えっ」となった。
「魂だと……?」
「魂とは即ち、存在の根源です。其れが其れであることを示す、誰しもが必ず持っているものです」
「オカルトだな、そんなものが存在しているとは思えないが」
「そう思われるのも無理はありませんね。ですが、私たち一族は生まれつき目が不自由な代わりに、魂を視る力を持っているのです」
するとアヤメは立ち止まり、俺に向かって言った。
「ですので、こんな夜更けではありますが貴方様の来訪には村の皆が気づいておりますよ」
その言葉に俺は身構えた。
確かに、村の至る所から俺を見張るような視線を感じる。
どうやらただ単に招かれた訳ではなさそうだ。
「そう身構えないでください、貴方様に危害を加えるつもりはございませんから」
「ホイホイついて行った俺にも非はあるが、お前の目的は何だ?」
「私はただ貴方様の傷の治療をしたいと、そう思ったまでです」
「……無理だな、この傷は誰にも治せやしない」
俺の腹にある傷……これは魔剣によって受けたものだ。
魔剣様も言ってはいたが、この傷を治療するのは不可能だ。
現状、鎧の力で無理矢理に止血をして痛みを誤魔化している状態のまま、未だ完治はしていない。
「第一、お前には俺の姿が見えていないのだろう? それでどうやって治療をするつもりだ?」
「確かに、私は貴方様を見ることはできません。ですが……」
アヤメはそう言って俺に近づいてきた。
そのまま、手を伸ばして俺に触れてきた。
「このように、触れさえすれば理解することはできます」
アヤメの華奢な指先が俺の鎧の上を撫でた。
俺は呆気に取られた。この女、一体何なんだ……?
「それに、私も只者ではないので。どうか私を信用してはくださりませんか?」
アヤメはそう言って口元に微笑みを見せた。
悪意は感じない。だがこれで信用をしろなどと、むしろずっと不気味が勝って仕方がない。
《ふんっ、なんとも不気味なヤツじゃな》
魔剣様が言うか……と、俺は心の中でツッコミを入れた。
しかし、俺も同じ気持ちだ。いくら情報を集めることが目的とはいえ、警戒を怠らないに越したことはないだろう。
「……いいだろう。お前の真意、見極めさせてもらう」
「そう言ってくださって幸いです。では、どうぞこちらに」
アヤメに案内された先、霧の向こうに大きな建造物が見えた。
そこはまるで城のようだった。見上げるほどの高さをした石垣に囲まれた、黒一色の瓦屋根が特徴的な屋敷だ。
「こんな場所にこれだけの建造物……ここに住んでいるのか?」
「はい、私は一族の”頭目”ですから」
どうりで只者でないわけだ。
堂々たる門を抜けると、綺麗に整えられた庭園が広がっていた。
建物までの道のりが遠い。しばらく歩いて、ようやく玄関を前にした。
「あ、土足禁止です! ちゃんと具足は脱いでくださいね!」
「そうは言われてもな……」
俺の鎧は魔剣様の力で身につけているものだ。自分の意思で簡単に着脱できるわけじゃない。
いや、正確には脱がなければならない時以外で脱いだ試しがない。
これ、自分で脱げるのか?
《仕方がないのぅ、わしが脱がせてやるか》
「な、おいっ……!?」
瞬間、俺を包む鎧の全てが塵となって消えた。
俺は久々に生身を人前に晒した。ちゃんと布の服は着ている。
そのときだった。
「ぐゥッ……!」
腹部に激痛が走った。俺は痛みに立っていられず膝をついた。
魔剣を受けた腹の傷から、みるみると血が滲んでいった。
「ど、どうされたのですか!?」
「あがァッ……!」
痛みで声が出せない。
確かに、これじゃ立っていられるのも不思議なわけだ。
これほどまでの痛みを、俺は魔剣様のおかげで耐えられていたのだ。
《さて、その傷をどうするのかわしも気がかりじゃ。死んでくれるでないぞ?》
「クソッ……! それが目的かッ……!」
体中から冷や汗が止まらない。
寒気すら感じて全身が震えている。
視界が揺らぐ。目の前が、真っ暗だ。
「あ、がッ……」
俺はその場に倒れ、意識を失ってしまった。
◆
「おい、起きろ。いつまで寝ておるのじゃ」
「ううっ……」
魔剣様の声で俺は目を覚ました。
そこはいつもの真っ白な精神世界だった。
寝ぼけ眼でボーッとしていたそのとき、俺の顔に柔らかい感触が乗ってきた。
「はやく起きんか! この!」
「……人の顔を踏むなよ」
俺の顔をグリグリと踏みつけてくる魔剣様の生足を振り払い、俺は起き上がった。
魔剣様は少女の姿で、しかめっ面をしながら玉座についていた。
「俺は……死んだのか?」
「まだ死んでおらん。おぬしもしぶといのぅ」
俺はふと思い立ち、自分の腹を見た。
すると腹にあった傷が綺麗に縫合されていた。
「傷が、縫われている……」
「あの不気味な女の仕業じゃ。おぬしの傷は塞がれた、完全に治ったわけではないがのぅ」
不気味な女というのはおそらくアヤメのことだろう。
確かに縫合された傷の表面上は綺麗だが、縫い目の内側では傷が残り続けているようでキリキリとした痛みがある。
とはいえ、この程度の痛みならば我慢はできそうだ。
「この傷は治せないんじゃなかったのか?」
「見てわからぬか、じゃからわしは不機嫌なんじゃ」
魔剣様は頬杖をついてムスッとした態度を極めている。
魔剣で受けたこの傷を、縫合させることができたのが心底気に入らないらしい。
「忠告しておくぞ。これ以上あの女に近づくのはやめておけ」
「……急にどうした? アンタらしくもない」
「わしにもわからん。じゃが、心がこう……胸騒ぎがしてたまらんのじゃ」
「心だと? アンタにもそんなものがあったのか?」
「茶化すでない! わしは真面目に忠告をしておるのじゃ!」
魔剣様は声を大にして反発してきた。どうやら魔剣様は本気のようだ。
「あの女は何かを企んでおる。それだけは間違いないじゃろう」
「だろうな。でなければ俺を治療したいなどと言うはずがない、対価を求めてくるはずだ」
そうだ、物事には必ず理由がある。
魔剣様的にもアヤメのことは用心深く警戒をしておけということだろう。
しかして謎は多いまままだ。谷底の村、東雲一族、妖目衆、妖術……アヤメには聞きたいことは沢山とある。
「覚えておけ。何かあればすぐにも、わしはあの女を殺すぞ」
「物騒だな……だが、覚えておこう」
その瞬間、目の前がホワイトアウトした。
俺はもとの世界に戻された。
◆
「んんっ……」
俺は意識を取り戻した。
体中が暖かさに包まれている。どうやら横になっているようだ。
「おはようございます、気分はいかがですか?」
柔らかい声がした。
目を開けると、頭上からアヤメが俺を覗き込んでいた。
「昨晩は随分とお楽しみでしたね?」
「……使い方が違う。言いたいだけだろそれ」
「はい、言いたかっただけです」
ぼんやりとした視界の向こうでアヤメがおどけた笑みを見せた。
辺りはまだ薄暗いが、アヤメの言ったことからもあれから一夜明けたことが窺える。
しかし、そんなことよりも気掛かりで仕方がないことがある。
「ところで、何をしている……?」
「貴方様がうなされていましたので、こうして側で診ておりました」
「いやだからって、コレは無いだろ……」
そう、俺は今、アヤメに”膝枕”をされている。
この歳にもなってこんなことをされるのは流石に恥ずかしい。
俺はどうにか抵抗しようと体を動かそうとした。
「イッ……!」
瞬間、腹のあたりから突き刺すような痛みが走った。
「まだ動かない方がよろしいですよ。傷は塞ぎましたが、完治したわけではありませんので」
さっきは魔剣様の精神世界だったからマシに感じたが、生身でいると流石に痛みがある。
今はアヤメの言う通りにするしかないようだ。
「その場しのぎにはなってしまいましたが、これならば痛みも失血も抑えられますでしょう」
「この傷を、どうやって……?」
「ふふっ、気になりますか? ですが今は、休養に励んでください」
そう言ってアヤメは俺の頬に触れてきた。
俺は抗うことができずそれを受け入れるしかなかった。
「どうして、どうしてここまでする……?」
「?」
俺の言葉にアヤメは口元をキョトンとさせた。
「人を助けることに理由が必要でしょうか?」
「そうじゃない。俺はお前を知らない、お前もまた俺を知らないだろう。そんな奴がここまでする道理はないはずだ」
すると、アヤメは少し考えてから言葉を返した。
「……わかりません。私がそうしたいと思ったから、そうしたまでです」
「答えになっていない、それで納得するとでも──」
俺が言いかけたそのとき、俺の脳裏に過去がよぎった。
それはルークと対峙したときのことだ。
アヤメの言った答えはこの傷を受けたときの俺の心境と同じだった。
あのときの俺は、ルークが勇者ではないと断じ、ルークに魔剣を手放させようとこの身で引き受けることを選んだ。
全て、俺がそうしたいと思ったからだったのだ。
「……いいや違う、この傷は呪いだ。俺が受けるべき呪いの証なんだ」
「呪い、ですか」
「そうだ、だからこそ俺は受け入れなければならなかった。そうしたいからなどと、そんなものを認めるわけにはいかないんだよ……!」
俺は何を言っている?
何をムキになっている? 何を焦っている……?
どうしてこんなにも、胸の内が痛むのだろうか。
「……ご存じですか? 私の一族では、それを”御呪”と呼ぶのですよ」
「おまじない……? それは魔術のことか?」
「いいえ、この場合は祈りに近いですね。どれだけの傷もいつかは癒えるもの、そうして人は強くなっていくのです。そのための足掛かりを見出すこと、それが御呪には込められているのですよ」
「随分と楽観的な考え方だ。俺には似合わんな」
「ふふっ、ですがそう考えた方が幾分にも楽しくいられますよ」
アヤメが俺の頬を撫でてくる。
どうも調子を狂わされる。アヤメが何を考えているのか全くわからない。
警戒しなければならない相手だということはわかっている。だが、一概に居心地が悪いわけではない。
「貴方様はとても優しそうな顔をしています。こうして触れればわかりますよ」
「……買い被りすぎだ、見る目が無いな」
「はい、私には見る目がありませんから」
アヤメが微笑みを返してきた。
俺は複雑な心境に苛まれていた、そのとき。
《おい、いつまで待たせる。さっさとわしを取りに来んか》
魔剣様の声がした。
いつも通り、頭の中に直接響いてくる声だった。
「って、どこにいんだよ魔剣様……」俺は小さく呟いた。
「どうかなさいましたか?」
「ん、ああ……俺の持っていた剣はどこにやった?」
「それでしたら玄関に置いたままですよ。とても重たくて誰にも運ぶことができずでしたので」
それはそうだろう。魔剣様は選ばれし者にしか手に出来ない代物だ。
しかし、そうなると魔剣様は玄関に放置されたまま一夜を明かしたことになる。
「ぷっ……」俺は軽く噴き出した。
《いま笑ったじゃろう!? わしにはわかっておるぞっ!》
うわ、これは面倒な。
というか、離れていてもこうやって意思疎通は可能らしい。
《いいから早く来んか! このままじゃその……なんか嫌じゃ!》
「大体、魔剣様のせいでこうなったんだろ……」
《うるさいわい! あーもう滅ぼしちゃおっかなぁ! ぜんぶ破壊し尽くしちゃおっかなぁ!》
まーた魔剣様の駄々が始まった。
少しでも機嫌が悪いとすぐにコレだ。こんなヤツの機嫌を取る俺の身にもなって欲しい。
「ふふっ、何だか楽しそうですね?」
「楽しくねぇわ、別に」
むしろストレスでハゲそうだ。
ただでさえ傷の痛みでイライラしているのだ、これ以上はもうやめてくれ。
「丁度良かったです。実は、私の方からも貴方様にお聞きしたいことが……」
瞬間、アヤメは俺の頬を両側からむぎゅっとしてきた。
「にゃ、何をっ……」
「貴方様のお持ちになっていた剣にも魂が視えました、あの剣はただの剣ではありませんね?」
アヤメの顔が近づいてくる。
すると、アヤメはゆっくりと口を開いた。
「あれは、魔剣ですね?」
「んぬっ……!?」
アヤメは不敵に笑んだ。
俺は言葉を失った。
「ご安心ください。気づいているのは私だけ、ここだけの秘密です」
そう言ってアヤメは「しーっ」と仕草をした。
「……お前は何を知っている? 本当の目的を言え」
「そう焦らないでください。それらはいずれわかること……その前に、貴方様には知っていただきたいことが多くあります」
アヤメは俺を置いて立ち上がった。
「村の長が、貴方様にお会いしたいと」
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