第19話 回想2 金の恨み
「え、・・・本当に当たってるんですか!?」
リリアは驚いた様子で俺に訊ねた。
「ああ、何度確認して見ても間違いない、当選番号17320508、一等1億ゴールド、間違いなく当たっている、という訳で俺は今日限りでパーティーを辞めて、田舎で牧場経営でもする事にする」
そう言うと反発するようにエリスが吠えた。
「ハァ?、なんであんたが総取りする前提なのよ!」
「なんでって、俺が貰った宝くじが当たったんだから、当然だろ?」
当選した宝くじは、とある〝裏クエスト〟商人のお使いをこなした報酬のおまけであり、都市を離れる商人から、自分はもう必要無いからと渡された物を俺が〝個人的〟に受け取ったのだ。
「何言ってんのよ、パーティーで受けたクエストの報酬なんだからパーティー全員で分配するもんでしょうが!!」
「だから正規報酬は皆で分配したし、この宝くじはおまけで分配の義務は無いだろう、というか今回のクエスト、依頼主に宴会の接待をしたのも俺、安全なルートを調査したのも俺、裏切り者の部下を見抜いたのも俺で、お前らは食って寝て遊ぶばかりで完全に足引っ張ってただろうが」
「何言ってんのよ、私たちがいなかったらそもそも護衛だって出来ないし、部下を倒したのだった私達の手柄じゃない、だからその金は分配、欲しい装備があるの、分配以外ありえないわ」
エリスは力づくで俺から宝くじを奪い取ろうとする、俺は力では敵わないので必死になって逃げ回る。
「おいよせ!、魔法は危ない、宝くじは1度でも破れたら効力を失うんだぞ!!」
「だったら大人しくしなさい、分け前は四等分、これはいつものあんたの常套句じゃないの、この期に及んで独り占めとか許されないわよ!!」
「ちっ、分かった、だったら3割だ、俺は7000万、お前らは3000万を3人で分配しろ、これならいいだろ!!」
「何言ってんの、4等分よ、確かに今回のクエストではあんたの手柄の方がでかかったかもしれないけど、それでも私たちがいなければあんたの手柄も無かったんだし」
「・・・っ、分かった、じゃあ5000万でいい、5000万あればいいからそれで手を打ってくれないか?、お前ら貴族なんだし、少しくらいはノブレス・オブリージュを実践してくれよ」
「あんたみたいなクズをキャリーしてる時点で十分ノブレス・オブリージュだってぇの」
「・・・カチワレはどうして、今日に限ってそんなにお金に執着するのですか?、別に4等分しようとこれからも稼いでいけばいい話ですよね、1億貰ってパーティーを抜けるというのも理解出来ない話です」
「・・・それを言ったら、俺はお前たちと〝仲間〟でいられなくなるかもしれない、だから、言いたくない」
「それは勝手ですね、理由も言えないのに金を持ち逃げして、パーティーを抜けたいなんて、そんなのが許されると思ってるんですか」
「・・・そうだな、普通なら許されないし、人として最低の行いになるのだろう、でも、それでも俺は、──────────この金が欲しい」
俺は土下座した、こんな事で認められるとは思わないが、それでも頭を下げて、3人の良心に期待して縋ったのだ。
「呆れた、お金の為にプライドを捨てるなんて、やっぱり平民はクズね」
「いえ、エリス、1億は大金です、多くの人間にとっては土下座をするに見合うお金でしょう、パーティーを辞めて田舎で暮らすには十分なお金です」
「・・・つまり君は、パーティーを辞めて田舎で暮らしたいから、僕たちに頭を下げているという事かい」
そこで様子を見守っていたタクトが、初めて口を開いた。
「・・・ああ、好きにとって貰って構わない、俺は、お前達との思い出は綺麗なままで終わらせたい、だから、ここで終わりにしたいって思ったんだ」
「綺麗なままでって何よ、金を持ち逃げしようとしてる時点で十分に汚いでしょうが!!」
エリスは土下座している俺の頭を踏みつけて吠えた。
そしてタクトは、いつになく真剣な様子で俺を叱責する。
「勝手だね、このパーティーは君が作ったものだ、君が僕を誘って、エリスとリリアを誘った、それなのに自分勝手な都合で振り回した挙句、お金を手に入れたからもう用済みって、そうは問屋が卸ろさないよ、君の行いは、人の道に反している」
「・・・くっ、分かった、ならなんでもする、お前らが〝仲間〟じゃなくて〝貴族〟として俺の所に来た時は、剣闘でも闘牛でも裸踊りでもなんでも、お前らの言う通りにする、だからどうか・・・」
「なら、君はお金を4等分して、そこから僕の分を合わせて5000万だけ受け取ればいい、でも、パーティーを離脱するのは許さない、君は僕を家から連れ出す為に〝嘘〟をついたよね、その責任を果たすなら、君は僕の夢に、最後まで付き合う義務があるはずだ」
「・・・その〝嘘〟を〝本当〟にしない為にも、俺は消えた方が都合がいいんじゃないのか?」
「それが勝手だって言ってるんだ、僕の秘宝を手に入れてご先祖さまを超えるという〝夢〟は、君の嘘のせいで僕だけのものじゃなくなったんだ、だったらその責任は、君が負うべきじゃないのかい」
「・・・っ、そんな事言ったって、俺は無能力者で、約立たずの雑用係で、30階層での戦いにはついていけないようなクズ野郎なんだ、お前らだって本当は思ってるんだろ、俺は真の仲間じゃないって、30階層に到達したらお払い箱だって・・・!!」
「・・・私はカチワレの事、確かに無能力者の癖に生意気だと常々思っていましたが、それでも仲間じゃないだなんて、思った事は無いですよ」
「心配しなくてもあんたを守りながらでも30階層を越えられるわよ、今の所は順調なんだし」
「僕は、・・・君が僕達をどんな風に思っていたとしても、君を大切な仲間だと、そう思っているよ」
「嘘だ!!!、だってお前ら、全員貴族じゃねぇか!!、どうせ心の中では、俺の事なんて汚い平民だって思ってるんだろ!!、同じテーブルで飯を食うのも、同じ空気を吸うのも嫌だって、そういう風に思ってるんだろ!!!」
俺は宝くじをくしゃくしゃになるまで握り締めながら涙を流した。
本当は言いたくなかった、でも、無能力者で平民の俺はずっと彼らとの間に壁を感じていた、対等ではないと感じていた、だからその不満を言葉にしてしまったら、止めることは出来なかったのである。
「・・・ごめん、君がそんなに悩んでいたなんて僕は知らなかったよ、でも僕は、初めて出会った時からずっと、君とは対等な友達だって、仲間だって、そう思って接してきたつもりだ、それは嘘じゃない」
「・・・カチワレは、この間の29階層で一人で置き去りにされて死にかけた時の事を言っているのでしょうが、アレは事情があったんです、魔物に襲われている他のパーティーを助ける為に仕方なく、決してカチワレの事を見捨てた訳じゃないって説明したじゃないですか」
「ふん、あんたがそんな腰抜けの小心者だとは思わなかったわ、私は別にあんたがいなくなろうがどうでもいいけど、でも、ここで抜けられたら困るのよ、あんたがいなくなったら、執事とメイドを雇わなくちゃいけなくなる訳だし」
「そんな風に言ったって、どうせ俺が魔物に殺されたとしても泣いたりしないんだろ、俺が死にかけたり大怪我を負ったり病気になっても、誰も気にかけてくれたりしないんだから、俺を本当に大事に思っているなら、俺を危険から遠ざけろよ、なんで戦闘時には俺も頭数に入れられた上に二人より前で戦わなきゃいけないんだよ!!」
「はぁ?、レディーファーストは万国共通の概念でしょ!男が盾になるのは当たり前じゃない」
「わ、私はバリバリ後方職種のヒーラーですから」
「大怪我を追うのも、凶悪モンスターに追いかけられるのも、戦闘時に最初に狙われるのも、全ッッッッッ部俺だ、お前らといたらこれ以上は命が持たない、だから、退職金だと思って、俺を円満退職させてくれッッッッッ!!!!」
俺は床に地面を擦り付けて頼み込む、永遠に続くかのような沈黙が流れた。
土下座している俺の頭の中には、これまでの苦労が走馬灯のように流れて行った。
そんな〝信用〟と〝思い出〟を担保にして俺は金を無心しているのだと思うと、己のみっともなさ、生き汚さに、心の涙を流した。
「・・・カチワレはきっと、お金の魔力に取り憑かれて狂ってしまってるだけです」
「・・・そうだね、いつも冷静な君が、今日だけはやけに感情的だ、それもきっと、〝お金〟が悪いんだよね、お金が君を、狂わせているんだ」
「・・・悪銭身につかず、どうせこんなお金を持っていたって、いつかは破滅するものよ」
3人は宝くじを掴む俺の手に、それぞれ手を添えた。
「な、お前ら、何をするつもりだ・・・?」
「綺麗な思い出っていうけど、そもそも、私たちにとってはあんたのせいで下水掃除やゴキブリモンスター退治に駆り出された時点で十分汚れてるっての、だったらここで終わらせる理由なんて無いわ」
「ええ、私たちは世間知らずにして清廉潔白な貴族だったのに、賄賂や接待、値切りや割り込み、徹夜で行列など、後戻り出来ないレベルで世俗の汚れに漬けられてしまいました、いまさら綺麗事で終わらせようなんて虫が良すぎるって話です」
「カチワレ、これは、この物語は、全部君が始めた事なんだ、だからこんな結末は、僕は認めないよ」
そう言って3人は俺の手から宝くじを奪って破り捨てた。
「あああああ!?、ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
バキッと、俺の心はそこで音を立てて壊れてしまった。
1億という金は人の命すらも買える金だ。
ロクに努力もせずに、貴族として生まれた3人にとっては、1億なんてはした金で、ただの泡銭に感じるのかもしれない。
でも俺は違う、この1億で牧場を経営しながら孤児院を経営しようとか、この都市で築いた人脈を使って故郷の特産品を輸出する商人になろうとか、使い道は無限にあって、この金があれば本当に勝ち逃げ出来る算段があった。
そして1億を手に入れられたのも、普段から「最高のおもてなし」を心がける俺の努力の成果だと俺は思っていたから、この金の所有権にも俺に正当性があると思っていた。
俺の失敗とは──────────〝強欲〟、円満に退職する事を高望みして、持ち逃げせずに3人に正直に話してしまった事なのだろう。
だからここで俺の円満な退職を妨害された時から、「結末」への道のりは始まっていたのだ。