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第四話

レオと共に紡ぐ物語が日常化し、周囲の時間が緩やかに進んでいくのを感じている。新たな一歩を踏み出した私は、少しずつ世界を広げていけるのかもしれない。

 予てからの案件でああった、騎士団への慰問会を執り行うべく、バルマンをはじめ、辺境伯領の侍医による診察を受ける運びになった。

 なんで執事のバルマンが、と驚くかもしれないが、彼は医師と薬師の資格を保有している。その腕前はウィノア王宮でも屈指だとか。


「それではよろしくお願いしますね」

「万事恙なく。このバルマンにお任せください」

 私はいつも通り、エーテルと呼ばれる睡眠薬を飲み、眠りにつく。問診は事前に行っており、残りは身体の詳細をチェックするのがいつもの様式だ。

 羞恥心や拒否感が出ぬよう、意識を失っている状態が望ましいという。

 さしたる抵抗もなく、私は言われるがままに、いつも通り『診察台』に横になる。


 バルマンがいつも使用するこの診察台は、車輪がついており、持ち運び可能な仕様だ。わざわざウィノア王宮から辺境伯領まで取り寄せたとのことなので、彼にとって使いやすく、私にとって安全な一品なのだろう。


「では殿下、しばしお休みくださいませ」

「ええ、おねがい……します……ね」


 まどろみの庭に降り立つ私は、そのまま夢のほとりで水に足を浸す。

 心地よい感触はいつしか体全体に浸透していき、そっと頬を優しい風が撫でていくように愛されるのだった。

 

 私を開く。脈打つ温かい流れ。

 いつもと同じ、診察の時の仄かな戯れだ。

 やがて意識は水面上へと昇り、私はその眼を大きく広げる。


「異常はございませんでした。騎士団へ赴かれても問題はないかと存じます」

「ご苦労様でした、バルマン。他の皆さまも。そう、ようやく私も役に立てるのですね」


 感慨深い。

 きっと、恐らく。初めて私は人前でスピーチをし、その視線に耐えきれず気を失ってしまうことだろう。

 それでもいい。

 虚弱なこの身が、少しでもレオのためになるのであれば。

 

 夏の刺すような陽光の中、私は初めての遠征に出た。

 とはいうものの、辺境伯領の拠点から僅かな距離を馬車で移動するだけのこと。騎士団の訓練所及び宿舎は、実質的に併設されているに等しい。


 通された控室で、私は大鏡に向き合って服装の確認をする。

 飾り気の少ない白の上下。ブラウスの上には青のベスト、白いパンツスラックスと黒の長靴ちょうか

 この場は舞踏会の会場でもなければ、貴人が談笑する喫茶室でもない。日々辺境伯領の治安を維持し、ウィノア王国に対して忠義を尽くす勇者たちが集まる場所だ。

 場違いな服装は厳に慎むべきである。


 ノックが鳴り、バルマンが少々不安そうな顔でやってきた。

「姫殿下、騎士団の集合完了いたしました。お身体は平気でしょうか?」

「大丈夫です、バルマン。ふふ、喋るだけ喋って、あとはばたんきゅーになるかもしれませんけれど」

「笑い事ではありませんよ。そんな状況になれば、我々の寿命が縮むのでご自愛くださいませ」


 儀仗兵のラッパが響き、軍刀を胸元で垂直に立てて敬礼している騎士たちの間を抜ける。

 足はもう既にガクガク震えている。なにせアンナやバルマン以外の人に接するのは、医療チェック以外にはほとんど無かったからだ。


「ウィノア王国第一王女殿下にして、我らがアーヴァイン辺境伯閣下の奥方様。ロゼフィン・アウグスタ様のおなりです」

 鎧を着こんだ騎士たちが一斉に踵を合わせ、直立不動での敬意を示してくれた。

 鍛えられた人物たちが醸し出す、圧倒的な戦闘への意識というのだろうか。礼節はあれど、緊張感が漂っているという独特の空気感が、私を酩酊させる。


「本日、この良き日に、奥方様の御意を得られることを団員一同心待ちにしておりました。不慣れな土地でありましょうが、我ら誠心誠意お仕えし、お支え致す所存でございます」

 左目に眼帯をした、初老の騎士が私に微笑む。緊張のあまり心臓が口から出てしまいそうだが、私も負けじと精一杯の笑顔を見せているつもりだ。


「皆様の忠勤は夫よりうかがっております。国民の安寧のため、また護国の盾として励まれていること、改めて御礼申し上げます」

「奥方様からの勿体なきお言葉、感謝の極みでございます」

「私はこの通りの身でございますし、社交の場に出たこともありません。ですが、初めての公式行事で皆様に想いを伝えられたこと、本当に嬉しく感じています」


 おお、とどよめきが走る。

 な、何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。

 口に出すフレーズは何度も確認してきたので、誤りはないはず……。

 それに騎士団の人たちは、私のことを『姫殿下』ではなく『奥方様』と呼ぶ。これはきっと、辺境伯領の一員であることを認めてくれているのではないだろうか。


「我ら辺境伯領の騎士として、主家たるウィノア王家のお言葉は何よりの褒賞でございます。そして遅ればせながら、王家の血筋をより濃くなされたこと、お慶び申し上げますぞ」

「血を……濃く? どういうことでしょうか」

「む、お耳には入っておりませなんだか。アーヴァイン辺境伯は獅子獣人なれど、ウィノア王家の血を引いております」

「……初耳でした。お教えいただきありがとうございます」

「出過ぎた真似を申し上げました。本日は奥方様のご成婚に接し、寿ぎの祝辞と、剣舞を披露したく存じます。どうぞゆるりとご高覧くださいませ」


 騎士団長の言葉は半分も聞こえていなかったと思う。

 催しものの最中でも、私の頭はレオの出自のことで一杯だった。


 ウィノア王家はヒト種の一族である。血統的に考えれば、男系男子が王統を相続していくため、私のような女性の王族は政略結婚の道具になるのが定めだ。

 だが、ウィノア王家が今まで亜人種に対して嫁いだという例を、私は寡聞にして知らなかった。

 願わくば、結ばれた二人が幸福な結婚生活を送っていてほしかった。でなければ、レオは先祖のことを語るときに、苦々しく感じてしまうかもしれないからだ。


 騎士団への慰問も佳境に入り、和やかに談笑しているときであった。

 軽食が乗せられたテーブルを震わせ、あわや倒しそうになる勢いで、一人の兵士が転げ込んできたのである。


「ご、ご報告いたします!」

「取り押さえろ。貴様、所属と階級を名乗れ。奥方様の表敬訪問中の狼藉、覚悟は出来ていような?」

「推して発言のご許可を頂きたく。火急の用なれば、疾くお耳に」


 ただならぬ焦りように、私は思わず口から言の葉が零れ落ちていた。

「構いません。どうぞ任務を全うされてください。それこそが本分でございましょう」

「おお、なんと寛大な……感謝いたします」


 エチケットやマナーにうるさくするのは、そういう場にのみ生息する人が成せばよい。魚と同じように、人にはそれぞれ泳ぐべき川があるのだ。


「アリラト山脈付近において『次元蝕』の存在を確認いたしました。麓の村落に送った使者は帰ってきません。恐らくは……」

「もう、あの災害が起きたというのか。馬鹿な、早すぎる……」


 どよめきの中、私は強い眩暈と共に、絶望感を味わっていた。

『次元蝕』

 どのようなものが原因で発生するのかは解明されていない。発生した場所は黒一色の空間に飲まれ、以後瘴気立ち込める死地へと変化してしまう。

 起きる間隔は一定とも不定期とも言われている、特別災害である。

 対処方法は唯一つ。逃げることだ。

 蝕まれた土地を放棄し、なるべく多くの命を脱出させること。ウィノア王家は代々この災害への対応に追われてきているのだった。


「奥方様、状況が変わりました。申し上げにくいのですが――」

「次元蝕への対応が何よりも優先される事象であるのは、私も理解しております。皆様のお力をお貸しくださいませ」

「寛大なお言葉、ありがたく。これより実地への斥候を選抜する。規模の算定及び被害状況の確認、そして対応すべきことを協議する!」


 一転して蜂の巣を突いたようになる。

 頭が、痛い。

 私は手近の椅子に手を付き、荒い息を吐いた。


「また、夜が来る……のね」


 私に出来ることは少ない。

 可能な限り邪魔はせず、また便宜を図り、人命を救助を優先してもらうのが精一杯だ。レオが不在の間、各種要請を仮承認出来るのは私だけだ。

 後でどのような咎を背負おうとも、今この瞬間に最大の支援をしよう。


 祈る言葉が出てこない。

 あれだけ読んだ聖句の一字も浮かんでこない。

 きっとそれが、絶望の一つなんだろうと思う。

お読みいただきありがとうございました!

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