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闇に潜む刃

 

 月は雲に隠れ、森の奥はまるで墨を流したような闇に沈んでいた。

 

 俺、ガルド――盗賊団「黒狼の牙」のリーダーは、焚き火のそばで酒瓶を傾けながら、部下たちの笑い声を聞いていた。

 村を襲い、金や食料を奪い、抵抗する者を血祭りに上げる――それが俺たちの日常だ。

 今夜も、近くの村を焼き払ったばかり、女たちの悲鳴と、燃える家屋の匂いがまだ鼻に残っている。

 満足感に浸りながら、俺は酒をあおった。

 

「よお、頭! 次はどこの村をやっちまう? 王都に近いとこ、そろそろ狙ってみねえ?」 

 

 部下の一人、ゴロウがニヤニヤしながら言った。顔に残る刀傷が火の光で歪む。 

 

「焦るな。もう少し荒稼ぎしてからだ。衛兵がうるせえからな」

 

 と俺は笑い、酒瓶を地面に叩きつけた。ガラスが割れる音が森に響く。 

 

 だが、その瞬間――何かおかしいと感じた。 

 

 森が静かすぎる。

 

 さっきまで鳴いていた虫の声が、ピタリと止まっている。

 部下たちの笑い声も、なぜか途切れた。焚き火の炎が揺れ、影が不自然に伸びる。俺の背筋に冷たいものが走った。 

 

「…おい、静かじゃねえか?」 

 

 俺の声に、ゴロウが首を振る。

 

「頭、酒の飲みすぎじゃねえの? ほら、皆――」 

 

 彼の言葉が途中で止まった。

 ゴロウの首が、不自然にガクンと傾いた。

 次の瞬間、額の中央に小さな赤い穴が開き、血が滝のように流れ出す。

 ドサリと倒れるゴロウ。焚き火の光が、彼の開いたままの目を照らす。 

 

「な、なんだ!?」 

 

 他の部下が叫び、剣や斧を手に飛び上がる……、だが、俺の耳に届いたのは、遠くから響く乾いた音――「パン!」という、雷のような鋭い一撃。 

 また一人、胸を押さえて倒れる。血が地面に広がり、焚き火の光を赤く染める。 

 

「敵襲だ! 隠れろ!」 

 

 俺は叫び、近くの木の陰に身を投じた。心臓がバクバクと暴れる。

 なんだ、あの音は? 弓矢じゃない。魔法でもない。まるで、雷が落ちたような――いや、もっと鋭い、何か異質なものだ。 

 

 ――ー

 

 

 

 森の中は混乱に包まれた。部下たちが叫びながら木々の間に散らばるが、次々と倒れていく。 

 

「うわっ!」 

「胸が! 胸がぁ!」 

 

 一人、また一人。まるで目に見えない刃に刈り取られるように、仲間が地面に沈む。

 血の匂いが鼻をつく。俺は木の陰で息を殺し、周囲を見回した。どこだ? 敵はどこにいる?  

 

「頭! どこから狙われてんだ!?」 

 

 部下の一人、ザックが近くの茂みに隠れながら叫ぶ。

 だが、その声が響くや否や――「パン!」という音とともに、ザックの肩が爆ぜ、血が噴き出した。

 彼が叫びながら倒れる前に、俺は見た。遠く、闇の中に一瞬だけ光った小さな火花。まるで、星が瞬くように。 

 

「遠くからだ! 弓使いか!?」 

 

 俺は叫んだが、内心では確信がなかった。あの音、あの威力――弓矢でこんなことができるはずがない。魔法使いか? いや、魔法ならもっと派手な光や詠唱があるはずだ。 

 

「クソッ、動くな! 動くとやられる!」 

 

 俺は部下たちに叫んだが、すでに半数以上が地面に倒れていた。生き残った者たちはパニックに陥り、闇雲に剣を振り回したり、逃げようとして走り出す。

 だが、走った瞬間――「パン!」という音が響き、頭や胸に穴が開いて倒れる。 

 

「落ち着け! 隠れろ!」 

 

 俺の声は、恐怖で震えていた。こんな敵、初めてだ。見えない。気配がない。まるで、死神が森を徘徊しているかのようだ。 

 

 ――ー

 

 

 生き残った部下たちは、俺の周りに集まり始めた。

 だが、その目は恐怖と猜疑に満ちている。 

 

「頭、どうすんだよ! このままじゃ全滅だ!」 

「誰だよ、こんな化け物連れてきたのは!」 

 

「お前だろ、ジャック! お前があの村で女を攫ったから、呪われたんだ!」 

 

 部下が互いに罵り合い、剣を向け合う。俺はそれを止めようとしたが、言葉が出てこない。恐怖が喉を締め付ける。 

 

 その時、近くの茂みがガサリと動いた。 

 

「誰だ!?」 

 

 俺は剣を抜き、茂みに向かって叫んだ。だが、誰もいない。風か? いや、風じゃない。そこに何かいる。気配がないのに、確実に何かいる。 

 

「頭、落ち着けって!」 

 

 部下の一人、ベンが俺の肩を叩く。だが、その瞬間――ベンの首が、不自然にねじれた。まるで、誰かに後ろから首を掴まれたかのように。 

 

「がっ…!」 

 

 ベンが喉を押さえて倒れる。首から血が噴き出し、地面を濡らす。俺は後ずさり、剣を振り上げるが、何も見えない。敵はどこだ!?  

 

「クソッ、クソッ! 出てこい! 正々堂々と戦え!」 

 

 俺の叫びは、森の闇に吸い込まれた。返事はない。ただ、遠くからまた「パン!」という音が響き、別の部下が倒れる。 

 

 ――ー

 

 

 部下は残り五人。

 皆、目を血走らせ、震えながら木の陰に身を潜める。俺は息を殺し、耳を澄ませた。もうあの雷のような音は聞こえない。

 だが、気配がない。それが逆に恐怖を煽る。敵はまだそこにいる。俺たちを見ている。 

 

「頭…あれ、見ろ…」 

 

 部下の一人が、震える指で焚き火のそばを指した。

 そこには、さっきまで俺たちが座っていた丸太があった。だが、その上に――何かいる。 

 

 人間の形をした影。いや、女だ。いや、少女か? 銀色の髪が、焚き火の光を反射してキラキラと輝いている。

 一二歳くらいの、華奢な少女。だが、その手には異様なものがあった。長い筒のような、金属の棒。弓でも槍でもない。見たことのない武器。 

 

「お、お前…誰だ!?」 

 

 俺は叫んだが、少女は答えない。ただ、じっと俺たちを見つめる。その目は、まるで獲物を値踏みする獣のようだ。 

 

「撃て! 撃つんだ!」 

 

 俺は叫び、部下たちに弓を構えさせた。だが、矢を放つ瞬間――少女の姿が消えた。いや、消えたんじゃない。そこにいなかったかのように、忽然と姿を消した。 

 

「どこだ!? どこに行った!?」 

 

 部下が叫ぶ。だが、その声が途切れると同時に、また「パン!」という音。部下の一人が頭を撃ち抜かれ、倒れる。 

 

「クソッ! 見えない! どこから撃ってる!?」 

 

 俺は木の陰に身を隠し、歯を食いしばった。あの少女だ。あの銀髪の少女が撃っている。だが、どこから? 気配がない。まるで、幽霊だ。 

 

 その時、背後でガサリと音がした。振り返ると、そこには別の女が立っていた。

 いや、女じゃない。人間じゃない。肌が不自然に滑らかで、目が異様に大きい。まるで、人間の姿を模した何かだ。 

 

「よお、楽しそうなパーティだね」 

 

 その女が、ニヤリと笑った。声は軽やかだが、底知れぬ不気味さを帯びている。 

 

「お前…何だ!?」 

 

 俺は剣を構えたが、女は一歩踏み出すと――その体が溶けた。まるで水のように、地面に流れ込み、消えた。 

 

「な、なんだ!? 化け物か!?」 

 

 部下が叫ぶ。だが、その瞬間、地面から何かが這い上がってきた。女の形をした、透明な液体のようなもの。そいつが、部下の足に絡みつき、引きずり込む。 

 

「助け…!」 

 

 部下の叫びは途切れ、喉から血が噴き出した。液体が、鋭い刃のようにその首を切り裂いたのだ。 

 

 ――ー

 

 

 残った部下は三人。皆、恐怖で顔が引きつっている。俺もだ。心臓が破裂しそうなくらい速く打ち、汗が目に入って視界がぼやける。 

 

「頭…どうすんだよ…」 

 

 最後の部下の一人、トムが震えながら囁く。だが、俺には答えがない。ただ、剣を握りしめ、闇を見据えるだけだ。 

 

 また「パン!」という音。トムの胸に穴が開き、倒れる。血が俺の顔にかかる。もう二人だ。いや、俺を含めて三人。 

 

「クソッ…クソッ!」 

 

 俺は剣を振り回し、闇に向かって叫んだ。だが、敵は見えない。気配がない。あの銀髪の少女も、液体の化け物も、どこにいるのかわからない。 

 

 その時、背後に冷たい息を感じた。振り返ると、そこにはあの女――いや、化け物が立っていた。人間の姿を模しているが、目が不自然に光っている。 

 

「悪いね、遊びはここまで」 

 

 その声は、まるで歌うように軽やかだった。だが、次の瞬間、俺の顎に冷たい手が触れた。まるで、氷のような感触。 

 

「やめ…!」 

 

 俺は叫ぼうとしたが、声が出ない。顎を掴む力が強くなり、首が締め付けられる。そして、鋭い痛みが喉を走った。 

 

 ――ー

 

 

 血の味が口に広がる。喉から温かいものが流れ落ち、胸を濡らす。俺は剣を握ったまま、膝をついた。目の前がぼやける。 

 

 遠くで、また「パン!」という音が響く。最後の部下が倒れる音。だが、俺にはもう関係ない。視界が暗くなり、力が抜ける。 

 

 あの銀髪の少女。あの液体の化け物。奴らは何だったんだ? なぜ俺たちを襲った? 村の報復か? それとも、ただの気まぐれか?  

 

 意識が遠のく中、俺は最後に見た。あの銀髪の少女が、遠くの丘の上に立っている。

 月光に照らされた白銀の髪が、まるで死神の冠のように輝いている。

 そして、彼女の手にあるあの奇妙な武器が、俺を嘲笑うように光を放つ。 

 

「お前…誰だ…」 

 

 俺の声は、闇に溶けた。 

 

 ――ー

 

 

 森は再び静寂に包まれた。焚き火は燃え尽き、血の海が地面に広がる。盗賊団「黒狼の牙」は、一夜にして壊滅した。 

 

 遠くの丘で、アリスはマークスマンライフルを肩に担ぎ、静かに息を吐いた。 

 

「リリエル、終わった?」 

 

 彼女の声は、まるで何でもない日常会話のようだった。 

 

 地面から這い上がるように、リリエルが人間の姿に戻る。 

 

「うん、完璧! あの頭目、めっちゃビビってたね。ちょっと楽しかったかも」 

 

 リリエルはニヤリと笑い、血のついた手を振って払う。 

 

「楽しむなよ。仕事なんだから」 

 

 アリスは小さく笑い、マグナムをホルスターにしまう。 

 

「でもさ、アリス。こんな楽勝な仕事でいい報酬もらえるなんて、最高じゃん?」 

 

 リリエルの軽い口調に、アリスは肩をすくめる。 

 

「次はもっと楽な仕事がいいな。…行くよ」 

 

 二人は闇の中に消え、まるで最初からそこにいなかったかのように、森は再び静寂に沈んだ。 

 

 ――ー

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