[12]哀の帝国 / 勇者
「お前が本物の勇者かどうか、見極めさせてもらう」
「っ……!」
ルークは息を飲んだ。
今、俺の最後の目的が果たされようとしていた。
「……なぁ、オッサン。ひとつだけ聞かせてくれ。アンタはどうして勇者を探しているんだ……?」
ルークは俯き、語り掛けてきた。
「お前も知っているはずだ。この剣で殺してもらいたい奴がいる。ただそれだけだ」
「それはアンタにとって大切な人なのか!? だから自分の手じゃなく、誰かにやってもらおうと……!」
「勘違いするな。奴はそんなものではない。だが、どうしても俺には殺すことのできない相手だ」
「そいつを殺して何になるんだよ! 金のためか!? 誰かを殺してまで手に入れた金なんて……!」
「金など目に見える形の報酬でしかない。そんなものよりも重要なことだ。奴を殺さねば世界は、人類は破壊し尽くされてしまうだろう」
俺の言葉にルークは動揺を見せた。
「だからこそ必要なのだ。全てを失っても尚、立ち上がる……そのための力、そのための意思を持つ者を」
「それがアンタの言う勇者だってのか……! こんなことをしてまで、その役目を誰かに押し付けるってのかよ……!」
「そうだ。それこそが俺の役目だ」
「最低だよアンタは……!」
するとルークはゆっくりと立ち上がった。
「オレは絶対に認めない……! そんなものが本物の勇者だってんなら……! オレが全部、ぶっ壊してやるッ……!!」
ルークは地面に突き刺さる魔剣を前に立った。
「オレはアンタの思い通りにはならないっ! オレは、オレのための勇者になってやる……!」
震える手を伸ばし、確かな力で剣を握った。
「うおおお──────ッ!!」
その声には確かな意思を感じた。
俺は目を離せなかった。ルークの手に握られた魔剣が引き抜かれていったのだ。
《アタリじゃ……! こやつこそが、本物の勇者じゃ……!!》
今、本物の勇者が誕生した瞬間だった。
ルークが魔剣を引き抜いたその瞬間、魔剣は”漆黒の短剣”へと変化した。
ルークは凛として魔剣を構え、剣先を俺に向けてきた。剣には禍々しい赤黒い光が渦を巻いていた。
《わしの見込んだ通りじゃ……! しかしまさか、こんなにも早くものにするとは思わんかったぞ……!》「っ……!? 声が、頭の中にっ……!?」
ルークは頭を抱えた。
どうやらルークにも魔剣様の声が聞こえたらしい。
《誇るがよい小僧。おぬしは自らの意思でわしを引き抜き、勇者となったのじゃ》
「……そっか、お前は確か生きているんだよな……? それで今、オレは頭の中でお前と繋がっていて……」
《飲み込みが早くて助かるのぅ、説明をする手間が省けたわい》
「ははっ……オッサンの言った通りだ。確かにババアみたいな喋り方だな」
《ばっ、バカモノっ! わしはババアではないぞっ! 証拠を見せてくれるっ!》
魔剣様が言ったそのとき、周囲がホワイトアウトした。
俺はルーク共々、広大な白が広がる精神世界に連れ込まれた。
「な、なんだよここ……!?」ルークは辺りを見回した。
「ここは選ばれし者だけが入れる特別な空間じゃ。ここなら誰の邪魔も無いじゃろう」
俺とルークの間、石造りの玉座で偉そうに腰掛ける少女姿の魔剣様がいた。
「うわっ!? 女の子からババアの声がするっ!?」
「じゃから! わしはババアではないと言っておろうが! この生意気な小僧め!!」
魔剣様は不機嫌そうにしてぷいっとそっぽを向いた。
対するルークはここまでの急展開に困惑しながらもどこか落ち着いた様子だ。
「その少女こそがお前の手にした剣そのものだ。俺たちは今、剣を通して繋がっている」
「全然わかんねぇけど、なんか凄いことが起きてるってのはわかる……」
「そうじゃ。わしは凄いのじゃ。何でも出来てしまうぞ?」
魔剣様はニヤリとした。
「じゃが、わしの力はそう容易いものではない。使いこなせるかは……小僧次第じゃ」
「ああ、わかってる……お前を手にしてからずっと、体の奥底から力が溢れてきて仕方がないんだ」
ルークは拳を握り感触を確かめた。
その佇まいはさっきまでの余裕の無さそうな雰囲気から一変している。
急に大人びてしまったかのような、不思議と哀愁さえも感じさせる。
「して小僧、おぬしはわしの力で何を成す? 何を望む?」
「そんなもの決まっている……! 今のオレがやりたいことはただひとつだ……!」
ルークは再び剣先を俺に向けた。
「オレと戦え! オッサンッ……!」
「……いいだろう」
俺はルークからの挑戦を受け入れた。
最初に出会った時のように、一直線に間合いを作り、立った。
ルークは両手で魔剣を構える。
静寂が包み、ジリジリとした緊張感が流れた、そのとき、
「……さぁ、来いッ!!」
俺の合図で戦いが始まった。
最初に動きを見せたのはルークだった。
足を踏み込んで飛び出してきたのも束の間、小さな体を活かした軽快な身のこなしで俺との距離を一気に詰めてきた。
「速い……!」俺は思わず声を漏らした。
「あああっっ!!」
ルークの刺突が伸びてきた。
俺は後方にステップして回避を試みた。
しかし伸びのあるルークの攻撃を完全には避けきれず、魔剣が俺の鎧を掠めた。
俺の脇腹のあたり、鎧は抉れ、紙のように千切れていた。
「ほれ、気を抜くでないぞ? 小僧の手にする剣はわしそのもの、いくらその鎧でも容易く貫いてしまうのじゃからな」
魔剣様は玉座で頬杖をつきながら薄ら笑いを浮かべていた。
まるでこの戦いを娯楽として楽しんでいるようだった。
俺は体勢を立て直そうとルークから距離を取った。
「次こそッ……!」
ルークは再び俺に刺突を繰り出すつもりだ。
いくら魔剣の力を手に入れたとはいえ素人に違いはない。
先程は隙を晒してしまったが、しっかりと見れば単調な攻撃を避けるのは簡単だろう。
「さて、次はどうなるかのぅ……見ものじゃ」
今のルークは俺にとって最大の脅威だ。
俺は武器を持っていないし、身を守る鎧もアテにならない。断然不利な状況だ。
だが、それはルークが本気で俺を殺そうとするならばの話だ。
「言ったよな、ルーク。本気で俺を殺したいのなら、鎧の隙間を狙えと……!」
「なっ……!?」
俺は手を前へ突き出した。
手を開き、ポロポロと細やかな破片を落とした。
「修繕術式レベルIV……物質選定、質量増幅、結合開始、強制介入!!」
俺は立て続けに魔術を詠唱し、魔術式を展開した。
淡い青で発光する魔法陣が俺の足元で円形に広がった。
「構築完了……生成ッ!!」
俺は魔術を発動した。
その瞬間、俺の足元の魔法陣から一本の直剣が生成された。
俺は剣を取り、構えた。
「次は本気で来い。俺も容赦はしない」
俺の宣言にルークは生唾を飲んだ。
この戦いは互いの全力をぶつけることに意味があるのだ。
「上等だ……! 覚悟しろ、オッサン……!」
「来いッ……!」
俺とルークは同時に飛び出した。
剣を構え、振り抜く準備を整えた。
「やああ────っっ!!」
互いの剣がぶつかる、その瞬間……俺は、自らの剣を投げ捨てた。
──ズシュゥッ……!!
「なんで……! なにしてんだよ……! オッサンッ……!!」
「ぬぅっ……!」
ルークの剣は見事に俺の鎧を貫き、腹を突き刺した。
確かな痛みと、ドクドクと溢れる脱力感が俺を襲った。
「……もういい、十分だ」
「あ、ああ、ああっ……!」
ルークは震えながら、剣を手放して後退った。
俺は膝をついた。魔剣は俺の腹に刺さったまま、その境目からはドロドロと赤黒い液体を垂れ流している。
「……わかっていたさ、最初からお前が俺を殺すつもりなど無かったことぐらい」
「だったらどうしてこんなこと……!」
「お前は優しすぎるんだよ、だからこうやって諦めさせてやったんだ」
するとルークは膝から崩れ落ちた。
号泣し、地面を殴りつけた。
「オレはっ……! 本当はずっと怖くて仕方なかったんだ……! 今度こそ強くならなきゃって思ったのにっ、でもその剣はオレを、オレじゃなくさせるっ……!」
「当たり前だ。この剣は勇者の剣などではない。全てを破壊する災厄の魔剣だ」
「っ……!?」
そう、これは決して世界を救うための勇者の力ではない。
「ふざけんなっ……! ふざけんなよっ……! そんなもんをオレに背負わせようとすんなよっ……!」
「そうだな……だが、魔剣を手放す勇気が、お前の優しさが勝った。お前の意思は魔剣の力に打ち勝ったのだ」
「っ……! まさか、オッサン……!」
「お前は本物の勇者ではない。お前にこの剣は、荷が重すぎた……」
俺もまだまだ甘いと痛感させられる。
ため息が出てしまう。
「それをわしが許すと思うか? 小僧は確かにわしを引き抜いた、おぬしのワガママは通用せんぞ」
「……おいおい、まさか俺がこの程度で死ぬとでも思っているのか?」
俺はそう言って立ち上がってみせた。
そのまま、腹に刺さったままの魔剣を引き抜いた。
ドバッ! と血が吹き出た。流石の痛みによろめいた。
「あ、ああ……! オッサンっ……!」
「俺はお前の姉を殺した相手だ、全てを奪った相手だ。どうしてそんな顔をする……?」
「オッサンのせいじゃない……! その剣が魔剣だってわかった今なら、オッサンのせいじゃないってわかっているから……!」
「買いかぶりすぎだ、お前も見る目が無いな……」
俺は傷口を抑えながら、玉座に着く魔剣様を前にした。
「わかっておるのか? おぬしは今、わしを殺せるかもしれない絶好の機会を捨てようとしているのだぞ?」
「少なくともルークに、アンタは殺せない。アンタだって理解したろう?」
「強がりおって……その傷はわしが付けたものじゃ、簡単には癒えんし癒すつもりもない。これから先、おぬしはより多くの苦痛を受けることになるぞ?」
「フッ、望むところだ。やってみせるがいい」
俺は今、鎧の中で愉快にニヤケた面をしているに違いない。
魔剣様もまた、ニヤケた面を見せた。
その瞬間、再び周囲がホワイトアウトし、俺たちは元いた酒場へと戻った。
魔剣も俺の手に戻った。
短剣の姿から、見慣れた大剣の姿へと変化した。
俺は魔剣を背に携え酒場を去ろうとした。そのとき。
「待てよオッサン……! オレはこれから、どうすれば……」
ルークが震えた声で語り掛けてきた。
「それはお前が決めることだ。支配から逃れ、勇者であることを捨てた今、お前には何の興味もない」
「だったら……! オレは必ず強くなってやる! そして今度こそオレは、オレのための勇者になって……!!」
涙混じるその声は、確かな意思に満ちていた。
俺はその場を後にした。
◆
酒場を出た俺は、暗闇に包まれた大通りを歩いていた。
《これでおぬしもわかったじゃろう? 勇者に求められるのは力ではない。意志じゃ。わしの力を手にしてなお、確固たる意志を示せるかどうか……それこそが勇者たらしめるのじゃ》
わかっているさ。
そんなもの、痛いほどに理解しているつもりだ。
ルークは勇者ではない。勇者にはなれない。もはやこの町にいる理由もない。
俺は町の出口を目指した、そのとき。
「待ちなッ……!」
背後から声がした。
振り返ると、姐さんと呼ばれていた女が立っていた。
「ここまで町をメチャクチャにされて、アタイが黙ってると思ってんのかい!?」
「だったらどうする? お前に俺は殺せないぞ」
「ああ……! だから、アンタのやり方に習うとしようじゃないか……!」
「何?」
女は自らの耳元からイヤリングを取って俺に投げてきた。
「そいつを持っていきな」
「これは……」
女から渡されたイヤリングは目玉のような意匠だ。
そこでようやく思い出した。フェイの額に現れた目、まさにこのイヤリングはそれと似たものだった。
「そいつはアタイたちがこの町に来る前、旅の途中で手に入れたもんだ」
「それが? どうして俺に渡す?」
「アタイたちは導かれたんだよ、この町へ、そいつにね。だからきっと、アンタのことも導いてくれるはずさ」
「ほう、随分と優しいのだな?」
「勘違いしないでもらいたいねぇ、それはアンタへの手向けだ。アタイが断言してやるよ、アンタはロクな死に方をしない」
「……知っているさ。こいつはありがたく貰っておこう」
俺はイヤリングをしまって歩を進めた。
「あの子は、ルークはアタイたちがちゃんと面倒を見てやるさ! そして必ず、もう一度アンタの前に立たせる! その時は覚悟するんだねッ!!」
女の声を背に、俺はその場を後にした。
やがて俺は町の出口に辿りついた。
そこに馬の嘶きが響いた。そのとき。
「へへっ、旦那ぁ、そろそろ来る頃だと思いましたぜ」
「お前……」
俺に話しかけてきたのは、俺をこの町に運んだ馬車の運転手の男だった。
馬車に乗ってのお出ましだ。
「旦那を運んでくれって、こんな夜中にも関わらず厳つい顔した女の人が頼んできたんでさ」
「……そうか、最後まで気が利くじゃないか」
あの姐さんの仕業だろう。
おそらく、俺がルークを探している時にでも仕込んでいたに違いない。
「で、なるべく遠くへ……ってことですが、どこか目的地はあるんですかい?」
「そうだな……お前、奴隷を運んだことはあるか?」
「へっ?」
男はキョトンとした。
「い、いきなり何を言い出すんですかい……?」
「この町の住人が消えたウワサは知っているだろう?」
「そりゃ、あっしが旦那に教えたことですし……」
「だから、どうしてそれをお前が知っているんだ?」
「いっ……」
男は途端に苦い顔をした。
「そ、そういうウワサがこの町にはあるんでさ……! あっしたちの中では特に有名で……!」
「別にお前が犯人だと言いたい訳じゃない。ただ、こんな夜中でも構わず迎えに来てくれるお前のプロ根性に俺は感心しているんだよ」
男は益々顔を歪ませた。
俺がこいつを問い詰めているのには理由がある。
フェイは「父親に売られた」と言った。そして、この町の住人たちにも同じ目に遭わせてやったとも言っていた。
それを可能にするための手段、この町における唯一の交通は馬車だけなのだ。
少なくとも、フェイが失踪するよりも前から、人知れず人を運んでいたに違いない。
「喜べ、俺が荷物になってやる。その代わり、お前は自らの仕事に最善を尽くすことだ」
「うぐっ……! どうなっても知りやせんよ……!」
俺は馬車に乗り込んだ。
次の目的地は決まった。それは、この町の住人たちが連れていかれたであろう場所だ。
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