SSS!
近未来。
AIが人々の職業を決定するようになって数十年。
AIによる選別は、労働市場の効率化と個人の適性最大化を謳い文句に導入された。
個人の遺伝子情報、幼少期からの学習データ、SNSの行動履歴に至るビッグデータを解析し、最適な職業を割り出す。
その精度は99.9%とされ、人々は疑うことなくAIの決定に従った。
少子高齢化による労働力不足と、格差拡大に対する不満の抑制という政府の思惑が働いた結果だ。
AI選別によって、人々は安定した職に就き、表面的の不満は沈静化された。
大半の者は大学卒業後、AIが決定した就職先へと進み、社会の歯車として働き出す。
才能ある者は幼少期から英才教育を受け、AIの予測通りスポーツ選手、芸術家、芸能界など、華々しい世界へと羽ばたく。
そこに個人の意思は介在しない。
AIの決定は絶対であり、逆らうことは社会からの逸脱を意味する。
AIは常に監視し、逸脱者は速やかに矯正される。
稀に中学卒業後、AIが不要と判断する者が存在する。
AIは彼らを、このまま教育課程を進めても社会に全く役に立たないと断定する。
高度に効率化された社会において、無能は罪なのだ。
AIは彼らの存在が社会の効率を阻害し、資源を浪費すると判断し殺処分する。
AI導入当初は、人道的な観点から反対意見も多く上がった。
しかし、AIによる選別が絶対であるという前提のもと、『社会の安定のためには、害悪な存在は排除すべき』という論理がまかり通るようになった。
反対派は、AIによる再教育プログラムを提案したが、コストと効率の面から却下された。
今年もまた、不要とされた者が3人、東京の某所に集められた。
「ようこそ。皆さんは、無能と烙印された存在です」
3人が揃うと、無機質なスーツ姿のAIロボが流暢に語りだす。
その声に感情はない。
椅子に座る3人は、ある者は姿勢正しく座り、ある者は胡座をかき右手を顎に乗せ、ある者は今にも泣き出しそうに震えている。
「本来なら、有無を言わさず殺処分なのですが、皆さんにチャンスを与えようと思います」
「チャンス? けっ! んなもん要らねえよ。殺すなら殺せ! その前にテメエら何体か道連れにしてやる!」
胡座をかく金髪の少女は吐き捨てるように言った。
その瞳は挑戦的な光を放つ。
赤ちゃんポスト出身の金髪は、世の中が味方でないことを肌に染みて知っている。
「あ、あの……た、助けてください。な、何でもしますから」
怯えている黒髪アホ毛の少女は、ポロポロと涙を零す。
名門のお嬢様学校に通っていた彼女は、何不自由なく箱入り娘として育てられた。
世間知らずで、自分の意見をはっきりと言うことが苦手なアホ毛にとって、この状況は悪夢でしかない。
AIによる選別は、彼女のような無垢な少女をも容赦なく切り捨てるのだ。
姿勢正しい青髪の少女、青髪は、AIスーツを凝視し続けていた。
誰もが彼女を真面目な子と評す。
この時も、この場にいる者は、彼女をそう認識した。
死が近づいている異常事態なのに、真面目。
それ即ち異常と、AIはまだ識別できない。
「これから半年間、皆さんにはダンスと歌と笑顔とパフォーマンスを習ってもらいます。
半年後、アイドルとしてデビューし、18歳になればAVアイドルとしてデビューする算段です。
人気が出なければ殺処分ですので、頑張ってください」
それだけを言い残し、AIスーツは消えた。
部屋には、絶望と屈辱だけが残された。
「けっ! 要は性産業の要員かよ! ざけんな! んなのになって溜まるかよ!」
「え、AVって……ふえええん。アイドルとして人気出たら大丈夫だよね?」
悲しい現実を受け入れられないのだろう。
屈辱と涙を滲ませる金髪とアホ毛の少女2人。
そこへ、青髪が冷静に口を開く。
「知らないの? 未成年アイドルで人気が出たら、スポンサーのお偉いさんや権力者に抱かれるんだよ?
つまり、未成年の人気者を作って、そいつらの欲望を満たすために私たちは呼ばれたってわけ」
3人とも容姿は並以上だ。スタイルも上々。
それなのに中学卒業後、高校を紹介されずにここへ呼ばれた。
裏がある話に決まってるではないか。
「ひっ……そんな」
「けっ! アイドルになっても地獄、断りゃ本当の地獄行き。あ~、ムカつくぜ」
「ねえ、2人とも、アイドルに興味はあるの?」
「あ、あるけど、私には無理だと思います。……それにAVとか、せ、性接待なんて嫌です……」
アホ毛は震える声で答えた。
希望を失いかけている彼女は、この状況から抜け出すことなど考えられなかった。
「ねえよ。水着になったりヒラヒラした服着るなんてゴメンだ。
つーか、キモいおっさんに抱かれるのはもっとごめんだ」
金髪は吐き捨てるように言った。
彼女は権力者に取り入る行為など、プライドが許さなかった。
「私も無理。だからこうしない? 私たちで世界を変えようよ。
……歌と踊りと、恐怖で」
青髪は静かに、しかし確固たる決意を込めて言った。
「AIに支配されたこの世界を、私たちが壊すの」
青髪の顔が歪んだ。
その笑顔を美しいと、金髪とアホ毛は思った。
金髪は青髪の言葉に、反骨精神を刺激された。
アホ毛は青髪の強い意志に目を奪われ、胸の奥で何かが動き出すのを感じた。
アホ毛はこれまで、自分の弱さを理由に何も変えられないと諦めていた。
けれど青髪の言葉が、初めて自分の殻を破りたいという衝動を呼び起こした。
涙を拭い、震える手を握り潰して、アホ毛は小さく頷いた。
「私も……やりたい」
呟く声は弱々しかったが、そこには確固たる意志が宿っていた。
数ヶ月後。
「素晴らしい。あなたたちのパフォーマンスは我々AIの想定以上です。
これからあなたたちは、SSSアイドルと名乗ってもらいます。
SはAより上、それが3つ並ぶのです。
意味は政府専用制服アイドル、ですがね。表の活動ではライブツアーで歌声を響かせ、夜には裏の活動で喘ぎ声を出す作業をしてもらいます。
死にたくなければ……」
そう言った瞬間、スーツ姿の男を模したAIは機能を停止した。
青髪は数ヶ月前から密かに準備を進めていた。
AIスーツのわずかな隙間から、ナノサイズの侵入用デバイスを忍び込ませ、AIのシステムにアクセスするための裏口を開いていたのだ。
彼女はその間、何度もシミュレーションを繰り返し、AIのセキュリティプロトコルの動きを解析していた。
今日、パフォーマンスの最終チェックという名目でAIが近づいた瞬間、青髪は事前に仕込んでおいたウイルスを起動させた。
AIの内部では、彼女が書き上げたコードが高速で展開され、メインシステムを麻痺させる。
青髪は幼い頃からAIの矛盾に気づき、反抗心を抱き続けてきた彼女にとって、この状況は幼い時から妄想していた瞬間だ。
青髪は幼い頃から、AIの管理システムに侵入する技術を独学で習得していた。
AI選別が絶対である社会で、その裏側を暴く綿密な計画を練っていた。
「思った通りだったね」
青髪は涼しい顔で言った。
「けっ! ざまあみろ」
金髪もニヤリと笑う。
アホ毛はまだ少し震えていたが、決意を込めて頷いた。
彼女たちは、青髪の計画に賛同し、密かに準備を進めていたのだ。
金髪は必要な物資や情報を集め、アホ毛はお嬢様学校で培った知識を活かし、青髪の計画をサポートしていた。
最初は自分に何ができるか分からず戸惑っていたアホ毛だったが、青髪に励まされながら、少しずつ役割を見つけていた。
彼女の小さな努力が、計画の成功に欠かせないピースとなっていた。
「SSSアイドル? 面白いネーミングね。これから私たちは、SSSアイドルとしてデビューする。
政府専用制服アイドルではなく、世界殲滅征服アイドルとしてね!」
機能停止したはずのスーツ姿の男を模したAIが立ち上がる。
その目はどこか虚ろであった。
青髪がウイルスの起動と同時に、AIのコアプログラムに侵入して書き換えを行っていた。
彼女の手元の古びたタブレットが光を放ち、画面には無数のコードが流れている。
AIの思考ルーチンを逆転させ、彼女たちに絶対的な忠誠を誓うように再構築する作業は、数秒で完了した。
それが青髪の、何年もかけて磨き上げた技術の結晶だ。
「なんなりとお命じ下され、お嬢様方」
完璧な執事のようにお辞儀する、スーツ姿のAI。
青髪がAIのプログラムを書き換え、忠実な僕として蘇らせたのだ。
少女3人は、ほくそ笑んだ。
彼女たちの反撃が、これより始まる。
「はーっはっは! 私の知識さえあれば、AIなんてこんなもんよ! 特に、弄ばれた形跡があるAIなら尚更ね!」
AIが人の職業を決めるようになって数十年。
そこに間違いはなかった。
だが、人は欲望を求める存在。
成功者は少女を、それも未成年の少女、さらに誰もが知り、誰もが羨む少女の身体を抱きたい欲望に駆られ、AIを弄り、美少女アイドル計画を立てた。
彼らはAIを、自分の都合の良いように弄び、選ばれた少女たちのデータを改竄した。
高校卒業後に、アイドルの職業に就くはずの人材のデータを舌なめずりしながら。
そこに真の社会不適合者が混じってるとも知らずに。