[13]妖目の渓 / 襲撃
俺を乗せた馬車は山岳地帯を進んでいた。
赤茶けた岩が連なる人気のない真夜中の山道、馬車一台が通るのもやっとだ。
少しでも道を逸れてしまえば崖下に真っ逆さまだろう。車輪が石を弾き、暗闇の中へと落としていく。
そんな道を堂々と進む運転手の男に、俺は暇つぶしも兼ねて話を振った。
「ネタニカを知っているか?」
「へっ?」男が反応した。
「国の名前だ。特殊な鉱物の産地として有名だが、その国の具体的な場所は誰にもわかっていない」
「旦那、いきなり何の話でさ……?」
運転手の男は困惑の様子を見せた。
俺は構わず話を続けた。
「ネタニカの作る武具は一級品として名高い。それもネタニカだけが占有する特殊な鉱物と技術があってこその賜物だ。だからこそ各国はこぞってネタニカの武具を買い寄せる。そうしてネタニカは優秀な武具の産地として栄え、各国の戦力を支える重要な地位を確立したわけだ」
「は、はぁ……」
「だが、多くの国がネタニカの武具を主力としたことで、国同士の争いが起きる度に両者ともにネタニカの武具を使った戦いになる。不毛な争いだ、そうしていつしかネタニカという存在が争いを引き起こしているとまで言われるようになった」
「あ、ああ……! 聞いたことありますぜ、そんな国があるってことぐらいは……!」
「ネタニカは実体のない死神だ。そんなネタニカに近づくためには、ネタニカと親交のある国と接触するしかないわけだが……流石にそれはリスキーすぎる」
「えっと、何が言いたいんで……?」
運転手の男は益々困惑を極めた。
俺もそろそろ本題を切り出そうと思う。
「今、この馬車が進んでいる山岳地帯。少し観察してみたが、ここの岩肌には鉱物が多く含まれているように見えるな?」
「……へっ?」
「それもただの鉱物じゃない。特殊な、珍しい鉱物が採れるかもしれないな?」
「そ、そうなんですか……! そいつぁ初耳でしたねぇ……! まさか、こんな場所が……!」
俺からの追及に運転手の男は焦りを見せた。
俺の言ったように、この一帯の赤茶けた岩肌の所々には、真夜中だというのに薄っすらと光りを放つ様子が見てとれるのだ。
おそらくこの場所は何かしらの採掘場として機能しているに違いないだろう。
運転手の男が人を運ぶ理由も、そこにあるかもしれない。
「ただ人目を避けるためにこの山道を通ったわけではあるまい? お前、何か企んでいるのか?」
「そ、そんなことありやせんよ……! ただ、ここ最近ちょっとしたウワサがありやして……!」
「またウワサ話か? お前も物好きだな?」
「からかわないでくだせぇ……! ホントのことなんでさ……!」
運転手の男はそう言ってウワサについて話し始めた。
「実は最近、あっしたちのような荷運びを狙う輩が多いんでさ」
「ほう、それは盗賊か何かか?」
「いえ、それがどうやらあっしたちの同業者のようで……」
「同業者? それはどういう……」
俺が疑問を口にしたそのとき、馬車が急停止した。
「なんだ、どうした」
「ひ、ひぃっ……! ウワサをすれば何とやらだぁ……!」
運転手の男の悲鳴が聞こえた。
俺は立ち往生する馬車の先を見た。そこには馬車の進行を阻む黒ずくめの人影があった。
人影の恰好は、頭から真っ黒なシーツを被ったような姿をしていた。
「あれが、荷運びを狙う輩というやつか……?」
「ち、違いねぇ……! あっしたちを襲うつもりだぁ……!」
運転手の男は恐怖して震えあがっている。これでは使い物にならないだろう。
俺は馬車を下りて、行く手を阻む人影を前に立った。
「何の用だ?」
俺は人影に問いかけた。
しかし返事はなかった。俺は背の魔剣に手を伸ばした、そのとき。
「ひぃっ……! 助けてくれぇっ……!」
運転手の男の悲鳴がした。
俺は声に振り向いた。すると、行く手を阻む人影と同じ格好をした幾人が馬車を取り囲んでいた。
「そっちが目的か……!」
俺は咄嗟に馬車に向かった。
その瞬間、人影たちの頭の部分がグイッと動いて一斉に俺を見た。
俺はムッとなった。同時に、俺の体が固まって動かなくなった。
「これは、まさか……」
間違いない。
これは俺がフェイから受けた奇妙な技と同じものだ。
体が石のように固まってしまって動かない。
「コノチヲ、フミアラスモノヨ、タチサレ……」
「何……?」
それは人影が発した言葉だった。ひどくしゃがれた男の声だ。
この地を踏み荒らす者よ立ち去れ……俺にはそう聞こえた。
「あ、あっしは脅されただけなんでさ……! あの鎧の男に、脅されてここまで来ただけなんでさ……!」
「なっ……あの野郎、俺を売って自分だけ助かるつもりか……!」
運転手の男は人影に命乞いをした。
人影たちはそれを許したのか、互いに合図を出して馬車の包囲を解いた。
「へへっ……! 悪く思わないでくだせぇっ……!」
運転手の男はそう言い残して早々に引き返していってしまった。
俺は人影たちに囲まれたまま、身動きを取れないまま取り残された。
「くっ……絶体絶命、ってやつか」
人影たちがゆっくりと俺との距離を詰めてくる。
近くに来てようやく人影たちの恰好が鮮明に見えた。
相変わらずシーツを被ったような見た目はそのままに、顔の部分にあたる場所には大きな目玉の刺繡が施されていた。
「目玉……そうか、お前たちが……」
どうやら姐さんと呼ばれていた女から渡された目玉のイヤリングの効力は本物らしい。
こいつらがフェイに力を与えた救世主と深い関係にあることは間違いないだろう。
とはいえ、こんなにも早くに導いてくれるとは思わなかった。
「キサマ、ナニモノ、ダ」
「そいつは俺のセリフだ。目玉マント野郎どもが、こんな山道で盗賊ごっこか?」
「メダマ、マント……?」
目玉マントたちは互いに目を合わせた。
そんなに俺のジョークがつまらなかっただろうか。
《おい、あやつらおぬしのつまらんシャレに呆れておるぞ。いいからさっさとわしに代われ》
「いきなり出てきてダメ出しかよ、割と傷心なんだが……!」
この状況を打破する方法はひとつ。
縛り付けてくる奇妙な技の上から、魔剣様が俺の体を動かすというものだ。
しかし、正直なところその手はあまり使いたくない。魔剣様に任せると何を仕出かすか分からないからだ。
「だが、これしか手は無いよな……!」
《よし、わしに任せるがよい》
俺は魔剣様に身を委ねようとした、そのとき。
「……お待ちなさいッ!!」
頭上の方から声がした。
視線を向けた先、山の頂点に立つ人影が月光に照らされていた。
「ハッ!」
人影は一気に跳躍した。
高さをものともせず、軽々と俺の側に着地した。
そこで人影の姿が明らかになった。
それは女だった。淡い赤の長髪を靡かせ、紺色のドレスをはためかせた。
しかし、ドレスというには少し風変りだ。確か”キモノ”といったか、その民族服とよく似ている。
「あなたたちの悪事もこれまでです」
女はそう言って、腰元に携えた剣を抜いた。
その剣も風変りなものだった。刃が片側だけについた、大型のナイフのような形状だ。
「あれは、まさか……」俺は思い出した。
そうだ、あれは極東にあるとされる国に伝わる剣”カタナ”に違いない。
冒険者の頃に聞いたことがあった。キモノにカタナ……”サムライ”という剣士の存在を。
「いざ、覚悟なさい……!」
サムライの女は凛としてカタナを構えた。
しかし、女がカタナを向けた先は暗闇が広がる崖だった。
「……えっと、そっちには誰もいないぞ」
「えっ」
俺のツッコミを受けて、女は焦った様子で目玉マントたちに向けてカタナを構え直した。
「い、今のはちょっとした手違いです……! もちろん、最初からわかっていましたとも……!」
なんだコイツ。
見たところ、女の目元は前髪で隠されていたようだった。
そんなのだから前が見えていないのだ……そう思った矢先、女の目元を隠しているのは前髪だけではないことに気づいた。
なんと、女の目元には布が巻かれていたのだ。
「オマエ、ドウシテ、ココニッ……!?」
「この地に悪が栄える限り、私は戦います。この刃とともに……!」
まさかこの女は目が見えていないのか。
それなのに、カタナを構えて戦おうとでもいうのか。
俺は呆気に取られていた。そのとき。
「ハッ!」
女が目玉マントの一人に向かって飛び出すと、素早い身のこなしで一気に距離を詰めた。
目玉マントはムッとなって反撃を繰り出した。目玉マントの中からは黒い腕が伸び、その手に握られた刃物が女の目の前にまで迫っていた。
俺は咄嗟に危ないと叫びそうになった。
──ズシュゥゥゥッ!!
それは一瞬の出来事だった。
女の振り抜いた刃が目玉マントの腕を吹き飛ばし、噴水のようにして鮮血を舞わせた。
「グギャァァァ!!」
目玉マントが悲痛な叫びを上げた。
そこへもう一人の目玉マントが加勢し、女に向けて攻撃を放った。
「遅いッ!」
女は軽々と攻撃をいなし、またしても腕を吹き飛ばした。
本当にこの女は目が見えていないのか。そう疑わざるを得ない見事な身のこなしだった。
すると、この惨状に目玉マントたちは戦意を失ったのか、ぞろぞろと集まって委縮した。
「次はどこを斬り落としてもらいたいですか? これ以上の抵抗は無駄だと心得なさい」
「グ、ググッ……!」
女は刃についた血を払い堂々と言った。
流石にこれ以上は相手も戦うつもりは無さそうだ。
気づけば俺を縛っていた奇妙な技も解けていた。俺も戦いに割って入ろうとした、そのとき。
「もう勘弁してもらえないか? こいつらにお前の剣は受けきれない」
暗闇から男の声がした。またしても新たな乱入者だ。
しかし、その姿はどこにも見えない。
「兄様……まだ、続けるおつもりですか?」
「まだ……? 違うな、これは始まりにすぎない。我が成すべき理想のため、お前たちには邪魔をしないでもらいたいな」
「そんなもの……! 兄様が勝手に仰っていることです……! 村のみんなは、兄様に帰ってきて欲しいと……!」
「黙れッ! 何も知らないヤツが口を出すな! 今回は引かせてもらうが、次に邪魔をすれば容赦はしないぞ……!」
「お待ちくださいっ! 兄様ぁっ……!」
その瞬間、目玉マントたちを闇が覆った。
目玉マントたちの姿が消え、気配も無くなった。
「くっ……! 兄様っ、どうしてっ……!」
女は悔しそうにして剣を収めた。
その様子を呆然と眺める俺は、意を決して話しかけた。
「……なぁ、こちとら置いてけぼりなんだが?」
「ふぇっ?!」
女は驚いて飛び跳ねた。
「あ、あのっ……! えっと、ご無事ですか……?」
「強いて言うなら、訳がわからなくて頭痛がしているところだ」
「あはは……ですが、間に合ってよかったです」
女は胸を撫でおろして一息ついた。
「わざわざ助けてもらう必要はなかったが……?」
「本当にそうでしょうか?」
女は食い気味に反論してきた。
「恐れながら、貴方様は妖目衆の妖術で身動きが取れなかったのでは?」
「……妖目衆? 妖術? なんだそれは」
妖目衆……おそらく、さっきの目玉マントたちのことだろう。
妖術というのも俺の体を縛った奇妙な技のことに違いない。
この女、色々と事情を知っているようだ。
「それに貴方様は今、大怪我をされておりますでしょう? 立っていられるのも不思議なほどに……」
「何っ」
大怪我? まさか、俺がルークから受けた傷に気づいているのか?
俺は全身を鎧で包んでいる。怪我の様子を見せたつもりもない。
この女は目元を隠しているというのにそれを悟ったというのか。一体、何が見えている?
「よろしければ、私に治療をさせてはいただけませんか?」
「……お前、何者だ?」
俺からの問いに、女は姿勢を正して言った。
「申し遅れました、私はアヤメと申します」
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