九 異理
翌日の夜中。
アパートに二人がやって来た。
「中古車を無茶言って二時間前に仕上げてもらったんだ。暫くはこれを使うことになるね」
「白いミニバン怖い」
「ナンバープレートは個人が特定されてしまうから取ろうかな」
「ナンバープレートのないミニバンはもうそういう車だよ」
そして俺達はここで敵を知る。
まぁ、結局のところヤクザである。
ヤクザというのは人の懐をアテにして生きている悪性人類である癖にデカい面をしているから嫌いだ。
ああいう奴がいるからこの世界から暴力は消えない。ああいう奴がいるから、俺の両親は死んだのだと思う。
「さて、それでは行こう」
俺は笑顔を浮かべて運転席に乗った。
「助手席は姫神くんの方がいいね」
「いちゃいちゃしたいから?」
「おバカを言ってはならないよ。お嬢さん。助手席は目立つ。君が其処にいれば、そのヤクザ連中も『アレッ、あいつ牧場の娘でないか』と気付いてしまうだろ。それにいちゃいちゃなら普段いくらでもしてるから要らない」
「いちゃいちゃしてたのか、俺たち」
「ふふふ、していないよ」
そういうシュミなのかなぁ、という視線を助手席から感じた。もし仮に俺がそういう性的指向の人間であるならば、彼はそれでも友人でいてくれるのだろうけれど、残念だが俺は女の人が好きである。
「天ちゃんって」
少女は俺を天ちゃんと呼んだ。
「男の人が好きなの?」
「違うよ。白状すると、アンジ●ラ浅丘という人が昔いて、映画でその人を観てから、そういう女性を好きになる傾向にある」
「見たことある」
「きれいな女性だろう」
「ああ」
俺たちはすぐに大船渡に向かった。
蝗州市から大船渡市というのは実はそれほど遠くなく、同じ岩手県南というのもあるけれど、住田町を挟んで直ぐ、あるいは一関市・陸前高田市を挟んで直ぐ、というところにある。
休憩を挟んでも二時間半もあればすぐに着いた。
大船渡に入ってから、「村上牧場」というところに向かう。お嬢さんの案内を受けながら進んでいくと、すぐに着いた。
隠れたところに車を停めて、少し歩く。
少し廃れ気味の牧場があって、馬が二頭いるだけだった。
「ヤクザの連中はいないのかな」
「待って、あの車!」
「ン?」
「あの車、輸入の高級車だ。うちにそんなの買える金なんかないから……あれヤクザのだよ」
「じゃあ早速暴れよう」
私刑行為というのは普段あまりやりたがらない事だが、このヤクザ──〈熱陸組〉の連中はどういうワザをつかったのか、あの晩に見たブヨブヨの異形のようなものを使っている。
これは警察だけではどうにもなるまい。
なので、警察に相手をしてもらう前に、俺たちで奴らのいけない部分を少し叩くことにしたのだ。
ライターもどきを持って、牧場に併設されていた家の戸を叩く。すると、しわくちゃの顔をした女性が現れて、疲れた顔で「どちら様ですか」と言ってきた。
少女はたまらず「お母さん」と言う。
俺は家の奥にヤクザが三人いる──というのにどういう理屈があるのか分からないが、感知して、すかさず少女の母親の耳を塞いで叫んだ。
「脳のない間抜けのヤクザどもめ、自分の車を見てみろ。俺の小便でまるで上等な便所みたいだぜ」
ヤクザの一人が出てきた。おそらく三下なのだろう事が分かるが、その手にはライターもどき。しかし色が黒い。俺や姫神くんの持つような銀色のものではない。
「現れろ、妖倉異理──〈肉乱蛙〉ァ!!」
「霊能異理──」
俺たちの声が重なる。
「──〈代緑〉ッ!」
「──〈弑儺〉」
すると、俺たちの身体は黒い怪人と赤い戦士になる。
俺は少女とその母親を抱え空に飛んでおり、姫神くんは飛んできたブヨブヨの異形を受け止めていた。
「銀の異理かぁっ」
少女の母親は驚いた様に俺に叫ぶ。
「あなた達は、何者なの」
俺は答える暇もなく着地して、二人を降ろすと拳を構えた。
「あの化け物とヤクザを倒して、この牧場を救おう」
「ああ、そうしよう」