同窓会マジック
あの日、ペンを落とした。
おれの前の人は、他のクラスでも人気の女の子だった。
そんなことを、3年生にもなって知らなかった。
おれは、ペン回しの練習をしていた。
ただ、それだけ。
その子は、おれが何度ペンを回し損ねても、拾ってくれた。
わかってる。
悪いことをしたって言うのは、わかってる。
でも、何度も振り返るその子に、いつしか、話しかけるようになっていた。
最近やってる映画の話とか、テストのこととか。
そうしたら、その子から振り返って話してくれるようになっていたんだ。
今思えば、映画の話をした時に、そのままの流れで映画に誘っておけばよかった。
その後、席替えがあって、おれとその子とは離れてしまった。
寂しかった。
というか、受験でそれどころではなかったんだ。
体育祭の日。
おれは、その子と2人きりになる瞬間があった。
体育倉庫の裏。
何気に歩いていたら、その子とばったり会ったんだ。
そこで、10分くらい話をした。
その空間は、不思議なくらいふわふわとしていた。
どんな話をしていたんだろうか。
受験への不安とか。
将来のこととか。
模試の点数とか。
体育祭の最中だから、その種目のこととか。
応援合戦のこととか。
とにかく、色んな話をしていた記憶がある。
そこで、おれは。
今思えば、おれは。
伝えればよかったんだ。
好きだ、って。
おれは、11月のある日、大切なプリントを忘れてしまったんだ。
担任は言った。
『今日は、同窓会の役員を決めるんだが、おい、お前』
『おれ、ですか』
『そうだ、お前だ。プリントを忘れたんだろう。お前に挽回の余地を一つやろう。それは、もう、分かっているな』
おれは、同窓会の役員に選ばれた。
受験の前日。
図書館から出てくるその子に。
おれは、言った。
一言。
『明日、頑張ろうね』
大きなマフラーが小さな顔を隠し、あんまり見えなくなっている。
ポニーテールが揺れている。
青いセーラー服にベージュのセーターが似合ってる。
そこから細い声で発せられた、
『うん、頑張ろー』
という言葉は、おれの心を、とくんとさせた。
その時に、は、流石に言えないか。
好きだ、なんて。
だって、次の日受験だもんな。
おれは、その子とは別の大学に進学した。
サークルに入った。
そのサークルの部室に、結構可愛い子がいて。
新歓の帰り、一緒に帰って。
毎週、その子に会って。
おれは、だんだんその子のことが好きになっていった。
その子の名前は、咲って言うんだけど。
おれは、大学で咲に会ったら毎回挨拶をした。
そんなんで何か変わるのか、なんて言われたらわからないけど。
でも、何か変わるって信じて。
おれは、咲とSNSを交換した。
どうやら、好きなアーティストが一緒ってことで。
今度ライブに行こう、なんで盛り上がったりした。
2年生に上がって。
おれは、咲に告白できずにいた。
なんでだろう。
告白って、とっても苦手なんだよな。
中学の頃に、好きな子にフラれてから、ずっと出来ずにいた。
咲は、少しおれより遠い世界にいるような感じがした。
だんだん、返信が来るのも遅くなっていて。
希望をなくしてた時。
大学2年の秋の学祭、お笑いライブを見ている最中に、咲から返信が来た。
しかも、結構テンションが高めの返信だった。
おれは、嬉しくて叫びそうになった。
けど、その空間で叫んでしまったらダメだから、抑えた。
そんな時、もう一通の連絡が来たんだ。
それは、映像好きの友達からの連絡。
同窓会役員なら、一緒に、同窓会で流す映像を作ってくれないか、って連絡。
おれは、それに乗った。
その映像の内容は、高校1年生から3年生の全クラスの出身の人にインタビューをして、出来るだけ多くインタビューをして、その映像に、思い出のエピソードを一クラスずつスライドショーでまとめていく、というものだ。
3年生の思い出に関しては、クラスの思い出のあとに、文化祭、体育祭のそれぞれリーダーをやっていた人たちにインタビューをして、スライドショーにまとめようということになった。それで、体育祭のスライドショーが流れたら、映像は終了。
声優も、いろんな人にやってもらおう、という話になった。
おれは、たくさんの人に連絡をした。
声優の件は、おれは忙しいから無理、私がしゃべっても盛り上がらないから、なんて言われて。
思い出のエピソード何か教えて、といろんな人に連絡したけど、既読無視なんかもザラで。
でも、そういうのも抱えながら、おれはその映像を完成させようとした。
今思えば、なんでそんなことにあんなに必死になったのか、よくわからない。
その映像好きの友達は、映像編集をしてくれた。
12月。
映像も完成に近づいてきた。
クリスマスの少し前。
バイトのみんなで、オールのカラオケで遊んでいた。
その最中。
連絡が来た。
咲から。
何気ない連絡だった。
それでも、おれは嬉しくて。
おれは、とっても嬉しくて。
おれは、その時に、デートに誘ったんだ。
クリスマス、空いてる?って。
どこかに、行かない?って。
カラオケが終わった朝。
返信が来た。
いつもより、その返信は早かった。
バイトがあるって。
おれは。
連絡が遅れたのかもしれない。
少し、悲しかった。
おれは、クリスマスはバイトを入れてなかった。
咲と、デートしたかったから。
でも、早めに咲をデートに誘う勇気が出なかったんだ。
おれは、カラオケから帰る最中、少し、泣いてしまった。
バイトが、って言った後に、何日なら空いてるよ、なんて言ってくれればおれは泣くことはなかったんだ。
でも、それを言ってくれなかった。
もしかしたら、考えすぎだったのかもしれない。
でも、その時のおれには、なんとなくわかった。
というか、わかっていたんだ。
早く連絡をしても、どちらにしても、そのデートが断られていたってこと。
だって、そっけなかったもん。
デートを断る文が。
お正月がやってきて、成人の日に風邪引いたらダメだからちゃんとゆっくり休みなさいよ、なんでお母さんに言われたりして。
同窓会の映像も、完璧に近づいてきた。
同窓会委員のみんなで、ホテルの宴会会場に下見に行ったりして。
同窓会の準備は、順調に進んでいった。
それからの2週間は少し長かった。
大学のテストがポツポツとあったって言うのもあったし。
バイト先は塾だけど、中学3年生のテストが近づいていたっていうのもあったし。
なんとなく、長く感じた。
成人の日が月曜日で、その2日前の土曜日の夜。
高校の同窓会は、行われることとなった。
大体250人くらい集まった。
おれは、同窓会の受付を担当した。
各クラス1人ずつ割り当てられた同窓会役員が、受付として出欠をとっていた。
ここでおれは、同窓会の役員をやってよかった、って思った。
高校の、同じクラスの、懐かしい人たちみんなと、話すことができたから。
それで、立食パーティは始まった。
たくさんの人に会って、とても嬉しかった。
写真も撮ったりとか。
めっちゃ楽しかった。
夢の中で、色んな人に会ったりとかしたけど、それが現実に叶ってるみたいで、なんか、不思議な感覚だった。
大体、2時間くらい経った時。
同窓会の役員長が、話した。
『今から、同窓会に向けて作ってくれた映像を、流しますので、みなさん前から順に詰めて座ってください』
おれは、まだ、編集が終わった同窓会の映像を、見ていなかった。
前から順にみんなが体操座りで座っていく。
おれも、スーツがなんとなくきついな、なんて思いながら、座った。
その隣には。
あの子が。
ペン回しで落としたペンをいつも拾ってくれた。
学年でも人気だった。
映画の話をした。
体育祭で、体育倉庫の裏で一緒に話した。
あの子が、座っていた。
『久しぶり』
『久しぶり』
確かに、過去、告白しておけばよかった。そう、何度も思った。
今から、映像が始まる。
1年生から、スライドショーで、たくさんのエピソードが流れる。
「ねえ、透くん。私ね、この頃から、透くんのことを知ってだんだよ」
隣のあの子が。
加奈さんが。
話してくれる。
なんか。
ふわふわしてて。
久々の感じ。
おれたち2人だけ、高校生の頃に戻ったみたい。
「そう、だったの?」
「うん、文化祭の時に、手伝ってくれたから」
「そっか」
「私ね、その頃から、ずっと透くんのこと、気になってたんだ」
映像は、2年生へと移り変わる。
「2年生になったら、おんなじクラスになれるかなー、なんて思っていたけど、残念、でも、隣のクラスにはなれた」
ああ、おれは思い出した。
咲と一緒にいる時とは違う。
この感覚。
とてつもなく。
加奈さんのことが、好きだっていう感覚。
「そんな、ずっと前から、知ってくれてたんだ」
「2年生の半ばにね、私、彼氏ができて。その人とは」
スライドショーが3年生に移り変わる。
「3年生まで続いたんだ。でも、5月くらいに、受験が忙しいから、ってフラれちゃって。泣いた次の日、学校に行ったら、席替えで透くんが後ろになるんだもん。どうやって話しかけようかな、なんて思ってたら、透くんがペンを落とすから。私、拾ってあげたの。それで、透くんと久しぶりに話したんだよ。嬉しかった」
「おれも、嬉しかった! 加奈さんと、それから、何度も話せて。映画の話とか、テストの話とか」
告白できなかった過去が、何度も思い出した過去が、脳裏をよぎる。
でも、それは、もう過去じゃない。
今。
おれは。
加奈さんと、話している!!
スライドショーは、体育祭に移り変わった。
「あと、体育祭の時とか。体育倉庫の裏で加奈さんと一緒に話せて、とっても嬉しかったんだよ」
「私も、嬉しかった。でも、私も、透くんも、受験で忙しくて。恋どころじゃなかったよね」
「そう、だね」
「大学に入ってから透くんに連絡しようと思ったけど、とっくに新しい好きな人ができてるかな、なんで思って、連絡しなかったの。そしたら私の元に素敵な王子様みたいな人が現れてね、おんなじ語学クラスの。その人と、少し付き合ったんだけど。でも、2年に上がって、別れちゃって。私、それでも、その人と一緒にいる時に、ずーっと、ずーっと、透くんのことが、忘れられなくて」
「そっ……か。ねえ、加奈さん。あとで、一緒に、写真撮ろ!」
「いいよ!」
映像は、終結した。
そのまま、同窓会は続いた。
加奈さんは、友達の方へと消えていった。
おれは、ふわふわとした余韻を残したまま、少し同窓会の場所をうろうろとする。
「透くん! 写真撮ろ!」
振り返ると、加奈さんがいた。
「いいよ!」
おれたちは、2人で写真を撮った。
「ねえ、透くん。後で、その写真、送って!」
「うん! 送るよ!」
そのまま、加奈さんは友達の輪の中へと消えていった。
同窓会が終わって、片付けをして。
それで、全てを片して、駅へと向かう途中。
おれは、加奈さんに写真を送った。
そうしたら、返信が来た。
「来週の土日、空いてる?」
恐れ入りますが、
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