街での準備不足
俺、勇者カイル、20歳。聖剣を手に魔王を倒す運命を背負った男だ。正義の炎が胸に燃え上がるぜ!
ただの勇者志望の下級貴族の三男だった俺がアルヌスの丘で聖剣を引き抜いたことで勇者と認められ、仲間と共に森の中での戦いに勝利したところだ。
正直なところ剣の才能は父や2人の兄たちより劣るうえ、急造の訓練ではヴィンスという役人?に呆れられる始末だったが俺は魔王討伐の偉業を成し遂げ家格の向上を目指すほかない。
魔法戦士のマレクとヒーラーのエリエを連れて、俺たちは魔王軍の中級幹部が潜む拠点を叩くため、交易都市フォルティスにやってきた。石畳の通りは商人や冒険者で賑わい、市場はスパイスの匂いと鉄の音で溢れてる。ルミエール村でのゴブリン戦は楽勝だったし、この調子なら魔王の幹部なんて一撃だろ!
「カイル、さっさと装備買って出発するか? こんな街、観光してる暇ねえぞ」
マレクが肩をすくめ、魔法剣を軽く振る。赤髪が陽光に映えて、自信満々の笑みがうざいくらいだ。
「はは、落ち着けよ、マレク! せっかくの街だ、ちょっと楽しもうぜ!」
俺は笑って、市場の露店を覗く。剣、鎧、魔法の巻物――なんでもある。エリエがオドオドしながら後ろについてくる。
「え、えっと…カイルさん、ちゃんと準備しないと…危ないですよね…?」
彼女の金髪が揺れ、大きな瞳が不安そうに俺を見る。
「大丈夫だって、エリエ! 俺の聖剣があれば、どんな敵もぶった斬る!」
市場で、俺は新しいマントを買った。青くてめっちゃカッコいい! マレクは魔力増幅石を一応買い、エリエは回復ポーションをいくつか手に入れた。けど、正直、準備なんてそんなにいらないだろ。
ルミエールの魔獣も大したことはなかった、魔王の幹部だって、大したことないはずだ。
「カイル、敵の情報くらい集めねえ? どんな奴らだ? 数はいくつだ?」
マレクが眉をひそめるけど、俺は笑って手を振る。
「細かいこと気にすんな! 正義の力でぶっ潰す! な?」
エリエが「で、でも…」と呟くけど、俺の勢いに押されて黙っちゃう。よし、決まりだ! 明日、魔王軍の拠点に乗り込むぜ!
――ー
翌朝、俺たちはフォルティスを出て、魔王軍の拠点――森の奥にそびえる黒い要塞に向かった。苔むした石壁に、塔の上には不気味な赤い旗が揺れてる。なんか、ヤバそうな雰囲気だけど…正義の俺が負けるわけない!
「よし、行くぞ! マレク、エリエ、準備はいいな?」
「カイル、ほんとに突っ込む気か? せめて敵の配置くらい…」
マレクが文句を言うけど、俺は聖剣を抜いて叫ぶ。
「ビビってんじゃねえ! 俺たちが正義だろ!」
エリエは「ひっ…頑張ります…!」と震えながら杖を握る。
要塞の門は開いてて、まるで俺たちを誘ってるみたい。内部は薄暗く、魔獣の唸り声と金属の擦れる音が響く。
敵はゴブリン型の魔獣が20体、リザードマン型の戦士が5体、そして中級幹部――黒いローブをまとった魔術師が奥に立ってる。
「お前が幹部か! 魔王の手下め、正義の裁きを受けろ!」
俺が叫ぶと、魔術師が低く笑う。
「愚かな人間…我が軍勢を前に、正義など無力だ」
戦闘開始! 俺は聖剣を振り、ゴブリンを一閃で切り裂く。マレクが魔法剣で炎を放ち、リザードマンを焼き払う。エリエは後ろで回復魔法を準備。よし、この調子だ!
だが、すぐにヤバいことに気づいた。
ゴブリンが思ったより多いし、リザードマンがめっちゃ強い! 魔術師が魔法陣を展開し、闇の波動が俺たちを襲う。
「ぐっ…! なんだ、この力!?」
俺は剣で防ぐが、衝撃で後ずさる。マレクが叫ぶ。
「カイル、馬鹿! 敵を甘く見すぎだ!」
彼の魔法剣がリザードマンを攻撃するが、鱗に弾かれて効果薄。
エリエが「カイルさん、マレクさん、危ない!」と叫ぶけど、魔法が間に合わない。
――ー
戦況は一気に悪化した。ゴブリンが群れで襲いかかり、俺の肩に鋭い爪が食い込む。
「ぐあっ!」
血が噴き出し、聖剣を持つ手が震える。マレクもリザードマンに叩きつけられ、肋骨が折れる音が響く。
「クソッ…! こんなはずじゃ…!」
彼が血を吐きながら倒れる。
エリエが「ひっ…! どうしよう…!」とパニックになる。
魔術師が笑いながら魔法陣を強化。闇の波動が俺たちを押し潰す。
「死ね、愚かな人間ども! 魔王の力を思い知るがいい!」
ゴブリンがエリエに迫り、俺は剣を振り上げるが、力が抜ける。頭にチラつくのは…死のイメージ。俺も、マレクも、エリエも、このまま全滅するのか…?
その瞬間――「ドン!」という爆発音が要塞に響いた。
「な、なんだ!?」
大量の煙が広がり、視界が真っ白に。ゴブリンが咳き込み、リザードマンが混乱して吼える。魔術師が叫ぶ。
「何!? 誰だ!?」
煙の中で、俺は一瞬、銀色の光を見た気がした。いや、気のせいか? でも、この煙…誰かが投げ込んだ? 考える暇はない。
「エリエ、今だ! 回復魔法を!」
俺が叫ぶと、エリエが涙目で杖を握る。
「う、うぅ…頑張ります…!」
彼女の癒やし魔法が光り、俺の肩の傷が止血され、痛みが和らぐ。マレクの胸も光に包まれ、血が止まる。完全な治療じゃないけど、動ける!
「マレク、立て! 撤退だ!」
「クソ…! こんな屈辱…!」
マレクが歯を食いしばり、俺に支えられて立ち上がる。エリエが「急いで、急いで…!」と泣きながら走る。
――ー
煙幕の中、魔獣たちが混乱してる隙に、俺たちは要塞の出口へ向かう。ゴブリンが追いかけてくるが、なぜか途中でフラフラと倒れる。
「パン!」という鋭い音が響き、リザードマンが頭を撃ち抜かれて倒れる。
「なんだ!? あの音は!?」
俺は振り返るが、煙で何も見えない。
魔術師が「裏切り者め! どこだ!」と叫ぶが、俺たちには関係ない。とにかく逃げる!
要塞を出て、森を抜け、なんとかフォルティスへ戻った。
俺の肩はズキズキ痛むし、マレクは肋骨を押さえてうめいてる。
エリエは泣きながら「ごめんなさい…私の魔法、弱くて…」と呟く。
「エリエ、お前の魔法がなかったら死んでた。よくやった」
俺は笑って彼女の頭を撫でる。マレクがため息をつく。
「カイル、今回はお前の無謀が招いた災いだ。次はちゃんと準備しろよ」
「…へへ、悪かったな」
――ー
宿に戻り、エリエの魔法で傷をさらに治療。完全には治らないけど、命は助かった。俺はベッドに寝転がり、考える。あの煙幕、あの破裂音……
「マレク、あれ、誰の仕業だと思う?」
「さあな。魔王軍の内輪もめか? それとも…別の誰かか」
エリエがポーションを整理しながら言う。
「カイルさん、なんか…銀色の光、見た気がします…」
銀色? いや、まさかな。けど、あのタイミングの煙幕がなかったら、俺たちは全滅だった。誰かが助けてくれた…? でも、誰だ?
「まぁ、生きてるんだからいいだろ! 次はもっと準備して、絶対リベンジするぜ!」
俺は笑うけど、心の奥で思う。あの銀色の影、謎の破裂音……。正義の味方には、知られざる助っ人がいるのかもしれない。
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