[1]序章 / 伝説の剣
「お前が本物の勇者かどうか、見極めさせてもらう!」
木漏れ日の差し込む霧の森。
俺が胸の前で腕を組みながら見守るのは”一本の直剣”。
それは持ち手を上にして、石造りの祭壇に突き刺さっている。
その剣を前に、男が立った。
「見てろオッサン! オレこそが勇者だ!」
男は俺に向けて自信満々な顔を向けてくる。
俺のことをオッサンなどと……こちとらまだ30代だ。よく老けて見られる自覚はあるが、こうも堂々と言われるとくるものがある。
男は俺と比べても若い。傷ひとつない鉄の鎧を纏う、恰好から見て冒険者で違いない。
男は剣に手を添え、力を込めて一気に引き抜こうとした。
だが、その剣を引き抜くことは出来ないだろう。俺にはそれがわかる。
「ぬお────ッ!!」
まさに迫真の勢いだ。
男は腰を入れて何度も剣を引き抜こうとする。
しかし剣は一切の動きを見せない。次第に男は息を切らし、額には大量の汗を浮かべた。
「う、うお────ッ!!」
「もういい! お前は勇者ではない!」
俺は男を羽交い絞めにして引きはがそうとした。
しかし男はしつこく食い下がってきた。どうやら意地でも剣を引き抜こうと必死のようだった。
男がどれだけ足掻こうとこれ以上は無駄だ。すでに結論は出ている。
「この剣は本物の勇者にしか引き抜けないっ……! お前はもう出ていけっ!」
「んだとっ!?」
瞬間、男は俺の胸ぐらを掴んできた。品の無い面で俺を睨んでくる。
俺は元冒険者だ。こんなヤツに物怖じする程ヘタレではない……はずだ。
それなのに足元からは震えているような感覚が上ってくる。腹の底からも込み上げてくる酸っぱいものを抑えるように飲み込んだ。
俺はただ、祈った。
「……ッチ! 次こそは絶対に引き抜いてやるからなっ! 覚悟しとけ!」
俺は男に突き飛ばされてようやく解放された。
掴まれていた服の襟元が緩んでしまって跡がついている。ありきたりな布の服でもそれなりに大事に着ていたものだった。
しかして男は満足したのか、唾を吐き捨てて去っていった。
何事もなく帰ってくれて助かった。こんなところで面倒事が起きでもしたらおやっさんに顔が立たない。
「アイツで最後……今日も勇者は現れず、だな……」
勇者だけが引き抜ける伝説の剣を求め、毎日のように冒険者はやってくる。
我こそは勇者だと、何度も挑戦しにくる輩は後を絶たない。
中には旅の思い出にと、観光気分でやってくるヤツもいる。
俺はそんなヤツらの中から本物の勇者を見つけ出す。そしてその使命を背負った……
「オッサン、か……」
エリック・レンフォード。それが俺の名前だ。
高齢で引退した剣の管理人・おやっさんの後を継いだ、これといって取り柄のないただの平凡な男。
でも、俺にはそれぐらいが丁度いいのかもしれない。派手な生活も、夢見る日々も、すでに遠い存在なのだ。
「お前もずっとここにいるし、もうおじいさんぐらいか? いや、おばあさん……?」
剣は何も答えてくれない。
長年一度も引き抜かれなかった伝説の剣とはいえ、いざ本物の勇者が手にした剣がナマクラじゃ恰好がつかない。
管理人を引き継いだ俺がしっかりと手入れをして、来るその時を待つのだ。
「この剣が引き抜かれたら、俺はどうなるんだろうな……」
俺も昔は勇者を目指していた。この剣を引き抜いてみたい願望は少なからず持っている。
だが、それも今や好奇心のひとつに過ぎない。今更勇者になるだなんて御免だ。
いつものように剣を愛でてやるだけ。
手入れにも慣れてきたおかげか、剣の持ち手は不思議と俺の手にしっくりとくる気もする。
俺が力を込めて剣を握った、そのとき。
──スポッ!
「……あれ?」
何が起きたかすぐには理解できなかった。
どこかマヌケな音とともに、剣が引き抜かれたように見える。
「待て待て、そんなはずはない……! ずっと引き抜かれなかった剣だぞ……?」
そうだ、そんなはずはない。
しかし剣は俺の手に握られて祭壇から離れているようだった。何度まばたきをしても、目を擦っても、結果は変わらなかった。
キラリと光る切っ先に映った自分と目が合う。とても綺麗な剣だ。日頃の手入れのおかげだろう。
「どどどどどぉっ!?」
俺はパニックを起こした!
一体何がどうなっている?! 俺は今どうなっている!? コンニチワオイソギデスカ?!
「お、落ち着けっ……! まずは元に戻そうっ……!」
とりあえず剣を元あった場所へ、祭壇のくぼみに向けて差し込んだ。
すると思いのほか簡単に元通りになった。
「ふぅ……! きっと剣先が折れただけに違いない……! どいつもこいつも力任せに引き抜こうとするからな、うん。こうなることもある……よな?」
そうだ、そういうこともある。
何かしら理由をつけて平常心を保とう。そう自分を納得させていたときだった。
「おじさん! どうしたの?」
「うわぁっ!? ビックリした!」
突然の声に俺は飛び跳ねてしまった。
背後からひょっこりと姿を見せた青髪の少女……彼女は今の俺にも負けず劣らない驚愕の表情をしていた。
「ビックリしたのはこっちだよっ! そこまで驚かなくてもいいじゃんっ!」
俺に声を掛けてきたのは、おやっさんの孫娘・リアだ。
まんまるな目をした好奇心旺盛な少女で、布地のワンピースをヒラヒラと舞わせながら、度々こうして俺のところに姿を見せにくる。
「リア、なんでここに……?」
「ごはんだからおじーちゃんが呼んでこいって」
「そ、そうか……飯か……」
未だに心臓が鳴り止まない。
どうして俺はこんなに焦っているのだろうか。冷や汗も止まらなくて気持ちが悪い。
剣なら元通りになったはず……特に問題はないはずだ。俺はもう一度、剣のほうを見た。
「ぶらんぶらーんっ!」
「ってコラっ! 剣に触ったらダメだッ!」
リアが剣に掴まって左右に揺れていた。
まずい。もし今、剣が抜けてしまったら……!
「あ、あれ……抜けない……?」
「あたりまえだよー。だってあたし、まだ勇者じゃないもん」
「そ、そうだよな……! リアは勇者じゃないもんな……?」
「あー! 今の言い方! なんかイジワルだよ!」
「ち、違うって……! そんなつもりは……!」
リアが剣にしがみついて暴れだした。
しかし、リアがどれだけ乱暴に動いても剣はビクともしない。
さっきはスルッと簡単に抜けたくせに、今度は本来の役目を思い出したかのようにして突き刺さっていやがる。
「り、リア……! 手入れしたばかりだからあまり触らないで欲しいなぁ……なんて」
「えー?」
リアはふくれっ面をして渋々と剣から離れてくれた。
しかしどういうことだ? リアが触れても剣は引き抜けるどころかビクともしなかった。
さっき俺が触れた時は……。
◆
「エリック、今日もご苦労様」
老人がテーブルに着く俺にスープを差し出した。
白ヒゲを貯えた線の細いおじいさん……彼こそが俺の師匠、先代の管理人・おやっさんだ。
俺はおやっさんの家で夕食をご馳走になっている。ランプの暖かな光に照らされ、美味しそうな香りで包まれる食卓に俺を含めて三人。
俺の隣に座るリアは嬉々として食事の時間を待ちわびているようだった。
「あ、あの、おやっさん! 話があるんだっ……!」
「なんじゃ、そんなに焦りおって……」
そこまで焦っているだろうか。
しかし、今すぐにでも聞きたいことがあるのは間違いない。
「ゆ、勇者って世界にどれぐらいいると思う……?」
「んー? そんなの一人しかおらんのじゃないか?」
「ひ、一人ぃっ!?」
俺はつい声が裏返って立ち上がってしまった。
隣から向けられるリアの視線が痛い。おやっさんもキョトン顔だ。気まずい。
とりあえず座り直した。
「ワシが管理人をしていたおよそ四十年……誰一人として剣を引き抜く者は現れなかったしのぅ……」
「よ、四十年……」
「お前さんも散々聞いたじゃろうが、あの剣には”とある伝説”が言い伝えられておる」
おやっさんの語る伝説は冒険者ならば誰もが一度は耳にする程のものだ。
かつて、この地を支配せんとした邪悪なる魔王の出現に立ち向かった一人の勇者がいた。
勇者は見事に魔王を討ち取りこの世界に平和をもたらしたのだ。
この勇者が振るったとされる剣、それこそが森の祭壇に刺さる剣とされている。
引き抜くことができるのは選ばれし新たな勇者のみ。こうして長年一度も引き抜かれることのなかった剣は、災厄を打ち払う剣としての伝説を語り継ぐに至ったのだ。
「でも、それってただの言い伝えなんだよな……? 俺だって冒険者の頃は信じていたけど……」
「そうじゃな。お前さんの言う通り、結局は言い伝えにすぎん。じゃが、ワシは生まれた頃から勇者を探す使命を背負っておった。ワシにとって伝説は、紛れもない真実なんじゃよ」
おやっさんの目は真っすぐだった。
きっと、おやっさんにとってあの剣は自分の人生そのものなのだろう。
本物の勇者を見つけること、あの剣を守っていくこと、その使命を俺が引き継いだのだ。
だからこそ俺も、おやっさんの信じる伝説を信じたいと思う。
「まぁ、それも全部お前さんに託したわけじゃし、お前さんの代になればきっと勇者は現れるかもしれんぞ?」
「あはは、あはは……」
乾いた笑いが止まらない。
そんな大それた伝説の剣を、手違いとはいえ引き抜いてしまったかもしれないのだ。
モヤモヤでいっぱいだ。全部打ち明ければ楽になるだろうか。
だからと言って簡単に言えるはずがない。俺は一体、どうすれば……
「エリックよ、お前さんが悩むのもわかる……ワシが四十年も続けてきたことじゃからな、無理もない」
「違うんだおやっさん、俺はっ……!」
「バカ息子が出ていかなければお前さんを悩ますこともなかった……! ワシはお前さんに感謝しきれないんじゃ! こんな役目を、お前さんに押し付けてしまったのじゃから……!」
「やめてくれよおやっさん……! 俺だって好きでやってるんだよ……!」
おやっさんは深々と俺に頭を下げてきた。
正直、おやっさんの言葉は嬉しい。こんな俺でも大切な使命を託してくれたのだから。
だが同時に、失踪したおやっさんの息子がいたらこんな思いをしなかったのかもしれない。
リアをひとり残して出ていった男を、これほど恨んだこともないだろう。
「おとーさん、いま何してるのかな……」
「おっと、リアの前でする話ではなかったのぅ……はやく食事の準備を済ませてしまおう、リアも手伝ってくれるかい?」
「うん……」
おやっさんはリアを連れて離れていった。
俺はひとりテーブルに残された。
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