第26話 嵐の前の
「まさか、たった三日でお祭りをするなんて・・・」
俺と街道を並んで歩くユリエトは、活気に溢れる街並みに目を見開きながらそう呟いた。
「まぁ建前上はワーレ帝国の王子が独立して即位する訳だしな、あちこちの貴族達から金と人手を借りて、突貫工事でハリボテの屋台を誘致しまくっただけの話だ」
秘宝を手に入れた俺はその事を即座に発表し、そして優秀なトータックの部下達を使って、王国、銀行、大商人、大貴族などあらゆる所から、秘宝とカジノを担保にして、信用はケーツ・ワーレの持っていた家紋を利用して、国家予算規模の借金をした。
「そのお金で王国と帝国のお偉いさんを買収し、この都市を買い取ろうという訳ですか、これで私は一国の王の王妃になる訳ですね」
同じく隣を歩くオフリアがそう言うと、ユリエトはキレ気味に抱きついている俺の腕を引っ張った。
「王妃になるのは、私です、カチワレさんと既に約束もしてますし、初めてだって私が貰ったんですから」
「いや、何もあげた覚えは無いんだが、お前は俺から何を奪ったんだ・・・?」
「いえ、正妻は私です!!、だってカチワレ様とは半年前から婚約者だった訳ですし、ぽっとでの貴方とは年季が違いますから、年増は大人しく身を引いてください!!」
今度はオフリアが反対側からキレ気味に俺を引っ張る。
そのせいで服の袖が破れるが、オフリアは悪びれもせずに引っ張り続けた。
「はいぃぃい!?、あなたはまだヒニンの必要すらないお子様じゃないですか、子供も作れないお子様が妻になって何が出来るのかって話ですよ」
「私だってもう子供くらい作れます!、それに私はカチワレ様が〝秘宝〟を手に入れるお手伝いをしましたが、あなたには出来ないでしょう、だって私の方が強いんですから!!」
「何言ってるんですか、あなたが強いのは〝進化〟のおかげで自分の力じゃないでしょうが!!、それに私だって〝進化〟しましたから、今ならあなたにだって負けません!!」
実験がてら、ユリエトにルシアスの秘薬を飲ませてみたら、案の定ユリエトもチート人間へと進化した。
ものすごく苦しんでいたものの、それでもあの苦痛に耐えきっている時点で、俺はユリエトがオフリアに劣るとは思わなかった。
今はまだレベル40だが、50になれば間違いなくオフリアと同等になるだろう。
「じゃあやりますか、神聖なる〝決闘〟を、死んでも恨みっこ無しですよ」
「上等です、ガキには躾が必要ですからね」
二人は【魔眼】を発動させる。
そしてオフリアは【神の見えざる刃】を、ユリエトは【神の見えざる槍】を構える。
俺は両手を使って先走る二人を仲裁する。
「おい!!、この馬鹿野郎!!!、人通りのある所でガチのケンカするんじゃねぇよ!!、ガキじゃねぇなら場をわきまえろ!!!」
俺はゲンコツで二人の頭をガチで殴る。
周囲から見ればキツめのDVをやっているように見えるかもしれないが、俺たちは既に100回死んでもお釣りが来るような苦痛を経験している故に、ガチ殴りでさえも対して痛みを感じないのだから仲裁するならこれでも足りないくらいだ。
だが痛みは感じてないくせに、二人は恨めしそうな顔で俺をにらんだ。
「・・・元はと言えばカチワレさんが浮気するのが悪いんじゃないですか」
「・・・そうですよ、私というものがありながら、こんな年増に手を出すなんて、カチワレ様はお尻が軽過ぎです!!」
「・・・嫌なら去ってくれて構わないぞ、俺はちゃんと、最初に突き放しただろ、それでもこの先何があってもついていくって、お前らが決めたんだろ、別に強制なんてしてないぞ」
「うわっ、散々助けになっておいてこの言い草、カチワレ様はクズですね」
「ええ、散々私たちの事を利用して、死ぬよりも辛い目に遭わせておきながら、感謝の言葉のひとつも無く平気で捨てられるんですから、カチワレさんは地獄すらも生ぬるいクズですね」
と、今度は示し合わせかのように二人は【鬼馬力】を使って俺の腕をボキボキと圧迫してくる。
痛いけど痛がるようなメンタルでも無いから、俺は俺をいじめてストレス発散が出来るならと、なすがままにされておいた。
険悪な空気を変えようと俺は話題を変える事にした。
「そういえばお前さオフリアさ、お前急に俺の前に現れてそのまま三日間もダンジョンに潜りっぱなしだった訳だけどさ、親とか心配してるんじゃないのか?、タクトとか責任感じて死ぬほど探してそうな気がするんだけど」
「大丈夫です、ちゃんとカチワレ様の所に行くと告げて出かけましたから」
「いや、でも、この街治安悪いし、貴族の若い娘が一人で外出ってだけでもかなり危ないのに、それがもう六日も帰らなかったら普通は事件だと思うよな、というか俺だって、ずっと安宿に泊まってたのにここ1ヶ月はダンジョンやカジノに篭っててほぼ行方不明みたいなもんだし、誰も俺の所在を知らない訳だし、親を安心させる為にも、一度くらいは帰った方がいいんじゃないのか?」
「・・・嫌です、今はかたときも、カチワレ様の側を離れたくありませんから」
「ワガママな上に親不孝だな・・・、まぁいいか、・・・寧ろこのまま縁を切った方が好都合なのかもな」
「・・・え?、なんて?」
「なんでもない、そう言えばユリエトは、任務の方はどうだ?」
「バッチリです!、でもあのパーティの男連中、直ぐにセクハラしてくるし、アピールしてくるのも気持ち悪いしでカチワレさんが始末する前に自分で処理しちゃいそうです、話も盛りまくった武勇伝とワル自慢ばっかでキモイし息は臭いしで、正直今すぐ縁を切りたいです」
「・・・なんかすまんな、美人局やらせてるみたいでさ、でも・・・」
「分かってますよ、真の悪人じゃないと殺せないんですよね、だから面倒だけどその為に下ごしらえがいると、いかにも完璧主義者のカチワレさんらしい発想です、復讐に美学を取り入れるのもまた、ただ復讐するよりもおもむきがあって私は面白いと思ってます、やってる事はいやですけど・・・」
ユリエトはイタズラっぽく含みを持たせてそう言った。
俺はそれが何かを聞いてやった。
「・・・なんだ?」
「カチワレさんがこうやって撫でてくれるなら、それだけで満たされていますよ」
そう言ってユリエトは俺の手を自分の胸に当てた。
「おい、俺の腕が現在複雑骨折に加え、感覚遮断され満足に動かせないからって変な所触らせるなよ、痴女かお前は」
「またまた、嬉しい癖に〜」
「感触が分からないのに嬉しいもクソも無いだろ」
そんなやり取りをしていると、今度はオフリアが声をあげた。
「い、いや〜ん、カチワレ様の手が勝手に〜」
「何がいや〜んだよ、棒読みの癖にまるで俺がイタズラしてる体で生乳触らせてんじゃねぇよ、これじゃあマジモンの変態カップルじゃねぇか!!」
冷静に考えてみれば、二股、痴話喧嘩、ロリコン、両腕粉砕の時点で既に満貫級の変態行為に及んでいる気もするが、だとしてもロリに羞恥プレイをするのに比べれば、まだ易しいものだろう。
そしてこいつらは元々頭のおかしいやつらだった、だから公衆の面前でも大胆な告白をかましてきたし、今現在羞恥を受けているのは──────────俺だけだった。
「あら、あらあら」
「あれ、あれあれ」
「うっ・・・、くっ・・・、殺せ・・・」
「ママー見てー、あのお兄ちゃん、テント立ってる、あはは、面白ーい」
「しっ、見ちゃ行けません」
「おかしいですね、手の感覚は無かったんじゃないですか、私の胸を揉んで、興奮したって事ですか」
「えへへ、私のおっぱいの感触はどうですか、気持ちいいですか、あんあん、好きなだけもんでいいですからね」
「この性悪変態ドSド変態クソ女どもめ・・・、明日この街の王になる俺に対して、こんな事・・・、人の尊厳を破壊するのは楽しいか・・・!!」
「〝進化〟の影響ですかね、なんだか、他の人達がゴミみたいに見えてしまって気にならないというか、だからカチワレさんが苦しんでる姿を見るのは、とても楽しいです」
「そうですね、普段冷静で大人びたカチワレ様がこんな顔を見せるなんてかなりレアな事ですから、こういう楽しみを知ってしまったら、止められなくなるというか、とりあえずホテル、入りますか」
「おい、どこに連れ込もうとしてんだよ!!」
俺は、ホテルに連れ込まれないように抵抗するが、そんな風に抵抗しているとフラフラと歩いてしまい、他の通行人とぶつかってしまう。
「あ、すみません、おい!!お前らも謝れ!!!、土下座しろ土下座!!!」
俺は腕の拘束を解く為に土下座を促すが、二人が人の尊厳剥奪モードに入っている為か、土下座させられたのは俺だった。
「い、いえ、そこまでして貰わなくても平気ですから・・・って、カチワレ・・・?」
「・・・リリア、久しぶりだな」
昔の仲間なら当然なのかもしれないが、リリアが俺を俺だとひと目で判別できた事は意外だった。
そしてそれ以上に、食いしん坊万歳、天然サボり魔いやしんぼ少女のリリアが、まるで飢餓状態のクマのようにやせ細っている事に、俺は度肝を抜かれたのであった。