玉座の報せ
魔王城は、黒曜石でできた広大な要塞だ。尖塔は空を突き刺し、闇の瘴気が渦巻く。
玉座の間は、冷たい石の床と血のように赤いカーテンに囲まれ、中央に立つ俺――魔王ゼファードの玉座が全てを支配する。
俺の声は、この世界の終焉を告げる雷鳴だ。だが、今、俺の心は苛立ちで揺れている。
「…何だと? 中級幹部のバルザックが、倒された?」
俺の声が玉座の間に響き、跪く部下が震える。ゴブリン族の斥候、ガルグだ。
「は、はい、魔王様! フォルティス近くの要塞が…勇者パーティに壊滅させられました! バルザック様も…!」
ガルグの声は恐怖で震え、額から汗が滴る。俺は玉座から立ち上がり、黒いマントを翻す。
「勇者だと? あの人間の小僧が、バルザックの軍勢を破っただと?」
バルザックは中級幹部の中でも優秀だった。
闇の魔術に長け、ゴブリンとリザードマンを統率し、俺の軍勢の前線を支えていた。
それが、たかだか人間の小僧に倒された? あり得ん!
「詳細を話せ。どうやって倒された?」
ガルグがさらに縮こまる。
「そ、それが…バルザック様の要塞は、武器庫が爆発し、魔獣たちが混乱。見えない敵の攻撃でリザードマンが次々と…そして、勇者が水晶を破壊し、バルザックのバリアが…!」
「見えない敵?」
俺は目を細める。勇者パーティは、確か三人。金髪の剣士、赤髪の魔法戦士、小娘のヒーラー。
弓使いや暗殺者の情報はない。だが、爆発? 見えない攻撃? 何か、妙だ。
「魔王様、お許しを! 勇者以外の何者かが…我々の目を欺き…!」
ガルグが額を床に擦り付ける。俺は手を振る。
「黙れ。無能な言い訳は聞かん。退れ」
ガルグが這うように逃げ出す。俺は玉座に座り直し、考える。勇者パーティ、予想以上に厄介だ。だが、見えない敵…それが真の脅威か?
――ー
玉座の間の扉が開き、魔王軍の幹部たちが入ってくる。リザードマン族の将軍ザルゴス、魔獣を操る魔女シルヴィア、そして俺の右腕――黒騎士ガルヴァンだ。
ザルゴスが太い声で言う。
「魔王様、バルザックの敗北は我々の失態です! 勇者を甘く見たのが原因! 次は私が奴らを叩き潰します!」
シルヴィアがクスクス笑う。
「ふふ、ザルゴスったら血気盛んね。でも、勇者パーティ、なんか変よ。爆発や遠距離からの攻撃、普通の人間の仕業じゃないわ」
俺は頷く。
「シルヴィアの言う通りだ。勇者パーティの背後に、何かいる。見えない敵…それが問題だ」
ガルヴァンが一歩進み出る。黒い甲冑が燭台の光を反射し、剣の柄に手をかける。
「魔王様、勇者パーティは確かに脅威です。だが、バルザックの敗北は彼の油断によるもの。私の剣なら、奴らを確実に葬れます」
ガルヴァンの声は低く、絶対の自信に満ちている。
俺は彼の赤い目を見つめる。黒騎士ガルヴァン――俺の軍勢の大将、最強の剣士だ。だが、勇者を侮るのは危険だ。
「ガルヴァン、勇者は単なる人間ではない。バルザックの要塞が壊滅した事実は、我々の戦略を見直す必要を示している。見えない敵の正体を掴むまで、慎重に動け」
シルヴィアが髪をかき上げる。
「魔王様、なら私が魔獣を送り込んで、勇者を試してみる? 奴らの動きを観察すれば、見えない敵の正体も分かるかも」
ザルゴスが吠える。
「試すだと? そんな回りくどい真似は不要! 私が軍勢を率いて、勇者を叩き潰す!」
俺は手を上げ、二人を黙らせる。
「静かにしろ。シルヴィアの提案は悪くないが、魔獣ではバルザックと同じ轍を踏む。ザルゴス、お前の軍勢も同様だ。勇者の背後にいる『何か』を無視すれば、敗北は必定だ」
――ー
ガルヴァンが再び進み出る。甲冑がカチャリと音を立て、玉座の間に緊張が走る。
「魔王様、私に命じていただければ、勇者パーティを殲滅します。見えない敵が何であれ、私の剣は全てを断ち切る」
彼の声には、忠誠と野心が混じる。俺は目を細める。ガルヴァンは忠実だが、己の力を過信する一面がある。バルザックもそうだった。
「ガルヴァン、お前は俺の右腕だ。だが、勇者は予想外の力を隠している。バルザックの敗北は、単なる戦力の差ではない。見えない敵――おそらく、暗殺者か潜入者だ。その正体を掴まずに動けば、お前も危険だ」
ガルヴァンが膝をつき、頭を下げる。
「魔王様の懸念、ご尤もです。ですが、私は闇の剣を振るう者。どんな敵も、私の前では隠れられません。勇者パーティを叩き潰し、その背後の影を暴いてみせましょう」
シルヴィアがクスクス笑う。
「ガルヴァン、自信満々ね。でも、もし失敗したら? 魔王様の右腕がやられたら、軍の士気が下がるわよ?」
ザルゴスが鼻を鳴らす。
「ガルヴァンが失敗? あり得ん! だが、魔王様、私にも軍を率いる機会を!」
俺は玉座から立ち上がり、ガルヴァンを見つめる。
「ガルヴァン、なぜ自ら行く? お前は大将だ。前線に出る必要はない」
ガルヴァンが顔を上げる。
「魔王様、勇者は我々の最大の脅威です。彼らを放置すれば、魔王城に迫るでしょう。私が自ら出ることで、軍の力を示し、敵の『見えない影』を叩き潰せます。どうか、ご許可を」
俺は考える。ガルヴァンの剣は確かに強力だ。彼の闇の剣は、どんなバリアも切り裂く。だが、見えない敵の存在が気になる。あの爆発、狙撃…。勇者パーティの三人だけでは不可能な芸当だ。だが、ガルヴァンの忠誠は揺るがない。彼を信じるべきか?
――ー
玉座の間で、沈黙が流れる。シルヴィアが微笑み、ザルゴスが落ち着きなく足を踏み鳴らす。ガルヴァンは動かず、俺の言葉を待つ。
「…ガルヴァン、勇者を甘く見るな。バルザックは油断し、敗れた。お前は俺の軍の要だ。失敗は許されん」
「承知しました、魔王様。私の剣に誓い、勇者を葬ります」
ガルヴァンの声は揺るがない。俺は頷く。
「よかろう。ガルヴァン、勇者パーティを討て。だが、見えない敵の正体を必ず暴け。それが最大の任務だ」
シルヴィアが目を細める。
「ふふ、面白くなりそうね。ガルヴァン、期待してるわよ?」
ザルゴスが不満そうに言う。
「魔王様、私の軍も出させてください! 勇者の首は私が!」
「黙れ、ザルゴス。ガルヴァンに任せる。だが、シルヴィア、魔獣で勇者の動きを監視しろ。情報が全てだ」
ガルヴァンが立ち上がり、剣を抜く。黒い刃が燭台の光を吸い込み、闇を放つ。
「魔王様の命、必ず果たします。勇者も、その背後の影も、私の剣で斬り捨てましょう」
――ー
ガルヴァンが玉座の間を去り、準備を始める。俺は一人、玉座に座り、考える。
勇者パーティは、単なる人間ではない。彼らの背後にいる「見えない敵」――それが最大の脅威だ。
爆発、遠距離からの狙いすました攻撃、完璧な潜入…。まるで、俺の軍を嘲笑うかのような手際。
シルヴィアが近づき、囁く。
「魔王様、ガルヴァンは強いけど…あの影、ただものじゃないわ。もし、ガルヴァンがやられたら?」
俺は目を閉じる。
「その時は、俺が動く。勇者も、影も、全て葬ってやる」
玉座の間の闇が、俺の決意を飲み込む。勇者パーティ、そしてその背後の影…。お前たちの正体、必ず暴いてやる。
――ー




