第13話 酒場にて
俺とユリエトはギルドで10個の『ブルームーン』を換金した後、分け前を分配して自由行動で別れようと言ったのだが、ユリエトはそのまま俺に付いてきた。
「えっちなお店に行くくらいなら、私が面倒見ますからね!!」
と、その気は無いのだから大きなお世話としか言いようが無い無駄な配慮だったが、まぁ2週間以上も一緒に過ごした仲間だし、邪険にするのも気が引けたのであった。
こうして俺たちは安い居酒屋にて、ささやかな打ち上げ会を始めたのである。
「注文、最初は生二つでいいですよね?、あと唐揚げと枝豆お願いします!」
と、ユリエトはお互い未成年にも関わらず、苦い発砲飲料を注文するが、まぁ冒険者の大半は年齢に寛容なものなので、別におかしなことでは無かった。
ただ、前のパーティーではタクトとエリスが貴族の真面目くんでリリアがただの食道楽で俺が苦い発砲飲料を好まなかった為に、こういう打ち上げ会をする機会が無かったという話である。
居酒屋の中はあちこちで冒険者が騒いでいてやかましい喧騒に包まれているが、孤独と恐怖の象徴であるダンジョン帰りだからこそ、その喧騒がむしろ心地よくもあった。
きっとここにいる冒険者もそんな安らぎを得ているのだろうと、ある種の共感を得ていた訳だ。
・・・まぁ、この苦い発砲飲料を美味しいとは思わないのだけど、勝利の美酒という言葉もあるし、ダンジョンで大きな収入を得た今日くらいは酔ってもいいのかもしれない。
「ごくごくごく、ぷっはぁ、この瞬間の為に生きてるって感じですよね!!、おっちゃん!!生二つ追加で!!!」
「おいおい、いきなりエンジン全開かよ、酔いつぶれても俺は介抱しないからな」
「ええ〜、ホテルまで付き合ってくださいよ〜!!、今日くらい無礼講って事で〜!!!」
ユリエトは俺が口では冷たくしつつも見捨てないと思っているのか、気にせずハイペースでジョッキを空にしていきながら「30階層の登山がきつかった」だの「39階層のマグマが暑かった」だの、今回の旅路の苦労を情緒豊かに語るのであった。
「まぁ確かに、底なし沼にお前がハマったのに気づかずに2時間も放置してしまった時は俺も冷や汗かいたな」
「あれは笑い話じゃないですよ、本当に死ぬかと思って、死ぬほど怖かったんですから!!」
と、そこで泣き上戸に入ったのか、ユリエトは大声で泣き出すが、それを気にかけるものは誰もいなかった。
俺は泣き上戸でジョッキをあおるユリエトの姿を肴にして、枝豆と唐揚げ、そして新たに注文したシシャモの塩焼きをかじっていく。
一人の食事だったならば、ただの機械的で作業的なものになっていただろう、今では苦いだけの飲み物美味しく感じられるのだから、ユリエトの存在はそれだけ有難いものなのだと俺は実感していたのだった。
ふと、そこで俺は、居酒屋にいた若いパーティーの姿が目に付いた。
「なぁ、聞いたか、あのチンカス野郎、死んだんだってよ、ギャハハハハ、ったく俺たちに逆らって金の持ち逃げなんてしたから罰があたったんだな、ギャハハ」
「えーまじ?、めっちゃウケるんだけどー、てかやっぱ死んだ時もアレやったのかな?、「ウッ・・・」って泣く奴、キャハハハハハハハ」
「あれは面白かったんだな、チンカスくんが見つけたレアアイテムを取り上げてぶん殴った時に「ウッ・・・」って涙目になってたのは傑作だったんだな」
「やっば、めっちゃ鬼畜じゃーん!、アタシもむしゃくしゃしてる時に後ろから目付きがいやらしいんだよチンカス野郎って殴ったら「ウッ・・・」って涙目になっててさ、めっちゃ笑ったわ」
「笑ったと言えばアレだよな、チンカスを囮にして逃げた時に、絶対死んだと思ったのに助けられて帰ってきてさ、そん時に一致団結して無事でよかったって演技したらさ、あいつ「ワァ・・・」って泣いて喜んでやんの、俺も笑い堪えるのに必死で死にそうになったわ」
ギャハハと、男達は下品な声を上げて笑う。
バリン。
俺は持っていたジョッキを握り潰してしまった。
チンカラはいつも俺の前では気丈に振舞っていた、たまに暴力の傷跡が残っていたが、それが仲間だと思っていたもの達によってつけられたものだとは思わなかった。
だからチンカラも過酷な冒険をしているのだと、ずっとそう思っていたのだが。
だが、チンカラが普段からそんなら仕打ちを受けていたと知っていたら、俺はチンカラを絶対にこいつらの元から引き離しただろう。
故にきっと、俺はチンカラの事を侮っていたのだ、チンカラなら本当に辛い時は打ち明けてくれると、そんな風にチンカラの〝強さ〟を侮っていたのだ。
チンカラは自分より強い相手にも立ち向かって見せた、俺を助ける為に命懸けで強敵に立ち向かった。
その強さは俺には無いものであり、無能力者にしか理解出来ないが、無能力者だからこそ尊重しなければならない真の強さだ。
だから俺は悔しかった。
チンカラの事を何も知らない奴が、チンカラの強さを何も理解出来ない奴が、能力者として生まれついただけの奴がチンカラを、俺の大切な友達を馬鹿にして虐げていた事が、これ以上なく悔しくて、許せなかったのだ。
俺はそこで、こいつらには死ぬよりも辛い目に遭わせて、チンカラに詫びさせた上で地獄に落とすと、そこで心に決めたのであった。