第27話 初恋のチャーハンの味
「・・・取り敢えず、飯でも食うか?、高級レストランでもいいぞ」
俺は金貨の詰まった袋を見せながらそう言った。
俺はタクトもエリスもリリアの事も、貴族として憎んではいたが、人間としては嫌いではなかった、故に、変わり果てたリリアの姿を見て、かつての仲間に同情するのは自然な事だろう。
俺の問いにリリアは遠慮がちな声で答える。
「・・・久しぶりに、カチワレの手料理が食べたいです、ダメなら、安い食堂でもいいですけど・・・」
「・・・分かった、あそこならキッチン貸してくれるかな、食材買ってくるから待っててくれ」
その後、俺はリリア達をかつて働いていた人のいない開店前の居酒屋に連れ込んで、そしてそこで料理を振る舞いながら話を聞いた。
「ガツガツガツガツ、おかわり!」
「もぐもぐもぐもぐ、おかわり!」
「っ・・・・・・!!」
リリアは俺が作ったチャーハンを泣きながら頬張っていた。
それは俺が初めてタクトたちに振舞った料理であり、そして、いつも朝食に作っていた料理だ。
言ってみれば俺という人間の「お袋の味」なのかもしれない。
小洒落た料理はただの小手先の子供騙しみたいなものであり、このチャーハンこそが俺の命と魂を込めた魂の料理なのだから。
「俺のチャーハンで、泣いてくれるのかい」
「だって、これは、このチャーハンは・・・!!」
まるでグルメ漫画の懐かしの味を再現する回みたいなリアクションだが、まぁそれくらいのドラマがこのチャーハンには詰まっているという話だった。
俺はキッチンで追加で3人前のおかわりチャーハンを作り、改めて話を聞いた。
「それでカチワレさん、この女誰ですか、昔の女ですか、だとしても私の方がかわいいので問題無いですね!」
「うるさいですよ年増さん、今はカチワレ様が昔のパーティーメンバーと旧交を温めているんです、邪魔しないでください」
「・・・それで、リリア、どうしたんだ、何日もまともに食ってないみたいな見た目だが」
「あぁ、うぅ、ぐすっ、カチワレぇ・・・」
リリアは泣きじゃくりながら俺に抱きついてきた。
「ごめん、ごめんなさいでしたぁ、私たちにはカチワレが必要でした、それなのに追放して、本当に本当にごめんなさいでしたぁ、だからカチワレェ、私の分け前全部あげるから、パーティーに、戻ってきてくれませんか・・・?」
「この雌豚、どさくさに紛れてカチワレさんに抱きつくなんて不届きな!!」
「リリア様、いくら昔の仲間だからって、カチワレ様に気安く触れていいのは妻である私だけです」
二人に引き剥がされて不細工に泣きじゃくる顔を晒すリリアを見た俺は、なにかに目覚めそうなくらいに満たされていたが、だが、俺はリリアの要求を飲む気は無かった。
「戻るって、もうこのダンジョンの秘宝は発見されたんだぞ、それなのに今更なんのパーティーを組む必要があるんだよ、それに、俺にはもう新しい仲間がいるんだ。
・・・こいつらは俺に雑用を全部丸投げしたりしないし、機嫌が悪いからって理不尽に貶してきたりもしない、それどころか俺の為に命まで懸けてくれる、頭がおかしくて性格が地で悪い事以外になんの不満も無い、最高の仲間だ、だから今更お前たちと組む理由が無いんだよ」
「っ・・・カチワレさん・・・!!、頭おかしいのはクソガキだけですよね!!」
「っ・・・カチワレ様・・・!!、性格と性根が悪いのは年増だけですよね!!」
二人とも自分が頭がおかしくて地で性格が悪い自覚が無いのか、自分をただの最高の仲間だと思って喜んでいるが、嬉しそうなのでツッコまないでおく。
そしてここまで言われてもリリアは引き下がらなかった。
「・・・秘宝が見つかった事は知りませんでしたが、それでもタクトは秘宝が必要で、エリスと私はレベルと冒険者ランクを上げる為に冒険が必要で、そしてそれを成し遂げる為にカチワレが必要なんです、出来るだけの譲歩をします、我儘もいいません、カチワレが望むならっ、・・・なんでもします、タクトも、エリスだって本音ではカチワレの事が大好きなんです、だから・・・戻ってきてください!!!」
「──────────なっ・・・!?」
そこで貴族であるリリアが、平民である俺に土下座した。
そこまでされたら、たとえ人でなしクズの俺でも、彼女の覚悟を無下には出来なかった。
タクト達との思い出は、綺麗な思い出ばかりでは無かったけど、辛くもあり、苦しくもあり、そして、──────────楽しかった事を思い出した。
「──────────うっ、はぁはぁはぁ・・・、ユリエト、オフリア・・・」
「「大丈夫ですかカチワレさん(様)!!」」
「はぁはぁ、・・・二人とも、頼む、土下座してくれ!!、リリアの土下座は、──────────〝平民〟の俺には重すぎるッ・・・!!、これを見せられたら、彼女にここまでさせてしまったら、俺は彼女たちを許すしかなくなるッ・・・!!、だから、お前たちが土下座して、リリアの土下座を中和してくれ・・・!!」
ッ
「土下座の中和ってなんですか!?、そんな概念、初めて聞きましたけど・・・」
「でもカチワレ様の心が今、物凄い勢いでリリア様に傾いているのが分かります、相当堪えているみたいです、確かに、かつての仲間にここまでされたら、お人好しクズのカチワレ様ならば、心が揺れるものなのでしょう」
「・・・っ、仕方ありませんね、やった分はあとで返してもらいますからね!」
二人は並んで土下座する。
その姿を見る事によって、〝仲間〟の土下座という現象の特別感が中和され、俺は冷静さを取り戻したのであった。
「はぁはぁはぁはぁ・・・、すぅ、はぁ、助かった、おいリリア、見ろ、俺の真の仲間は、俺がピンチになったら土下座までしてくれるんだ、・・・当然だ、こいつらは俺の為に死ぬよりも辛い苦しみに耐えたんだ、だから今更土下座くらい、大した事では無いからだ!!」
そう言って俺は、土下座するユリエト、オフリアの頭を踏みつけて額を地面に擦れさせる。
「痛っ!?」「えっ!?」
「見ろ、俺の真の仲間は、俺の為にここまでしてくれる、貴族のお前には土下座が精一杯だろう、そうだよな、だってお前が欲しいのは仲間じゃなくて「どんな我儘も叶えてくれて、どんな理不尽を言っても許してくれる存在」だもんな、本当は俺じゃなくてもいいけど、代わりが見つからないから仕方なく俺に頭を下げてるだけだもんな・・・!!、失せろ!!、お前なんて真の仲間じゃない、俺の本当の仲間は、俺に優しくて、俺を守ってくれる、こいつらだけでいいんだ・・・!!」
俺がそう言うとリリアは本当に悲しそうに顔を歪めて、大粒の涙を零した。
「うぅっ・・・、カチワレ、なんでそんな事言うんですか、私、私は・・・カチワレが薬草採取で死んだって聞いて、それで眠れなくなって、ずっと後悔してて、だから・・・、カチワレが生きてるって知って嬉しくて、ずっと謝りたくて、土下座で足りないならカチワレは好きなだけ私を辱めてくれて構いません、服だって脱ぎます!!!」
「な・・・っ、──────────全裸土下座、だと・・・!?」
俺は震えた、貴族のリリアが、平民の俺に、──────────全裸土下座をしている、その現実に。
貴族のリリアが人としての尊厳を全て脱ぎ捨てて、俺に許しを乞うている。
そこまでさせた時点で、俺の敗北だった、俺は今すぐ涙を流しながらリリアと熱い抱擁をかわし、お前も俺の真の仲間だ、俺が悪かったと泣いて謝りながらリリアと仲直りがしたいとそう思ってしまった。
思い返せばリリアはドジで食いしん坊で俺に迷惑かける比率はパーティーで一番高いポンコツだったが、それでも俺が怪我した時にはヒールをかけてくれたし、俺の料理も残さずに食べてくれた。
そうだ、性格のキツいエリスとの対比によって、俺は妹みたいな存在であるリリアの事を心の中では──────────
「!?、いけません、このままではカチワレ様の心が完全にリリア様に落ちてしまいます、早く中和させないと!!」
「ほ、ほら、カチワレさん、あなたの最高の仲間の、全裸土下座ですよ、仲間の全裸土下座なんて珍しくないですよー」
「うっ──────────、はぁはぁ危ない所だった、もう少しで和解する所だった、助かったぞ、ユリエト、オフリア、やっぱりお前たちは俺の最高の仲間だ!!!」
俺は乱れる心を落ち着ける為に二人のケツを蹴りあげる、それにより心は大分平穏を取り戻したのであった。
「痛いいい!!?」「えっ!?またっ!!?」
「・・・ここまでするなんて、一体どんな調教をしたらここまで人は堕ちるものなんですか・・・」
流石に全裸土下座まで付き合った二人には、リリアも絶望的なドン引きをしていた。
「人聞きが悪いな、こいつらは元々頭がおかしい変態だ、まともじゃないのは元からだ」
ぷちんと、そこで堪忍袋の緒が切れる音がした。
「・・・はぁ!?、カチワレさんがやれって言ったからやったのに、そんなのあんまりですよ」
「・・・カチワレ様、夫の為に恥を忍んで痴態を晒した妻に対して、今の発言は聞き捨てなりませんね」
「お、おい、お前らは俺の最高の仲間だろうが、だったらこれくらいの事で怒んなよ、別に晒し者にした訳じゃないんだしいいだろ」
「「いいわけあるかああああああああああ!!!」」
「ぎぃえええええええええええええ!!!」
しかしどうやら既に地雷を踏んでいたらしく、二人は【魔眼】を発動させて、【神の見えざる槍】【神の見えざる刃】を使って俺が瀕死になるまで痛めつける。
こいつらは自分も【不死】になったからこそ【不死】の俺がどうやったら痛がるのか熟知しているようであり、内蔵をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたり、首から下をみじん切りにされたり、秘薬を飲んだ時を再現するような苦痛で痛めつけられたのであった。
残りHPは1、まさに生かさず殺さずみたいな状態で放置される。
そんな俺を見たリリアは、どこか吹っ切れた表情をしていた。
「・・・カチワレ」
「・・・なんだ、言っとくが、俺の最高で最低の仲間は、まだ付き合いは短いがお前たちにも負けない深さで付き合ってるんだ、だから今更元の鞘に戻るなんてんっ──────────」
「ちゅっ──────────、・・・カチワレ、ずっと好きだったよ、・・・これが、私の本当の気持ち、・・・だから、これで最後なら、ちゃんと伝えようって、それだけですっ」
「──────────え?」
そう言ってリリアは居酒屋を出て行った。
俺は意表を突かれて放心し。
そしてユリエトとオフリアは「ファーストキッスパクられたああああああ」と絶叫するのであった。