第29話 回想3 〝追放〟の恨み
俺が見ていたのは、人間からも魔物からも迫害を受けた、異形の子供の姿だった。
妹と共に魔物に食われたその子供は、自分を受け入れない全てを憎んでいた。
人の世から〝追放〟された恨み、それはどれだけ時が経っても風化せずにダンジョンにこびり付いた暗黒の情念。
そしてその子供と〝繋がった〟俺は、本来は覚えているはずのない、自身の、赤子の時の記憶を呼び覚ました。
「──────────ええっ!?、この子には、〝魔力〟も〝加護〟も宿ってないだって!?」
「ええ、残念ながらこの子は〝女神の恩寵〟を受けられなかったようです」
「この出来損ないがああああああああ!!!!」
そう言って男は生まれたばかりの赤ん坊を床に叩きつける。
「シーリ様、おやめください!!」
「うるさいっ!!、この国では能力者にあらずんば人にあらず、皇子である私の子が無能力者であると知れたならば、私は世間の笑いものにされ、皇太子の座まで剥奪されるだろう、だからこの子はここで、生まれなかった事にしなければっ!!!」
「どうか、それだけはっ、この子を連れて出て行きます!!父親の名前も明かしませんから!!」
「ならばお前はこの国から追放する!!、二度と俺の前に顔を見せるな!!」
そう言って男は母に手切れ金を渡し、俺たち親子を帝国から〝追放〟したのであった。
帝国を追放された母は王国を流浪したが、ワーレ人だった母に待っていたのは王国からの差別と迫害だった。
そしてそのまま失意のうちに心を病んで流行病で身罷った。
「・・・カチワレ、いつかワーレに勝って、お母さんの無念を晴らしてね・・・」
それが母の最後の言葉だった。
そして俺は、母の持っていた金品と引き換えに、王国の田舎の農家へと引き取られたのであった。
そこで俺は奴隷のように働かされた、学校に行く事も許されず、遊ぶ時は常に〝鬼〟の役を押し付けられて、家事と農業といじめを、毎日毎日、くたくたになるまでさせられていたのだ。
──────────そんな俺が奴隷根性に染まる事なく、健やかに成長出来たのは、一人の友達がいたからだ。
「カチワレ、僕は今は奴隷だけど、いつか冒険者になって、そして〝秘宝〟を見つけて、貴族になるんだ!!」
「・・・じゃあその時は、俺がお前の仲間になってやる、無能力者だけど、雑用とか荷物持ちとか、サポートくらいは出来るだろうし」
「ああっ、約束だ──────────!!!」
だがその友達はある日、野盗に攫われて、二度と会うことは無かった。
武力の低い田舎は野盗の恰好のエサだったが、俺たちの住んでいた村は領主から保護される事もなく、子供や〝若い男子〟を攫われた挙句に、税金を滞納した家は、領主に自分の息子を一晩差し出すペナルティを課せられた。
領主はサイコショタホモのクソ野郎だった、自分の〝楽しみ〟の為に野盗を見逃し、そして村人から男子を献上させて、調教していたのだ。
「お前!!、王国の監督官に領主の不満をチクったそうだな!!」
「だって、このままじゃ皆野盗に攫われるし、領主にだって犯されるじゃないか!!」
「ああん!?、ガキがちょっと〝御奉仕〟するだけで税金を安くしてくれるなんて最高の領主様じゃねぇか!!、人類みな穴兄弟になれば戦争なんて無くなんだよ!!、拾った恩を仇で返すとはこの事だな、お前みたいな道理の分からんクズがいたら私たちまで巻き添えを食らう、この村に不満があるなら出ていけ!!!」
こうして俺は村を〝追放〟された。
元々、ワーレ人だった俺には村に居場所は無かったのだ。
それにダンジョンにいれば、いつかは〝あいつ〟と再会出来るかもしれない、そんな希望を淡く抱いて、俺はここに来た。
だがここでも苦労の連続だった。
「おい新入り、トイレ掃除しとけって言っただろうが!!」
ガンッ!!!。
「す、すみませんすぐやります!!」
「ったく、これだから無能力者のガキは使えねぇな、あ、店長、俺休憩してきますわ」
俺は寝る時間以外の全てを働かされて、給料の殆どを先輩にカツアゲされて3年の月日を過ごした。
だが、地獄から抜け出した俺にとっては、こんな場所でもしがみつくしか無かった。
エリス達からの〝理不尽〟に耐えられたのも、ここでの経験があったからだろう。
もしかしたら自覚が無いだけで、俺の〝完璧主義〟とは、完璧でなければ許されないという〝奴隷根性〟だったのかもしれない。
「おいカチワレ、指名だ、相手してこい」
「はい、すぐ行きます・・・、ご指名ありがとうございます、当店ナンバー2のカチワレと申します」
「あら若いのね、歳はいくつ?」
「20歳です!!、童顔だと、よく言われます!!」
「そう、オバサンを楽しませてくれたら、いっぱいご褒美あげちゃうわよ」
「わぁ!、じゃあ精一杯!!御奉仕させて頂きます!!」
「てめぇこのカスワレ!!、また俺の太客パクリやがって!!」
バキィ!!!。
「何キレてんすか、切られたのは単純に先輩の〝ホスピタリティ〟が足りてないだけでしょ、エリザベさんは旦那さんに浮気されて寂しがってるけど、本心では旦那さんに振り向いて欲しい、だから俺がエリザベさんと楽しく飲んでいる所を旦那さんに見せる事で、夫婦仲を改善する、それが真の〝ホスピタリティ〟ってもんでしょうが、それに今のナンバーワンは俺です、ナンバーワンが一番偉いんですよね?」
「黙れ無能力者が!!、てめぇみたいなクズがいると店の規律が乱れるんだよ!!、それに女だってお前みたいな無能力者のクズオスなんて金払う価値があるなんて思ってねぇ、お前は所詮小細工でしか点数稼ぎが出来ねぇゴミだ、ゴミはゴミらしく、地べたを這いずってろ!!!」
ドスッ!!!。
「ふむ、話は聞かせてもらったよ」
「て、店長」
「「「お疲れ様です!!」」」
「うむ、カチワレくん、君がウチの店で働き始めてもう3年経つが、いつまでここにいるつもりだい?、君にはもっと別の夢があったんじゃないのかね」
「・・・それは、でも、店長にはお世話になったし、受けた恩を返すには・・・」
「なら君を、今日限りでクビにするよ、今までありがとう、でも、君はごみ溜で青春を浪費するのは勿体ない、だから君は、君の本当にやりたい事をやりにいきなさい、これが退職金だ」
「・・・こんなにっ、うぅっ、──────────クソお世話に、なりましたぁ!!」
「なぁ、お兄さん、俺とパーティーを組まないか?、見りゃあ分かる、お上りさんだろ、しかもサイフを盗まれて困ってると見た」
「す、すごい、そこまで分かるなんて」
「はは、これくらいは簡単な推理だよ、それでどうだい?、俺と組めば、〝秘宝〟を手に入れる事だって出来るかもしれないぜ、・・・ん?、どうした?」
「いや、なんだかよく分かんないんだけれど、なんだか懐かしい感じがして、・・・でも、そうだね、多分、君となら、うまくやっていけそうだ」
「よろしく頼むぜ、俺はカチワレ」
「僕はタクト、よろしく」
「よし、あの2人組にするぞ」
「だ、大丈夫かな?、いきなり女の子に話しかけるなんて」
「へーきへーき、俺たち顔面レベルだけはSランクだし、一緒に飯食えば直ぐに仲良くなれるさ、おーい」
「何?、ナンパ?、ウザイんだけど」
「いや、君たち冒険者でしょ?、どう、俺たちとパーティー組まない?、俺がカチワレで、こいつがタクト、俺たちイケてるっしょ」
「・・・まぁ顔は悪くないですね、でも、いくら顔が良くても実力が無かったら──────────」
「まぁまぁ、取り敢えず1回だけ、クエスト1回だけでいいからさ、組んでみてよ、君たちだってパーティーメンバー探してるでしょ、このクエストを受けたいんだよね?」
「私たちが美容に効くデトックストードの狩猟クエストを受けたがってるとひと目で見抜きましたか、中々やりますね、確かに、それのクエストはCランクなので2人だと受けられませんが、どうします」
「嫌よ、絶対嫌、となりの男は見るからに貴族っぽいけど、こいつは魂の腐った詐欺師の匂いがするわ、信用出来ないもの」
「カチワレはそんなんじゃない!!、ここに来て右も左も分からなかった僕に、街を案内してくれて、ごはんを奢ってくれたんだ!!昨日やった採取クエストだってカチワレのおかげで安全にこなせた、カチワレは僕の大切な仲間だ、僕の仲間を侮辱しないでくれ!!!」
「・・・男二人だと危険かなと思いましたが、片方が無自覚潜在的BL男子なら、多分安全そうですね、まぁ一日で終わるクエストですし、1回くらいならいいじゃないですか?」
「・・・1回だけよ、ちょっとでも不振な素振り見せたら直ぐに解散するからね」
「・・・何この料理?、パエリア?、ピラフ?」
「この香ばしさ、匂いだけでも悩殺されそうですね、じゅる」
「僕も初めて食べるよ、カチワレは料理が上手なんだね、それでこれはなんて料理なんだい?」
「これは──────────〝チャーハン〟だ、バラバラに切った食材をフライパンを振って炒めるだけ、パラパラである事がアイデンティティの、それだけの庶民料理だよ」
「庶民の味なんて美味しい訳・・・」
「うまぁっ!!、なんでこんな雑な料理が、こんなに上手いんですか、肉、野菜、米、バラバラの食材をただ炒めただけなのに、噛むほどに旨みが広がっていく」
「凄いよカチワレ!!、こんな美味しい料理、僕は初めて食べるよ!!、しかも野外炊事でこんな美味しいものが食べられるなんて!!」
「ちなみに、俺たちとパーティーを組んだら、これからはダンジョンに潜る度に俺の飯が食えるぞ」
「──────────バラバラだった食材がひとつになる事で新しい〝ハーモニー〟が生まれる、か、これが、この料理のコンセプトってコトね・・・」
「エリス、パーティーを組みましょう、パーティーを組むだけで三食昼寝付きで執事が付くなんて圧ッッッッッッ倒的に〝お得〟です!!、普通に雇うより圧ッッッッッッ倒的に安い!!!」
「・・・いや、流石に三食昼寝付きで執事までするとは言ってな──────────」
「いいわ、あんたたちとパーティーを組んであげる、ま、どうせあたしは直ぐにSランク冒険者になるから短い付き合いになるだろうけど、よろしくね」
「カチワレ、君をこのパーティーから──────────追放する」
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・。
これが、〝追放〟に満ちた俺の人生だ。
生まれた時から〝追放〟されるという業を背負っているとしかいえない。
無能力者でワーレ人だった俺と、人間と魔物のハーフだった〝彼〟の人生には、殆ど違いは無いのだろう。
確かに俺の人生には救いがあった、でも、だからといって誰よりも〝追放〟の苦しみを知る〝俺〟が、「自分さえ良ければそれでいい」かと言われれば、それは違うのだ。
「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」
そして、結局、結論、どこまでも追放に満ちた俺の人生なのだから、結末はやはり、ひとつしかないのだ。
「さぁ、──────────復讐編を始めよう」