箱入り娘と日頃の行い。
一人の盗人が居た。
悪い奴だ。
何せ働こうという発想がない。
金が欲しければ盗めばいいと本気で考えていた。
実に悪い奴だ。
日頃の行い故に彼はどこへ行こうが爪はじきものだ。
しかし、盗人は気にしたりしない。
さてはて、今日は何を盗もうか。
そう考えていた時に地主の長男が何物かを包んだ風呂敷を持って走っているのを見かけた。
彼は盗人とは正反対の性格をしており、知恵もあり、人柄も良く、何より地位がある。
日頃の行いというものだろうか。
彼は盗人とは違い誰からも好かれていた。
そんな男が慌てふためき走っている。
風呂敷は実に大きい。
まるで子供一人を背負ってるようだ。
それを背負う男はここらでも有名な地主の息子。
いつだって腹立たしいほどに涼しい顔をしていた男があんなにも焦っている。
それはそのまま男が持っている荷物の価値だろう。
そう判断した盗人は男の後をつけて走り、頃合いを見て彼を突き飛ばした。
襲われるなど考えてもいなかったらしい男はそのままあっさりと転んでしまい、背負っていた風呂敷が体から離れてしまった。
盗人は風のように早く風呂敷を背負う。
思ったよりもずっと重い。
これは大変な宝に違いない。
そう思った盗人はようやく半身を起こせた地主の長男に言った。
「これは貰っていく。返してほしけりゃ追ってきな」
言うが早く盗人は走り去る。
中身は何か考えるだけで興奮が止まらなかった。
分かりやすい宝物ならそのまま金にすればいい。
もし、自分に価値の分からない書物などなら地主の下へ持って行けばいい。
金と引き換えに返してやると言えばいい。
そんなことを考えながら振り返ると遥か後方では地主の長男が何事か叫びながら走っているのが見えた。
「へっ、甘ちゃんが」
これだから金持ちってのはいけない。
何事か叫べば助けてもらえると本気で思っているのだから。
盗人は彼を嘲笑いながら走り去った。
それから三日後に盗人は捕まった。
盗人には捕まらない自信があった。それこそ並大抵のことでは。
しかし、此度の罪のために召集された人数は盗人の想定を十倍は上回るものだった。
しょっ引かれた盗人は大声で喚いた。
「違う! 俺は殺していない!」
それを聞いていた地主の長男は泣きながら代官に訴えた。
「違います! あいつが急に襲って来たんです!」
「違う! 違う! 違う! 俺はただ盗んだだけだ! 本当に知らないんだ!」
盗人の主張は虚しく、彼はそのまま打ち首となった。
何せ、彼は行方不明となっていた娘の遺体を運んでいたのだ。
どれだけ無実を主張しようと純然たる証拠がある以上は誰も盗人の言葉を信じたりしない。
あるいは日頃の行いというものもあるかもしれない。
刑場で首を刎ねられる盗人の姿を地主の長男は穏やかな表情で見つめていた。
まさかこんな結末となるなんて思ってもみなかった。
これも日頃の行いだろうか。
しかし、次はきっとこうはいかないだろう。
物言わぬ死人となった盗人を見ながら、男は二度と同じ過ちをすまいと心に誓った。