[10]哀の帝国 / 懺悔
外はすでに日が落ちていた。
俺は大通りを逸れ、ルークと初めて出会った裏路地にやってきた。
《して、小僧を探すアテはあるのか?》
「ある。一応はな」
俺は地面に手を当てて一息ついた。
「共振」
俺はポツリと呟いて魔術を詠唱した。
俺の手を中心に、地面が振動を始めた。
振動する地面からはキラキラと光る細やかな粒が浮き上がった。
《何をしておるんじゃ?》
「こうやって”破片”を集めるんだよ」
《む? 破片じゃと? 何に使うのじゃ?》
「……ああそうか、アンタには魔術刻印が無かったな」
《勿体ぶらずに教えんか! 気になって仕方がないわ!》
俺の背中で不貞腐れて重さを増していく魔剣様に、俺はこれから行うことの説明を始めた。
まず、前提としてほとんどの武具には、武具の状態を記憶する魔術刻印というものが付けられている。
これはルークにも説明したものだ。
魔術刻印がある武具に修復魔術を使うことで、破損した状態からでも瞬時に修復することができる。
そして今回、俺はルークを探すために魔術刻印の持つ特性を利用しようとしている。
俺がルークの剣を修復したとき、完全な形での修復をしなかった。わざわざ時間をかけて修復をしてやる義理は無かったからだ。
これが功を奏した。
修復に使ったのは折れた剣の大部分で、その他細かい破片はこの場に残したままだったのだ。
運が良いことに、ルークの剣は”ネタニライト”という特殊な鉱物を素材としたものだ。
この町に住人がいないことも追い風になってくれた。今この場所にネタニライトを使った武具を持っているヤツはいないだろう。これでルークだけを狙って追跡することが可能になったのだ。
こんな方法を思いつくなんて我ながらに鼻が高い。
俺は”剣の手入れに精通するプロフェッショナル”なのだと自覚できる。
「──ということだ。破片に修復魔術を使えば、自ずと本体に向かって場所を示してくれるはずだ」
《ほぅ、おぬしも中々やるではないか。見直したぞ》
「お褒めに預かり光栄ですよ……」
俺は集めた破片を手に乗せ、破片が微かに震える先を追った。
「あっちだ、行こう」
◆
俺が辿り着いたのは町のはずれだった。
明りのない暗闇に建ち並ぶ廃墟、その周辺を亡者と呼ばれる魔物たちが数体徘徊していた。
亡者は人の形こそしてはいるが、体はドロドロに溶けて腐っている。
鼻をつまみたくなるような腐臭を振りまきながら、言葉にすらなっていない呻き声を上げてノロノロと歩いている。
まるでゾンビだ。俺が冒険者だった頃によく見たことがある。
「ルークはこの近くにいるな」
俺の手にある破片も反応を示している。
俺は周囲を窺った。
と、廃墟の中でひと際亡者たちが群がっている場所を見つけた。
おそらくそこにルークがいるに違いない。子供の生気を嗅ぎつけて亡者たちが集まってきたのだろう。
だが、亡者の目と頭はあまり良くないようだ。
廃墟の窓は壊れて空いているというのに、その近くの壁と扉を執拗に叩いている。
「掃除しておくか……」俺は背の魔剣に手を伸ばした。
《なっ!? 待つのじゃ! まさか、こんなヤツらにわしを使うのか!?》
「……随分と嫌そうだな?」
《当たり前じゃろう!? こんな腐ったヤツらを斬るなんて嫌じゃ! 第一、おぬしが言ったんじゃぞ!? わしには本物の勇者しか斬らせんと……!》
「それを今持ち出すか? アンタがルークを助けろって言ったんだろ!?」
《わしを使えとは言っておらんもん! おぬしもわしのおかげで強くなっておるんだから少しぐらい自分でなんとかしたらどうじゃ!》
「調子のいいことを……このワガママな魔剣め……!」
俺が魔剣様と口喧嘩をしていたそのとき、亡者たちが一斉にこちらを向いた。
まさに獲物を見つけたと言わんばかりの反応だった。
「しょうがねぇ、やるか……!」
俺は迫ってきた亡者の一体にストレートを放った。
亡者の頭部がベチョッと弾け、俺の右拳が突き抜けた。
その途端、俺の右腕に絡みつくようにして亡者が組み付いてきた。
「こいつ……! 頭が無くても動くのか……!」
《うひゃあっ! そんなもんを近づけるでないっ! あぁっきもちわるいっ! きもいっ!!》
魔剣様も変なところだけ乙女になるのをやめて欲しい。
こうしている間にも、ドロドロに溶けた亡者は俺の鎧に纏わりついてくる。
近くの亡者たちも俺を飲み込もうと迫ってきた。
《は、はやくなんとかせいっ! こんな不潔なヤツらに……もう嫌じゃぁっ!!》
「わかっている……!」
俺はついに亡者たちに取り囲まれてしまった。
亡者が全身に重く圧し掛かってきて身動きが取れそうにない。
だが、好都合だ。
これなら一気に亡者たちをまとめて殲滅できるチャンスだ。
「溶炉鍛造ッ!」
俺は魔術を唱えた。
密かに地面に描いていた魔術式から岩がせり上がり、ひとつの巨大な炉になった。
その中に俺はいる。俺は自らで亡者たち諸共を炉に閉じ込めたのだ。
《おぬしっ……! まさかっ……!?》
「ああ、ちっとばかし熱ぃぜ……! 汚物は、消毒だッ!!」
俺は天に向けて親指を立てた。
「点火ッ!!」
その瞬間、俺の足元から轟音を立てて火柱が上がった。
俺の全身を灼熱が包んだ。
これには亡者たちもたまらず呻きを上げてのた打ち回った。
亡者たちは灰となって散った。
炎が俺の鎧にこびりついたものを全て、余すことなく焼却していった。
《ば、バカものっ……! わしまで溶けてしまうところだったではないかっ!!》
「安心しろ、この程度の温度じゃアンタは溶かせない。それに、サッパリして良かったんじゃないか?」
《そういう問題ではないわっ!》
俺は炉を崩して外に出た。
鎧が赤く熱気を放っているが、俺は熱さも痛みも感じなかった。
《まさか自らを丸焼きにするとは思わんかったわ……》
「アンタがどうにかしろって言ったんだ、文句言うな」
俺は魔剣様との口喧嘩を再開しながら、亡者たちがいなくなってスッキリとした廃墟の扉を開けた。
中の様子は乱雑としていた。その中でも、縦型の衣装タンスが目に入った。
それは子供が隠れるには丁度いい大きさだった。
俺はタンスの戸を開いた。
「うわぁぁっっ!!」
戸を開いた途端、中から悲鳴がした。
声の主はルークだった。
どうやらタンスの中でガタガタと震えていたようだ。
「落ち着け、俺だ」
「えっ、オッサン……? なんでっ……!?」
「お前を探しにきたんだ。ほら、出てこい」
「で、出てこいって言われても……! つか、オッサン熱いんだけどっ!? 何か煙出てるしっ!?」
「ん……あぁ、悪い」
俺は一度廃墟から出て、ルークが出てくるのを待った。
熱を帯びていた鎧も夜風が冷ましてくれた。
しばらくしてルークが姿を見せた。
ルークは周りを気にしながら、不貞腐れた表情をして口を開いた。
「……ねーちゃんに頼まれてきたのか?」
「いいや、この剣に頼まれて来た」
俺はそう言って魔剣を地面に刺した。
「は? 何言ってんだよオッサン、頭大丈夫か?」
「至って平常だが」
ルークから向けられる視線は疑念で溢れている。
そんな目で見られても本当のことなのだから仕方がないだろう。
「この剣は生きている。俺はコイツと、頭の中で繋がっている」
「生きているって……正気かよ!?」
「コイツはお前のことを気に入っているらしいぞ? 本当に勇者なれるかもな」
「えっ!? マジでっ!?」
ルークは目を輝かせて剣に触れてきた。
だが、魔剣様は不動のままだ。
「《かと言ってわしも甘くはないぞ! そんなすぐに尻尾を振るほど、単純ではないのじゃ!》……って言ってる」
「ホントかよそれっ! つーか、ババアみたいな口調なんだな!」
《ば、ババアとはなんじゃ! ババアとはっ……!》
「お、気が合うじゃないか」
「ははっ! オッサンがずっと独り言を言ってたのもこれが理由だったんだな!」
《おいコラ! わしを無視するでない!》
ぷんすこ怒っている魔剣様の声はルークには届いていない。
口を大きく開けて笑うルークだったが、すぐに表情を暗く落とした。
「でもさ、オッサン……やっぱりオレ、勇者にはなれないと思うんだ……」
《なんじゃと!?》
「随分と傷心しているな、お前らしくもない」
「オレらしいって、オッサンとは今日会ったばかりだろ!? まぁ、そう思われるのはわかってたけど……」
ルークはひどく落ち込んだ様子だ。
俺がルークを突き放したのが原因か、どうやら相当に効いていたらしい。
「オッサンの言った通りだ……オレはひとりじゃ何もできない。今だって、オッサンが来るまで魔物から逃げて隠れるしかなかった。ずっとねーちゃんに守ってもらってばかりで、オレにはねーちゃんがいないとダメなんだってハッキリわかった……!」
ルークの声は震えていた。
《おい! どうしてくれる!? 小僧が勇者になることを諦めてしまったらわしは一体何を楽しみにすればよい!? はやくなんとかせんかっ!》
魔剣様が騒いでいる。どうやら俺にルークを説得しろと言いたいらしい。
しかし面倒だった。俺はただ静かにルークの話を聞いた。
「……あの時だって、親父から逃げて隠れることしかできなかった……! ずっとひとりきりで、はやくねーちゃんに帰ってきて欲しいって願うことしかできなかった……!」
「待て、何の話をしている?」
俺は咄嗟に割って入った。
ルークの言葉がどうにも引っ掛った。
「お前は姉の帰りを待っていただと? それはどういうことだ?」
「もしかしてオッサン、ねーちゃんから聞いてなかったのか……?」
俺は虚を突かれた気分だった。
どうやらこの姉弟には、まだまだ秘密が隠されていたようだ。
「本当はねーちゃんも、この町からいなくなってたんだ」
ルークの口から事の顛末が語られた。
ルークの姉・フェイもこの町から失踪していたのだ。
だがそれは、この町の住人が消えるよりも前のことだった。
ルークは父親と二人きりになった。それまで父親の抑止を一身に引き受けてきたフェイがいなくなったことで、その矛先はルークに向けられようとしていた。
ルークは絶望し恐怖したはずだ。しかし、その不安は思い過ごしに終わったのだった。
フェイの失踪を機に、父親の羽振りが良くなったのだ。ずっと続いていた質素な生活も、父親の機嫌も、何もかもが良い方向へと改善されていった。
ルークは子供ながらに気づいていた。
これは姉のおかげであると。そして、この恩恵が永遠には続かないということを。
そうなれば今度こそ父親はルークを傷つけるかもしれない。ルークを支配する恐怖は常に奥底で潜んでいたのだ。
それでもルークは、この限りある平和の中でただ祈ることしかできなかった。
それから数か月が経ったある日、運命は突然に訪れた。
なんと、ルークの前にフェイが戻ったのだ。
ルークは歓喜したはずだ。だが同時に、それまで抱えてきた不安と恐怖が一気に膨れ上がった。
それも、またしても、思い過ごしとなった。
朝にルークが目覚めると、町の住人が全て消えていたのだ。
今度は姉と二人きり、この町に取り残された。
これが、この町で起きたことの真実だった。
「──オレはわかっていたんだ……! ずっと見ないフリをしてきたんだ……! ねーちゃんといるこの日常を手放したくなくて、認めたくなくて、オレは本当の気持ちを隠してた……!」
ルークは歯を食いしばり、拳を強く握りしめた。
「……そうか、お前はこの町を壊滅させた犯人の正体に最初から気づいていたのだな」
「ああ……! 知っていて全部、知らないフリをしてきた。そうすればオレは、何不自由なく平和に暮らせたんだ。だけど、アンタに出会っちまった! オレはもう、本当の気持ちを抑えられないんだ……!」
ルークの瞳には涙が浮かんでいた。
それでも力強く、俺を真っすぐに見る。
「だから頼むっ……! どうかオレをっ……! 助けてくれっ……!!」
ルークは俺に頭を下げた。
己の弱さを知り、勇者にはなれずとも、それでも今を変えたいと願う男の姿が確かにそこにはあった。
「……いいだろう」
「っ……!」
「俺がお前の力となってやろう。お前の望み、叶えてやる」
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