[9]哀の帝国 / 正体
俺は酒場の二階にある部屋に通された。
来客用の応接室だ。木製のテーブルを間に、俺は姐さんと呼ばれていた女とソファに着いて向かい合った。
「単刀直入に聞く。お前たちは何者だ?」
「それはアタイからもアンタに聞きたいぐらいなんだがねぇ……」
「答えろ、二度は言わん」
俺は隣に立て掛けた魔剣を横目に凄みを利かせた。
女は表情を強張らせつつ答えた。
「……アタイたちはこの町の住人さ」
「違うな。この町の住人は消えた、あの姉弟を残してな」
「それは前の住人だろう? 今の住人はアタイたち、ちゃんとこの町で暮らしてんだよ」
「本当にそうか? お前たちは住人を消してまでこの町に住み着いた、その可能性も考えられるが?」
「あぁそれかい、あの子たちが勝手にそう思っているだけだよ。むしろ、アタイたちの方こそアンタを疑っていたぐらいだ」
「何?」
女は深く座り込み、自らの髪を指先で巻く仕草を見せた。
耳元のイヤリングが大きく揺れている。
「アンタ、男を探していたね? それがあの子たちの父親なんじゃないかって最初は考えたよ。けど違った。アンタはこの町で起きたことと何の関わりもないただの旅人だ」
「だからどうした? 質問をしているのは俺だ」
「アタイたちもアンタと同じなんだよ。アタイたちは旅人だったのさ、これでも一応は商人の端くれでね」
「商人だと……? 商業組合とは何か関係が?」
「そんな大層なもんじゃないよ。こういう田舎町を相手に商売する、何者にも属さないただのゴロツキの集まりさ」
女は声のトーンを落として続けた。
「色んな町を渡り歩いて、色んな商売をして……勿論、人様に自慢できないようなこともしてきたさ。そうやって生きてきたんだよ、アタイたちは」
「お前の子分は確かな腕前だった。それが理由だったか」
「アタイたちのモットーは”自分の身は自分で守ること”なのさ。弱いヤツはアタイのもとから離れていくか、二度と口が利けなくなっちまう。それでもアイツらだけは、アタイについてきてくれてんだ」
「それで、そんなお前たちはこの町に流れ着いたと?」
「そうさ、けどタイミングが悪かった。最初にこの町に来た時は”なんて不気味な場所だ”って思ったよ。昨日まで確かにそこで人が暮らしていたってのがわかるんだ。なのに誰もいない、まるごと人が消えちまってたのさ」
「そんな町にどうして住み着こうと思った?」
「アタイだって不思議さ。でもねぇ、誰もいなくなっちまったこの町で、アタイはあの子たちに出会ったんだ」
女は表情を曇らせると、あの姉弟との出会いについて語りだした。
「あの子……フェイは、アタイに泣いて頼み込んできたんだ。どうか弟だけは、自分たちを助けて欲しいってね」
「それでお前たちはあの姉弟を守っているのか? 何のために?」
「人間誰しもが損得だけでは判断しないってことさ。あの子を助けたいって思った、ただそれだけだよ」
俺に向く女の目は真っすぐだった。
嘘を吐いているようには見えない。本当に良心からの行動だと言いたいようだ。
「だが、フェイは自らを犠牲にしてお前たちに守ってもらっていると言っていた。お前たちの言い分とは少し矛盾があるように思うが?」
「あの子がそうさせてんのさ。アタイたちのために何でもする、その代わりにこの町での安全を保障する。それがあの子との約束だ。アタイたちは商人だからね、そういう交わしがあった方が後腐れがないってことさ」
釈然としない答えだ。納得は出来ない。
どうしてそれでいいと思える? まさか、まだ何かを隠しているのか?
「お前の言うことが本当だとして、お前たちは町の住人を消した犯人ではないのだろう? ならばどうしてあの姉弟に疑われたままでいいと思える?」
「……アンタ、誰かを恨んだことはあるかい?」
「何?」
俺は呆気に取られた。
女の言っている意味がわからなかった。
「人ってのはね、誰かを恨むことでやっと生きていけるってこともあるんだ。誰を恨んだらいいかわからない、自分を絶望させた元凶がいないってときほど辛いものは無いんだよ」
女は淡々と答えた。
その目の奥は暗く、深い闇を見つめているようだった。
「あの子の心を壊したのは、あの子の父親だ。きっと、この町を壊したのだってそうさ。その恨みを、あの子は果たせないままでいる。だからアタイたちがあの子の思いを受け止めてやってんのさ。アタイたちは知っていて”悪者”を演じているだけに過ぎないんだよ」
「フェイもそれを望んでいると?」
「アンタもあの子と話したのならわかるはずだ。今のあの子にとって一番大切なのは弟だけだ。それを必死で守ろうとする心を、あの子から奪っちゃいけない」
疑問の残る答えだ。だが、妙に納得させられる。
フェイが俺に邪魔をするなと言った理由も今なら理解ができる。こいつらの関係性は支配ではなく、互いに歩み寄った結果なのだろう。
こいつらと共にいる限り、ルークとの平和が約束される。傍から見れば不幸な少女も、実際には望む通りの恩恵を得ていたのだ。
こいつらは不幸を演じる少女と悪者を演じる集団だった。そしてそれを真に受けてしまった穢れを知らないひとりの少年……我ながら随分と面倒なところに巻き込まれてしまったようだ。
「……随分と熱心だな。たったそれだけのために俺を排除しようとしたのか?」
「アンタがあの子たちを誑かして、陥れようとしている様に見えたんだよ。だからさっさとこの町から出て行くべきだったんだ」
「フッ、最初に会ったときに俺を追い出すべきだったな?」
「やむを得ずってことだよ」
女との会話に一区切りがついたそのとき、ドタドタと忙しない足音が近づいてきた。
その後間もなくして、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「あのっ……! どうか、助けてくださいっ……!!」
そう言って部屋に飛び込んできたのはフェイだった。
フェイは焦った様子だったが、俺の存在に気づくなり苦い顔をした。
「あなた、まだ居たんですか……」
「悪かったな」
どうやら本当に嫌そうだ。
「どうしたんだい? そんなに焦って……」女が聞いた。
「そうなんです……! ルークが、弟が帰ってこないんですっ……!」
女は「えっ」となって立ち上がった。
「もう日が落ちてきたのにっ……いくら拗ねて出ていったからって、帰ってこないことなんて今まで無かったのにっ……!」
「そいつはマズいねぇ……夜になるとこの辺りには亡者が溢れかえるんだ、アンタの弟が危ないかもしれない」
「亡者?」俺は聞いた。
「ここはただでさえ人のいない町なんだ、夜になるとこれ見よがしに魔物が集まってくるんだよ。だからアタイたちが町を守っていたんだ、これでハッキリしただろう?」
なるほど、よく理解した。
「アタイたちも探しに行きたいところだけどねぇ……生憎、腕のいいヤツらは全員が伸びちまってるんだ……」女はそう言って俺を見てきた。
「そんなっ……!? そこを何とかお願いしますっ! 今までよりもっとあなたたちのために頑張りますからっ! どうか、あたしの弟を……!」フェイが涙ながらに訴えた。
「アタイにも出来ることはするさ……でも、それだけ危険が伴うんだよ」
この状況、どうやら俺のせいらしい。
さっきから二人の横目の視線が俺を刺してくる。つい、ため息が漏れてしまう。
「……言っておくぞ、俺はそこの少女から”二度と弟に関わるな”と釘を刺されている。命まで狙われてな」
「だからって何もしないつもりですか!? 本当に何なんですかあなたは!? それでも人間なんですか!?」フェイが反発してきた。
「散々な言われようだな。少なくとも人間だからこそ、そういう態度で人にお願いをするのはおかしいと思うが?」
「なっ……!? 本当に最悪……! あなたのせいで、何もかもめちゃくちゃよっ……!」
フェイは俺を睨みつけてくる。
だが、俺は間違ってはいない。こいつらに都合よく力を貸すつもりもない。
場の雰囲気が最悪になって話が停滞したとき、俺の隣にいた魔剣が微かに揺れた。
《おい、ちょっとよいか?》
魔剣様が俺に話しかけてきた次の瞬間、俺の周囲がホワイトアウトした。
俺は白が無限に広がる空間にいた。
ここは魔剣様の作る精神世界だ。俺がそう勝手に解釈している。
「このままあの小僧を放っておくつもりか?」
魔剣様の声がさっきよりもハッキリと聞こえる。
俺の近く、石造りの玉座の上であぐらをかく少女の姿をした魔剣様がいた。
「小僧に死なれては困ると言ったはずじゃ。あやつはわしの推しじゃからな」
「そんなに気に入ったのか? アンタまで俺にルークを助けに行けと言うのか?」
「諦めの悪いヤツには見込みがあるんじゃよ、おぬしと違ってな」
魔剣様は小馬鹿にした口調で俺を煽ってきた。
しれっとディスりやがって。時間のムダだの言っていたのはどこのどいつ様でしたかね。
「それにおぬし、すでに気づいておるのじゃろう? この町を破滅に導いた元凶を」
「……まぁな、まだ予想の段階だが、目星は付いてる」
どうやら魔剣様も気づいていたようだ。
この町の住人を消した犯人……それはこの町に住み着いた集団ではなかった。
となると一人だけ疑わしい人物が浮上するのだ。だが、その動機はともかく犯行手段は謎のまま、今は確証がない。
「そこでじゃ、小僧にも真実を教えてやったらどうじゃ? きっと面白い反応を見せるに違いないぞ?」
「正気か……? やっぱりアンタ、ロクな性格してねぇな……」
「誉め言葉と受け取っておくぞ。小僧がどちらに転ぶか、わしはそれを見届けたい」
魔剣様は嬉々とした様子だ。
流石は”全てを破壊する災厄の魔剣”だ。コイツの中に”優しさ”という言葉はないのだろう。
「わかった、アンタが満足するまでは付き合ってやるよ……」
「よし、決まりじゃ! 楽しみじゃのぅ!」
そうしてすぐにも俺は元居た場所に戻された。
相変わらず冷えた空気感の漂う応接室。
時間は全くと言っていいほど経過していなかった。
傍から見れば、俺は少し考え事をしていただけに見えただろう。
「お、お願いしますっ……! どうかルークをっ……! あたしの弟を探してくれませんかっ……!」
フェイが何かを決心したようにして俺に頭を下げてきた。
言われなくてもそのつもりだ。俺は重い腰を上げて魔剣を手にした。
「待ちなッ! どこに行こうってんだい!? この子がこれだけ頼み込んでるってのに……!」
「勘違いするな、頼まれたから行くのではない」
「えっ……?」フェイが顔を上げた。
「ルークは探す。だが、これは極めて個人的なものだ」
俺はそう言い残して部屋を去った。
「な、何なの、あの人……!」
フェイの文句が聞こえた。
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