第2話 ダンジョンの悪魔
「きゃあああああああああ」
「クルルルルゥ」
駆けつけた俺たちが目にしたのは、襲われている女と、女に襲いかかる鎧を着た男だった。
──────────ダンジョンの弊害、ダンジョンで魔物を狩り殺すという殺戮に没頭し過ぎた者は時として、ダンジョンに蓄積した怨念と悪意という悪魔に取り憑かれ、正気を失い敵味方問わずに襲いかかり暴走してしまう。
これはダンジョンに棲む亡霊型モンスター、もしくは上位種の悪魔神官や寄生虫型モンスターの仕業だと言われているが、その原因は解明されておらず、ただ、ダンジョンでは稀に起こる事として、解決策も無く発生する災害なのである。
男の剣は既に血に汚れ、そして傍らには男が殺したのだろう、二つの死体が転がっていた。
どちらも背後からの一撃でやられている事から、男の仲間だったのだろう、突如として豹変した男に為す術もなく殺された事が伺えた。
どう考えても俺たちが太刀打ち出来る相手では無い、なぜなら魔物と化した男は最低でもBランク以上の力を持つ強敵であり、そして俺とチンカラは魔力を持たない最低のFラン冒険者だったからだ。
「うっ・・・、あっ・・・」
チンカラも目の前で女が殺されそうになっているにも関わらず、その場を動けなくなっていたようだ、それほどにこの場に充満していた血の匂いは、俺たちの体を萎縮させたのだから。
「逃げるぞ、こいつは俺たちにどうにか出来る相手じゃない、ほら、早く」
俺は一刻も早くこの場を立ち去ろうと、女を見捨てて逃げることをチンカラに促すが、しかしチンカラは腕を掴む俺の手を振りほどいて、咆哮して男に突き進んでいった。
「アア、ウアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
男の注意がこちらに向けられる、俺は仕方なしチンカラの後から駆け出し、そしてチンカラを追い抜くと、持っていた火薬玉を男に投げつけた。
ボンッと、炸裂音とともに煙幕が広がる。
俺はその隙に女を立ち上がらせると、ここから逃げて助けを呼ぶようにと言ってこの場から離脱させる。
それと同時に男は闇の波動を放つ事で煙幕を霧散させて、俺たちを補足して襲いかかって来た。
「──────────くっ、がはっ」
間一髪、男が俺の首を仕留めるのを俺は間一髪、無様につまづいて尻から転ぶ事で回避するが、転んだ俺に二撃目を回避する術は無かった。
その時点で俺は詰んでいて、目の前の男は勝利を確信したように無慈悲に剣を振り上げて俺に斬りかかる。
「チンカラ、逃げろ、俺が足止めする!!」
死を覚悟した俺は、せめてチンカラだけでも生き延びるようにとそう言った。
だがチンカラは俺の想像を裏切って、俺の思い通りには動いてくれなかった。
「ァア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
チンカラは爆裂草の入ったリュックを盾にしてこちらに突撃をかました。
起死回生の一撃。
爆裂草の威力ならば非力な俺たちでも魔物と化した男を倒せるという判断は間違いでは無いが、だがそれは、自分も爆発に巻き込まれる諸刃の剣でもあった。
男の一撃がチンカラに繰り出される。
リュックごと切り裂く斬撃により、爆裂草は発火し、俺たちは吹き飛ばされた。
ボンッ、と爆裂草は発火と同時に蓄積していた魔力を拡散させ、俺たちは凄まじい衝撃で弾き飛ばされる。
鼓膜を貫通する爆音は直接脳を揺らし、気絶しそうになるが、体を包む衝撃が意識を繋いでくれた。
ゴロゴロと数十メートル地面を転がりながら、俺は咄嗟に頭を庇ってダメージを抑える為に受け身を取るが、それでも間近で爆風を受けたダメージは大きく、直ぐには立ち上がれなかった。
だがこれを至近距離で受けた鎧の男もまた、同じダメージを負っているのなら直ぐには追いかけてこれないだろうと、俺は急いでチンカラを担いで逃げようとその姿を探す。
「・・・チンカラ、くっ、・・・無事か・・・?」
俺は倒れていたチンカラの体をなんとか引き起こして、容態を確認する、最悪引き摺ってでも逃げる覚悟だった。
しかし。
「腹を、斬られたのか・・・、待ってろ、直ぐにポーションを・・・」
と、俺は非常用に携帯していたポーションを取り出してチンカラに飲ませようとするが、チンカラは既に虫の息で、ポーションを飲み込む事は出来なかった。
「・・・!?、クソっ、だったら薬草で傷口を塞いで、少しでも失血を遅らせるしか!!」
俺は〝雑用係〟であったが故に最低限の医療知識があった、故に直ぐに応急処置を施そうと薬草と包帯を取り出して、チンカラを治療するが。
「ハァハァ、カチワレ、僕はもう、ダメみたいだ・・・」
「・・・!?、諦めるな!!、これくらい、直ぐにヒールを受ければ直ぐに治る、必ず俺が病院に連れていく、だから諦めるな!!」
「フフ、やっぱりカチワレは優しいね、ウッ・・・」
普段はまともにしゃべらないチンカラが、この時だけは普通に喋っていた、それが俺に遺言を聞かせる為にチンカラが最期の力を振り絞ってるみたいで、俺は自然と涙が出てきた。
「大丈夫だ、絶対大丈夫だから、必ず俺がお前を助けるから、だから諦めるな!!」
「ハァハァ、・・・ありがとうカチワレ、君だけだよ、・・・ノロマでどん臭くて頭の悪い僕に優しくしてくれたのは、君が社会のすみっこで生きてたドブネズミだった僕を人間にしてくれた、ちんけで空っぽな僕の人生に、君が居場所をくれたんだ・・・、・・・君に会えて、僕は幸せだった・・・っ」
チンカラはまるでこれが最後だと言わんばかりの勢いで饒舌に語った。
そんな風に感謝されても全く嬉しくないのに、チンカラは言葉を止めてくれなかった。
「もう喋るな!!、遺言なんて聞いてやらねぇ、絶対生きて帰るんだっ、だから踏ん張ってろ!!」
俺は薬草と包帯を駆使して傷口を塞ごうとするが、滲み出る血液はとめどなく溢れて、俺の手を赤く赤く染めていく。
「カチワレ、一個だけ、頼みがあるんだ、実は、この間の〝薬〟、実は僕、飲まずに取っていたんだ、「飲んだら2分の1の確率で潜在能力が引き出される薬」なら、2本飲めば確実に効果を発揮すると思ってさ、だからこれは・・・、カチワレが飲んでよ・・・」
そう言ってチンカラはポーチから頑丈そうな小瓶を取り出した。
──────────それは、俺たちが全財産を使ったギャンブル、「2分の1の確率で潜在能力が引き出される薬」の小瓶であり、俺たちの行ったギャンブルとは、無能力者が能力者になるというギャンブルだった。
「なんだよお前っ、ギャンブルには負けたって言ってた癖に、本当は飲まずに取っていたのかよっ・・・!!」
そう言って俺も同じ小瓶をポーチから取りだした、当然の如く中身は入っている。
理由は単純、俺は薬なんて飲まなくても〝稼げる〟人間だったから、二本目もチンカラに飲ませようと思っていたからだ。
しかし一本金貨1000枚という高価な薬を、ただで受け取って貰える訳も無い、故に、自然に飲ませる事の出来る機会をずっと伺っていた訳である。
「・・・フフ、そうか、カチワレも、飲まなかったんだね、フフ、お揃いだね・・・」
「・・・そうだな、はは・・・」
チンカラはそれがすごくおかしそうに無邪気な笑顔で笑った。
俺もそれに釣られるようにして微笑みかける、するとチンカラはそれで役目を果たしたかのように緊張が解けて、静かに息を引き取った。
「・・・!!!、チンカラ、おい起きろ!!チンカラ!!!!」
「──────────」
チンカラの体は、魂の抜けた人形のように冷たくなっていった。
それが「死」だと理解するまで、俺はチンカラの名前を呼び続け、そして泣き続けていた。
この世界は残酷だった、無能力者の俺たちは社会から除け者にされ、馬鹿にされいじめられて生きてきた。
それでも俺たちは真っ当に、人間らしく生きようと必死なだけだったのに、社会はそれを許してくれなかった。
俺のたった一人の友達を奪った〝敵〟が憎かった、俺たちに居場所をくれなかった〝世界〟が憎かった、俺たちを嘲笑う〝全て〟が憎かった、だから俺はここでチンカラに誓ったのだ。
「うぅ、ぐすっ、ひくっ・・・、俺は絶対、お前の仇を取ってやる、俺たちを笑った全ての奴らに、絶対復讐してやる!!、だからチンカラ待っててくれ、天国に行くのは、もう少し先になりそうだ」
俺は二つの小瓶をその場で飲み干した。
50%の確率で潜在能力が引き出される薬、もちろんそれはノーリスクの都合のいいものなんかでは無い。
10%の確率で死ぬという、適切な対価を支払う事で力を得る事が出来るという等価交換だ。
だがもし、チンカラがいなければ、俺は迷わず飲み干しただろう、それはチンカラも同じだった筈だ。
それほどまでにこの世界の無能力者への風当たりと迫害はひどかったからだ。
故に俺はここで死んでもいいと本気で思って、その薬を飲み干したのであった。