[11]哀の帝国 / 瞠目
俺はルークを連れて酒場に戻った。
酒場に住人たちの姿は無かった。唯一、フェイだけが残っていた。
「ルークっ……! どこに行ってたのっ!?」
フェイが一直線にルークのもとへ駆け寄った。
「ごめん、ねーちゃん……」
「バカっ! 心配したんだからっ……!」
姉弟は互いに涙を流し、強く抱き合っている。
家族愛が溢れる瞬間だ。この場に居合わせる俺の気持ちも少しは考えて欲しい。
フェイはそれを察したのか、俺に気づくなり鋭く睨みつけてきた。
せめて先に感謝を示して欲しいものだ。
俺が途方に暮れていたとき、最初に口火を切ったのはやはりルークだった。
「あのさ、ねーちゃん……ねーちゃんが犯人、なんだろ?」
ルークがいきなりぶっこんだ。
その言葉にフェイは一瞬硬直し、困惑の様子を見せた。
「な、何を言ってるの? 犯人って、何の話……?」
「とぼけないでくれ……! オレは全部知ってる! オレはずっと、知らないフリをしてきたんだ!」
「だから、何の話なのかサッパリよ……!」
フェイは知らぬ存ぜぬで通すつもりらしい。
対するルークも内心では未だ迷いがあるのだろう。それ以上を踏み込めないでいる。
ここは俺が助け舟を出そう。
「この町から住人を消した犯人……そいつがお前だと、ルークは言っているんだ」
「はい……? あなた、またルークに変なコトを教え込んだんですか? もう二度とルークに関わらないでって、あたしは何度も言いましたよねっ!?」
「だったら根拠を教えてやる。お前はこの町でただひとり、幸せを手に入れている。父親からの呪縛を逃れ、愛する弟との平和な暮らしを手に入れたんだ」
「何を言って……! それが根拠だって言うんですか? バカバカしい! そもそも、あたしはこの幸せを手に入れるためにどれだけ身を犠牲にしてきたか……!」
「そう演じているだけだ。お前の不幸は所詮、ただの偽りに過ぎない」
「っ……!」
フェイは言葉を詰まらせた。
「本当にこの町を支配をしているのはお前だ。お前は不幸な女を演じ、不幸な姉として振舞い、この町の新たな住人たちをも利用している」
「ふざけないでッ……! あたしはっ……! あたしだってッ……!!」
フェイは感情のままに声を上げた。
だが、すぐにそれを飲み込んだ。まだ冷静さは欠いていないようだ。
俺は怯まず追及を続けた。
「不幸ならば自分は疑われないと思ったのだろう? だから俺と最初に会った時、お前は俺のことを父親と勘違いしてまで殺そうとした」
「それはっ……! 本当に勘違いをしたからでっ……!」
「いいや、お前が勘違いをするはずがない。父親は右腕を失っているとお前は確かに言った。だが、どうだ? 俺の腕はこの通りピンピンとしている。お前だけが父親の死に気づいていた。俺の興味を削ぐために正直に話したのが仇となったな?」
俺は右手を自在に動かして見せた。
フェイは動揺した。
「いい加減にしてください……! 全部、あなたの言いがかりじゃないですか……!」
確かに、フェイが犯人だという確かな証拠はない。全部、状況が生んだ俺の推論だ。
だからこそ、ルークの存在が必要なのだ。
俺はルークの背中を押し、前に立たせた。
「ねーちゃん、オレはもう逃げないよ……! だから、ホントのことを教えてくれっ……!」
「ルークっ!? だからあたしはっ……!」
「ねーちゃんが帰ってきてから全部がおかしくなった……! ねーちゃんが親父を、町のみんなをどこかにやったんだろ!?」
「っ……!」
フェイは途端に表情を曇らせた。
そこにルークは振り絞るようにして続けた。
「オレはずっと誰かのせいにして、見ないフリをして……それがねーちゃんを守ることなんだって、自分に言い聞かせてきた……! でも、オレは本当はっ……! 本当はッ……!!」
ルークの言葉にフェイは何も言い返さなかった。ただじっとしながら表情を落としていた。
そうして一呼吸を置き、フェイは静かに声を出した。
「……名探偵気取りですか? よそ者のあなたに何の関係があると言うのです?」
その言葉は俺に向けられたものだった。
「こいつに頼まれた、ただそれだけだ」
俺はそう言ってルークを指差した。
するとフェイはそれまでの緊張を破るように笑い出した。
「あはははははっっ!!」
フェイは腹を抱えて爆笑を繰り返した。
「何が可笑しい?」俺は聞いた。
「もう、どうでも良くなったのですよっ! 何もかもがねぇっ……!!」
フェイの表情に笑みは無かった。
涙を流し、絶望にも近い感情で溢れていた。
「本当にあなたのせいで何もかもが狂ってしまった……! こんなにもルークを誑かして、家族を引き裂いて、満足ですか?」
「違うっ! これはオレが望んだんだっ! これがオレの意思なんだっ……!」ルークが言った。
フェイは鼻で笑った。
「誰のおかげで今まで幸せに暮らせたと思っているの? あたしがいなかったら、あんたはずっと怯えたまま逃げ隠れてただけなのよ?」
「だからこそ変えたいって思ったんだ……! それをねーちゃんにだけ背負わせたくなかった……!」
「黙りなさいッ! 弱いだけのあんたには何もできない! ずっとあたしの言うことだけを聞いていれば良かったの! 不幸なあたしのために、従順で可愛い弟でいれば良かったのにッ……!」
容赦ないフェイの言葉にルークは愕然とした。
フェイの本性が姿を現した瞬間だった。
俺はルークに代わり、追及を続けた。
「お前は一度、この町からいなくなっている。その時、お前に何があった? どうやってこの町から住人を消した? 何がお前にそうさせた?」
「……いいでしょう、せっかくだから教えてあげますよ。あたしに起きた出来事を……」
フェイは近くのテーブルに腰を置いた。
「あたしはね、売られたんですよ。実の父親にね……」
フェイは語った。
豹変してしまった父親の狂気は止まることを知らなかった。
実の娘すらも道具として扱い、ただ欲望のままに苦しめ続けた。
それでも、この町の誰一人としてフェイに手を差し伸べる者はいなかった。
父親は堕ちてもなお、町の英雄だったのだ。ましてその狂気が自身に向けられることを住人たちは危惧した。
そうやって均衡は保たれた。
だが、それも崩れ去ることになった。
父親の生活は日々荒々しさを増し、ついには明日の生活すらも危うくなった。
誰かが犠牲になる必要があった。そうして選ばれたのがフェイだった。
フェイは、父親のための犠牲となった。
その引き換えとして、父親はしばらくの安寧を手に入れた。
このときも、誰一人としてフェイを救う者はいなかった。
フェイは家族に、生まれ育ったこの町にさえも裏切られたのだ。
フェイは絶望した。フェイは町を離れた。
だが、そのとき。運命は突然に、フェイを導いた。
「──あたしは、救世主に出会ったんですよ……」
「救世主、だと……?」
「あの人はあたしを助けてくれました。奴隷として売られたあたしに、生きる希望を与えてくれたのです」
「その救世主とは誰だ?」
俺の質問にフェイは何も答えなかった。
するとフェイはテーブルから立ち上がり、真っすぐに俺を見てニッと笑った。
俺は側にいたルークを突き飛ばし、魔剣に手を伸ばした。
「いっ……!」ルークが呻いた。
フェイは不気味な表情のまま、俺に向かって歩いてきた。
そのとき、フェイは頭に被っていた赤いスカーフを取った。
「あの人があたしに力を与えてくれたんです。最低の父親に、この町に復讐するための力を……」
フェイはそう言って前髪を上げた。
「何ッ……」
俺は驚いた。
フェイの額、そこには目があった。
”第三の目”と言わんばかりのそれは、縦に大きく見開き、ギョロッとして俺を見る。
こんなものがただの少女にあるはずがない。俺は警戒し、距離を取ろうとした。
そのときだった。
「むっ……! 体が、動かない……!」
俺の体は硬直してしまって動かせなかった。
「あははっ! この目を見たが最後、あなたはあたしの思いのまま! 逃げられると思わないで?」
「まさか、この力で町の住人を……?」
「えぇ! あたしの思うままにしてやったわ! あのクソッタレもっ、役立たずの住人たちもっ、女も子供も構わず全部っ!! あたしと同じ目に遭わせてやったのっ……!」
フェイは高笑いをして言い放った。
俺を縛るこの力の源は額にあるあの目だろう。
これで人を操り、たった一夜にして住人たちを消したに違いない。
それにあの目……どこかで見覚えがある。だが、今はそれどころではない。
「そんなっ……! ねーちゃんっ……!」
フェイを呼ぶルークの声は震え、腰を抜かしていた。
「あぁっ、ルークっ……! あたしの大切な可愛い弟っ……! あんただけはどうしても手放せなかった……全部消すつもりだったのに、小さくて弱いあんただけは、お姉ちゃんが守ってあげたかったぁっ……」
フェイは妖艶に、ルークの頬を撫でる。
「ふざけんなよっ……! オレはそんなの望んじゃいないっ……! 元のねーちゃんに戻ってくれよっ……!」
「大丈夫っ……! あんたもすぐにお姉ちゃんが大好きになるからっ……。こんなむさ苦しい鎧男よりも、ずっとお姉ちゃんと一緒に生きたいって思うからっ……!」
フェイは不気味に高笑う。ルークの表情がみるみると恐怖に染まっていく。
《おい! 何をしておる! 早く何とかせい!》
「そう言われても、体が動かないんだ……!」
魔剣様の無茶な要望もこのままでは流石に実現不可能だ。
この力は一体何だ? 魔術にしては詠唱も無く、魔術式すらない。
新手の魔術か、それともまた別の何かか。
俺の中で思考が回る。
「さて……いくら簡単には死なないとは言っても、じっくり痛めつければそのうち死ぬんでしょう?」
「何をっ……」
「あたし、こういうこともできるのよ?」
フェイはそう言うと、額の目をカッとさせた。
その瞬間、俺の手が勝手に動き出した。
手は背にある魔剣を抜き、俺の胸元に向けて刃先を構えた。
「自分の剣で死んでもらいましょう! そう言えばあなたの剣、とっても貴重なものだそうですね? そんなもので貫かれるなんて、光栄ではなくて?」
フェイは嘲笑う。
《マズイぞ! このままではおぬしを守り切れん!》
「ほう、アンタも焦ったりするんだな……?」
《当たり前じゃ! おぬしは決して不死ではない! ただ、簡単には死なないというだけじゃ! いくらわしが守ってやったところで、わしの剣がそれを上回る!》
そう、いくら魔剣様でも自分の力には勝つことができないのだ。
《それに! わしはこんな搦め手で負けとうない! わしは本物の勇者を真っ向から叩き斬って勝ちたいんじゃ!》
「随分とこだわりが強いようで……!」
こうしている間も、ゆっくりと剣先は俺に迫ってくる。
剣先が鎧に触れると、そこから塵となって鎧が溶けていってしまう。
確かに魔剣様の言った通り、このままではマズい。
「さっきから独り言をブツブツと……手も足も出なくてパニックにでもなってしまったのかしら?」
フェイが俺の鎧に触れてきた。
剣先が溶かす鎧の行く末をじっくりと間近で観察する。
「ふふっ、ずっと見つめていてあげますよ? あなたが自らの腹を割いて、腑を曝け出すの。あなたの情けない顔っ、あなたの見るに堪えない死に様っ、全部あたしがひん剥いてあげるっ……!」
フェイの愉悦に満ちた笑いが響く。
成す術が無い。どうにかしてフェイの額にある目を何とかしなければならない。
俺は思考した。そのとき。
《……そうじゃ! わしに考えがある!》
「何か方法が……?」
《わしに任せろ! 悪いようにはせん!》
魔剣様が突破口を見つけたらしい。
ここは躊躇しているヒマはない。俺は魔剣様に全て託すことにした。
「抵抗しても無駄ですよっ……! あなたはこのまま自分で自分を貫く! さぁ、死になさい……!」
《その目じゃ……! その目が気に入らんのぅっ……!》
瞬間、俺のもう片方の手が動いた。
俺の手がフェイの頭を掴んだ。
「えっ?」
フェイは思わず声を漏らした。次の瞬間、
──ブシュウゥゥッ……!!
鮮血が舞った。
俺の指が、フェイの額にある目を潰した。
「あ、ああ、あああああっっ!! 目がっ! 目がぁっ……!!」
フェイは額に手を当て、痛みに苦しみ悶えた。
そうして俺を縛る感覚が消えた。体の自由を取り戻した。
《かかっ! いい気味じゃ!》
「そうか、アンタが俺の体を操ったのか」
《あやつの奇妙な技を受けておるのはおぬしじゃからな、その上でわしがおぬしを操ればよいのじゃ》
中々の機転だ。今回ばかりは魔剣様の大手柄だろう。
俺は取り戻した体の感触を確かめた。特に問題はなさそうだ。
「ね、ねーちゃんっ……!」
「痛いっ……! 痛いぃっ……!」
ルークは依然として腰が抜けてしまっている。
対するフェイは膝をつき、額から血を流しながら、俺を鋭く睨みつけてくる。
「これで小細工は無しだ」俺は魔剣を構えた。
「おのれっ……! おのれおのれおのれぇっ……! あたしを騙したなぁっ……! お前だけはっ! お前だけは絶対に殺してやるッ……!!」
フェイはふらふらと立ち上がり、懐からナイフを抜いた。
ナイフはこの町の新たな住人たちが使っていたものと同じものだ。どうやら密かに手に入れていたらしい。
「やめろっ……! もうやめてくれっ! ねーちゃんっ……!」
「ルークは誰にも渡さないッ……! あたしの築き上げたこの帝国をッ……! あたしの幸せを誰にも邪魔はさせないッ……!」
ルークの声はフェイに届いていないようだった。
フェイは俺に向かって真っすぐに走り込んでくる。
俺を殺せないことは知っているだろう。だが、それすらも今のフェイには理解出来ていない。
感情に飲まれ、ただ目の前の憎い相手への殺意で溢れている。
こんな相手に魔剣を振るう必要は無い。あとは素手でも十分だ。
俺は魔剣から手を放そうとした。そのとき!
《さっきの礼じゃ、特別に味わわせてやる!》
「何っ……!」
体が言うことを聞かない!
俺の体は魔剣を構え、フェイに向けて振るう準備を整えた!
魔剣様だ! 魔剣様が俺の体を勝手に操っている!
「あああぁぁっっ!!」
フェイが声を上げて飛びかかってきた。
同時に、魔剣の刃がフェイに向かっていく。
その刹那、
「やめろぉぉっ!!」ルークが叫んだ。
剣戟の隙にルークが飛び込んできた。
まずい! このままではルークが巻き添えになってしまう……!
だが、俺の意思では止められない……!
──ズシュゥッ!
魔剣が貫いた。
さっきまでの騒がしさからは一変して辺りは静けさに包まれた。
それは俺に悲哀を感じさせるほどだった。
「ねー、ちゃん……」
ルークが弱々しい声を漏らした。
魔剣を伝って鮮血がポタポタと滴り、床を赤く染めた。
その様を、ルークはすぐ側で見ていた。
「ああ、あたしのバカ……」
「ね、ねーちゃんっ!!」
魔剣が貫いたのはフェイだった。
フェイは最後の瞬間、ルークを突き飛ばして庇ったのだ。
「なんでっ……! なんでだよっ……! ねーちゃんっ……!!」
「ごめんねっ……弱い、お姉ちゃんでごめんねっ……」
フェイはその場で倒れた。
すぐにルークが駆け寄り、血に塗れたフェイの体を抱いた。
「そんなことないっ……! そんなことないよっ……! ねーちゃんはずっと、ずっと……!」
「あぁ、ルークっ……あたしの、大好きな、ルークっ……」
真っ赤に染まるフェイの手がルークの頬を撫でた。
ルークは嗚咽する。
やがてフェイはルークの胸の中で動きを止めた。
頬に残されたフェイの手を、ルークはただ必死になって握りしめた。
「どうして……! どうしてだよ……! オレはこんなこと望んじゃいない……! ただ、ねーちゃんを説得できればそれでよかったのに……!」
ルークは顔を上げ俺を睨んだ。
涙に濡れたその表情は俺への憎悪で満ちていた。
「言ったはずだ、俺がお前を勇者にしてやると」
「ふざけんなッ! こんなもののためにオレは勇者になりたかったんじゃない……! こんなものがッ、勇者であるはずないだろッ……!!」
そう、こんなものが勇者であるはずがない。
勇者であってはならない。それは俺だって同じ思いだ。
「俺が憎いか? 殺したいか? お前の大切なものを全て壊した俺が、憎くて仕方がないだろう」
「そんなの決まってる……! オレはアンタを絶対に許さないッ……! 許してやるものかッ!!」
「ならば意思を示せ。証明してみせろ。お前にはその資格がある」
俺は魔剣を地面に突き刺した。
「さぁ、この剣を引き抜いてみせろ。お前が本物の勇者かどうか、見極めさせてもらう」
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