第11話 その後のタクト達
「ちょっとあんた、飯に虫入ってんだけど!!」
「す、すみません、直ぐに取り替えます!!」
「こんな簡素でありきたりのシチューくらい小学生でも作れるってぇの、こんなのすらまともに作れないあんたはクビよ、クビ、さっさと荷物まとめて帰りなさい!!」
「そんな、僕は市販のものをレシピ通り作っただけなのに!!、あんまりだぁ!!」
そう言って若い男は泣きながら走り去っていった。
「・・・はぁ、これで6人目ですよ、もうひと月も経つのに、カチワレの代わりは中々見つかりませんね」
「──────────っ、リリア、あのクズの名前は二度と出すなって言ったでしょ、それに加入希望者はやまほどいる訳だし、そのうち見つかるわよ」
「本当に代わりなんているんですかね、・・・いなくなってつくづく思い知らされましたよ、私たちは胃袋を掴まれていただけでなく、金銭管理、クエストの交渉、他のパーティーとの同盟から装備のメンテナンスまで、ありとあらゆるサポートをカチワレに頼り切りになってたんだって。
カチワレがいなくなってはや1ヶ月、お荷物がいなくなって効率が上がると息巻いたはいいものの、この1ヶ月間、私たちは貯金どころかまともな食事すらままならくなっている有様です。
・・・私たちは〝贅沢〟に慣れ過ぎたんです、今更カチワレのいない生活なんて、お嬢様のエリスに耐えられる筈も無かったんですよ」
「・・・じゃああのクズを許せっていうの?、多分あのクズの事だから、私たちが困る事まで見越して金を使い込んだ可能性もある訳よね、てか本当はギャンブルとか全部嘘で、金を持ち逃げするのが目的だったんじゃないの」
「・・・確かにカチワレならやりかねない可能性ですが、だとしても、このままではパーティー崩壊の危機です、カチワレは使い込んだお金は自分の給料から天引きしてもいいと言っていました、だったらこちらも譲歩してカチワレを許し、これまで通りコキ使えばいいのではないでしょうか」
「・・・嫌よ、私は嫌、あいつ、体調管理と称して体重や体温を聞き出して、それで私の周期まで把握してあの日の時にさりげなく腹痛に効く薬を渡して来たのよ、正直ぞっとしたわ、あいつ、間違いなく私の事を狙ってる、そんな変態と一緒のパーティーなんて考えられないわ!!」
「・・・私も胃薬を渡された事は何度かありますし、それはカチワレのホスピタリティであって、考え過ぎでは?、いえ、カチワレの視線がたまにいやらしいのは私も感じてましたが・・・」
「・・・前に私が事故で崖から落ちていった時、あいつは自分から崖に飛び込んできたわ、無能力者の癖に、その時に気づいたのよ、こいつは私に気があるってね」
「・・・あれは方向音痴のエリスを1人にしたら回収不可能になるから止むを得ずと言った所ですが、まぁそれでも仲間の為に命を賭けるのはカチワレにしては男気があり過ぎる話ではありましたね」
「でも私は貴族、平民のあいつとは結ばれない運命なのよ、だからここいらで突き放すのもまた、女としての優しさってものでしょう」
「・・・なるほど、それがエリスがカチワレを拒絶する理由ですか、まぁ、妥当なモノではありますね」
こんな事故物件に自覚の無い恋を抱かせたカチワレは罪な男だとリリアは思ったが、それは胸の内に秘めておいた。
「・・・それでタクトはどう思いますか、許す許さないは置いておいて、カチワレが本当にギャンブルに全財産を注ぎ込む人間だと思いますか」
「・・・それは、でも、仕方無かったんだ」
タクトは深刻な顔で読んでいた手紙を畳む。
リリアは追放した日からタクトの様子がずっとおかしいのを訝しみ、ここでそれを追求する事にした。
「・・・カチワレはタクトが伯爵家の実家に連れ戻されそうになった時に、私たちが全員貴族のパーティーだと偽装して、平民の野良犬では無く権威のある上流階級を演じて、そしてタクトの妹、母、父の順番で外堀を埋めて籠絡し、〝円満な形〟でタクトが冒険者を続ける事を認めさせたやり手です、そんなカチワレが博打で全てを失うなんて、考えられません、きっと何か他の事情が・・・」
「・・・その〝円満な形〟っていうのが問題なんだよ、彼は、僕を冒険者にする為に、両親に、妹に、とんでもない嘘をついていたんだ・・・」
そう言ってタクトは持っていた手紙をリリアに渡した。
「──────────え!?、・・・えええええええええええええええ!!!?」
拝啓、お兄ちゃんへ
御機嫌よう、いかがお過ごしでしょうか、私はカチワレ様を想って一日千秋の想いですが元気です。
早くお兄ちゃんが一人前になって、カチワレ様とダンジョンの秘宝を持ち帰る日を楽しみに待っています。
お父さんとお母さんは、その時に私とカチワレ様の結婚式をする会場を今から作ろうと意気込んでいますが、私はお城で豪華なドレスや装飾で着飾るよりも、沢山の人に祝ってもらうお祭りがいいと言ったら、お父さんはじゃあその日を記念日にしようと言ってくれました。
早くお兄ちゃんとカチワレ様が夢を叶えて帰ってくる日を待っています。
近々お父さんがダイナモンシティに旅行に行く事を計画しているので、その時に会いましょう。
敬具 オフリア
「・・・あの時カチワレは言ったんだ、「〝夢〟と〝家族〟どっちを選ぶのか」と、僕は、どっちも選べないし捨てられないって答えた、だからカチワレは──────────自分が他国の王子様という設定を作って、妹の婚約者になる事で、僕が夢を追いかけるのを両親に認めさせたんだ」
「ひえっ、たまげましたねぇ・・・、まるで貴族の長男坊を攫うための結婚詐欺じゃないですか、これはエリスよりも深刻というか、カチワレが追放されるべくして追放されたんだと、これ以上なく分からせられましたよ」
「・・・彼は、一年間も一緒にいたのに、ずっと嘘ばかりだった、協調性も無いし、目的のためには手段も選ばないくらい非情だ、だから、僕はもう、彼を信用出来ないんだよ」
カチワレとの出会いは、家出して都市に来て右も左も分からないうちにサイフを盗まれ、そして路頭に迷っていた自分に声をかけたのが出会いだった。
そこからナンパ同然にエリスとリリアをパーティーに引き入れた訳だが。
ある日、カチワレが自身が無くしたと思っていた家紋がついたサイフを所持しているのを発見した時から、ずっと疑念は抱えていたのだ。
カチワレの言葉の何が真実で何が嘘なのか、優柔不断であまりにも善良過ぎるタクトには測り知る事は出来なかった。
ただ、そんな彼でも、カチワレが信用に値しない仲間以下の存在だという危機感だけは理解出来たという話なのであった。
「・・・これで分かったでしょう、カチワレはクズ、人間のクズ、人でなしろくでなしの最低のクズ野郎なんだって、王子の設定作ったのもきっと私に取り入るのが目的だったんでしょうね、危なかったわ」
手紙を読んだエリスはタクトの手紙にも関わらずヒステリックに破って燃やした。
「・・・それでも私は、またカチワレのごはんが食べたいですね・・・」
それが叶わない事と知りつつも、リリアは遠くない過去を思い返しては感傷に浸るのであった。