街の噂
俺、勇者カイル、20歳。聖剣を手に魔王ゼファードを倒す運命を背負った男だ! 正義の炎は燃え盛ってるぜ! 瘴気の谷で魔女シルヴィアを追い詰めた俺たちは、彼女の嘘の命乞いに騙され、命を見逃した。エリエの情報のおかげで魔獣の心臓を破壊し、シルヴィアを弱らせたけど、俺の心はモヤモヤしてる。あの爆発、謎の煙…またしても「何か」が助けてくれた。エリエが言う「謎の助け」だ。
今、俺たちは魔王城へ向かう準備のため、クロスロードに戻ってきた。この街は人間と魔物が混在するカオスの都市。ゴブリンやリザードマンが市場で交易し、人間の商人が魔獣の皮を売る。魔王軍の影響下だが、中立の空気が漂う。俺たちは宿屋で休息し、武器とポーションを補充する。マレクが地図を広げ、渋い顔で言う。
「カイル、魔王城はエルトリアの北、黒曜石の要塞だ。残りの幹部、ザルゴスとダルゴスが待ってる。油断するな」
「ハハ、どんな敵でも、正義の剣でぶった斬る!」
エリエが震えながらポーションを握る。
「え、えっと…カイルさん、マレクさん、魔王城、めっちゃ怖そうです…でも、頑張ります…!」
宿屋の窓から、クロスロードの喧騒が見える。だが、なぜか胸に冷たいものが走る。まるで、誰かに見られているような…。いや、ただの気のせいだ。俺は聖剣を握り、正義の心を奮い立たせる。
――ー
翌朝、市場で補給中、妙な噂が耳に入る。酒場の隅で、ゴブリン商人が囁き合う。
「聞いたか? 街道の森で、女の死体が見つかったってよ」
「紫のローブ、黒髪、血まみれでバラバラだ。魔獣の仕業じゃねえ、もっとヤバい何かにやられたって…」
俺の背筋がゾクリとする。紫のローブ、黒髪…? シルヴィア? いや、まさか。俺たちが瘴気の谷で生かしたはずだ。マレクが眉をひそめる。
「カイル、気にするな。魔王軍の残党同士の争いだろ」
エリエが震える。
「え、えっと…でも、シルヴィアさん、紫のローブでしたよね…? もし…」
俺は首を振る。
「エリエ、考えすぎだ! シルヴィアは生きてる。俺たちが生かしたんだから!」
だが、心の奥で不安が蠢く。瘴気の谷での爆発、ガルヴァン戦の銃声。あの「謎の助け」は、いつも俺たちを助けてくれた。なのに、なぜか今、恐怖が湧く。もし、シルヴィアが死んだなら…誰がやった?
市場の奥で、老いた人間の商人が俺たちに近づく。目が怯え、声が震える。
「勇者様…街道の死体、見ました。女、紫のローブ…両肩と膝が砕かれ、爆発で…肉が…バラバラに…!」
俺の心臓が跳ねる。エリエが小さな悲鳴を上げる。マレクが商人を掴む。
「詳細を話せ! どこで見た?」
商人が震えながら指差す。
「クロスロードの西、森の奥…血と瘴気の匂い…誰も近づかねえ…!」
――ー
俺たちはクロスロードの西の森へ向かう。魔王城への準備は急ぐが、シルヴィアの死の噂を無視できない。森は暗く、瘴気の残り香が漂う。木々の間を進むと、血の匂いが鼻をつく。エリエが「ひっ…!」と俺の背に隠れる。
「カイル、気をつけろ。魔王の残党かもしれない」
マレクが魔法剣を構える。俺は聖剣を握り、進む。森の奥、地面に赤黒い染みが広がる。そこに…死体。紫のローブ、黒髪、血に染まった女。両肩と膝に穴、肉は爆発で抉られ、骨が覗く。顔は…シルヴィアだ。
「…シルヴィア!?」
俺は叫ぶ。エリエが震え、杖を落とす。
「え、えっと…! シルヴィアさん…! 死んでる…!?」
マレクが歯を食いしばる。
「くそっ…! 俺たちが生かしたのに…誰がこんな…!」
死体の周り、血と瘴気が混ざる。だが、奇妙だ。魔獣の爪痕も、剣の傷もない。肩と膝の穴は、まるで…銃弾? ガルヴァン戦の銃声が脳裏をよぎる。爆発の痕跡も、瘴気の谷と同じだ。俺の背筋が凍る。
「カイル…これ、俺たちの知らない何かだ…」
マレクの声が低く震える。エリエが泣きそうに言う。
「謎の助け…だったんですよね? でも、なんでシルヴィアさんを…! 怖い…怖いです…!」
俺は聖剣を握りしめる。
「正義の敵なら、誰がやったって関係ねえ! だが…こいつは…人間じゃねえ…!」
シルヴィアの死体は、まるで警告だ。俺たちを助けた「何か」が、俺たちの知らないところで動いている。その「何か」は、俺たちが見逃した敵を、こんな残虐に葬った。
――ー
宿屋に戻り、俺たちは沈黙する。シルヴィアの死体が脳裏に焼き付く。エリエが震えながら言う。
「カイルさん…あの爆発、ガルヴァン戦や瘴気の谷と同じ…ですよね? でも、なんでシルヴィアさんを…?」
マレクが地図を握りつぶす。
「カイル、俺たちが知らない敵がいる。勇者を助けた『謎の助け』…そいつらがシルヴィアを殺した。だが、なぜだ?」
俺は考える。あの銃声、爆発。ガルヴァン、シルヴィア、いつも俺たちを助けてくれた。なのに、今、恐怖が湧く。シルヴィアを殺したのは、俺たちの味方か? それとも…別の何か? 人間じゃない。気配のない、記憶を奪う、死神のような存在。
「…エリエ、シルヴィアの死体、どんな武器でやられたと思う?」
エリエが震える。
「え、えっと…穴は…銃、みたいな…? でも、この世界にそんな武器…! 爆発も、魔獣の心臓と同じ…!」
マレクが呟く。
「影だ。勇者の背後にいる影。俺たちを助けたが、シルヴィアを殺した。奴らは…何者だ?」
俺の心臓が冷たくなる。影。エリエが話した、アリスとリリエルという名前。だが、誰も彼女たちを覚えていない。まるで、記憶が奪われたように。俺は叫ぶ。
「くそっ! 正義の味方なら、姿を見せろ! こんな残虐な殺し方…! 何だ、こいつらは!?」
宿屋の部屋が暗い。燭台の炎が揺れ、壁に奇妙な影が映る。まるで、銀髪と黒髪の女が笑っているかのようだ。エリエが悲鳴を上げる。
「カイルさん…! 何か…いる…!」
マレクが剣を抜く。
「カイル、落ち着け! 誰もいない!」
だが、俺も感じる。気配がない。なのに、視線がある。まるで、闇が俺たちを見ている。
――ー
俺たちは恐怖を振り払い、魔王城への準備を急ぐ。シルヴィアの死は、俺たちに警告だ。影は俺たちを助けたが、俺たちを監視しているかもしれない。マレクが言う。
「カイル、魔王城では油断するな。ザルゴス、ダルゴス、そして魔王。だが、影が何者か分からない以上、俺たちだけで戦うしかない」
エリエが震えながら頷く。
「え、えっと…私が回復します…! 影が…怖いけど、魔王を倒さないと…!」
俺は聖剣を握る。
「正義の剣は、どんな恐怖にも負けねえ! 影が味方でも敵でも、魔王をぶっ倒す!」
だが、心の奥で恐怖が囁く。シルヴィアを殺した影。気配のない、記憶を奪う、残虐な存在。俺たちが魔王を倒しても、奴らが次に狙うのは…俺たちじゃないのか?
クロスロードの夜、燭台の炎が揺れる。まるで、影が俺たちを嘲笑うように。
――ー